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Monday, 11 May 2009

Narrative of the Expedition of an American Squadron to the China Seas and Japan, 1852-1854 『ペリー艦隊日本遠征記』『ペリー提督日本遠征記』『ペルリ提督日本遠征記』

■はじめに Introduction

ヨーロッパ各国も日本を開国させようとしている。だが、これまでのところ成功した国はひとつもない。わがアメリカは連中の二の舞を演じてなるものか。――強固な意志と冷静な判断力をもつペリーは、欧州各国の失敗の原因を分析する……。


■西から見た東 - 日本の帆掛け舟、ウィリアムズ二等水兵の墓
 Facing "East": A Japanese junk & Private Williams' gravestone in Shimoda.

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Japanese_singlesail_junk Simoda_grave_burial_ceremony_4

『ペリー提督日本遠征紀』原書全3巻に収録されている図版の大半は、ヴィルヘルム(ウィリアム)・ハイネ という男が描いた。ドイツ生まれでアメリカに亡命した画家・旅行家・作家だ。ハイネは遠征のビジュアルな公式記録を残すため、ペリー艦隊の公式アーティストとして抜擢され随行した。水彩の原画はリトグラフにして複製された。なお、日本における外国人墓地の歴史については、横浜外国人墓地の このページ を参照。

   Left 日本の帆掛け舟 威圧感のある米海軍の蒸気船「黒船」とは対照的。
   Right 遠征隊員の埋葬 滞日中にペリーの部下数名が命を落とした。
      日本側は「異人」が下田の土に還ることを許した。墓は今も玉泉寺に
      ある。米国側は儀式に「異教徒」たる仏僧が加わることを拒まなかった。
   Image sources: Black Ships & Samurai MIT Visualizing Cultures


■東から見た西 - 黒船は悪魔の船
 Facing "West": Black Ship as Darkness Incarnate

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Black_ship_monster_large_3 Black_ship_screen

日本側では、公式記録用に政府(=幕府)が画家や版画家を雇っていたという事実は確認されていない。民間人が描いた作品なら、さまざまなものが残っている。作者の大半は名前も伝わっていない。「西から見た東」の公式画よりも、イマジネーションを最大限に駆使して自由に描いた「東から見た西」のほうが、視覚的には断然おもしろい。

   Left 南蛮夷狄 黒い蒸気船はほとんど文字どおり「悪の化身」として描かれた。
   Right ペリー渡来絵図貼交屏風 東京大学史料編纂所所蔵 日本語解説
   Image source: Black Ships & Samurai MIT Visualizing Cultures


■黒船絵巻 - スライドショー
 Black Ship Scroll - Slideshow

MIT Visualizing Cultures というサイトにある、このスライドショーは必見。横長の絵巻(=スクロール)を、鮮明な画像で右端から左端までゆっくりと順に自動的に、ぜんぶ繰り広げて(=スクロールして)見せてくれる。先送りや巻戻しも可能。美術館で鑑賞している気分。類似の展示は、たとえば 横浜開港資料館キッズページ にもあるが、サイトデザインの完成度は比較にならない。

The Black Ship Scroll (1854) スライドショーを見る Watch the Slideshow

Black_ship_scroll
クローズアップしたい場合は こちら で見たいところをクリック。
Black Ships & Samurai. MIT Visualizing Cultures

■日本語訳の表紙/扉画像 Covers and a title page of Japanese translations

a. オフィス宮崎=編訳 『ペリー艦隊日本遠征記(上)』(全2冊) 万来舎 2009-04
  原書Vol. 1を二分冊に収録。1997年の栄光教育文化研究所刊 3巻セット
  再編集したもの。詳細は ここ
b. 土屋喬雄+玉城肇=共訳 『ペルリ提督日本遠征記1』(全4冊) 岩波文庫
  1948-08-15 原書Vol. 1の訳。
c. 鈴木周作=抄譯 『ペルリ提督日本遠征記』 大同館 1912-08-15(明治45)
  原書Vol. 1の抄訳。次の2つのリンク先で全ページの複写画像を閲覧できる。
     1. Brown University Library, Center for Digital Initiatives
     2. 国立国会図書館 近代デジタルライブラリー
  2. は白黒で一部のページが欠落。1. はカラーで操作性に優れ、文字・図版
  ともはるかに鮮明。

