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Sunday, 28 September 2008

太宰治 「親友交歡」「親友交歓」 The Courtesy Call by Osamu Dazai

■はじめに Introduction

翻訳論やコミュニケーション論などの論者がときどき話題として取り上げる「重訳」を自分でやってみました。「翻訳の翻訳」を原文と比べて、どれだけ原意からずれているかを見る。伝言ゲームのバイリンガル文書版みたいなものです。別にむずかしい理屈をならべるつもりはありません。たんなるお遊びです。

太宰治に「親友交歡」という題のノンフィクション風短篇小説があります。私はこの作品を、ずっと前に読んだ気がしますが、今回この重訳を試みる時点では、内容をまったく覚えていませんでした。アイヴァン・モリスというイギリス人による英訳が出ています。太宰の原文をわざと見ないようにして、このモリス氏の英訳を日本語に訳し戻してみました。はたして、どれだけ太宰ふうに訳せるか?


 Images 
表紙画像 Cover photos

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de De_dazai_gezeichnet es Es_elocaso fr Fr_la_femme_de_villon

en En_morris_japanese_stories zh H_dazai_villons_wife ja Ja_dazai_kishida


■tomoki y. による、英訳からの重訳
 tomoki y's retranslation of the English translation

その男のことは死ぬまで忘れない。去る九月の午後、家(うち)へやってきた男のことだ。うわべだけ見たら、彼の来訪には何も格別なところはなかったかもしれない。だが、私は固く信じている。あれは、わが人生における一大事件だったのだ、と。なぜなら、私にとって、この男は新人類の出現を予言するものだったからだ。東京にいた時分、私はよく最低級の飲み屋へ行っては、唖然とするほどの極道者たちと交わったものだった。だが、この男は図抜けていた。どこからどう見ても、私がこれまでに会った人間のなかで、最もいやな、最もいけ好かない奴だった。こいつには善良さのかけらもなかった。

 
 
■モリス氏による英訳 Translation into English by Mr Morris

Until the day of my death I shall not forget the man who came to my house that afternoon last September. Although on the surface there may have been nothing very spectacular about his visit, I am convinced that it was a momentous event in my life. For to me this man foretold a new species of humanity. During my years in Tokyo, I had frequented the lowest class of drinking house and mixed with some quite appalling rogues. But this man was in a category of his own: he was far and away the most disagreeable, the most loathesome, person I had ever met; there was not a jot of goodness in him.

  • The Courtesy Call by Dazai Osamu. Translated by Ivan Morris. Modern Japanese Stories: An Anthology edited by Ivan Morris. Rutland, Vermont and Tokyo, Japan : Charles E. Tuttle Company, 1962

 
 
 Audio 
日本語原文朗読 Audiobook in Japanese

Uploaded to YouTube by atoyaku さんのチャンネル on 3 Feb 2013


■太宰による日本語の原文 Dazai's original text in Japanese

 昭和二十一年の九月のはじめに、私は、或る男の訪問を受けた。
 この事件は、ほとんど全く、ロマンチツクではないし、また、いつかうに、ジヤアナリスチツクでも無いのであるが、しかし、私の胸に於いて、私の死ぬるまで消し難い痕跡を殘すのではあるまいか、と思はれる、そのやうな妙に、やりきれない事件なのである。
 事件。
 しかし、やつぱり、事件といつては大袈裟かも知れない。私は或る男と二人で酒を飲み、別段、喧嘩も何も無く、さうして少くとも外見に於いては和氣藹々裡に別れたといふだけの出來事なのである。それでも、私にはどうしても、ゆるがせに出來ぬ重大事のやうな氣がしてならぬのである。
 とにかくそれは、見事な男であつた。あつぱれな奴であつた。好いところが一つもみじんも無かつた。
 (数行略)東京生活に於いては、最下等の居酒屋に出入りして最下等の酒を飲み、所謂最下等の人物たちと語り合つてゐたものであつて、たいていの無頼漢には驚かなくなつてゐるのである。しかし、あの男には呆れた。とにかく、ずば抜けてゐやがつた。

