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え? 「うただひかるまだがすかる」の意味?
次の記事「順不同006」を読んでみて。
Tuesday, 14 December 2004
順不同006 だいしぜんしんふぜん
え? 「うただひかるまだがすかる」の意味?
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Tuesday, 14 December 2004
順不同006 だいしぜんしんふぜん
■はじめに Introduction
落語の「粗忽長屋」やエドガー・アラン・ポーの短篇「ウィリアム・ウィルソン」。分身やドッペルゲンガーや「自分を目の当たりにする自分自身」といったモティーフは、おもしろい。そして、あとを引くこわさがある。
■表紙画像 1 Cover photos 1
Left 『憑かれた鏡』河出書房新社 (2006)
Centre 『恐怖の分身』朝日ソノラマ (1986) Image source: 銀の知識人たち
Right 『消えた心臓』世界恐怖小説全集4 東京創元社 (1959) Image source: 北米探偵小説論再構築
■日本語訳 Translations into Japanese
(1) 小山 2006
「どうして君が――いや、誰にしても――わたしを捕まえなくちゃならん? わたしは君らに何の危害も加えていないのに」
「いやいや、そうはまいりませんよ」
「なぜ?」
「あなたがその辺をうろついてると分かってたら、うかうか寝てなんかいられませんですな。いつまた人を殺すか知れないんだから。誰かが捕まえないといけない」
「しかし、誰もいなければ?」
「何でございます?」
「殺された男に親戚も友人もいなければ、さ。その男がふっと消えて、誰もそいつが死んだと知らなければ?」
「それはです」ウェイターは勿体らしくウィンクしてみせた。「そんな場合にゃ、殺された本人が追っ手になるでしょうな。のんびり墓で眠ってるわけにはいきませんよ。そうですとも、相手に殺されたと分かってるのにね」
L・P・ハートリー=著 小山太一(こやま・たいち)=訳
「豪州からの客」
E・ゴーリー=編 柴田元幸+小山太一+宮本朋子=訳
『憑かれた鏡―エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談』
河出書房新社 2006/08
このアンソロジーの詳細:
『憑かれた鏡』 - 翻訳アンソロジー/雑誌リスト
原書:
The Haunted Looking Glass: Ghost Stories Chosen and
Illustrated by Edward Gorey.
First published in 1959.
Recent paperback editions include:
The Haunted Looking Glass, New York Review Books, 2001/03
(2) 長井 1986
「おまえであれだれであれ、なぜ私を追いかける必要がある?」ランボルド氏は訊ねた。「私はおまえにもそのほかの人たちにも、何にも危害を加えていないじゃないか」
「でも、そうしなければなりますまい」
「どうして?」
「あなたが自由に歩き回っている限りは、おちおち眠ってもいられませんからね。あなたはもう一度同じ罪を犯すかもしれない。だからだれかが、あなたを捕まえなければならないんですよ」
「でも、だれもいなかったとしたら?」
「といいますと?」
「殺された男には親戚も友人もいなかったとする。そして、ただ姿が見えなくなっただけで、だれも彼が死んだことを知らないとしたら?」
「そうですね、旦那様」ウエイターは薄気味悪いウインクをして、答えた。「その場合には、その男自身があなたを追いかけに出てこなくちゃならないでしょうね。でないと、心安らかに眠れませんや。そうですとも。自分が何をすべきかくらいは心得ているでしょうし」
L・P・ハートレー=著 長井裕美子(ながい・ゆみこ)=訳
「遠い国からの訪問者」
デズモンド・マッカーシー〔ほか〕=著 シンシア・アスキス=選
『恐怖の分身 : ゴースト・ストーリー傑作選』
ソノラマ文庫 海外シリーズ31 朝日ソノラマ 1986/09
このアンソロジーの詳細:
* 『恐怖の分身』 - 翻訳アンソロジー/雑誌リスト
* 『恐怖の分身』 - 翻訳作品集成
原書:
The Ghost Book (1927) compiled by Cynthia Asquith
(3) 大西 1958
「どうしてまた、きみが、いや、そのだれかしらが、そんな役割を演じてわたしを逮捕したいんだね? わたしはきみに、いやだれにも、悪いことはしたおぼえはないんだが」
「はあ、それでもやはりそうしないわけにはまいりませんのです」
「どうして?」
「あなたさまがつかまらずにいるのを知っていながら、枕を高くして寝るわけにはまいらないからでございます。あなたさまのことでございますから、もう一度同じことをやりかねません。だれかがそれに気をつけていなければならないのでございます」
「だが、だれもいなかったとしたらどうだね?」
「と申しますと?」
「つまり、殺されたものに、親戚も友人もなく、ただ行方不明になっただけで、だれひとりそいつが死んだのを知らないばあいはどうなるのだね?」
「はあ、その点でございますか」とクラットサムはものものしくウィンクをしてみせながらいった。「そのばあいには、その男みずから、あなたさまのあとをつけなくてはなりません。墓のなかにおちついてはおられますまい。そうでございますとも。おちついてはおられません。犯人のしわざを知っていながらでは」
L・P・ハートレー=著 大西尹明(おおにし・ただあき)=訳
「豪州からきたお客」
M・R・ジェイムス〔ほか〕=著 平井呈一+大西尹明=訳
『消えた心臓』世界恐怖小説全集4 東京創元社 1959/10/10
このアンソロジーの詳細:
* 東京創元社 〈世界恐怖小説全集〉 - 本棚の中の骸骨
* 『消えた心臓』 - 翻訳アンソロジー/雑誌リスト
* 『消えた心臓』 - 翻訳作品集成
■英語原文 The original text in English
[Text to be inserted later - tomoki y.]