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a. Perry_kantai_nihon_enseiki_jou b. Peruri_nihon_enseiki c. Suzuki_peruri_teitoku_nihon_enseiki

■日本語訳 Translation into Japanese

(1) オフィス宮崎 1997
(……)彼はまた、通交の障壁を打ち破るためのこれまでの諸国の努力をつぶさに調べ、その失敗の原因と思われる点にも気づいた。

・ 当時、入国を求めていた国々の、政治的状況における特殊事情。
・ 各国が互いに敵対し、邪魔をし合っていたこと。
・ 使命を託された人々の中に見られる、勇敢な民族を脅して自国の希望に従わせようとするような、無礼とはいわぬまでも、軽率なふるまい。
・ 追従的な卑屈さと毅然とした和解の精神とを難なく識別し、慈悲と正義は行なうが、凌辱的な、あるいは非道なことにはいっさい従わないという、日本人の真の性向に対する誤解。

こうしたことが、それまでなされた努力のうちに大なり小なりはっきりと見いだされる失敗の原因であるように思われたのである。

   第1章
   加藤祐三=序文 オフィス宮崎=翻訳・構成 宮崎寿子=制作責任者
    『ペリー艦隊日本遠征記 Vol.1』 全3巻・海図付セット
   定価150,000円(税込)分売不可 栄光教育文化研究所 1997-10-10 
   原書:アメリカ合衆国議会公文書:第1巻US(S)771-79

   原書全3巻をおなじく3分冊とし、多数のカラー図版を含め、内容・装丁ともに
   忠実に再現した初の完訳版。原文には改行と黒丸(・)はありません。
   どちらも tomoki y. が挿入しました。


(2) 大羽 1947, 1953
(……)また、列国の自分たちをしめだしている障壁を破ろうとくり返した努力の跡を研究した結果、大体その失敗のかくれた原因が何であるかを発見した。

・ 第一に許可を要求する国の当時の政治の特殊な状態、
・ 第二に各国相互に妨害しようとしていること、
・ 第三に使節を委任されたものの中に勇敢な国民をおどかして自分の思いどおりにし、ただ従わせようとする横柄な態度、あるいは不見識、
・ 第四に親切と正義をもってあたり屈辱、不正に対してはすこしも容しゃしない男性的な融和の精神と、ただの卑屈なお追従とを日本人はすぐ見やぶる国民であるのに、そういう国民性にたいする誤解

などすべてがこれまでの各国の努力が失敗に終った原因として、多少なりともあとをたどることができるように思われた。

   合衆国海軍省=編 大羽綾子(おおば・あやこ)=訳
   a. 第一章 日本へ使節派遣きまる
     『ペリー提督日本遠征記』 法政大学出版局 1953-07-15 定価390円
   b.ペルリ提督遠征記』 酣灯社(かんとうしゃ)1947
   原文には改行と黒丸(・)はありません。どちらも tomoki y. が挿入しました。
   引用は a. に拠りました。


(3) 土屋+玉城 1935, 1948, etc.
(……)彼はまた、交通を遮斷してゐる障壁を打ち破らうとして繰り返した他の諸國民の努力を注意深く調査して、その失敗の祕密と想はれるものをも發見した。

・ 彼等が入國せんと求めてゐた當時の日本の政治状態中に存した特殊な事情。
・ 互に邪魔し合はうとしてゐた各國民の敵對。
・ 勇敢な民族に無理耶理に自國の望を知らせるやうにとの使命を託されてゐた人の無禮と云へなければ輕率。
・ 追從的な卑屈さと男らしい和解の精神との區別をはつきりとつけ、親切なことと正しきこととは行ふが、凌辱的な、又は邪惡なことは些も犯さないといふ日本人の眞率な性質の誤解。

これらすべてが、今までになされた努力のうちに多かれ少かれはつきりと見出される失敗の原因であるやうに思はれたのであつた。

   土屋喬雄(つちや・たかお)+玉城肇(たまき・はじめ)=訳
   a.ペルリ提督日本遠征記(上)』 臨川書店 1988-01
   b. 第一章 『ペルリ提督日本遠征記1』(全4冊)岩波文庫 1948-08-15
   c.ペルリ提督日本遠征記(上)』(全2冊)弘文荘 1935-03-10(昭和10)
     發行者:反町茂雄 定價十五圓 五百部印行
   a. c. の複製。引用は b. に拠りました。原文には改行と
   黒丸(・)はありません。どちらも tomoki y. が挿入しました。


