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Saturday, 26 May 2007

Le matelot d'Amsterdam by Guillaume Apollinaire アポリネール 「アムステルダムの水夫」「アムステルダムの船員」

a. Lheresiarque_et_cie b. Apollinairecoeur_1 c. Apollinaire_3
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a. L'heresiarque et Cie Stock (2003)
b. Mon coeur pareil a une flamme renversee (My heart is like an upside down flame): A Calligramme.  Image source: Artistique Eclectique
c. Photo of Apollinaire in 1917.  Image source: French Culture, From Napoleon to Asterix, Department of French, University of Toronto


■Il pleut - Apollinaire: Video art created by shakanyorai82

Uploaded by shakanyorai82 on May 15, 2008


■中国語訳(簡体字) Translation into simplified Chinese

  亨得里克·维尔斯提格乖乖地照做了,他来到了指定的隔壁房间里。立刻,他听到房门在他的身后关上了,钥匙在转动。他被关住了。   没有办法,他只得把灯放到桌上,想过去把门撞开。但是,一个声音喝住了他:   “水手,你若是敢走一步,我就要你的命!”   亨得里克抬头望去,只见从一个他还来不及发现的老虎窗的窗口,伸着一截手枪,黑洞洞的枪口正瞄准着他。他停住脚步,心里一阵恐惧。

   纪尧姆·阿波利奈尔 〈阿姆斯特丹的水手〉
   E-text at 百度贴吧


■日本語訳 Translations into Japanese

(1) 藤田 1998
 ヘンドリーク・ヴェルスティーグは指示に従い隣の部屋に入った。とたんに背後でドアが閉まり、鍵のまわる音がした。彼は閉じ込められたのだ。
 呆然としてランプをテーブルにおき、ドアを押し破ろうと突進しかけたとき、男の声がした。
「一歩でも動いたら命はない!」
 顔を上げるとそれまで気づかなかった明り取りの窓から銃口が狙っているのが見えた。彼はすくみ上がって足を止めた。

   アポリネール=著 藤田真利子=訳 「アムステルダムの水夫」
   光文社 「EQ Ellery Queen's mystery magazine」
   通巻125号 1998/09 所収


(2) 窪田 1987
 ヘンドレイク・ヴェルステーヒはそのとおりに、指定された部屋にいった。入るとすぐに、背後でドアの閉まる音がきこえ、鍵がまわった。かれは閉じこめられたのだ。
 かれはどぎまぎして、ランプをテーブルの上に置き、ドアに体当りをして壊そうとした。しかし、次の一声がかれにそうしたことをやめさせた。
 ——おい船員、一歩でも動いたら命はないんだぞ!
 頭をあげると、ヘンドレイクはそれまで気づきもしなかった明り窓から、ピストルの筒先が自分に向けられているのを知った。かれは怖ろしくなって棒立ちになった。

   ギヨーム・アポリネール=著 窪田般彌=訳 「アムステルダムの船員」
   『アポリネール傑作短篇集』 福武文庫 1987/01 所収


(3) 飯島 1979
 ヘンドレーク・ヴェルステヒはそれに従って、示された部屋に入った。とすぐに、彼は背後で、ドアの閉まる音がするのを聞いた。鍵がかけられた。彼は囚われ人となったのだ。
 狼狽(ろうばい)して彼はランプをテーブルに置き、ドアに飛びかかって押し破ろうとした。しかし一つの声が彼を停めた。
「水夫よ、一歩でも動いたら命はないぞ!」
 ヘンドレークは頭をあげると、いままで気づかなかった明り窓から、ピストルの銃身が自分に向けられているのを見た。すくみあがって彼は立ち止まった。

   アポリネール=著 飯島耕一(いいじま・こういち)=訳 「アムステルダムの水夫」
   『世界中短編名作集』 世界文学全集46(全50巻)
   学習研究社(学研) 1979/08/01 所収


(4) 鈴木 1974
 ヘンドリック・ヴェルステーヒは言われたとおりに隣室へ入ったが、その部屋はなんとなく彼の気持を不安にした。そのとたんに彼の背後でドアの閉まる音が聞え、カチリと鍵が回った。彼は閉じ込められてしまったのだ。
 あわてて、彼はテーブルの上にランプを置き、ドアに殺到して突き破ろうとした。ところが人声が聞えたので、彼を足を止めた。
「一歩でも歩いたらおだぶつだよ、船乗くん!」
 顔を上げると、ヘンドリックに、今まで気が付かなかった明り取りの窓から、自分に向けて狙いを定めているピストルの銃口が見えた。ゾッとして、彼は立ち止った。

