« The Girls in Their Summer Dresses by Irwin Shaw アーウィン・ショー 「サマードレスの女たち」「夏服の女の子たち」「夏服を着た女たち」 | Main | Evelyn Waugh "Decline and Fall" 015 »

Tuesday, 01 August 2006

Tu Tze-chun, a Tang Dynasty story and its adaptation / Toshishun / 李諒(李復言),牛僧孺, 芥川龍之介ほか(唐人傳奇『續玄怪錄』から)「杜子春」「杜子春伝」「杜子春傳」「杜子春の物語」

 Video 1 
蔡志忠 《鬼狐仙怪系列——杜子春》
Du Tz Chuen: An animated film by Cai Zhizhong

冒頭部分。おちぶれた杜子春が、路上で老人に出会うところまで。 Uploaded by tomorallen on Dec 7, 2006


 Video 2 
芥川龍之介原作 「杜子春 (1979)
TVアニメ 日本名作童話シリーズ 赤い鳥のこころ より

監修: 木下恵介 原作: 芥川龍之介 プロデューサー: 木下忠司・矢吹公郎 監督・作画: 蔡志忠 脚本: 折戸伸弘 音楽: 木下忠司 このアニメシリーズの詳細はウィキペディアを参照。 Uploaded by ROMANSEORIGINAL on Dec 12, 2011.


■表紙画像 Cover photos
Photo_4Photo_6Photo_5


■日本語訳 Translations into Japanese
 Classical Chinese >>> Contemporary Japanese

(J1) やぶちゃん 2006
 (……)杖をついた一人の老人が杜子春の前に立っています。老人は、杜子春に、こう訊ねました。
「お前さまは何を嘆いておられるのじゃ?」
杜子春は自分のどんなにかやりきれない思いを述べ始めて、まさにあの親戚の薄情さを訴える段となると、その憤りたるや、顏の色がすっかり変わってしまうほどでした。
すると老人は、即座に聞きました。
「幾らあったら、お前さま充分かね?」
「三万か、五萬ぐらいもあれば、やっていけますか……。」
老人は即座に返しました。
「まだまだ。」
そこで、
「十万。」
と、杜子春が言うと、またしても、
「まだまだ。」
それならばと、
「百万。」
と答えると、またしても
「まだまだ。」
杜子春が思い切って、
「三百万。」
と答えた時、初めて老人は
「いいじゃろ。」
と頷き、無造作に袖から銭一さしを取り出して、
「これは、当座、お前さまの今夜の分じゃ。明日の正午きっかり、お前さまを西の市の北のペルシャ人屋敷で待っていよう。くれぐれもその刻限に遅れてはならん。」
と言い捨てて、去って行きました。
翌日定刻通り、杜子春が行ってみると、老人は果して三百萬の銭をくれて、そうして名も告げずに立ち去ったのでした。

   李復言=著 やぶちゃん=訳「杜子春の物語」2006/07/30
   訳者注によると、『太平廣記』を底本として諸本によって校閲された
   『唐人小説』(中華書局 1959)を底本とした、
   『中国の古典32 六朝・唐小説集』別冊(学習研究社 1983)
   の原文を元とした「やぶちゃん版訓読」をベースとした由。


(J2) 内田+乾 1996
 すると一人の老人が、杖をついて前に現れ、たずねて言った、
「あなたは、何を嘆いているのか」と。
 杜子春は、自分の思いを言い、さらに親戚の薄情さに文句を述べたが、その時の表情には興奮しているさまがよく分かった。老人が言うには、
「いくらあれば十分なのだ」と。
 杜子春が言うには、
「三、五万あれば、生活していけます」と。
 老人が言うには、
「まだ十分ではない」と。さらに、
「十万」と言うと、
「まだ十分ではない」と言う。そこで、
「百万」と言うと、
「まだ十分ではない」と言う。そして今度は
「三百万」
 というと、そこで初めて、
「よかろう」
 と言って、袖の中から一さしの銭を取り出して言うには、
「おまえにやろう。今は夜なので、明日の正午に、おまえを西の市場のペルシャ人屋敷で待っている。時間に遅れないように気を付けなさい」と。
 約束の時間に、杜子春は出かけた。老人は先の言(げん)のように、銭三百万を与えると、自分の姓名を言わずに立ち去った。

   李復言(り・ふくげん)=撰「杜子春伝」
   内田泉之助(うちだ・せんのすけ)+乾一夫(いぬい・かずお)=著
   波出石実(はでいし・みのる)=編『唐代伝奇』新書漢文大系10
   明治書院 1996/06 所収