  • 太宰治=著 「親友交歡」 初出: 『新潮』 第43巻第12号 1946/12

 
 
■比較 Comparison

  1. 省略/削除 Omission/Deletion
    • アイヴァン・モリス氏の英訳が、かなり自由に省略や変更を行なっているのが意外でした。まず、冒頭の一文からして違う。太宰の前置き的なコトバもいくつか削っている。たとえば、「ロマンチツクではないし、また、いつかうに、ジヤアナリスチツクでも無い」の語句に相当する英語は見あたりません。
       
    • 原文で「数行略」と記した箇所も訳出されていませんが、ここには、著者「私」が、罹災したあと、隠遁生活を送っていた様子の叙述があります。会話でもそうですが、一般に英語でのコミュニケーションは、日本語でのそれにくらべて、前置きや回りくどい表現を嫌う傾向があるようです。単刀直入が好まれる。これは私の英語圏での何年かの経験などにもとづいて言っているので、個人的偏見かもしれませんが。
       
    • しかし、なかには、省略してしまってよかったのかどうか、と考えさせられる箇所も、ないわけではありません。たとえば、原文引用箇所の中ほどの「とにかくそれは、見事な男であつた。あつぱれな奴であつた。」という2文。「見事」「あつぱれ」という字句のすぐあとに「好いところが一つもみじんも無かつた。」と続く。この皮肉な反語的なユーモアの味は、なんとか活かして英語にして欲しかった気もします。
       
  2. 人称代名詞 Personal pronouns
    • 人称代名詞の問題は、日本語をヨーロッパ語に翻訳する場合についてまわる宿痾(しゅくあ)のようなものですね。拙訳でも、どうしようか迷いました。「私」「奴」を使ってみたら、太宰の原文と一致していたのは、まぐれあたりとはいえ、ちょっと嬉しかったです。
       
  3. タイトル Titles
    • タイトルの変わりぶりも、おもしろかった。
         「親友交歡」 → The Courtesy Call → 「表敬訪問」
      この作品は、手短かにいえば、とんでもなく嫌な奴が訪ねてきたという話です。なので、「親友交歡」という原題には、もともと皮肉がこめられているのです。その諧謔的含意を、モリス氏の英題が巧みにくみ取り、私の重訳題がかろうじて受け継いでいる。翻訳は、ときとして、あやうい綱渡りに似た様相を呈します。
       
  4. 全体の印象 Overall impression
    • 私の翻訳がへたなせいも、大いにあるでしょうが、太宰と私とでは、文体というか、文章全体が与える印象は、あきらかに異なりますね。太宰の文章の、あの粘着質なところが、私の訳ではぜんぜん表されていない。モリス氏が英訳した時点で、すでにかなり乾いた文章に変質していますが、私のは、なんだかパサパサした、やっぱりどことなく翻訳調の日本語になっている気がします。

 
 
■さらに細部についての比較 Comparison on further details

Tomoki_y_vs_dazai_2


■上に引用した、太宰の日本語原文を収録するタイトル
 Titles containing Dazai's original Japanese text quoted above

  1. 太宰治 ちくま日本文学 8 筑摩書房 2008/01
  2. 太宰治滑稽小説集 大人の本棚 みすず書房 2003/05
  3. ザ・太宰治 第三書館 1999/02
  4. 親友交歓 E-text at 青空文庫 入力:細渕真弓 校正:細渕紀子 初登録(=アップロード)1999/01 (新字新かな)
  5. 太宰治全集 9 小説 8 筑摩書房 1998/12 (旧字旧仮名)
  6. 太宰治全集 8 筑摩書房 1990/08 (新字旧仮名)
  7. 太宰治全集 8 筑摩書房 1976/09 (旧字旧仮名)
  8. ヴィヨンの妻・桜桃 他八編 岩波文庫 1957 (新字新かな)
  9. ヴィヨンの妻 新潮文庫 1950/12 (新字新かな)
  10. ヴィヨンの妻 筑摩書房 1947
  11. 新潮 第43巻第12号 新潮社 1946/12/01 発行 「創刊五百号記念」の「小説特輯」欄に掲載。

