Le Calmant / Calming Reflection by Marie Laurencin マリー・ローランサン 「世界でいちばん悲しい女」「鎮静剤」「鎭靜劑」「鎮痛剤」
目次 Table of Contents
■はじめに Introduction
Images 表紙画像と肖像写真 Cover photos and a portrait
■中國語譯(繁體字) Translation into traditional Chinese
■韓国語訳 Translation into Korean
■日本語訳 Translations into Japanese
(J1) 菅原 2017
(J2) 窪田 1996, 2003
(J3) 石邨 1987
(J4) 大島 1977
(J5) 堀口 1925, 1955, etc.
Video 1 「鎮静剤」 歌: 夏木マリ Mari Natsuki sings Le Calmant
Video 2 「鎮静剤」 歌: 高田渡 Wataru Takada sings Le Calmant
■英訳 Translations into English
(E1) Translator unconfirmed
(E2) Camille S
■スペイン語訳 Translation into Spanish
Video 3 「マリー」 歌: レオ・フェレ Léo Ferré sings "Marie"
■フランス語原文 The original text in French
■tomoki y. によるコメント Comments by tomoki y.
■外部リンク External links
■更新履歴 Change log
■はじめに Introduction
「死んだ女より もつと哀れなのは 忘られた女です」
この一節を耳にしたことはある。しかし、だれの、なんという詩かは知らない。そうおっしゃるかたもいるかもしれません。フランスの女性画家・版画家マリー・ローランサンの書いた「ル・カルマン」という詩の最後の部分です。訳者は堀口大學。下にご覧のとおり、ほかの人の訳もありますが、いちばん有名なのは堀口訳です。
Images 表紙画像と肖像写真 Cover photos and a portrait
- 夜の手帖—マリーローランサン詩文集 六興出版 (1977)
- Marie Laurencin by Marchesseau Daniel, Fondation Pierre Gianadda, Martigny Suisse (1998)
- Marie Laurencin (1883-1956). Image source: Le site officiel Guillaume Apollinaire hosted by Western Illinois University.
■中國語譯(繁體字) Translation into traditional Chinese
比煩惱的女人更可悲的是傷心的女人
比傷心的女人更可悲的是不幸的女人
比不幸的女人更可悲的是被逐的女人
比放逐的女人更可悲的是死去的女人
比死去的女人更可悲的是被遺忘的女人
- 羅蘭珊 鎮痛劑
- E-text at 痞客邦
■韓国語訳 Translation into Korean
권태로운 여인보다 더 불쌍한 여인은
슬픔에 젖은 여인입니다.
슬픔에 젖은 여인보다 더 불쌍한 여인은
불행을 격고 있는 여인입니다.
불행을 격고 있는 여인보다 더 불쌍한 여인은
병을 앓는 여인입니다.
병을 앓는 여인보다 더 불쌍한 여인은
버림받은 여인입니다
버림받은 여인보다 더 불쌍한 여인은
쫓겨난 여인입니다.
쫓겨난 여인보다 더 불쌍한 여인은
죽은 여인입니다.
그러나 죽은 여인보다 더 불쌍한 여인은
잊혀진 여인입니다.
-
마리 로랑생 / 마리 로랑상 〈잊혀진 여인〉
- E-text at:
- 下に引用する他の言語への訳と比べて、行数が足りません。不審に思い、確かめたところ、上の韓国語訳では、原詩の第9行と第10行が訳出されていません。つまり "Plus qu'abandonnée / Seule au monde." に相当する部分、堀口大學訳でいうと「捨てられた女より/もつと哀れなのは/よるべない女です。」にあたる部分が抜けているのです。上にリンクを張ったサイトを含め10以上の韓国語サイトを参照しましたが、いずれも同様にこの箇所が抜けています。単なる訳し漏れでしょうか。原因は存じません。
■日本語訳 Translations into Japanese
(J1) 菅原 2017
世界でいちばん悲しい女
いったい誰か
お話ししましょう
憂鬱で退屈な女より 悲しいのは 幸せをつかめない女
幸せをつかめない女より 悲しいのは 病気に苦しむ女
病気に苦しむ女より 悲しいのは 捨てられた女
世界でいちばん悲しい女
あなたもいつか
出会うでしょうか
捨てられた女より 悲しいのは 生涯ひとりの女
生涯ひとりの女より 悲しいのは 求められない女
求められない女より 悲しいのは 死んだ女
そして
死んだ女より 悲しいのは 忘れられた女
世界でいちばん悲しい女
あなたもいつか
知るのでしょうか
- クリスティーナ・ロセッティ=作 菅原敏=訳 「世界でいちばん悲しい女」 菅原敏=超訳 久保田沙耶=絵 『かのひと 超訳 世界恋愛詩集』 東京新聞 2017-07-28
(J2) 窪田 1996, 2003
退屈した女よりも哀れなのは悲しい女