(J3) 竹田 1990
 (……)一人の老人が杖をついて子春の前に現れて言葉をかけた。
 「あなたはなにを嘆いておられるのじゃ」
 子春は胸のうちを訴え、また、親戚の冷たいしうちに対する不満を述べているうちに、憤激の思いが顔に現れてきた。すると老人は言った。
 「いくらあったらやっていけるのかね」
 子春は答えた。
 「四、五万もあればなんとか暮らしていけるでしょう」
 老人は言う。
 「そんなもんじゃだめじゃろう」
 「それでは十万」
 「まだだめ」
 「百万」
 「まだまだ」
 「三百万」
 すると老人はやっと、
 「よかろう」
 と言うと、袖の中から銭(ぜに)を一緡(ひとさし)(ひもに通した穴あき銭千枚)取り出してこう言った。
 「今日はとりあえずこれだけさしあげておこう。明日の正午、西市のペルシャ人屋敷(1)で待っておるから、くれぐれも遅れないように」
 約束の時刻に子春が行ってみると、老人は約束どおり三百万の銭をくれると、姓名も名乗らずに立ち去った。

   注(1) 当時の長安は国際都市のにぎわいを見せ、ペルシャ商人も住みついて
   おり、富豪が多かった。
   李復言=著 竹田晃=訳・解説「杜子春の物語」
   竹田晃=編『中国幻想小説傑作集
   白水Uブックス91 白水社 1990/12 所収


(J4) 金 1989
 (……)一人の老人が杖をつきながら前の方に現れ、
 「お前さん、何をお歎きだい」
 と尋ねた。子春は自分の心のうちを述べたが、親戚の薄情な仕打ちが腹にすえかね、興奮のあまり顔が上気するほどであった。老人が、
 「銭がなん貫(がん)ほどあれば足りるのじゃ」
 と言うので、子春は、
 「四、五万もあれば生きてゆけます」
 と答えると、老人は、
 「まだまだじゃ、もっと言うてみよ」
 そこで「十万」と言うと、「いやまだまだ」
 思い切って「百万」と言ってみると、やはり「まだまだ」
 「三百万」と言うと、やっと「よかろう」と、袖から銭一緡(ひとさし)を取り出し、
 「これは今晩の分じゃ。明日の正午、西市の波斯邸(ペルシャやしき)で待っておる。おくれるでないぞ」
 と言った。
 約束の刻限に、子春が行ってみると、老人は果たして三百万銭をくれ、名も告げずに立ち去った。

   李復言=編 金文京(きん・ぶんきょう)=著(現代語訳)「杜子春」
   『鑑賞 中国の古典23 中国小説選』角川書店 1989/11 所収


(J5) 今村 1988
 (……)一人の老人が杖をつき、面前にたたずんで、訊ねた。
 「なぜ溜息をついていなさる?」
 杜子春は、思っていたことをさらけ出し、親戚が薄情だと憤激した。憤激の情は顔に表われた。
 「いく緡(さし)(3)あったなら、足りるのかな?」
 「三万か四万あれば、やっていけるでしょう」
 ところが、老人は、
 「それでは足りるまい。もっと言ってごらん」
と言うのである。
 「十万」
 「それでは足りるまい」
 そこで百万と言ったが、やはり、
 「それでは足りるまい」
 「三百万」
と言うと、やっと、
 「それならよかろう」
と言いながら、袖から一緡取り出して、
 「これは今晩の分だ。明日の正午、西市のペルシャ人屋敷(4)で待っている。時間に遅れないように」
と言った。
 その刻限に、杜子春が約束の場所へ行くと、老人は彼に銭三百万与えて、姓名を名のらないまま立ち去った。

   注(3) 唐代は、貨幣として銭と帛を使用し(……)これをみても、袖から
   一緡取り出して若者に渡したという老人がただ者でないことが判る。
   注(4) (……)当時、長安に来ていたペルシャ人の居住にあてた所か、
   あるいは商品をあずけておく所だろうという(……)。