A Visitor from Down Under (1926) by L.P. Hartley
■表紙画像 2 Cover photos 2
a. The Collected Macabre Stories of L.P. Hartley
著者: L.P. Hartley
ハードカバー
出版社:The Tartarus Press
発売日:2001-12-01
ISBN-10 : 1872621627
b. Night Fears and Other Supernatural Tales (Everyman)
著者: L. P. Hartley
ペーパーバック
出版社:Phoenix (an Imprint of The Orion Publishing Group Ltd)
発売日:1993-11-04
ISBN-10 : 0460873601
c. The Complete Short Stories of L.P. Hartley
著者: L. P. Hartley
ハードカバー
出版社:Beaufort Books
発売日:1986-10
ISBN-10 : 0825303532
d. The Traveling Grave and Other Stories
著者: L. P. Hartley
ハードカバー
出版社:Arkham House
発売日:1948
Image source: The Travelling Grave and Other Stories - Wikipedia
e. Night Fears
著者: L. P. Hartley
出版社:Putnam’s & Sons, London
発売日:1924(大正13)
注記:ハートレーの最初の著書の初版本。ロンドンの古書店 Peter Harrington によると「500部限定版」という著者の主張の真偽はともかくとして、カバー(=ダストジャケット)付きで、しかもこの保存状態の品は稀とのこと。同書店の付けた売値は£875.00。
Image source: Peter Harrington
■外部リンク External links
* L. P. Hartley - Wikipedia (1895-1972)
* L. P. Hartley - Fantastic Fiction
* L. P. Hartley - Internet Book List
* L. P. Hartley - A Guide to Supernatural Fiction
* Great Ghost Stories/Great Horror Stories - SF Site
* Visitor From Down Under - Wilson Swain, 2006-06-20
■更新履歴 Change log
2009/07/05
(1) 「表紙画像2」の項を新設しました。
(2) 英語原文を仕入れるのを忘れていました。追って入手したら挿入するつもりです。もしお手もとに原書をお持ちのかたがいらっしゃいましたら、上記該当箇所のテキストをお教えいただけると、たいへん助かります。
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■洋書 Books in non-Japanese languages
■和書 Books in Japanese
<< [1] Unbeaten Tracks in Japan
<< [1] 『日本奥地紀行』
■はじめに Introduction
1878(明治11)年5月21日、あるイギリス人旅行家が初めて来日した。サンフランシスコから18日間の航海の後、彼女の乗る汽船シティ・オブ・トーキョー号は東京湾に入った。沖合いから富士山をかいま見たあと、船は横浜港へ入港した。その光景を彼女はスコットランドにいる妹宛ての手紙に書きつづった。
それ以前に、彼女はすでにオーストラリア・ハワイ・北米(とくにロッキー山脈)などを旅していた。のちに中国・韓国・東南アジア・インド・中東・アフリカなども訪れる。日本へは一人旅だった。
まぎれもない大旅行家だが、生涯を通じてむしろ病弱な人だった。ホーム(国内/家)で、じっとしていると具合が悪くて、アウェイ(海外/旅先)だと、がぜん元気が出る質(たち)だった。本国でつきまとう求愛者たちから逃げていた節もある。病は心因性だったのだろうか。
妹がチフスで亡くなると落胆し帰国し、とうとう結婚した。するとまた病気になった。夫の死後、とたんに元気を回復し、さらに国外を旅した。
旅行家の名前は、イザベラ・ルーシー・バード。夫の姓をつけてイザベラ・ビショップ、イザベラ・バード・ビショップ、ミセス・ビショップなどと呼ばれることもある。73歳の誕生日を目前にして亡くなるまで旅を続けた。横浜に上陸したときは46歳だった。
■表紙画像 1 Cover photos 1
Left 『イザベラ・バードの日本紀行(上)』 講談社学術文庫 2008
Centre 『日本奥地紀行』平凡社ライブラリー 2000 表紙絵は著者本人による。
Right Unbeaten Tracks in Japan: The Firsthand Experiences of a British Woman in Outback Japan in 1878 Japan & Stuff Press. 2006
■日本語訳 Translations into Japanese
(J1) 時岡 2008
第一信
五月二一日、横浜、オリエンタル・ホテルにて
[略] 富士山はもやのなかに引きこもってしまいましたが、もやは夏の大半その雄大な姿を包み隠しています。レセプション湾、ペリー島[猿島]、ウェブスター島[夏島]、サラトガ岬[富津崎]、ミシシッピ湾[根岸湾]――米国外交の成功を不滅のものとするアメリカ式地名――をすぎ、トリーティ岬[本牧岬]から遠くないところで、「条約港」と大きく記した赤い灯台船に遭いました。ここより外では外国船は投錨できません。
イザベラ・バード=著 時岡敬子(ときおか・けいこ)=訳
『イザベラ・バードの日本紀行(上)』 (全2冊)
講談社学術文庫 2008-04-10
(J2) 高梨 1973, 2000, etc.
第一信
横浜 オリエンタル・ホテル 五月二十一日
[略] 夏中は壮大な姿を現わしているという富士も、霞の中に消えてしまった。私たちの船は、リセプション湾、ペリー島、ウェブスター島、サラトガ岬(富津崎)、ミシシッピー湾(根岸湾)――いずれもアメリカ外交の成功を永く記念するアメリカ人の命名である――を通過した。トリーティ・ポイント(本牧岬)から遠くないところで、赤い灯台船に出会った。その船には大きな文字でトリーティ・ポイントと書いてあった。いかなる外国船も、この外には停泊できないのである。
a. イサベラ・バード=著 高梨健吉(たかなし・けんきち)=訳
『日本奥地紀行』 オンデマンド ワイド版東洋文庫 平凡社 2006-11
b. イザベラ・バード=著 高梨健吉=訳
『日本奥地紀行』 平凡社ライブラリー 平凡社 2000-02
c. イサベラ・バード=著 高梨健吉=訳
『日本奥地紀行』 東洋文庫 平凡社 1973-01
引用は c. に拠りました。
■表記と訳文について―tomoki y. による注
On translation and transliteration: Notes by tomoki y.
1. 表記について
上掲高梨訳の a. と c. では著者のファーストネームを濁らないで「イサベラ」と表記してある。ところが、各種オンライン書店の目録や国立国会図書館蔵書検索・申込システム NDL-OPAC などでは、不注意によるのか、なんらかの基準にもとづいてか知らないが「イザベラ」と濁音表記になっているものが見受けられる。
2. 訳文について
引用第一文の富士山は、夏のあいだ見えるのか見えないのか? 時岡訳と高梨訳とでは解釈が逆になっている。当然そうあるべきだが、より新しい時岡訳のほうが正しいと思う。
■英語原文 The original text in English
Letter I
Oriental Hotel, Yokohama
May 21.
[Omission] Fuji retired into the mist in which he enfolds his grandeur for most of the summer; we passed Reception Bay, Perry Island, Webster Island, Cape Saratoga, and Mississippi Bay--American nomenclature which perpetuates the successes of American diplomacy--and not far from Treaty Point came upon a red lightship with the words "Treaty Point" in large letters upon her. Outside of this no foreign vessel may anchor.
Unbeaten Tracks in Japan: An Account of Travels in the Interior,
Including Visits to the Aborigines of Yezo and the Shrines of Nikkô and Isé
by Isabella L. Bird
London : J. Murray, 1880.
■英語原書と電子テキスト The original text: Books and E-text
Recent paperback editions include:
* Stone Bridge Press 2007-04
* Japan & Stuff Press 2006-04
Publisher's site with:
- Table of Contents
- Foreword: Reading between the Lines
- Author's Preface
- A Full Sample Chapter (Letter Four)
* Dover Publications 2005-11
* IndyPublish 2002-12
E-text at:
* Doctrine Publishing
* Project Gutenberg
Excerpts at:
* Franklin Electronic Publishers
* Elibron (PDF)
■植民地主義と地名 Colonialism and place names
上の二種類の訳にカッコ書きで示されているとおり、ペリー島とは猿島(横須賀市)、ウェブスター島とは夏島(横須賀市夏島町)、サラトガ岬とは富津崎(千葉県富津市)、ミシシッピ湾とは根岸湾(横浜市磯子区)、トリーティ・ポイントとは本牧(ほんもく)岬(横浜市中区)、キング岬とは野島岬(千葉県南房総市)を、それぞれ指す。
なお夏島は、より詳しくいうと、かつて横浜市と横須賀市の境界辺りの追浜の沖合いにあった島。その後埋立てにより陸続きとなり、現在では三浦半島の一部となっているところ。
民俗学者・宮本常一氏 (1907-1981) が、かつてこう書いた――「もし、日本がアメリカの属国になっていたとしたら、今もこう呼ばれていただろうと思うのです。われわれが在来の名前を守っていくことができたということに、独自の意味があるのではなかろうかと思うのです」。