   アポリネール=著 鈴木豊(すずき・ゆたか)=訳 「アムステルダムの水夫」
   『異端教祖株式会社』 講談社文庫 1974/09 所収


(5) 滝田 1966
 ヘンドレック・ヴェルステークは、言われたとおり、隣の部屋に移った。と、そのとたん、背後で扉のしまる音がして、鍵がかかった。閉じこめられてしまったのである。
 うろたえたヘンドレックは、机の上にランプを置くと、力ずくで破ろうとして扉にぶつかっていった。だが、声がして、彼を止めた。
「水夫、一歩でも動いたら、命はないぞ!」
 顔をあげたヘンドレックは、今まで気がつかなかった天窓から、一挺の拳銃の銃身が、自分に狙いをつけているのを見た。ヘンドレックは、おびえて足を止めた。

   アポリネール=著 滝田文彦=訳 「アムステルダムの水夫」
   『世界の文学52 フランス名作集』 中央公論社 1966/08 所収


(6) 川口 1964, 1969
 ヘンドレーク・ヴェルステヒは言われるままに、示された部屋に通った。とたちまち彼は背後にドアの閉じる音を聞いた。鍵がかけられた。彼は押し込められてしまったのだ。
 狼狽して、彼はランプをテーブルの上に置き、ドアに飛びかかって押し破ろうとしてた。しかし人声が彼を停めた。
 ——水夫、一歩でも動いたらおまえの命はないぞ!
 ヘンドレークは頭を上げると、今まで気づかなかった明り窓から、自分に向けられたピストルの銃身が眼についた。震え上がって彼は立ち停まった。

   アポリネール=著 川口篤=訳 「アムステルダムの水夫」
   * 『世界文学大系92 近代小説集2』 筑摩書房 1964/07 所収
   * 『世界文学大系97 近代小説集2』 筑摩書房
    初版第1刷 1964/07、初版第7刷 1969/06 所収


(7) 堀 1958
 そこでヘンドリク・ウエルステイグは自分に指定された部屋の中へ、言はれる通りに入つていつた。すると突然、彼は自分のうしろのドアが閉められて、鍵がまはされるのを聞いた。彼はとりこにされてしまつたのだ。
 狼狽しながら、彼はランプを机の上に置いて、ドアを破るため、それに飛びかからうとした。そのとき一つの聲が彼を止めた。
「一足でも動くと、貴樣の命はないぞ!」
 顏をあげたヘンドリクは、そのとき始めて氣のついた明り窓ごしに、彼の上へピストルが向けられてゐるのを見たのである。ぎよつとして彼は立ち止まつた。

   ギヨオム・アポリネエル=作 堀辰雄=譯 「アムステルダムの水夫」
   『堀辰雄全集5』 新潮社 1958/11 所収


(8) 堀口 1929
 ヘンドリック・ウェルステッグは、言はれるまゝに、その室の中へはひつて行つた。それと同時に、彼は、背後(うしろ)で、戸の閉る音を聞いた、鍵もがちやりとかゝつた。彼は囚(とらはれ)になつてゐた。
 狼狽(あわて)て、彼はランプを卓子(テーブル)の上に置いて、扉(ドア)を破るために、戸口に向つて襲ひかゝらうとした。だが、その時、一つの聲があつて、彼にそれを思ひとゞまらせた。
「——水夫、ひと歩(あし)でも動いたら、貴樣の命(いのち)はないぞ!」
 頭を上げて、ヘンドリックは見た、その時までまだ氣がつかずにゐた一つの天窓から、短銃の筒先がぴつたりと彼に向けられてゐるのを、ぎくりとして、彼はその場に立ちつくした。

   アポリネエル=作 堀口大學=譯 「アムステルダムの水夫」
   『世界文學全集36 近代短篇小説集
   新潮社(非賣品)1929/07(昭和4)所収


■主人公の名前の日本語表記
 Transliteration variations of the protagonist's name in Japanese

   Hendrijk Wersteeg

  ヘンドリーク・ヴェルスティーグ 藤田真利子=訳 1998
   ヘンドリク・ウエルステイグ  堀 辰雄 =譯 1958
  ヘンドリック・ウェルステッグ  堀口 大學=譯 1929
  ヘンドリック・ヴェルステーヒ  鈴木 豊 =訳 1974
  ヘンドレーク・ヴェルステヒ   飯島 耕一=訳 1979 
  ヘンドレーク・ヴェルステヒ   川口 篤 =訳 1964, 1969 
  ヘンドレイク・ヴェルステーヒ  窪田 般彌=訳 1987 
  ヘンドレック・ヴェルステーク  滝田 文彦=訳 1966

見事なまでに、バラバラですね(笑)。他の訳との差別化をねらって、訳者の皆さんがた、わざと、意地でも、ちがう表記にしようとしていらっしゃるのかしら。たしかに、この名前の部分だけを見れば、どの訳文が誰の訳か、判別できるという利点は、あることはありますが……。