   牛僧孺(ぎゅう・そうじゅ)=著 今村与志雄=訳「杜子春」
   『唐宋伝奇集(下)—杜子春 他三十九篇』(全2册)
   岩波文庫 1988/09 所収


(J6) 高橋+西岡 1982
 と、一人の老人が杖(つえ)をつきながら、ふいと目の前に現れて、
「お前さんは、何をそんなに嘆いているんだね?」
 と問いかけた。子春(ししゅん)は自分のやりきれない気持ちこの老人に喋(しゃべ)りはじめたが、薄情な親類のしうちを訴える段になると、顔面が紅潮するほどに興奮してしまった。
 老人は、そこで、
「いくらあればお前さんは満足かね?」
 と訊(たず)ねる。子春が、
「三万から五万ぐらいあればやっていけます」
 と答えると、老人は
「それじゃ足らんだろう」
 と言う。そこで、
「十万ぐらい」
 と言ったが、
「まだ足らんな」
 と言い、
「百万」
 と言っても、やはり、
「まだだな」
 と言う。そこで、
「三百万です」
 と言うと、
「それで、よかろう」
 と答え、袖(そで)から一さしの銭を取り出して、
「これは今夜の食いぶちだ。明日の正午に、西市のペルシャ人屋敷で、お前さんを待っている。遅れないように来なさいよ」
 と言いすてて、去っていった。
 翌日、子春が行ってみると、老人は果たして銭三百万を彼にくれて、名も告げずにいなくなった。

   李復言=著 高橋稔+西岡晴彦=訳「杜子春伝」
   藤堂明保=監修『六朝・唐小説集』中国の古典32
   学習研究社 1982/05 所収


(J7) 村山 1976
 (……)かれのまえに、杖(つえ)をついたひとりの老人があらわれた。
「なにをそんなになげいておられるのかな。」
 杜子春(とししゅん)は自分がどんなにこまっているかをうったえ、親戚(しんせき)の薄情(はくじょう)なしうちをののしった。ののしっているうちに、しだいにこうふんして、顔色まで変わってきた。このようすを見て、老人がいった。
「いくらあればたりるかな。」
「四、五万もあれば、なんとかやっていけるのですが……。」
「それではたらんだろう。」
「では、十万。」
「まだたるまい。」
「それなら、百万。」
「まだまだ、それでもたるまい。」
「では、三百万。」、
「まあ、よかろう。」
 老人は、そういって袖(そで)から銭をひとつかみとり出した。
「さしあたって、今晩(こんばん)の費用にこれだけさしあげよう。わしはあす正午、西市(さいし)にあるペルシア人のやしきで待っている。おくれないように来なさるがよい。」
 あくる日、やくそくの時刻(じこく)にいってみると、老人は銭三百万をさしだし、名まえもつげずに立ち去った。

   李復言=著 村山孚(むらやま・まこと)=訳「杜子春」
   村山孚=訳『唐代の小説』中国の古典文学6
   さ・え・ら書房 1976/10 所収


(J8) 乾 1971
 この時、一人の老人が杖をついて前に現われ、問うて言う、
「そなたは何を嘆いているのじゃ」と。
 杜子春は自分の気持を述べ、さらに親戚の薄情なことを憤っては、興奮の気配が顔色にまで現われていたのだった。老人が言うのに、
「いくらあったら用に足りるのかね」と。
 子春は言う、
「三万か五万あれば生活できましょう」と。
 老人は言う、
「まだそれではだめだな」と。さらに、
「十万」と言った。言う、、
「まだだめだな」と。そこで、
「百万」と言ったが、またもや
「まだだめだな」と言う。
「三百万」
 と言うと、やっと、
「よかろう」
 と言い、袖の中から銭を一貫(ひとさし)取り出して、
「そなたに進ぜよう。今は夜だから、明日の正午にそなたを西の市場のペルシャ屋敷で待っている。くれぐれも約束の時間に遅れないようにな」と言うのであった。
 約束の時間になって子春が行ってみると、老人は果たして三百万の銭をくれ、姓名を告げずに立ち去った。

   李復言(り・ふくげん)=撰 乾一夫=訳「杜子春傅」
   内田泉之助+乾一夫=著『唐代伝奇』新釈漢文大系44
   明治書院 1971/09 所収


(J9) 前野 1964
 そのとき一人の老人が杖をつきながら子春(ししゅん)の目の前に現われて、言葉をかけたのである。
「なにを嘆いておられるのかな」
 子春は自分の気持を訴え、さらに親戚の冷淡さに対する不平をも話して、表情にまで興奮の色を浮かべるのであった。すると老人は、
「いくらあったら十分なのかね」
 子春は答えた。
「四、五万もあれば暮らしは立つでしょう」
 しかし老人は言う。
「そのくらいではまだだめだね」
「それでは十万」
「まだまだ」
「百万」
「まだまだ」
「三百万」、
 すると老人はようやく、
「よかろう」
 そして袖の中から銭をひとさし取り出すと、
「今夜はこれだけ進ぜよう。明日の正午、西市のペルシア人屋敷(注)で待っているよ。遅れないように気をつけてな」
 約束の時刻に子春が行ってみると、老人は約束どおり三百万の銭をくれた。そして姓名も名のらずに立ち去った。

