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Sunday, 16 July 2006

Deux ans de vacances by Jules Verne ジュール・ヴェルヌ 『二年間のバカンス』『二年間の休暇』『十五少年漂流記』『十五少年』

        目次 Table of Contents

  Video   Deux ans de vacances (1974) Intro
 Images  表紙画像ギャラリー Cover photo gallery
■日本語訳 Translations into Japanese
  (J1) 椎名+渡辺 2015
  (J2) 私市 2012
  (J3) 大友 1994
  (J4) 横塚 1993
  (J5) 荒川 1993
  (J6) 朝倉 1968
  (J7) 金子 1967
  (J8) 石川 1958
  (J9) 波多野 1951
  (J10) 森田 1896, 1938
■日本語訳の比較 Comparison of Japanese translations
  (a) l'une des plus estimees
  (b) importante colonie anglaise du Pacifique
  (c) une centaine
  (d) meilleures familles du pays
  (e) proprietaires, rentiers, negociants ou fonctionnaires
■ハンガリー語訳 Translation into Hungarian
■ロシア語訳 Translation into Russian
■ドイツ語訳 Translation into German
■英訳 Translation into English
■フランス語原文 The original text in French
■更新履歴 Change log


  Video  
Deux ans de vacances (1974) Intro

"Deux ans de vacances" by Gilles Grangier/Claude Desailly with Marc Di Napoli.


 Images 
表紙画像ギャラリー Cover photo gallery
Vacances


■日本語訳 Translations into Japanese

(J1) 椎名+渡辺 2015
 その時代、ニュージーランドは太平洋における英国の重要な植民地であり、その首都オークランドでチェアマン寄宿学校といえば名門校に数えられていた。生徒は全国でも名家の子息ばかり。この列島の原住民であるマオリ族はこの学校には迎えられず、彼らには別の学校が用意されていた。チェアマン寄宿学校にいるのは若い英国人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人で、大地主や金利生活者、仲買人、国家公務員の息子たちだった。彼らは、英国の全寮制学校で行なわれるような、すべて揃った教育を受けていた。

   第三章 少年航海者
   ジュール・ヴェルヌ=作
   椎名誠(しいな・まこと)+渡辺葉(わたなべ・よう)=訳
   『十五少年漂流記』 新潮モダン・クラシックス 新潮社 2015/08/30


(J2) 私市 2012
 当時、チェアマン寄宿学校は、ニュージーランドの首都オークランド(一八六五年にウェリントンに遷都)で、もっとも評判の高い寄宿学校のひとつだった。ニュージーランドは、太平洋上のイギリスの重要な植民地である。その学校には、この土地のいちばんよい家柄(いえがら)の生徒が百人ばかりいた。この諸島(しょとう)の先住民であるマオリ族はこの学校に子どもを入れることはできず、べつの学校が用意されていた。チェアマン寄宿学校には、イギリス人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人の子どもしかいなかった。彼(かれ)らは、地主、金利生活者、土地の商人や役人の息子(むすこ)たちで、イギリス王国の寄宿学校でうけるのと同じような、完全無欠な教育をうけていた。

   第3章
   ジュール・ヴェルヌ=作 私市保彦(きさいち・やすひこ)=訳
   『二年間の休暇(上)』 岩波少年文庫 2012/02/16


(J3) 大友 1994
 当時(とうじ)、チェアマン寄宿学校(きしゅくがっこう)は、オークランドでもっとも評判(ひょうばん)の高い学校のひとつだった。オークランドは、太平洋(たいへいよう)にある大きなイギリスの植民地(しょくみんち)ニュージーランドの首都(しゅと)(現在の首都はウェリントン)である。
 寄宿学校の生徒(せいと)は約百人で、この地方の良家(りょうけ)の子弟(してい)だった。ニュージーランドの先住民(せんじゅうみん)であるマオリ族(ぞく)の子どもたちは、別(べつ)の学校に通(かよ)わされていたのだが——。だからチェアマン寄宿学校には、イギリス人、アメリカ人、ドイツ人の子どもたちしかいなかった。彼らは、この地方の地主(じぬし)、年金生活者(ねんきんせいかつしゃ)、貿易商(ぼうえきしょう)、役人(やくにん)などの子弟だった。生徒たちはみんな、イギリス本国(ほんごく)の寄宿学校で受けるのと同じような、まったく申しぶんのない教育(きょういく)を受けていた。

   3
   オークランドのチェアマン寄宿学校(きしゅくがっこう)
   ジュール・ヴェルヌ=作 大友徳明(おおとも・のりあき)=訳
   『二年間の休暇(上)』 偕成社文庫 1994/12