実際のところ第二次大戦の敗戦後、東京には占領軍のつけたアメリカ風の地名が並んでいた。銀座四丁目(尾張町)は「タイムズ・スクエア」、内堀通りは「Aアベニュー」、代々木練兵場(のちの東京オリンピック選手村→代々木公園)は「ワシントン・ハイツ」、東京宝塚劇場は沖縄で戦死したアメリカ人従軍記者の名にちなんで「アーニー・パイル劇場」、などなど。
マシュー・C・ペリー提督(正確には海軍代将)とダグラス・マッカーサー将軍(正確には陸軍元帥)のふたりのアメリカ人軍事・政治・外交指導者は、日本の地名を恒久的に変えることなく去った。
参考:
* ハマことばの誕生~ハマことばの飛び交っていた横浜居留地とその後~
伊川公司 (文責:臼井良雄) 神田雑学大学 2006-07-21 講座No320
* よく分かる 研究最前線「占領下の東京を通して「今」を見る」
~首都東京に突如として出現した異文化空間~
早稲田大学学生部=発行 『早稲田ウィークリー』 1109号
2006年後期
■表紙画像 2 Cover photos 2
a. 宮本常一(みやもと・つねいち)=著
『イザベラ・バードの「日本奥地紀行」を読む』
平凡社ライブラリーoffシリーズ 2002-12-09
この本は、宮本常一=著
『古川古松軒・イサベラバード 旅人たちの歴史3』未来社 1984
のうちバードに関する箇所だけを収録。改題し再刊したもの。
b. 佐藤洋一(さとう・よういち)=著
『図説 占領下の東京 1945~1952』
ふくろうの本 河出書房新社 2006-07-15
c. 斎藤憐(さいとう・れん)=著
『アーニー・パイル劇場―GIを慰安したレヴューガール』
ブロンズ新社 1998-01 Image source: Le Chat Noir - 黒猫的読書術
■二つの邦訳版の異同、ならびに二冊の補訳について
バード著 Unbeaten Tracks in Japan 原書の初版は1880年刊の2巻本。その後1885年に1巻本の短縮版ないし「普及版」が出た。高梨訳 (1973ほか) はこの1885年「普及版」の全訳。いっぽう時岡訳 (2008) は1880年初版2巻を、原書と同様2分冊にして全訳したもの。
高梨訳で未収録だった箇所のうち、主要部分が楠家重敏(くすや・しげとし)ほか訳 『バード 日本紀行』 (2002)、細部が高畑美代子(たかはた・みよこ)訳 『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』 (2008) のタイトルで、それぞれ出版された。
* 現代日本にまで届く百年前の眼 評者:松本裕喜
三省堂書店公式ブログ「神保町の匠」 2008-06
高畑訳 『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』 の書評
■外部リンク External links
* Isabella Bird - Wikipedia (1831-1904)
* イザベラ・バード - Wikipedia (1831-1904)
* 日本奥地紀行 - Wikipedia
* 伊藤鶴吉|近代日本人の肖像 (1857-1913) - 国立国会図書館
イザベラ・バードの東北・北海道旅行に同行した通訳。
『日本奥地紀行』に「伊藤」は、たびたび登場する。どことなく
コミカルで、ドン・キホーテに従うサンチョ・パンサを連想させ
ないでもない。
■更新履歴 Change log
2009/07/04
(1) 「ウェブスター島」(夏島)の現在の地名による位置表示を、より正確と思われるものに修正しました。しかし、私は神奈川県の地理に詳しくありません。もし誤りがあればご指摘ください。
(2) 「植民地主義と地名」の項にリンクを追加しました。
<< [1] Unbeaten Tracks in Japan
<< [1] 『日本奥地紀行』
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■洋書 Books in non-Japanese languages
■和書 Books in Japanese
■浦賀水道の地図 Map of the Uraga Channel
神奈川県・三浦半島と千葉県・房総半島に挟まれた海峡が浦賀水道。より詳しくは観音崎(かんのんざき)-富津岬(ふっつみさき)ラインと、剱崎(つるぎざき)-洲崎(すのさき)ラインに挟まれた海域をいう。その、東京湾がいちばん狭まっているところは幅6.5キロメートルしかない。江戸時代のむかしも21世紀のいまも、かりに東京湾海上封鎖の可能性があるとすれば、これを阻止する防衛線となるのは観音崎-富津岬ラインだ。
■はじめに Introduction
1853年7月8日(嘉永6年6月3日)金曜日午後、浦賀沖。日米外交が始まった歴史的瞬間。すなわち、当事者どうしが初めて直に対面して交渉を始めた、そのとき。日本側が発した第一声とは?
■日本語訳 Translations into Japanese
「オランダ語がはなせる」 ………………………加藤 1985, 1994
「オランダ語を話せる」 …………………………三方 1999
「私はオランダ語ができます」 …………………大羽 1947, 1953
「私はオランダ語ができます」 …………………洞 1970
「私はオランダ語が話せる」 ……………………興梠 1998
「私はオランダ語を話すことができる」 ………オフィス宮崎 1997
「私はオランダ語を話すことができる」 ………山本 2003
「私は和蘭語が話せます」………………………鈴木 1912, 1937
「自分はオランダ語が話せる」 …………………加藤 1988, 2004
「余はオランダ語を話すことができる」 …………今津 2007
[訳文は追って挿入します - tomoki y.]……土屋+玉城 1935, 1948, etc.
■英語原文 The original text in English
"I can speak Dutch."
■文脈または背景
やがて1隻の番船が旗艦の舷側にやってきた。船上のひとりが紙の巻物を手にしているのを認めたが、サスケハナ号の士官は受け取るのを拒絶した。しかし、その紙はミシシッピ号の舷側で読めるよう高く掲げられた。その文書はフランス語で書いてあり、艦隊は撤退すべし、危険を冒してここに停泊すべきではない、という趣旨の命令を伝えていることが分かった。
上役の役人が、船をサスケハナ号に横づけにして、舷梯をおろすように手真似で合図した。これは拒絶したが、中国語通訳ウィリアムズ氏とオランダ語通訳ポートマン氏に命じ、その役人に対して、提督は最高位の役人としか面談しないから貴官は陸に戻るようにと告げさせた。
日本語で話を進めるのは困難に思われたとき、横づけにした番船上のひとりがまことにみごとな英語で
「私はオランダ語を話すことができる」
と言った。
彼の英語ではこれを言うのが精いっぱいらしかったので、ポートマン氏がオランダ語で彼と会話を始めた。彼はオランダ語が堪能であると見えて、矢継ぎばやにさまざまな質問を浴びせてきたが、質問の多くには返答しなかった。
第1巻 第12章 234ページ
加藤祐三=序文 オフィス宮崎=翻訳・構成 宮崎寿子=制作責任者
『ペリー艦隊日本遠征記 Vol.1』 全3巻・海図付セット
栄光教育文化研究所 1997-10-10
改行は tomoki y. が挿入しました。
■The context or background
One of the boats came alongside of the flag-ship, and it was observed that a person on board had a scroll of paper in his hand, which the officer of the Susquehanna refused to receive, but which was held up to be read alongside of the Mississippi, when it was found to be a document in the French language, which conveyed an order to the effect that the ships should go away, and not anchor at their peril.
The chief functionary, as his boat reached the side of the Susquehanna, made signs for the gangway ladder to be let down. This was refused, but Mr. Williams, the Chinese interpreter, and Mr. Portman, the Dutch, were directed to state to him that the Commodore would not receive any one but a functionary of the highest rank, and that he might return on shore.
As there seemed to be some difficulty in making progress in the Japanese language, one on board the boat alongside said, in very good English,
"I can speak Dutch."
Mr. Portman then commenced a conversation with him in that language, as his English seemed to have been exhausted in the first sentence. He appeared to be perfectly familiar with the Dutch, however, and commenced a very brisk volley of questions, many of which were no responded to.
Volume 1, Chapter 12, Page 234.
Narrative of the Expedition of an American Squadron
to the China Seas and Japan, performed in the years
1852, 1853, and 1854 under the command of Commodore M. C. Perry,
United States Navy, by order of the Government of the United States.
Published by order of the Congress of the United States.
Washington, Beverley Tucker, Senate printer, 1856. 3 Volumes.
Line breaks were inserted by tomoki y.
■使用言語(使用された順)と話者
Languages spoken and written (in order of their use) and the speakers
日 本 : [fr] フランス語で書かれた紙の巻物
アメリカ : [zh] 中国語通訳(アメリカ人)の話す中国語
+
[ja] 中国語通訳(アメリカ人)の話すへたな日本語
+
[nl] オランダ語通訳(オランダ人)の話すオランダ語
日 本 : [en] オランダ語通訳(日本人)の話す英語ひとこと
"I can speak Dutch."