■作家の出自 The author's ethnic and linguistic background

アポリネールは、いうまでもなくフランスで活躍し、フランス語で作品を発表した詩人・小説家・批評家です。当然フランス人だとお考えのかたも多いでしょう。そう言っても、まちがいではありません。要は「フランス人」の定義しだいです。けれども、彼の出自は必ずしも単純ではありません。

生名ヴィルヘルム・アルベルト・ウラジーミル・アポリナリス・コストロヴィツキ。
母親は、ポーランド貴族の末裔で、旧ソビエト連邦、今日のベラルーシに生まれた人。父親は不明ですが、スイス=イタリア系の貴族だという説があります。

アポリネール本人はイタリアのローマで生まれ、子供のころからフランス語その他の言語を話す環境で育ちました。アポリネールと名乗るようになったのは、はっきりは存じませんが、19歳でパリに出てからのようです。「アポリナリス」をフランス風に変えたのでしょうね。


■主人公の名前 The protagonist's name

さて、上のような氏素性の作家が、フランス語で書いた短篇小説が「アムステルダムの水夫」です。題名からおわかりのように主人公はオランダ人。小説の舞台は、イギリスの港町サザンプトン。主人公と、もう一人の人物は、英語で会話をしているという設定になっています。今日でもそうですが、オランダ人の多くは、とても流暢な英語を話します。ですから、この設定はぜんぜん不自然ではありません。

さて、こうした背景をぜんぶ理解したうえで、この作品を日本語に翻訳した場合、主人公の名前は、どのように表記すべきでしょうか? ——わたしには、わかりません(苦笑)。上にご覧のとおり、これまでの訳者たちの考えは、みごとなまでにバラバラのようです。


■スペイン語訳 Translation into simplified Spanish

Hendrijk Wersteeg obedeció y entró en la habitación que se le había indicado. De inmediato, sintió que la puerta se cerraba detrás de él, que la llave giraba. Estaba prisionero.

Trastornado, posó la lámpara sobre la mesa y quiso arrojarse contra la puerta para forzarla. Pero una voz lo detuvo:

-¡Un paso más y es hombre muerto, marinero!

Levantando la cabeza, Hendrijk vio que, por un tragaluz que antes no había percibido, el caño de un revólver apuntaba hacia él. Aterrorizado, se detuvo.

   El Marinero de Ámsterdam by Guillaume Apollinaire
   E-text at Scribd


■フランス語原文 The original text in French

Hendrijk Wersteeg obéit et alla dans la chambre qui lui était indiquée. Aussitôt, il entendit la porte se refermer derrière lui, la clef tourna. Il était prisonnier.

Interdit, il posa la lampe sur la table et voulut se ruer contre la porte pour l’enfoncer. Mais une voix l’arrêta :

" Un pas et vous êtes mort, matelot ! "

Levant la tête, Hendrijk vit par la lucarne qu’il n’avait pas encore aperçue, le canon d’un revolver braqué sur lui. Terrifié, il s’arrêta.

   Le matelot d'Amsterdam
   from L’Hérésiarque et Cie (1907) by Guillaume Apollinaire
   E-text at:
   * Academie de Reims
   * Yves Esse


■更新履歴 Change log

2012/04/22 飯島耕一=訳 1979/08/01 を追加しました。
2012/03/01 中国語訳(簡体字)とスペイン語訳を追加しました。
2010/08/26 Il pleut - Apollinaire の YouTube 動画を追加しました。
2007/08/29 藤田真利子=訳 1998/09 を追加しました。また、「作家の出自
         と主人公の名前」の項を2つに分け、それぞれ「作家の出自」
         「主人公の名前」という見出しをつけました。
2007/06/07 鈴木豊=訳 1974/09 を追加しました。
2007/05/29 堀口大學=譯 1929/07 を追加しました。


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Comments

わたしは辞書を引き引き、フランス語を訳すことがありますが、tomoki y. さんの訳を楽しみに待ってみます。

Posted by: 伊藤 龍樹 | Saturday, 26 May 2007 10:47 am

伊藤 龍樹さん、

コメントありがとうございます。いえいえ、わたしにはフランス語のものを和訳して人様にお見せできるようなものなど、とうていできません。英語や日本語と照らし合わせて、どことどこが対応しているかが分かる程度です。

ただ、何語の作品にしろ、原語で読みこなせない場合、へたな解説書を10冊読むよりは、よい翻訳書を5回くりかえし読んだほうがいいかな、という気はします。

あまり抽象的な理論には、ついていけないのです。個々の具体的なコトバに触れるのが楽しいという性分です。

Posted by: tomoki y. | Saturday, 26 May 2007 01:08 pm

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