以上のほか多数の版に収録。4 の底本は 9。初出誌は 11。初出単行本は 10。引用は 5 に拠りました。


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Comments


おもろい。

 太宰はコンプレックスを抱いていた。
 本名の「津島修治」は、青森出身の彼にとって所謂ずーずー弁では、「つすますーず」になってしまい、格好が付かなかったので「太宰治」と名乗ったのだとか。
 また、彼は所謂「境界性人格障碍」の故に自殺未遂を繰り返し、遂には自死を遂げたのだとか。
 太宰は「芥川賞をください」と佐藤春夫や川端康成に願いの手紙を書いていた。わたし伊藤龍樹が思うに、彼は「支点」が欲しかったのだ。彼は流浪人であった。裕福な家庭に育った自分を嘆き、垢抜けない出身地を嘆いた。「生れて、すみません」という言葉は何処にも居場所の無い彼の心境を察して余りある。
 ところで、ABO式血液型占い、または、気質の違いを信じるというのは日本人しかいないといわれている。この迷信は、昭和2年に古川竹二が発表した学術論文に端を発している。有意差が認められた、というのだ。元々日本人は単一民族ではない。遺伝学的に言って、北欧人と南欧人ほどの違いを持った人間の集まりなのである。昭和2年といえば、今日のように、たった数時間で日本中を移動できる時代と違って、自然と内婚(endogamy)が成り立つ時代だったのだ。西日本にO型の人が多く、関東人にA型の人が多く、東北人にB型の人が多かったのは事実である。わたし伊藤龍樹はABO式血液型性格判断は日本国民のABO型血液型分布と土着的な人間気質が、統計学的に観て、偶然の一致を齎したものと考える。
 結論:太宰の粘着質な文体は、彼本人の負っていた精神障碍である「境界性人格障碍」由来のものと、土着の精神気質より成ったものであり、他人にそう易々と真似できないものと考える。

Posted by: 伊藤 龍樹 | Monday, 29 September 2008 10:42 am

伊藤 龍樹さん

コメントありがとうございました。ご返事が遅くなってしまい、たいへん申し訳ありません。

> 所謂ずーずー弁では、「つすますーず」になってしまい、
> 格好が付かなかったので「太宰治」と名乗ったのだとか。

へーえ、それは初耳でした。可笑しいな。

> また、彼は所謂「境界性人格障碍」の故に自殺未遂を繰り返し、遂には自死を遂げた
> のだとか。

これも、具体的な病名を聞いたのは初めてでした。なんらかの精神医学上の問題を抱えた人だったのだろうな、とは前々から推測していましたが。

> 太宰は「芥川賞をください」と佐藤春夫や川端康成に願いの手紙を書いていた。

このまえ図書館で借りてきた本に、その川端宛て手紙の写真が掲載されているのを見ました。
坪内稔典=監修『書で見る日本人物史事典』柏書房 \9,975
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4760128573/tomokilog-22/

ていねいな字だけど、あまり上手とはいえない筆跡でした。文面が卑屈なのが、後味悪いです。

> 「生れて、すみません」という言
> 葉は何処にも居場所の無い彼の心境を察して余りある。

太宰は、ぼくの大好きな作家とは言えませんが、読むと確実に腹にこたえる。そのうち心身の状態がちょうどいいときに再読しようと思います。

> わたし伊藤龍樹はABO式血液型性格
> 判断は日本国民のABO型血液型分布と土着的な人間気質が、統計学的に観て、偶然の一
> 致を齎したものと考える。

そうですか。韓国や中国の人たちは、血液型のことをどう思っているんでしょうかね。

>  結論:太宰の粘着質な文体は、彼本人の負っていた精神障碍
> である「境界性人格障碍」由来のものと、土着の精神気質より
> 成ったものであり、他人にそう易々と真似できないものと考え
> る。

わかりました。今後は真似しようなどと大それたことは、決してしないことに致します(苦笑)

Posted by: tomoki y. | Saturday, 04 October 2008 01:06 am

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