アメリカ : [nl] オランダ語通訳(オランダ人)の話すオランダ語
日 本 : [nl] オランダ語通訳(日本人)の話すみごとなオランダ語
「未知との遭遇」の世界だ(笑)。宇宙人と地球人の対話、白人とネイティブ・アメリカン(「インディアン」)の会話とおなじ。なに語で意思が疎通できるかわかるまで、おたがいに試行錯誤をおこなっている。フランス語、中国語、日本語、英語、……。
巻物にフランス語を書いたのが日本側のだれであるかは不明。アメリカ側の中国語通訳はアメリカ人ウィリアムズ。同オランダ語通訳はオランダ人ポートマン。日本側のオランダ通詞(=オランダ語通訳)は堀達之助(ほり・たつのすけ)。日本側には良い英語通訳がおらず、アメリカ側には良い日本語通訳がいなかった。「ジョン万次郎」こと中浜万次郎は当時すでに帰国していたが、活躍の機会を与えられていなかった。
結局、唯一オランダ語でのみコミュニケーションが可能だとわかった。以後の会話は、つぎのように堀とポートマンを介して二重通訳で行なわれた。ただし、これはあくまでも外交交渉の世界。通じるからといって何もかも話したわけではない。ペリー側は、幕府側の矢継ぎばやの質問を理解できたが、その多くに、わざと答えなかった。なお、文書による交渉のほうは、会話とは異なり中国語(漢文)ベースで行なわれたという。
幕府側(日本)
↓↑
[日 ja]
↓↑
堀達之助
↓↑
[蘭 nl]
↓↑
ポートマン
↓↑
[英 en]
↓↑
ペリー側(アメリカ)
■上の引用箇所を載せた原書ページの複写画像
Scanned book page containing the excerpt quoted above
[en] Image source
Volume 1, Chapter 12, Page 234.
Narrative of the Expedition of an American Squadron
to the China Seas and Japan, performed in the years
1852, 1853, and 1854. 3 Volumes.
The Otis Cary Collection, Digital archive of rare materials.
Doshisha University Academic Repository.
[ja] 画像の出典
同志社大学学術リポジトリ
貴重書デジタル・アーカイブ ケーリ文庫 所蔵
『ペリー提督日本遠征記』(全3巻)解説 第1巻 第12章 234ページ
■入手可能なペーパーバック版 Paperback edition in stock
Narrative of the Expedition to the China Seas and Japan, 1852-1854
著者: Matthew Calbraith Perry Commodore M. C. Perry
ペーパーバック
出版社:Dover Publications
発売日:2000-09-15
ISBN-10 : 0486411338
ISBN-13 : 9780486411330
■日本語訳の出典 Sources of the translations into Japanese
(1) 今津 2007
第3章 第1次開国交渉―大統領書簡受け渡し
4. ペリー提督 鎖国日本に初上陸
今津浩一(いまづ・こういち)=著
『ペリー提督の機密報告書
―コンフィデンシャル・レポートと開国交渉の真実』
ハイデンス 2007-10-18
(2) 加藤 2004
はじめに
加藤祐三(かとう・ゆうぞう)=著 『幕末外交と開国』
ちくま新書 2004-01-10
(3) 山本 2003
4. 乗船―最初に英語を使った男
山本詔一(やまもと・しょういち)=著
『ヨコスカ開国物語』
神奈川新聞社 2003-04-18
(4) 三方 1999
第十二章 琉球から江戸へ・浦賀湾に投錨
猪口孝(いのぐち・たかし)=監修 三方洋子(みかた・ようこ)=訳
『猪口孝が読み解く「ペリー提督日本遠征記」』
NTT出版 1999-10-07 この本の詳細は ここ。
(5) 興梠 1998
第二部 第9章 ペリー艦隊の来航
ピーター・ブース・ワイリー=著
興梠一郎(こうろぎ・いちろう)=執筆協力・訳
『黒船が見た幕末日本―徳川慶喜とペリーの時代』
TBSブリタニカ 1998-07-28
(6) オフィス宮崎 1997
第12章
加藤祐三=序文 オフィス宮崎=翻訳・構成 宮崎寿子=制作責任者
『ペリー艦隊日本遠征記 Vol.1』 全3巻・海図付セット
定価150,000円(税込)分売不可 栄光教育文化研究所 1997-10-10
原書:アメリカ合衆国議会公文書:第1巻US(S)771-79
(7) 加藤 1988
1章 黒船来たる 嘉永六年 浦賀沖
加藤祐三=著 『黒船異変―ペリーの挑戦』
岩波新書 1988-02-22
(8) 加藤 1985, 1994
一 黒船の登場 I ペリー艦隊の来航
加藤祐三(かとう・ゆうぞう)=著
a. 『黒船前後の世界』 ちくま学芸文庫 1994-05-09
b. 『黒船前後の世界』 岩波書店 1985-11-22
引用は a. に拠りました。
(9) 洞 1970
第四章 第一回日本訪問―七月四日から十六日まで
サミュエル・ウェルズ・ウィリアムズ=著 洞富雄(ほら・とみお)=訳
『ペリー日本遠征随行記』 新異国叢書8 雄松堂書店 1970-07-30
(10) 大羽 1947, 1953
合衆国海軍省=編 大羽綾子(おおば・あやこ)=訳
a. 第六章 アメリカ艦隊,日本本土にせまる
『ペリー提督日本遠征記』 法政大学出版局 1953-07-15
b. 『ペルリ提督遠征記』 酣灯社 1947-02-10
引用は a. に拠りました。
(11) 土屋+玉城 1935, 1948, etc.
土屋喬雄(つちや・たかお)+玉城肇(たまき・はじめ)=訳
a. 『ペルリ提督日本遠征記(上)』 臨川書店 1988-01
b. 第十ニ章 江戸に向つて出發―江戸灣入港
『ペルリ提督日本遠征記1』(全4冊)岩波文庫 1948-08-15
c. 『ペルリ提督日本遠征記(上)』(全2冊)
弘文荘 1935-03-10(昭和10) 發行者:反町茂雄
定價十五圓 五百部印行
a. は c. の複製。引用は b. に拠るつもりです。
(12) 鈴木 1912, 1937
第三編 浦賀の卷 上 四 決して長崎へは行かぬ
櫻井省三=校閲 鈴木周作=抄譯
a. 『ペルリ提督日本遠征記』 大同館書店 1937-10-20(昭和12)
定價金貳圓
b. 『ペルリ提督日本遠征記』 大同館 1912-06-15(明治45)
定價金壹圓貳拾錢
引用は a. に拠りました。
■吉村昭 『黒船』 Kurofune (Black Ship), a novel by Akira Yoshimura
ペリー来航時に首席オランダ通詞を務め、のちに日本最初の本格的英和辞典『英和對譯袖珍辭書』を編纂したが、投獄されるなどの悲哀もあじわった堀達之助の波乱に満ちた生涯を描いた小説。
* 吉村昭=著 『黒船』 中公文庫 中央公論社 1994-06
* 吉村昭=著 『黒船』 単行本 中央公論社 1991-09
関連記事:
* 幕末の英和対訳辞書草稿の発見と吉村昭『黒船』を読む
- 電網郊外散歩道 2007-08-06
* 日本初の英和辞典、原稿発見=オランダ語から英語へ-群馬の古書店
- 一言語学徒のページ 2007-03-16
* 関連書 堀孝彦=著 『英学と堀達之助』 雄松堂出版 2003-07
著者・堀氏は達之助の子孫にあたるかた。
■外部リンク External links
[en] English
* Tokyo Bay - Wikipedia
* Uraga Channel - Wikipedia
* Perry Expedition - Wikipedia
* Y150: A Grand Exposition for Yokohama's 150 Years
28 April 2009 - 27 September 2009