悲しい女よりも哀れなのは
不幸な女
不幸な女よりも哀れなのは
病める女
病める女よりも哀れなのは
棄てられた女
棄てられた女よりも哀れなのは
この世で一人ぽっちの女
この世で一人ぽっちの女よりも哀れなのは
遠ざけられた女
遠ざけられた女よりも哀れなのは
死んだ女
死んだ女よりも哀れなのは
忘れさられた女
- マリー・ローランサン=作 窪田般彌(くぼた・はんや)=訳 「鎮静剤」
- G・アポリネール〔ほか〕=著 窪田般彌=編訳 『詩の朗読会—フランス編』 河出文庫 2003
- 窪田般彌=著 『ミラボー橋の下をセーヌが流れ—フランス詩への招待』 新版 白水社 1996
- 引用は b. 白水社版 1996 に拠りました。
(J3) 石邨 1987
わびしいというより悲しい
悲しいというより
ふしあわせ
ふしあわせというより
苦しい
苦しいというより
見すてられて
見すてられたというより
ひとりぼつち
ひとりぼつちというより
追放されて
追放されたというより
死んでいる
死んでいるよりも
忘れられた女(もの)。
- ローランサン=作 石邨幹子(いしむら・みきこ)=訳 「鎮痛剤」 平井照敏=編 『愛の詩集—世界の名詩』 永田書房 1987
(J4) 大島 1977
もの憂いよりは悲しくて
悲しいよりは不仕合わせ
不仕合わせよりは苦しくて
苦しいよりは捨てられて
捨てられたよりは天涯孤独
孤独の身よりは流浪の身
流浪の身よりは死んだ者
死んでるよりは忘れられて。
- マリー・ローランサン=著 大島辰雄(おおしま・たつお)=訳 「鎮静剤」 『夜の手帖—マリーローランサン詩文集』 六興出版 1977
(J5) 堀口 1925, 1955, etc.
退屈な女より
もつと哀れなのは
かなしい女です。
かなしい女より
もつと哀れなのは
不幸な女です。
不幸な女より
もつと哀れなのは
病氣の女です。
病氣の女より
もつと哀れなのは
捨てられた女です。
捨てられた女より
もつと哀れなのは
よるべない女です。
よるべない女より
もつと哀れなのは
追はれた女です。
追はれた女より
もつと哀れなのは
死んだ女です。
死んだ女より
もつと哀れなのは
忘られた女です。
- マリイ・ロオランサン=作 堀口大學=訳 「鎭靜劑」 堀口大學=訳「月下の一群」より
- 『堀口大學全集2 訳詩1』 日本図書センター 2001
- 『月下の一群—現代日本の翻訳』 講談社文芸文庫 1996
- 『堀口大學全集2 訳詩1』 小沢書店 1981
- 『日本近代文学大系52 明治大正訳詩集』 角川書店 1971
- 『月下の一群—堀口大学訳詩集』 新潮文庫 1955
- 『月下の一群—訳詩集』 第一書房 1925(大正14)
- その他多数の版に収録。a. は c. の復刻版。引用は d. 角川書店版 1971 に拠りました。
Video 1
夏木マリ、「鎮静剤」を歌う——歌詞は堀口大學訳 (J4) による
Mari Natsuki sings Le Calmant. Lyrics by Horiguchi (J4)
ビデオの埋め込みは禁じられているので、ご覧になるには ここをクリック してください。 Uploaded to YouTube by Frikki d'Izmir on 23 May 2012. Embedding disabled by request. To watch the video CLICK HERE
Video 2
高田渡、「鎮静剤」を歌う——歌詞は堀口大學訳 (J4) による
Wataru Takada sings Le Calmant. Lyrics by Horiguchi (J4)
アルバム 『日本に来た外国詩・・・。』と『系図』に収録
■英訳 Translations into English
(E1) Translator unconfirmed
More than bored sad
More than sad
Unhappy
More than unhappy
Suffering
More than suffering
Abandoned
More than abandoned
Alone in the world
More than alone in the world
In exile
More than in exile
Dead
More than dead
Forgotten
- Calming Reflection by Marie Laurencin. The poem first appeared in the 1917 issue of the Avant-Garde Review 391.
- Quoted in: Marie Laurencin: Une Femme Inadaptée in Feminist Histories of Art by Elizabeth Louise Kahn. Ashgate Publishing, Ltd., 2003. Preview at Google Books
(E2) Camille S
More than annoyed
Sad.
More than sad
Miserable.
More than miserable
Suffering.
More than suffering
Abandonned.
More than abandonned
Alone in the world.
More than alone in the world
Exiled.
More than exiled
Dead.