(J4) 横塚 1993
 そのころ、チェアマン寄宿学校は、オークランドの町で、いちばん有名な学校のひとつだった。この町は、太平洋にあるイギリスの重要な植民地、ニュージーランドの首都だった。その寄宿学校には、この国の上流家庭の一◯◯名ばかりの生徒がいた。この諸島の原住民であるマオリ族は、子どもたちをその学校にいれることができなかったらしい。その子どもたちのためには、べつに学校が用意されていた。チェアマン寄宿学校には、イギリス人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人の少年たちしかいなかったが、それはこの国の地主とか、金利生活者とか、貿易商とか、役人の息子たちだった。少年たちは、学校でとても立派な教育を受けていたが、それはイギリス王国のよく似た学校でうける教育と、同じものだった。

   3
   オークランドのチェアマン寄宿学校
   ジュール・ヴェルヌ=作 横塚光雄(よこつか・みつお)=訳
   『二年間のバカンス—十五少年漂流記』 集英社文庫 1993/09


(J5) 荒川 1993
 そのころ、太平洋にあるイギリスの重要な植民地ニュージーランドの首都オークランド(現在の首都は同じ北島のウェリントン。一八六五年に移った)では、チェアマン寄宿学校は最も評判のいい学校の一つだった。在校生は約百人ほどで、その地方の上流家庭の子どもたちだった。原住民マオリ族の子どもは別の学校に入ることになっており、この寄宿学校には入れなかった。チェアマン寄宿学校にいるのはイギリス人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人だけで、この地方の地主、資産家、商人、あるいは官吏の息子たちだった。彼らはそこで、イギリス本国の同種の学校で与えられるのと同じような立派な教育を受けていた。

   3
   ジュール・ヴェルヌ=作 荒川浩充(あらかわ・ひろみつ)=訳
   『十五少年漂流記』 創元SF文庫 1993/08


(J6) 朝倉 1968
 そのころ、チェアマン寄宿学校(きしゅくがっこう)といえば、太平洋(たいへいよう)にあるイギリスの重要(じゅうよう)な植民地(しょくみんち)ニュージーランドの首都(しゅと)、オークランド市では評判(ひょうばん)の高い学校だった。在校生(ざいこうせい)はおよそ一◯◯人ほどで、この地方でいちばんいい家庭(かてい)の子弟だった。チェアマン寄宿学校(きしゅくがっこう)には、イギリス人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人の子どもたち、つまりこの地方の地主、金持ち、貿易商(ぼうえきしょう)あるいは官吏(かんり)のむすこしかいなかった。かれらはイギリス本国の学校と同じように、りっぱな教育(きょういく)を受けていた。

   3
   ジュール ベルヌ=作 朝倉剛(あさくら・かたし)=訳
   太田大八(おおた・だいはち)=画
   『二年間の休暇』 福音館古典童話シリーズ1 1968/04


(J7) 金子 1967
 オークランドというのは、太平洋にあるイギリスの重要な植民地、ニュー・ジーランドの首都であるが、チェアマン学園は、そのころオークランドの町でもっとも評判の高い学校のひとつだった。生徒の数は約百人で、いずれもこの土地で最上の家庭の子どもばかりである。地主や、年金受領者、貿易商、官吏などの息子(むすこ)たちだが、イギリス人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人以外はいない。彼らはそこで申し分のない教育をうけていた。

   二
   ヴェルヌ=作 金子博=訳
   『十五少年漂流記』 旺文社文庫 1967/04
   「原著を二分の一前後に縮約したもの」と、訳者「あとがき」にある。


(J8) 石川 1958
 そのころ、太平洋にあるイギリスの大きな植民地ニュージーランドの首府オークランドで、チェアマン寄宿学校は評判のよい学校だった。百人ばかりの生徒はこの地方の上流家庭の子どもであった。原住民であるマオリ族は、子どもをこの学校に入れることができないで、別の学校があったのである。チェアマン学校には、地主や金持、商人や、役人たちの子どもである、イギリス人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人であった。そこでは、本国でと同じようなりっぱな教育を受けていた。

   三
   ジュール・ヴェルヌ=作 石川湧(いしかわ・ゆう)=訳
   『十五少年漂流記』 角川文庫 1958/06


(J9) 波多野 1951
 さて、このころ、ニュージーランドの首府オークランド市に、チェアマン学校という評判の高い小学校があった。ニュージーランドは、イギリスが南太平洋に持っている重要な植民地の一つである。チェアマン学校では、原住民の子供の入学を許さなかった。百人あまりの生徒は、いずれも島に渡(わた)ってきた白人たち——イギリス人、フランス人、アメリカ人、ドイツ人などの子供ばかりである。