A series of events celebrating the 150th anniversary of the opening of
the Port of Yokohama
[zh] 中國語(繁體字)
* 東京灣 - Wikipedia
* 黑船來航 - Wikipedia
* 開國博Y150: 横濵、150周年大博覧會 (PDF)
2009年4月28日~2009年9月27日
横濵開港150周年紀念主題活動
[ja] 日本語
* 座談会 予告されていたペリー来航 (3)
神奈川県立歴史博物館「150周年記念 黒船」展に寄せて
情報紙『有鄰』 平成15年5月10日 第426号 3ページ
- 交渉に使われた言葉は漢文とオランダ語
- ペリーの「白旗書簡」をめぐる論争
- 大名間のネットワークがわかる絵巻などを展示
三谷博 (みたに・ひろし)、岩下哲典 (いわした・てつのり)、
嶋村元宏 (しまむら・もとひろ)の三氏と有鄰堂編集部による座談会。
* 通訳の歴史 [1] [2] (ppt) 翻訳と通訳の歴史 (html)
獨協大学 国際教養学部 言語文化学科 永田小絵氏による
* 東京湾 - Wikipedia
* 浦賀水道 - Wikipedia
* 黒船来航 - Wikipedia
* 開国のまち 横須賀 - 横須賀市観光協会
* 横浜開港資料館
とくに ペリー来航関係 よこはま歴史画像集
* 日常雑記(および京都旅行記) - 朝陽の中へ(ブログ版)
とくに「横須賀軍港めぐり」の連載ページ
* 東京湾を防御せよ! 幻の「第2海堡」へ行く - 探検コム
* 横浜開港150周年記念テーマイベント「開国博Y150」公式サイト

■更新履歴 Change log
2009/07/01 外部リンクの項に『有鄰』座談会記事へのリンクを追加しました。
2009/06/24 吉村昭 『黒船』 についての記載を追加しました。
2009/06/22 「浦賀水道の地図」の解説と「外部リンク」の項を修正しました。
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■洋書 Books in non-Japanese languages
■和書 Books in Japanese
(1) ペリー+開国
(2) ペリー+黒船
(3) ペリー+日本遠征
■表紙画像 Cover photos
a. 真崎義博=訳 『新装版 森の生活』 宝島社 2005-12
b. 今泉吉晴=訳 『ウォールデン―森の生活』 小学館 2004-05
c. 酒本雅之=訳 『ウォールデン―森で生きる』 ちくま学芸文庫 2000-03
d. 飯田実=訳 『森の生活―ウォールデン(上)』 岩波文庫 1995-09
e. 佐渡谷重信=訳 『森の生活―ウォールデン』 講談社学術文庫 1991-03
f. 上岡克己+高橋勤=編著 『ウォールデン』 シリーズ もっと知りたい名作の
世界. ミネルヴァ書房 2006-03
■はじめに Introduction
『ウォールデン』本文冒頭の第一パラグラフ。
■日本語訳 Translations into Japanese
(1) 今泉 2004
私がこの本を書いたのは――正確には多くの部分を書いたのは――いちばん近い人家から一マイルほど離れたマサチューセッツ州コンコードの森に入って、ひとりで暮らした時のことです。私はウォールデン池のほとりに家を建て、自分の手で得た糧(かて)で生きました。私はそこで二年と二か月を暮らしました。私は今ふたたび、文明化した社会をうごめいて生きる身になっています。
「第1章 経済」
ヘンリー・D・ソロー=著 今泉吉晴(いまいずみ・よしはる)=訳
『ウォールデン―森の生活』 小学館 2004-05-01
(2) 酒本 2000
以下の文章を、と言うよりむしろその大部分を書いた頃、ぼくはマサチューセッツ州コンコードにあるウォールデン池のほとりの森の中で、どんな隣人からも一マイル離れて一人で暮らしていた。住居(すまい)はぼくが自分で作り、生計も人手はいっさい借りずに自分でたてた。そこで暮らしたのは二年と二ヵ月、そして今はとりあえず文明生活にもどっている。
「生計」
ヘンリー・D・ソロー=著 酒本雅之(さかもと・まさゆき)=訳
『ウォールデン―森で生きる』 ちくま学芸文庫 2000-03
(3) 飯田 1995, 2001
以下の頁、というよりもその大部分を書いたとき、私はどの隣人からも一マイル離れた森のなかにひとりで暮らしていた。マサチューセッツ州コンコードにあるウォールデン湖のほとりに自分で建てた小屋を住処(すみか)とし、手を使った労働だけで生活の糧(かて)を得ていたのである。私は二年二ヵ月のあいだ、そこで暮らした。現在はふたたび文明社会の逗留者となっている。
「経済」
H・D・ソロー=著 飯田実(いいだ・みのる)=訳
★a. 『森の生活―ウォールデン(上)』 (全2冊)
ワイド版岩波文庫 2001-01-16
b. 『森の生活―ウォールデン(上)』 (全2冊) 岩波文庫 1995-09
(4) 佐渡谷 1991
私が本書の大部分のページを書いたのは、マサチューセッツ州のコンコードにあるウォールデン池畔に自分で建てた家においてである。そこは近隣から一マイル離れた森の中にあり、私一人が住んでいた。しかも私は自分の手仕事だけで生計を立てていたのだ。そこに二年二ヵ月暮した。現在は再び文明生活の住人に戻っている。
「経済」
ヘンリー・D・ソロー=著 佐渡谷重信(さどや・しげのぶ)=訳
『森の生活―ウォールデン』 講談社学術文庫 1991-03-10
(5) 神原 1983
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.]
「章題未確認」
H・D・ソーロウ=著 神原栄一(かんばら・えいいち)=訳
『森の生活』 荒竹出版 1983-06
(6) 真崎 1981, 1989, etc.
これからの話の大半は、マサチューセッツ州コンコードの森にあるウォールデン湖のほとりで、ぼくが自分で作った家に住んでいたときに書いたものだ。そこは、いちばん近くの家でさえ一マイルも離れているという人里離れた所で、生活に必要なものはすべてぼくの肉体労働だけで手に入れていた。そして、そこには二年と二か月の間暮していた。いまは、また文明社会の世話になっている。
第1章 衣食住の基本問題
「生活をみつめなおす目」
ヘンリー・D・ソロー=著 真崎義博(まさき・よしひろ)=訳
★a. 『森の生活』 本山賢司 イラスト 宝島社 2005-12-15(新装版)
版元による紹介ページ
b. 『森の生活―ウォールデン』 宝島社文庫 2002-11(新装版)
c. 『森の生活―ウォールデン』 宝島社文庫 1998-11
d. 『森の生活―ウォールデン 愛蔵版』 本山賢司 絵
JICC出版局 1989-03-10
e. 『新訳・森の生活―ウォールデン』 本山賢司 絵
JICC出版局 1981-02-01
(7) 出水 1957, 1976
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.]
「章題未確認」
ソロー=著 出水春三(でみず・はるぞう)=訳注
☆a. 『対訳 森の生活』 南雲堂 英和対訳・学生文庫44 1976-12
b. 『森の生活―ウォールデン』 南雲堂 Phoenix library 1957
(8) 富田 1953, 1963
私が本書を、と言ってもその大部分を書いた頃には、私は、マサチューセッツ州コンコードのウォールデン池畔の一哩(マイル)も行かねば一人の隣人もいない森の中で、自分自身で建てた家に一人で住み、自分の手の働きだけを頼りに生計を立てていた。私はそこに二年と二ヵ月の間住んでいた。現在では、また文明生活の寄寓者となっている。
「経済」
ソーロー=著 富田彬(とみた・あきら)=訳
★a. 「森の生活(抄)」『世界人生論全集6』 筑摩書房 1963-07-15
b. 『森の生活―ウォールデン』 角川文庫 1953
(9) 神吉 1951, 1979, etc.
