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Thursday, 14 July 2005

アテチヨコ

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[前略]
 淡い甘さの澱粉(でんぷん)質の匂ひに、松脂(まつやに)と蘭(らん)花を混ぜたやうな熱帯的な芳香(ほうこう)が私の鼻をうつた。女主人は女中から温まつた皿を取次いで私の前へ置いた。
「アテチヨコですの?」
「お好き?」
「えゝ。でも、レストラントでなくて素人(しろうと)のおうちでかういふお料理珍しいと思ふわ」
「素人ぢやございませんわ。店の司厨長(シェッフ)を呼び寄せて、みな下で作らして居ますのよ」
「わざ/\、まあ、恐れ入りました」
「私、最近に下町で瀟洒(しょうしゃ)なレストラントを始めようと思つて、店や料理人を用意してありますのよ」
 女主人はレモンの汁を私の皿の手前に絞つて呉(く)れ、程よく食塩と辛子(からし)を落して呉れた。私は大きな松の実のやうな菜果を手探りで皮を一枚づゝ剥(は)ぎ、剥げ根にちよつぽり塊(かたま)つてついてゐる果肉に薬味の汁をつけて、その滋味を前歯で刮(か)き取ることにこどものやうな興味を湧(わか)しながら、
「まあ、あなたがお料理屋を、どうして」
「——何かして紛らしてゐなければ——独身女はしじゆう焦々(いらいら)しますのよ」
 さう云つて友はちよつと眉(まゆ)を寄せたが、友の内心には何処(どこ)かさとりめいた寛(くつろ)いだ場所が出来、一脈の涼風が過不及(かふきゅう)なしの往来をしてゐるらしくも感じられる。下手な情感的な態度を見せては案外友を煩(うる)さがらさぬともかぎらない。
[後略]

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以上、岡本かの子「過去世」より引用。

底本:「日本幻想文学集成10 岡本かの子」国書刊行会
   1992(平成4)年1月23日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 第三巻」冬樹社
   1974(昭和49)年4月発行
初出:「文芸」
   1937(昭和12)年7月
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:湯地光弘
2004年2月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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ソースURL:http://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/4175_14827.html
上記画像は、日本図書センタ−版

なお、「アテチョコ」とは、アーティチョーク (artichoke) のことらしい。
 
 
 

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