   第三章
   チェアマン学校
   ジュール・ヴェルヌ=作 波多野完治=訳
   『十五少年漂流記』 新潮文庫 1951/11


(J10) 森田 1896, 1938
この時に當りてチエイアマン學校といへるは、南太平洋に於ける英國重要の一藩地ニウジランドの首府、アウクランド市にありて、最も有名なる黌舎(くわうしや)の一なりき、此(こゝに來り學ぶ者は英、佛、米、獨等の白色人の子に限りて、皆な市の有地者、銀行者、巨商、官吏等の子なり。

   第二回
   ニウジランドの一黌舎(くわうしや)
   ジユウールスヴェルヌ=著 森田思軒=訳(英訳からの重訳。完訳ではない)
   『十五少年』 岩波文庫 1938/10(初出は1896)


■日本語訳の比較 Comparison of Japanese translations

(a) l'une des plus estimees
  いちばん有名な学校のひとつ………………………………横塚 1993
  もっとも評判の高い学校のひとつ…………………………大友 1994
  もっとも評判の高い学校のひとつ…………………………金子 1967
  もっとも評判の高い寄宿学校のひとつ……………………私市 2012
  最も評判のいい学校の一つ…………………………………荒川 1993
  最も有名なる黌舎の一………………………………………森田 1896, 1938
  評判のよい学校………………………………………………石川 1958
  評判の高い学校………………………………………………朝倉 1968
  評判の高い小学校……………………………………………波多野 1951
  名門校…………………………………………………………椎名+渡辺 2015

(b) importante colonie anglaise du Pacifique
  イギリスが南太平洋に持っている重要な植民地の一つ…波多野 1951
  太平洋にあるイギリスの重要な植民地……………………横塚 1993
  太平洋にあるイギリスの重要な植民地……………………荒川 1993
  太平洋にあるイギリスの重要な植民地……………………朝倉 1968
  太平洋にあるイギリスの重要な植民地……………………金子 1967
  太平洋にあるイギリスの大きな植民地……………………石川 1958
  太平洋にある大きなイギリスの植民地……………………大友 1994
  太平洋における英国の重要な植民地………………………椎名+渡辺 2015
  太平洋上のイギリスの重要な植民地………………………私市 2012
  南太平洋に於ける英國重要の一藩地………………………森田 1896, 1938

(c) une centaine
  およそ一◯◯人ほど…………………………………………朝倉 1968
  一◯◯名ばかり………………………………………………横塚 1993
  百人あまり……………………………………………………波多野 1951
  百人ばかり……………………………………………………私市 2012
  百人ばかり……………………………………………………石川 1958
  約百人…………………………………………………………大友 1994
  約百人…………………………………………………………金子 1967
  約百人ほど……………………………………………………荒川 1993
  (訳出なし)…………………………………………………椎名+渡辺 2015
  (訳出なし)…………………………………………………森田 1896, 1938

(d) meilleures familles du pays
  この国の上流家庭……………………………………………横塚 1993
  この地方でいちばんいい家庭………………………………朝倉 1968
  この地方の上流家庭…………………………………………石川 1958
  この地方の良家………………………………………………大友 1994
  この土地で最上の家庭………………………………………金子 1967
  この土地のいちばんよい家柄………………………………私市 2012
  その地方の上流家庭…………………………………………荒川 1993
  全国でも名家…………………………………………………椎名+渡辺 2015
  (訳出なし)…………………………………………………波多野 1951
  (訳出なし)…………………………………………………森田 1896, 1938

(e) proprietaires, rentiers, negociants ou fonctionnaires
  大地主や金利生活者、仲買人、国家公務員………………椎名+渡辺 2015
  地主、金持ち、貿易商あるいは官吏………………………朝倉 1968
  地主、金利生活者、土地の商人や役人……………………私市 2012
  地主、資産家、商人、あるいは官吏………………………荒川 1993
  地主、年金生活者、貿易商、役人など……………………大友 1994
  地主とか、金利生活者とか、貿易商とか、役人…………横塚 1993
  地主や、年金受領者、貿易商、官吏など…………………金子 1967
  地主や金持、商人や、役人たち……………………………石川 1958
  有地者、銀行者、巨商、官吏等……………………………森田 1896, 1938
  (訳出なし)…………………………………………………波多野 1951


■ハンガリー語訳 Translation into Hungarian

Elbeszélésünk idején a Chairman nevelőintézet egyike volt a legtekintélyesebbeknek Aucklandban, Új-Zéland fővárosában, a Csendes-tengernek e nevezetes angol gyarmatán; mintegy száz növendéket neveltek benne, az ország legjobb családjainak gyermekeit. A nevelés, amelyben részesültek, nagyon gondos és hasonló volt ahhoz, amelyben az Egyesült Királyság egyenrangú intézeteinek a növendékei részesülnek.