以下のページの大部分を書いたのは、わたしがマサチュセッツ州のコンコードの森のなかで、いちばん近い隣人が一哩もはなれているウォールデンの池のほとりに自分で建てた家に住み、自分の手による勞働だけにたよって生活の料(しろ)をえていた時のことであった。わたしはそこで二年と二ヶ月くらした。現在はふたたび文明社會にもどっている。
「經濟」
ヘンリー・D・ソロー=著 神吉三郎 (かんき・さぶろう)=訳
a. 『森の生活―ウォールデン』 ワイド版岩波文庫 1991-12-05
b. 『森の生活―ウォールデン』 岩波文庫 1979-05-16(改版)
★c. 『森の生活―ウォールデン(上)』 岩波文庫 1951-05-25
(10) 宮西 1950
森のなかに獨り棲んでいた頃、私はこの文章の殆ど大部分を書いた。マサチューセッツ州コンコードのウォールデン湖畔、いずれの人家からも一哩離れた森の中に、私は自分自身で建てた家に棲み、自分の腕で働くだけで生活の資を得ていた。其處で私は二年と二ヵ月のあいだ暮した。現在はまた文明生活の寄寓者にかえつている。
「經濟」
ソロー=著 宮西豐逸(みやにし・ほういつ)=譯
『森の生活』 世界思想選書15 三笠書房 1950-07-31
(11) 酒井 1948
[この章は訳出されていません - tomoki y.]
ソロー=著 酒井賢(さかい・けん)=訳
『ウォルデン池畔にて』 養德社 1948-10-30
抄訳。書名は表紙に拠る。奥付の表記は「ウォールデン池畔にて」。
(12) 今井(規) 1948
私が、本書をと云ふよりは寧ろ本書の大部分を書いた頃は、マサチューセッツ州コンコードのウォルデン池畔、一哩四方の間には、一軒の隣家も無い森の中で、自分で建てた家の中に、只一人で住んでゐた。そして自分の手の勞働のみに依つて生計を立てゝゐた。私は其處で二年と二ヶ月間暮したのであつた。今では、私は又再び、文明社會の寄寓者の一人である。
「經濟」
ソロオ=著 今井規清(いまい・のりきよ)=訳
『森の生活』 大泉書店 1948-10-10
(13) 古舘 1930, 1933
私が次ぎの記録を、と云つても全部ではなくその大部分を書いた頃は、マサチューセット州コンコードのウォルデン池畔で、一哩の間一軒の人家もない森の中に、しかも私自身の建てた家に、私はたゞ一人住んでゐた。そして、自分の手の勞働だけで生計を立てゝゐた。私は其處で二年二ヶ月間暮した。現在では、私は又、文明生活の寄寓者である。
「經濟」
ヘンリー・ダヴィッド・ソロー=著
古舘淸太郎(ふるだち・せいたろう)=譯
a. 『森の生活』 春秋社 春秋文庫 1933(昭和8)
★b. 「ウオルデン」『世界大思想全集32』 春秋社 1930-06-10(昭和5)
(14) 和田 1927
[この章は訳出されていません - tomoki y.]
ヘンリイ・デヴィッド・ソロオ=著 和田傳(わだ・つとう)=譯述
「森の生活」
『名作選集世界田園文學』 文敎書院 1927-10-05(昭和2) 抄訳
(15) 今井(嘉) 1925, 1934
私が本書を、と云ふよりは寧ろ本書の大部分を書いた頃は、マサチューセッツ州コンコードのウォルデン池畔、一哩四方の間には、一軒の隣家も無い森の中で、自分で建てた家の中に、只一人で住んでゐた。そして自分の手の勞働のみに依つて生計を立てゝゐた。私は其處で二年と二ヶ月暮したのであつた。今では、私は又再び、文明社會の寄寓者の一人である。
「經濟」
ソロオ=著 今井嘉雄(いまい・よしお)=譯
★a. 『森の生活』 新潮文庫 1934-03-20(昭和9)
b. 『森の生活』 新潮社 1925(大正14)
引用は a. に拠りました。引用箇所について見るかぎり、今井嘉雄譯は、
上の今井規清訳と同文である。規清氏と嘉雄氏は同一人物だろうか?
それとも、規清氏は嘉雄氏の親族その他の著作権継承者だろうか?
(16) 水島 1911, 1913, etc.
余は以下のページ或は寧ろその大體を書いたころ、マサチユーセツツ州、コンコードの、ワルデン池畔に、自ら家を造り、たゞ我雙手を役して生計を立てつゝ、四方一哩の間には一軒の隣家もない森林中に、孤獨の生活を送つてゐた。其間二年と二ヶ月。而して今や余は再び文明社會の寄寓者である。
「經濟」
トロー=原著 水島耕一郎(みずしま・こういちろう)=譯
a. 『哲人の森林生活』 南天堂出版部 1933(昭和8)
★b. 『森林生活―生の價値』 中央出版社 1925-06-17 (大正14)
c. 『森林生活』 中央出版社 1921-07-17 (大正10)
d. 『森林生活』 成光館書店 1911(明治44)
e. 『森林生活』 文成社 1911(明治44)
■英語原文 The original text in English
When I wrote the following pages, or rather the bulk of them, I lived alone, in the woods, a mile from any neighbor, in a house which I had built myself, on the shore of Walden Pond, in Concord, Massachusetts, and earned my living by the labor of my hands only. I lived there two years and two months. At present I am a sojourner in civilized life again.
Chapter 1. Economy
Walden by Henry David Thoreau
■ネット上の電子テキストや朗読録音など Online resources, etc.
* E-text at:
The Thoreau Reader (an annotated edition)
PublicLiterature.Org
Project Gutenberg
eBooks@Adelaide
Wikisource
* Excerpts at Wikiquote
* Audio CD/mp3 CD at Amazon.com
* Free audiobook at Librivox
■訳の比較 Comparison of translations
. . .earned my living by the labor of my hands only
たゞ我雙手を役して生計を立てつゝ ………………………水島 1911, 1913, etc.
自分の手で得た糧で生きました。 …………………………今泉 2004
自分の手による勞働だけにたよって生活の料をえていた…神吉 1951, 1979, etc.
自分の手の働きだけを頼りに生計を立てていた。…………富田 1953, 1963
自分の手の勞働だけで生計を立てゝゐた。 ………………古舘 1930, 1933
自分の手の勞働のみに依つて生計を立てゝゐた。 ………今井(嘉) 1925, 1934
自分の手の勞働のみに依つて生計を立てゝゐた。 ………今井(規) 1948
自分の手仕事だけで生計を立てていたのだ。………………佐渡谷 1991
自分の腕で働くだけで生活の資を得ていた。 ……………宮西 1950
手を使った労働だけで生活の糧を得ていたのである。……飯田 1995, 2001
生活に必要なものはすべてぼくの肉体労働だけで手に入れていた。
………………真崎 1981, 1989, etc.
生計も人手はいっさい借りずに自分でたてた。……………酒本 2000
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.]……神原 1983
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.]……出水 1957, 1976
a sojourner in civilized life again
とりあえず文明生活にもどっている。……………………酒本 2000
ふたたび、文明化した社会をうごめいて生きる身になっています。今泉 2004
ふたたび文明社会の逗留者となっている。………………飯田 1995, 2001
ふたたび文明社會にもどっている。 ………………………神吉 1951, 1979, etc.
また文明社会の世話になっている。………………………真崎 1981, 1989, etc.
また文明生活の寄寓者となっている。 ……………………富田 1953, 1963
また文明生活の寄寓者にかえつている。…………………宮西 1950
再び文明社會の寄寓者である。……………………………水島 1911, 1913, etc.