More than dead
Forgotten.
- Sad by Marie Laurencin. Translated by Camille S. E-text at Yahoo! Answers
■スペイン語訳 Translation into Spanish
Más que abrumada,
triste.
Más que triste,
desdichada.
Más que desdichada,
doliente.
Más que doliente,
abandonada.
Más que abandonada,
sola en el mundo.
Más que sola en el mundo,
exiliada
Más que exiliada,
muerta.
Más que muerta,
Olvidada.
- El calmante by Marie Laurencin. Translated by Roxana Elvridge-Thomas. E-text on page 15, La Palanca 23 - Issuu
Video 3
「マリー」 詞: ギョーム・アポリネール 歌: レオ・フェレ
Marie - Lyrics: Guillaume Apollinaire. Vocal: Léo Ferré
実人生においては、マリー・ローランサンは「捨てられた女」というよりむしろ「捨てた女」だったかもしれません。彼女はパブロ・ピカソの紹介で知り合った詩人アポリネールと波乱に満ちた恋愛をしたあと、彼のもとを去りました。捨てられたアポリネールは、かつての恋人をうたって「マリー」という詩を書きました。
「マリー」は有名な「ミラボー橋」と同様、詩集『アルコール』 (1913) に収められています。フランス語原詩は Wikisource で、その日本語訳(飯島耕一訳)は 子どものための美しい庭 というサイトで読めます。また、アポリネール自身が朗読した雑音まじりの録音も残っていて、UbuWeb Sound というサイトで聴けます。
Uploaded to YouTube by Ange-Marie Mucel on 4 Nov 2009. The original lyrics in French can be found at Wikisource. Apollinaire's own recording can be heard at UbuWeb Sound.
■フランス語原文 The original text in French
Plus qu'ennuyée
Triste.
Plus que triste
Malheureuse.
Plus que malheureuse
Souffrante.
Plus que souffrante
Abandonnée.
Plus qu'abandonnée
Seule au monde.
Plus que seule au monde
Exilée.
Plus qu'exilée
Morte.
Plus que morte
Oubliée.
- Le Calmant, from a collection of poems: Petit bestiaire. poèmes inédits. avec deux lithographies inédites de l'auteur by Marie Laurencin. Published by François Bernouard, 1926.
- This collection of poems first appeared in: Nouvelle revue françoise 1ère série, Gallimard, Paris. Nr. 118 Juillet 1923. Snippet view at Google Books. Cf. Livre-rare-book.com Réf : 001589
- E-text at:
■tomoki y. によるコメント Comments by tomoki y.
この詩は、本国フランスよりも日本での人気・知名度のほうが高いかもしれません。フランス語原文を掲載しているサイトを探したら、大半は日本のサイトでした。日本のサイトとは、日本人(と思われる人)が日本語で本文を書いたサイトという意味です。たぶん堀口大學氏の平明な訳が、原詩にも親しむ日本の読者を獲得するのに寄与したのでしょう。
興味深いのは、原詩には主語がないということ。よくヨーロッパ系言語とくらべて、日本語には主語があるとかないとかいうことが議論になります。ところが、この詩の場合、「哀れな忘れられた者」が誰であるかを、よりはっきり言葉にしているのは、むしろ日本語の訳詩のほうです(注)。原詩からは、形容詞が女性形であることから、哀れなのが女の人であるということが読み取れるだけ。その女性は、だれか? 詩人本人か? 詩人の知る、ある特定の女性か? それとも、女性全般か?
シェイクスピアの『ハムレット』第1幕第2場に "Frailty, thy name is woman!" という有名なセリフがあります。比較的あたらしい 河合祥一郎さんの訳 だと「弱き者、汝の名は女」。王子ハムレットは、父王の死後、日も浅いのに父の弟、つまりハムレットの叔父と再婚してしまった母ガートルードを責めている。ですから、具体的なひとりの女性を指していると、いちおう言えます。しかし、このセリフは一人立ちして有名になり、女の人全般について言っているかのように、受け取られることもある。
個別的具体的なことがらを描きながら、普遍的な何かを提示するのが、すぐれた文学の役目である——というのが本当ならば、ローランサンのこの詩も、そういう方向で捉えたらいいのでしょう。
注:
石邨幹子氏の訳は、やや例外的で、主語を訳出することを避けています。
最後に1回だけ「女」という言葉を出している。けれど、それも「おん
な」とは読ませず「もの」とルビを振っています。
なお、上の2種類の英訳では、どちらも主語/性を訳出していません。おそらく素人のかたの訳だと思います。
■外部リンク External links
-
[fr] Marie Laurencin - Wikipédia (1883-1956)
- [en] Marie Laurencin - Wikipedia (1883-1956)
- [ja] マリー・ローランサン - Wikipedia (1883-1956)
■更新履歴 Change log
- 2018-02-03 繁體字中國語譯と菅原敏=超訳 2017-07-28 を追加しました。
- 2013-05-10 韓国語訳とレオ・フェレの歌う「マリー・ローランサン」の YouTube 動画を追加しました。
- 2013-03-18 スペイン語訳と夏木マリ「鎮静剤」の YouTube 動画へのリンクを追加しました。
- 2012-10-20 目次と「はじめに」の項を新設しました。また、これまで Astre的Blog による訳として挙げていた英訳 (E1) を、これと非常によく似ているけれども、出典がより確かな、エリザベス・ルイーズ・カーンの著書に引用されている、別の訳と差し替えました。
- 2012-07-05 大島辰雄=訳 1977 を追加しました。
- 2010-05-10 高田渡「鎮静剤」の YouTube 動画を追加しました。
↓ 以下の本・CD・DVDのタイトルはブラウザ画面を更新すると入れ替ります。
↓ Refresh the window to display alternate titles of books, CDs and DVDs.