(注)当時の長安の町には各国の人たちが集まっていた。ペルシアの商人もその一つで、大富豪が多かった。

   李復言=著 前野直彬=訳「杜子春の物語」続玄怪録
   前野直彬=編訳『唐代伝奇集2』(全2巻)東洋文庫16
   平凡社 1964/04 所収


(J10) 川端 1926
 そこへ一人の老人が杖をついてやつて來た。
『君は何を嘆息してゐるのだね。』
 杜子春は事情を話し、顏色を變へて親戚の薄情を憤慨した。すると老人が云つた。
『ふん。して、一體金がどれくらゐあればいいのだね。』
『三萬か五萬もあれば結構暮して行けるでせう。』
『何だけちくさい。それつぱかりか。同じことなら、もつと澤山ほしいと云へ。』
『では、百萬。』
『何だ。それつぱかりか。』
『ぢやあ三百萬。』
『よろしい。』
 そして老人は袖の中から錢貫(ぜにさし)を一つ出して云つた。
『今は持合せがないから、これだけやつて置く。明日、やつぱり夕方の今頃に西市のペルシヤ人の邸へ來給へ。よく氣をつけて、遲刻しないやうにし給へ。』
 杜子春は約束の時間に行つた。すると果して老人は錢三百萬を與へ、名前も云はずに何處かへ行つてしまつた。

   鄭還古=撰 川端康成=譯「杜子春傅」
   『支那文學大觀8
   支那文學大觀刊行會 非賣 1926/09 所収


■漢文読み下し Japanized reading of the original text in Chinese

一老人杖を道に策(つゑつ)くあり、問うて曰(いは)く、君子何をか歎ずると。子春(ししゆん)其心を言ひ、且つ其親戚の疎薄(そはく)を憤る。感激の氣顏色(がんしよく)に發す。老人曰く幾緡(いくびん)ならば則ち用に豐(た)ると。子春曰く三五萬ならば則ち以て活くべしと。老人曰く、未(いまだ)しなり、更に之を言へと。十萬なりと。曰く未しなりと。乃ち百萬と言ふ。亦曰く未しなりと。曰く三百萬と。乃ち曰く可なりと。是に於て袖より一緡を出(いだ)して曰く、子に給(あた)へん。今は夕(ゆふべ)なり。明日(みやうにち)午時(ごじ)子(そなた)を西市(せいし)の波斯邸(ぺるしやてい)に俟(ま)たん。愼(つつし)んで期(き)に後(おく)るるなかれと。時に及び子春往く。老人果して錢三百萬を與(あた)へ、姓名を告げずして去る。

[原文は総ルビですが、ここでは一部を省略しました - tomoki y.]

   唐代小説 神怪類 一、道釋篇
   鄭還古=撰「杜子春傅」
   『國譯漢文大成 文學部第十二卷 晉唐小説
   著作權者:鶴田久作 發行者:財團法人 東洋文化協會
   1955/08 複版 所収


■中國語原文(繁體字)The original text in traditional Chinese

有一老人策杖于前,問曰:“君子何嘆?”子春言其心,且憤其親戚之疏薄也,感激之氣,發于顏色。老人曰:“幾緡則豐用?”子春曰:“三五萬則可以活矣。”老人曰:“未也。”更言之:“十萬。”曰:“未也。”乃言“百萬”。亦曰:“未也。”曰:“三百萬。”乃曰:“可矣。”於是袖出一緡曰:“給子今夕,明日午時,候子于西市波斯邸,慎無後期。”及時子春往,老人果與錢三百萬,不告姓名而去。

   續玄怪録(太平廣記)
   巻六 仙 杜子春(Tu Tzu-ch'un)
   * E-text at Chinese E-Texts
   * E-text at Chinese Literature in Translation,
    a site created to supplement courses in Chinese literature in
    translation at the Division of Asian & Middle Eastern Languages
    and Cultures, the University of Virginia.
   * E-text at 椰林風情
   * Download 李復言賣玄怪録杜子春.doc at 中山大學哲研所討論區
    (ファイルを閲覧するには、パソコンに繁体字中国語フォントが
    インストールされている必要があります)
   李復言「杜子春傳」 
   * E-text at 心朽窩旧館 やぶちゃんの電子テクスト集:小説・随筆篇
    (句読点や改行が、上記.docファイルと異なりますが、それら以外の点では
    同文)