再び文明生活の住人に戻っている。………………………佐渡谷 1991
又、文明生活の寄寓者である。……………………………古舘 1930, 1933
又再び、文明社會の寄寓者の一人である。………………今井(嘉) 1925, 1934
又再び、文明社會の寄寓者の一人である。………………今井(規) 1948
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.]…出水 1957, 1976
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.]…神原 1983
■Walden 日本語訳 - 出版年順の、まあまあ詳しいリスト
Japanese translations of Walden:
A somewhat detailed list in chronological order
1909年から2004年の約100年間に出版された『ウォールデン』の邦訳の詳しいリストは、日本ソロー学会編 『新たな夜明け―「ウォールデン」出版150年記念論集』(金星堂 2004年5月)の、長島良久編「ヘンリー・D・ソロー著作邦訳書誌(1909-2004)」という稿に載っているそうだ。まだ実物は見ていない。ちかいうちに図書館で借りてみるつもり。
下の複数のリストは、わたくしが自分用に拵えたもの。不完全な間に合わせに過ぎない。ただ、ネットでいつでも閲覧できるし、在庫がある本はリンク先のオンライン書店ですぐ購入できるから、すこしは便利かもしれない。「ヘンリー・デイヴィッド・ソロー - Midori's Room」というページを大いに参照させていただきました。緑さん、ありがとうございます。
★=上に訳文の抜粋を掲載したもの。☆=追って掲載する予定のもの。
★ 1. 真崎 『森の生活』真崎義博 訳 本山賢司 イラスト
宝島社 2005年12月(新装版)
★ 2. 今泉 『ウォールデン―森の生活』今泉吉晴 訳 小学館 2004年5月
3. 真崎 『森の生活―ウォールデン』真崎義博 訳
宝島社文庫 2002年11月(新装版)
★ 4. 飯田 『森の生活―ウォールデン(上)』飯田実 訳 岩波書店
ワイド版岩波文庫 2001年1月
★ 5. 酒本 『ウォールデン―森で生きる』酒本雅之 訳 筑摩書房
ちくま学芸文庫 2000年3月
6. 真崎 『森の生活―ウォールデン』真崎義博 訳
宝島社文庫 1998年11月
7. 飯田 『森の生活―ウォールデン(上)』飯田実 訳 岩波書店
岩波文庫 1995年9月
※ 8. 金関 『森の生活』スティーブ・ロウ 編 金関寿夫 訳
ロバート・サブダ 画 佑学社 1993年9月
9. 神吉 『森の生活―ウォールデン』神吉三郎 訳 岩波書店
ワイド版岩波文庫 1991年12月
★ 10. 佐渡谷 『森の生活―ウォールデン』佐渡谷重信 訳 講談社学術文庫
1991年3月
11. 真崎 『森の生活―ウォールデン 愛蔵版』真崎義博 訳 本山賢司 絵
JICC出版局 1989年3月
☆ 12. 神原 『森の生活』神原栄一 訳 荒竹出版 1983年6月
13. 真崎 『新訳・森の生活―ウォールデン』真崎義博 訳 本山賢司 絵
JICC出版局 1981年2月
14. 真崎 『森の生活―新訳 ウォールデン』真崎義博 訳 本山賢司 絵
宝島社 1981年1月
15. 神吉 『森の生活―ウォールデン』神吉三郎 訳 岩波書店 岩波文庫
1979年5月16日(改版)
☆ 16. 出水 『対訳 森の生活』出水春三 訳注 南雲堂
英和対訳・学生文庫44 1976年12月
★ 17. 富田 「森の生活(抄)」『世界人生論全集6』筑摩書房 1963年7月
18. 出水 『森の生活―ウォールデン』出水春三 訳註 南雲堂
Phoenix library 1957年
19. 富田 『森の生活―ウォールデン』富田彬 訳 角川書店
角川文庫 1953年
★ 20. 神吉 『森の生活―ウォールデン(上)』神吉三郎 訳 岩波書店
岩波文庫 1951年5月
★ 21. 宮西 『森の生活』宮西豊逸 訳 三笠書房 世界思想選書 1950年
★ 22. 酒井 『ウォルデン池畔にて』酒井賢 訳 養徳社 1948年
★ 23. 今井(規) 『森の生活』今井規清 訳 大泉書店 1948年10月
★ 24. 今井(嘉) 『森の生活』今井嘉雄 訳 新潮社 新潮文庫
1934(昭和9)年3月
25. 古館 『森の生活』古館清太郎 訳 春秋社
春秋文庫 1933(昭和8)年
26. 水島 『哲人の森林生活』水島耕一郎 訳 南天堂出版部
1933(昭和8)年
★ 27. 古館 「ウオルデン」3編『世界大思想全集第32巻』古館清太郎 訳
春秋社 1930(昭和5)年6月
★ 28. 和田 「森の生活」『名作選集世界田園文学』和田伝 訳述 文教書院
1927(昭和2)年10月
29. 今井(嘉) 『森の生活』今井嘉雄 訳 新潮社 1925(大正14)年
★ 30. 水島 『森林生活―生の価値』水島耕一郎 訳 中央出版社
1925(大正14)年6月
31. 水島 『森林生活』水島耕一郎 訳 中央出版社
1921(大正10)年7月
32. 水島 『森林生活』水島耕一郎 訳 成光館書店
1911(明治44)年7月
33. 水島 『森林生活』水島耕一郎 訳 文成社 1911(明治44)年
※ 8. 金関 1993年9月は児童向けの抄訳絵本だが、いわゆるリライトとか再話ではない。テキストは編者スティーブ・ロウが抜粋したソロー自身の原文で構成されている。
■Walden 日本語訳 - 訳者別リスト
Japanese translations of Walden - A list by translators
今泉吉晴 2004
★『ウォールデン―森の生活』 小学館 2004-05
酒本雅之 2000
★『ウォールデン―森で生きる』 ちくま学芸文庫 2000-03
飯田実 1995, 2001
★『森の生活―ウォールデン(上)』 ワイド版岩波文庫 2001-01
『森の生活―ウォールデン(上)』 岩波文庫 1995-09
金関寿夫 1993
『森の生活』スティーブ・ロウ 編 ロバート・サブダ 画
佑学社 1993-09
佐渡谷重信 1991
★『森の生活―ウォールデン』 講談社学術文庫 1991-03
神原栄一 1983
☆『森の生活』 荒竹出版 1983-06
真崎義博 1981, 1989, etc.
★『森の生活』 本山賢司 イラスト 宝島社 2005-12(新装版)
『森の生活―ウォールデン』 2002-11(新装版)
『森の生活―ウォールデン』 宝島社文庫 1998-11
『森の生活―ウォールデン 愛蔵版』 本山賢司 絵
JICC出版局 1989-03
『新訳・森の生活―ウォールデン』 本山賢司 絵
JICC出版局 1981-02
出水春三 1957, 1976
☆『対訳 森の生活』 南雲堂 英和対訳・学生文庫44 1976-12
『森の生活―ウォールデン』 南雲堂 Phoenix library 1957
富田彬 1953, 1963
★「森の生活(抄)」『世界人生論全集6』 筑摩書房 1963
『森の生活―ウォールデン』 角川文庫 1953
神吉三郎 1951, 1979, etc.
『森の生活―ウォールデン』 ワイド版岩波文庫 1991-12
『森の生活―ウォールデン』 岩波文庫 1979-05-16(改版)
★『森の生活―ウォールデン(上)』 岩波文庫 1951-05-25
宮西豊逸 1950
★『森の生活』 三笠書房 世界思想選書 1950
酒井賢 1948
★『ウォルデン池畔にて』 養徳社 1948
今井規清 1948
★『森の生活』 大泉書店 1948-10
古館清太郎 1930, 1933
『森の生活』 春秋社 春秋文庫 1933(昭和8)
★「ウオルデン」3編『世界大思想全集第32巻』 春秋社
1930-06(昭和5)
和田伝 1927
★「森の生活」『名作選集世界田園文学』 文教書院 1927-10(昭和2)
今井嘉雄 1925, 1934
★『森の生活』 新潮文庫 1934-03(昭和9)
『森の生活』 新潮社 1925(大正14)
水島耕一郎 1911, 1913, etc.