   Harmadik fejezet
   A Chairman nevelőintézet Aucklandban
   Kétévi vakáció by Jules Verne
   Translated by Huszár Imre
   E-text at Magyar Elektronikus Konyvtar


■ロシア語訳 Translation into Russian

Пансион Черман был в то время в большой славе в Окленде, столице  Новой  Зеландии, главной английской колонии Тихого океана. В нем обучалось  до  ста  мальчиков, принадлежащих к лучшим  семьям.  Детей  маори  -  туземцев  этого  архипелага - в пансион не принимали; для  них  были  другие  школы.  В  этом  пансионе воспитывались только дети англичан, французов, американцев, немцев, сыновья землевладельцев, купцов, капиталистов, местных должностных лиц.  Они  получали такое же законченное образование,  как  во  всех  подобных  учебных  заведениях Англии.

   Глава третья
   Жюль Верн. Два года каникул
   Собрание сочинений в пятидесяти томах, М.: "ФРЭД". 1994.
   E-text at Lib.Ru


■ドイツ語訳 Translation into German

Zur Zeit, da unsere Geschichte spielt, war die Pension Chairman eine der angesehensten in Auckland, der Hauptstadt Neuseelands, jener bedeutenden englischen Colonie im Stillen Ocean. Dieselbe zählte gegen hundert, den besten Familien des Landes angehörige Zöglinge. Die Maoris, die Eingebornen der Inselgruppe, konnten in derselben ihre Kinder nicht unterbringen, doch waren für letztere andere Unterrichts- und Erziehungsanstalten vorhanden. Die Pension Chairman besuchten nur junge Engländer, Franzosen, Amerikaner und Deutsche, lauter Söhne von Plantagenbesitzern, Rentnern, Kaufleuten oder Beamten des Landes. Sie erhielten hier eine allseitige Erziehung und Ausbildung, vollkommen entsprechend derjenigen, welche die ähnlichen Anstalten des Vereinigten Königreiches gewähren.

   Drittes Capitel.
   Zwei Jahre Ferien by Jules Verne. Bekannte und unbekannte Welten.
   Abenteuerliche Reisen von Julius Verne, Band LIV–LV, Wien, Pest, Leipzig 1889
   E-text at Zeno.org


■英訳 Translation into English

At the time of our story, Charman's boarding-school was one of the largest in Auckland, New Zealand. It boasted about a hundred pupils belonging to the best families in the colony, and the course of study and the management were the same as in high-class schools at home.

   Chapter II  Cast Adrift
   Adrift in the Pacific by Jules Verne
   London : Sampson Low, Marston & Co., 1889
   E-text at Internet Archive


■フランス語原文 The original text in French

À cette époque, la pension Chairman était l’une des plus estimées de la ville d’Auckland, capitale de la Nouvelle-Zélande, importante colonie anglaise du Pacifique. On y comptait une centaine d’élèves, appartenant aux meilleures familles du pays. Les Maoris, qui sont les indigènes de cet archipel, n’auraient pu y faire admettre leurs enfants pour lesquels, d’ailleurs, d’autres écoles étaient réservées. Il n’y avait à la pension Chairman que de jeunes Anglais, Français, Américains, Allemands, fils des propriétaires, rentiers, négociants ou fonctionnaires du pays. Ils y recevaient une éducation très complète, identique à celle qui est donnée dans les établissements similaires du Royaume-Uni.

   Chapitre III
   La pension Chairman à Auckland.
   Deux ans de vacances (1888) by Jules Verne
   Le Livre de Poche (2002/06/30 edition1967 edition)
   Illustrated French hypertext at Andrzej Zydorczak


■外部リンク External links


■更新履歴 Change log

  • 2015/09/26 椎名誠+渡辺葉=訳 2015/08/30 とドイツ語訳を追加しました。また、外部リンクの項を新設しました。
  • 2013/09/15 目次を新設しました。
  • 2012/09/19 私市保彦=訳 2012/02/16 と英訳を追加しました。
  • 2012/08/04 ロシア語訳を追加しました。
  • 2011/03/09 ブログ記事のタイトルに邦題『二年間のバカンス』を追加しました。
  • 2010/04/15 Deux ans de vacances" (1974) Intro の YouTube 動画を追加しました。また、見出しも追加しました。さらに、ブログ記事のタイトルに日本語表記を追加して、つぎのように変更しました。
    • 旧題: Deux ans de vacances par Jules Verne
    • 新題: Deux ans de vacances par Jules Verne ジュール・ヴェルヌ 『二年間の休暇』『十五少年漂流記』『十五少年』
  • 2006/08/12 金子博=訳 1967/04 を追加しました。

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Comments

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Posted by: Windows 8 Theme | Wednesday, 11 December 2013 07:05 am

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