 Audio 1 
芥川龍之介「杜子春」オーディオブック(朗読: yukari)
Toshishun by Ryunosuke Akutagawa, an audiobook read by yukari

Uploaded by teabreakt on May 6, 2011. 音源: 朗読プチメゾン


 Audio 2 
「杜子春」オーディオブック(提供: でじじ)
Toshishun, an audiobook presented by Degigi

下に引用した箇所は 2:10 あたりから。ノーカット版録音 (MP3) は でじじ でダウンロード購入可能。詳細は ここ。 Uploaded by panrolling on Aug 20, 2009.


■日本語翻案 Adaptation in Japanese
 Classical Chinese >>> Contemporary Japanese

 (……)突然彼の前へ足を止めた、片目眇(すがめ)の老人があります。それが夕日の光を浴びて、大きな影を門へ落すと、ぢつと杜子春の顔を見ながら、
「お前は何を考へてゐるのだ。」と、横柄(わうへい)に言葉をかけました。
「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考へてゐるのです。」
 老人の尋ね方が急でしたから、杜子春はさすがに眼を伏せて、思はず正直な答をしました。
「さうか。それは可哀さうだな。」
 老人は暫(しばら)く何事か考へてゐるやうでしたが、やがて、往来にさしてゐる夕日の光を指さしながら、
「ではおれが好いことを一つ教へてやらう。今この夕日の中に立つて、お前の影が地に映つたら、その頭に当る所を夜中に掘つて見るが好い。きつと車に一ぱいの黄金が埋まつてゐる筈だから。」
「ほんたうですか。」
 杜子春は驚いて、伏せてゐた眼を挙げました。所が更に不思議なことには、あの老人はどこへ行つたか、もうあたりにはそれらしい、影も形も見当りません。
(中略)
 杜子春(とししゆん)は一日の内に、洛陽の都でも唯一人といふ大金持になりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当る所を、夜中にそつと掘つて見たら、大きな車にも余る位、黄金が一山出て来たのです。

   芥川龍之介=著「杜子春」
   * 初出:雑誌「赤い鳥」1920年(大正9)
   * 電子テキスト at 青空文庫
    底本:『現代日本文学大系43 芥川龍之介集』筑摩書房 1968/08
    入力:j.utiyama 校正:野口英司
    1998/05/20 公開 2004/03/12 修正


■上の翻訳と翻案の比較(tomoki y. によるコメント)
 Comparaison of the four translations and one adaptation above

この説話の原作者については、(1) 李復言、(2) 牛僧孺、(3) 他のだれか、と諸説があるそうです。上掲岩波文庫版の今村与志雄氏の訳注によると、とくに (1) か (2) かについては、「絶対的にどちらかとはきめにくいところがある」のだそうです。

内容について見ると、初めの日本語訳3種類は、いずれも原文のほぼ忠実な翻訳であって、大差ないといってよいでしょう。4つめのバージョン、すなわち芥川による翻案は、とても有名な作品ではありますが、直訳風の前者3バージョンに比べて、むしろ面白みに欠けるような気がします。

なぜならば、一つには、原文に見られる、老人と杜子春との間の、あの奇妙なオークション風の掛け合いが、芥川バージョンでは、省略されてしまっているから。

そして、もう一つの理由は、「ここ掘れわんわん」めいたカネ(黄金)の発見(発掘)方法が、芥川バージョンにたいして、不必要におとぎ話めいた印象を与えてしまっているように思われるからです。

皆さんは、どうお考えでしょうか?


■中国語原文の日本語翻案の英訳
 English translation of a Japanese adaptation of the Chinese original
 Classical Chinese >>> Contemporary Japanese >>> Contemporary English

   Tu Tze-chun by Ryunosuke Akutagawa, 
   translated by Dorothy Britton, with woodcuts by Naoko Matsubara.
   Kodansha International in conjunction with Ward Lock, 1965
   この英訳本は未見。


■中国語原文の日本語翻案の英訳の再話
 Retold English translation of a Japanese adaptation of the Chinese original
 Classical Chinese >> Contemporary Japanese >> Contemporary English
 >> Retold contemporary English