『哲人の森林生活』 南天堂出版部 1933(昭和8)
★『森林生活―生の價値』 中央出版社 1925-06(大正14)
『森林生活』 中央出版社 1921-07(大正10)
『森林生活』 成光館書店 1911(明治44)
『森林生活』 文成社 1911(明治44)
■解説書・研究書その他 Guides, Studies, etc. in Japanese
『ウォールデン』上岡克己・高橋勤 編著 ミネルヴァ書房
シリーズ もっと知りたい名作の世界 2006年3月(年譜・文献)
『新たな夜明け―『ウォールデン』出版150年記念論集』日本ソロー学会 編
金星堂 2004年5月(年表・著作目録) この本の紹介は このページ の
いちばん下。
『ウォールデン』研究―全体的人間像を求めて』上岡克己 著 旺史社
1993年2月(邦文主要参考文献)
『ウォールデン―森の生活』についての一考察
―ソーロウの「高い霊妙な」志向』奥田穣一 著 桐原書店 1985年11月
「春」13編『アメリカ古典文庫4― H・D・ソロー』木村晴子・島田太郎・
斎藤光 訳 研究社出版 1977年2月
『ソーローの言葉』志賀勝 訳編 西村書店 1947年
『ウォールデン』その他から集録。
■邦題の異同 Variations of the title translated into Japanese
『ウォールデン―森で生きる』 ……酒本 2000
『ウォールデン―森の生活』………今泉 2004
『ウォルデン池畔にて』……………酒井 1948
『ウオルデン』 ……………………古館 1930(昭和5)
『森の生活―ウォールデン』………飯田 2001
『森の生活―ウォールデン』………真崎 1998
『森の生活―ウォールデン』………飯田 1995
『森の生活―ウォールデン』………佐渡谷 1991
『森の生活―ウォールデン』………神吉 1991
『森の生活―ウォールデン』………真崎 1989
『森の生活―ウォールデン』………真崎 1981
『森の生活―ウォールデン』………神吉 1979
『森の生活―ウォールデン』………富田 1963
『森の生活―ウォールデン』………富田 1953
『森の生活―ウォールデン』………神吉 1951
『森の生活』 ………………………真崎 2005
『森の生活』 ………………………金関 1993
『森の生活』 ………………………神原 1983
『森の生活』 ………………………宮西 1950
『森の生活』 ………………………今井(規) 1948
『森の生活』 ………………………今井(嘉) 1934(昭和9)
『森の生活』 ………………………古館 1933(昭和8)
『森の生活』 ………………………和田 1927(昭和2)
『森の生活』 ………………………今井(嘉) 1925(大正14)
『森林生活―生の價値』 …………水島 1925(大正14)
『森林生活』 ………………………水島 1921(大正10)
『森林生活』 ………………………水島 1913(大正2)
『森林生活』 ………………………水島 1911(明治44)
『哲人の森林生活』 ………………水島 1933(昭和8)
おおざっぱに言って日本語訳題は次のように変遷している。
『森林生活』→『森の生活』→『森の生活―ウォールデン』→『ウォールデン』
■その他の外部リンク Other external links
[en] English
* Henry David Thoreau - Wikipedia (1817-1862)
* Walden - Wikipedia
* The Thoreau Society
* Outline of American Literature, Revised edition (PDF),
Chapter 3: The Romantic Period, 1820-1860: Essayists and Poets
[ja] 日本語
* ヘンリー・デイヴィッド・ソロー - Wikipedia (1817-1862)
* ヘンリー・デイヴィッド・ソロー - Midori's Room
* ヘンリー・デイヴィッド・ソロー - 翻訳作品集成
* ヘンリー・デイヴィッド・ソロー - 翻訳アンソロジー/雑誌リスト
* 日本ソロー学会 The Thoreau Society of Japan
■更新履歴 Change log
2009/07/08 佐渡谷重信=訳 1991-03-10 を追加しました。
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■DVD
■CD
■表紙画像 Cover photos
[ja] われらの時代・男だけの世界 (ヘミングウェイ全短編1) 新潮文庫 1995-10-01
[de] Männer ohne Frauen: 14 Stories Rowohlt Tb. 1993-05 ドイツ語版
[en] Men Without Women Scribner 1997-02-21
■はじめに Introduction
ヘミングウェイの短篇集『男だけの世界』に収められた14篇のうち、3つめの作品。
"那就請你,請你,求你,求你,求求你,求求你,千万求求你,不要再講了,好嗎?"
白象似的群山
作者:海明威 翟象俊譯
E-text at 龍騰世紀 (millionbook.net)
1. 「ねえ、おねがいおねがいおねがいおねがいおねがいおねがいだから、黙って」
2. 「どうかお願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願いだから、黙ってくれない?」
3. 「どうかおねがい、おねがい、おねがい、おねがい、おねがい、おねがいだから、黙ってくれない?」
4. 「頼むから、ね、頼むから、頼むから、黙ってちょうだい」
5. 「お願い、どうかどうかどうかどうかどうかどうか、おしゃべりやめてくださらない?」
6. 「どうか、どうか、どうか、どうか、おしゃべりをやめてちょうだい」
7. 「ごしょうだから、おしゃべりをやめてちょうだい。ねえ、お願い、お願い、お願い!」
8. 「じゃ、お願い――どうかどうかどうかどうかどうかどうかどうか、おしゃべりをやめて」
1. tomoki y. 2009
白い象のような山並み
ヘミングウェイ=著 Tomoki Yamabayashi=部分訳
tomokilog - うただひかるまだがすかる 2009-06-19
2. 遠藤 2005
白象のような山々
ヘミングウェイ=著 遠藤倫生(えんどう・みちお)=訳
Michio Endo Website 2005-06-01
3. 高見 1995
白い象のような山並み
ヘミングウェイ=著 高見浩(たかみ・ひろし)=訳
『われらの時代・男だけの世界―ヘミングウェイ全短編1』(全3冊)
新潮文庫 1995-10-01
4. 沼澤 1977
白い象に似た山々
ヘミングウェイ=著 沼澤洽治(ぬまさわ・こうじ)=訳
『世界文学全集77 老人と海 他』 集英社 1977-10-20
5. 谷口 1972
白象に似た山並み
ヘミングウェイ=著 谷口陸男(たにぐち・りくお)=訳
『ヘミングウェイ短篇集(上)』(全2冊) 岩波文庫 1972-11-16
6. 大久保 1970
白い象のような山々
ヘミングウェイ=著 大久保康雄(おおくぼ・やすお)=訳
『ヘミングウェイ短編集1』 新潮文庫 1970-06-25
7. 龍口 1969
白い象のような丘
ヘミングウェイ=著 龍口直太郎(たつのくち・なおたろう)=訳
『キリマンジャロの雪』 角川文庫 1969-12-10
8. 西川 1964
白象に似た山なみ
ヘミングウェイ=著 西川正身(にしかわ・まさみ)=訳
『世界の文学44 ヘミングウェイ』 中央公論社 1964-04-12
—¿Querrías por favor por favor por favor por favor callarte la boca?
Colinas como elefantes blancos
by Ernest Hemingway
E-text at:
* Documento sin título
* Literatura Universal
* Las Historias
■フランス語訳 Translation into French
- Veux-tu s’il te plaît s’il te plaît s’il te plaît s’il te plaît s’il te plaît s’il te plaît s’il te plaît s’il te plaît te taire ? »
Collines comme des éléphants blancs
by Ernest Hemingway
E-text at dominique.gosztola.9online.fr
■英語原文 The original text in English
'Would you please please please please please please please stop talking?'
Hills Like White Elephants (1927) by Ernest Hemingway
E-text at:
* Dr. Charles Phillips Home Page
* Michio Endo Website
* machete
* Scribd
「白い象に似た山々」…………沼澤 1977
「白い象のような丘」 …………龍口 1969
「白い象のような山々」 ………大久保 1970
「白い象のような山並み」 ……tomoki y. 2009
「白い象のような山並み」 ……高見 1995
「白象に似た山なみ」…………西川 1964
「白象に似た山並み」…………谷口 1972
「白象のような山々」 …………遠藤 2005
* Hills Like White Elephants - Wikipedia
* Men Without Women - Wikipedia
* Ernest Hemingway - Wikipedia (1899-1961)
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