■CD
■洋書 Books in non-Japanese languages
■和書 Books in Japanese
« Madame Curie: A Biography by Ève Curie エーヴ・キュリー 『キュリー夫人伝』 | Main | The Gorbachev Factor by Archie Brown アーチー・ブラウン 『ゴルバチョフ・ファクター』 »
Comments
ポイントその1
原文から訳すこと。
ポイントその2
Plus que seule au monde
(世界にたったひとり)ではなく、
solitude(孤独)であること。
ポイントその3
詩は詩に訳すこと。
ポイントその4
ただmorteを「死」と訳すだけでは当たり前でつまらない。
拙訳:
憂鬱より悲しみ
悲しみより不幸
不幸より苦しみ
苦しみより喪失
喪失より無理解
無理解より追放
追放より孤独死
孤独死より忘却
Posted by: 伊藤 龍樹 | Saturday, 31 May 2008 07:54 pm
訂正。m(_ _)m
ポイントその2
Plus que seule au monde
(世界にたったひとり)あり、
solitude(孤独)ではないこと。
Posted by: 伊藤 龍樹 | Saturday, 31 May 2008 07:56 pm
伊藤 龍樹さん
ご返事が遅くなりました。コメントおよび訳文ありがとうございます。なるほど、伊藤 龍樹さんの訳は、原文の簡潔な文体が、うまく日本語に移し変えられていますね。上掲の3つの日本語訳のどれよりも、原文のリズムに近い感じがします。
「喪失」や「無理解」や「孤独死」などは、かなり大胆な訳し方ですね。どれも、日本語として、とてもインパクトが強い。「詩は詩に訳すこと」というのは、これらの訳語の選択をも含んでおっしゃっているのですね。
書き手あるいは主人公の性は、必ずしも訳出する必要がないとお考えですか? 堀口大學氏以来、日本の翻訳者たちは、この詩における「女性」というものを、意識し過ぎているでしょうか? 作者マリー・ローランサンが、たまたま女性だったというだけのことなのかしら?
Posted by: tomoki y. | Monday, 02 June 2008 08:10 pm
お返事ありがとうございます。
1.意訳について
これは、私の勝手な美意識なのですが、
各行が同じ字数であるのが美しいと感じたのです。
訳文で韻が踏めないのを補うためです。
原文では後半Oubliéeのようにéという鋭さを持った
韻が踏まれています。
わたしは一種の「格言」のような訳し方をすることで、
この、éと同じような鋭さを再現してみたかったのです。
2.女性名詞について
またまたOubliéeを引き合いに出しますが、
紛れもなく、これは「忘れられた女」です。
単なる女性名詞なのは、
Triste、Malheureuse、Souffrante
の3つだけで、後は完全に「女の人」です。
しかし、queであり、quiではないことから、
わたしは敢えて性を省きました。
この詩のペーソスは「人間」ではなく「事象」だからです。
Posted by: 伊藤 龍樹 | Wednesday, 04 June 2008 05:04 am
> 1.意訳について
> わたしは一種の「格言」のような訳し方をすることで、
> この、éと同じような鋭さを再現してみたかったのです。
なるほど。そこまで工夫をこらしておられたとは、思い至りませんでした。
> 2.女性名詞について
> この詩のペーソスは「人間」ではなく「事象」だからです。
そのような視点も、ご説明いただくまで気がつきませんでした。
伊藤 龍樹 さんには、自分の気づかない事柄について啓発されることが多く、ありがたく思います。これからも、お気づきの点がありましたら、いろいろご指摘ください。
Posted by: tomoki y. | Thursday, 05 June 2008 08:47 pm
This is the top blog that I read ever??? Kevin
Posted by: esure insurance company | Saturday, 27 November 2010 04:56 am