Then suddenly--who knows from where--an old man with one bad eye appeared in front of Toshishun. Standing against the setting sun, he threw an enormous shadow on the gate. He looked down into Toshishun's face and said, "What are you thinking?"
  Toshishun replied, "Me? Since I don't have any place to sleep tonight, I was wondering what I should do." The old man's question had caught Toshishun by surprise, and so he had given a straight answer without thinking.
  "Is that so? That's too bad," The old man said. And then, after thinking for a second, he pointed at the setting sun and spoke again. "Let me tell you something good. Stand in the setting sun so that you throw a shadow on the ground. At the place where the shadow of your head falls, dig a hole in the shadow of your head falls, dig a hole in the dark of night. You will find enough gold there to fill a cart."
  Toshishun was surprised and said, "Is that true?" But when he looked up, the old man had disappeared. [Omission]
  On that day Toshishun became the richeset man in all of Luoyang. It had happened just as the old man had said. In the dark of night, he had dug a hole where the shadow of his head had fallen in the setting sun, and he had found enough gold to fill a cart.

   Toshishun by Ryunosuke Akutagawa
   Translated and retold by Michael Brase.
   IBC Publishing, 2005/08
   This is a retold edition for learners of English.
   Level 1 (1000-word), according to the publisher's classification,
   芥川龍之介=著 マイケル・ブレーズ=訳『Toshishun 杜子春
   洋販ラダ-シリーズ 2005/08


■外部リンク External links

 [en] English
   * Ryūnosuke Akutagawa - Wikipedia (1892-1927)

 [zh] 中国語
   * 唐人傳奇 - 維基百科
   * 李諒 - 維基百科
   * 杜子春 (芥川龍之介) - 維基百科

 [ja] 日本語
   * 杜子春 - Wikipedia


■更新履歴 Change log

2012/10/05 つぎの2つの YouTube 画面を追加しました。
         1. TVアニメシリーズ 赤い鳥のこころ 『杜子春 (1979)』
         2. 朗読プチメゾンによるオーディオブック 『杜子春』
2010/09/29 アニメ「鬼狐仙怪II-杜子春、板橋十三娘子」の YouTube 動画と
         でじじ発売のオーディオブックのサンプル録音を追加し、外部
         リンクの項を新設しました。また、このブログ記事のタイトルを
         つぎのとおり変更しました。

         旧題: Tu Tze-chun / Toshishun / 杜子春
         新題: Tu Tze-chun, a Tang Dynasty story and its adaptation /
             Toshishun / 李諒(李復言),牛僧孺,芥川龍之介ほか
             (唐人傳奇『續玄怪錄』から)「杜子春」「杜子春伝」
             「杜子春傳」「杜子春の物語」

2009/01/30 マイケル・ブレーズ=英訳/再話 2005/08 を追加しました。
2007/12/03 内田泉之助+乾一夫=著 1996/06、および乾一夫=訳
         1971/09 を追加しました。
2007/12/02 高橋稔+西岡晴彦=訳 1982/05、および前野直彬=訳
         1964/04 を追加しました。
2007/11/19 村山孚=訳 1976/10、川端康成=譯 1926/09、および漢文
         読み下しを追加しました。
2007/08/10 金文京=著(現代語訳)1989/11 を追加しました。


にほんブログ村 本ブログへにほんブログ村 英語ブログへにほんブログ村 外国語ブログへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 本ブログ 洋書へにほんブログ村 英語ブログ 通訳・翻訳へにほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ翻訳ブログ人気ランキング参加中

↓ 以下の本・CD・DVDのタイトルはブラウザ画面を更新すると入れ替ります。
↓ Refresh the window to display alternate titles of books, CDs and DVDs.

■和書 Books in Japanese

■洋書 Books in non-Japanese languages

  

|

« The Girls in Their Summer Dresses by Irwin Shaw アーウィン・ショー 「サマードレスの女たち」「夏服の女の子たち」「夏服を着た女たち」 | Main | Evelyn Waugh "Decline and Fall" 015 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/58807/11182075

Listed below are links to weblogs that reference Tu Tze-chun, a Tang Dynasty story and its adaptation / Toshishun / 李諒(李復言),牛僧孺, 芥川龍之介ほか(唐人傳奇『續玄怪錄』から)「杜子春」「杜子春伝」「杜子春傳」「杜子春の物語」:

« The Girls in Their Summer Dresses by Irwin Shaw アーウィン・ショー 「サマードレスの女たち」「夏服の女の子たち」「夏服を着た女たち」 | Main | Evelyn Waugh "Decline and Fall" 015 »