(4) 鈴木 1912, 1937
(……)提督は、歐州の諸國が此の鎖國の牆壁を打破しようと幾度か繰返した其の努力の跡を詳しく調べて、成程失敗するのも無理がないと思はるる原因を見出したのである。

ち各國民は我先に日本と交通の特權を得ようとて、
・ 相互に排陷したり、妨害したり、
・ 又使節の中には、自分の希望を無理無體にも通さうとて、勇悍なる日本人を威嚇するなど、随分剛慢不遜な振舞をなした者もあつた。
・ 甚しきに至つては、屈辱と名譽との何物なるかを善く知り、正義と親切との上に立つて居る日本人の性格を見損うて、其の面目を潰したり、或は不正の事すら敢へてした者がある。

[原文は次のとおり総ルビ - tomoki y.]

(……)提督(ていとく)は、歐州(おうしゆう)の諸國(しよこく)が此(こ)の鎖國(さこく)の牆壁(しやうへき)を打破(だは)しようと幾度(いくど)か繰返(くりかへ)した其(そ)の努力(どりよく)の跡(あと)を詳(くは)しく調(しら)べて、成程(なるほど)失敗(しつぱい)するのも無理(むり)がないと思(おも)はるる原因(げんいん)を見出(みいだ)したのである。

(すなは)ち各國民(かくこくみん)は我先(われさき)に日本(につぽん)と交通(かうつう)の特權(とくけん)を得(え)ようとて、
・ 相互(あひたがひ)に排陷(はいかん)したり、妨害(ばうがい)したり、
・ 又(また)使節(しせつ)の中(なか)には、自分(じぶん)の希望(きばう)を無理無體(むりむたい)にも通(とほ)さうとて、勇悍(ゆゆかん)なる日本人(につぽんじん)を威嚇(ゐかく)するなど、随分(ずゐぶん)剛慢不遜(がうまんふそん)な振舞(ふるまひ)をなした者(もの)もあつた。
・ 甚(はなはだ)しきに至(いた)つては、屈辱(くつじよく)と名譽(めいよ)との何物(なにもの)なるかを善(よ)く知(し)り、正義(せいぎ)と親切(しんせつ)との上(うへ)に立(た)つて居(ゐ)る日本人(につぽんじん)の性格(せいかく)を見損(みそこな)うて、其(そ)の面目(めんばく)を潰(つぶ)したり、或(あるひ)は不正(ふせい)の事(こと)すら敢(あ)へてした者(もの)がある。

   第一編 日本遠征艦隊の卷 二 使命はペルリ提督に下る
   櫻井省三=校閲 鈴木周作=抄譯
   a.ペルリ提督日本遠征記』 大同館書店 1937-10-20(昭和12)
     定價金貳圓
   b.ペルリ提督日本遠征記』 大同館 1912-06-15(明治45)
     定價金壹圓貳拾錢
   原文には改行と黒丸(・)はありません。どちらも tomoki y. が挿入しました。
   引用は a. に拠りました。


■英語原文 The original text in English

He also found, in a careful examination of the repeated efforts of other nations to break down the barrier that shut them out, what he supposed to be the secret of their failures.

・ Peculiar circumstances in the then political condition of the power seeking admission ;
・ the rivalry of different nations striving to thwart each other ;
・ the indiscretion, not to say arrogance, of some of those entrusted with the mission, who sought to bully a brave people into acquiescence with their wishes ;
・ a misconception of the true character of the Japanese, who readily distinguish between obsequious servility and a manly spirit of conciliation, found on the principle of doing what is kind and just, but submitting, not for an instant, to what is insulting or wrong ;

all these seemed to him to be elements of failure clearly to be traced, in a greater or less degree, in the efforts that had been made.

   Volume 1, Chapter 1, Page 76.
   Narrative of the Expedition of an American Squadron
   to the China Seas and Japan, performed in the years
   1852, 1853, and 1854 under the command of Commodore M. C. Perry,
   United States Navy, by order of the Government of the United States.

   Published by order of the Congress of the United States.
   Washington, Beverley Tucker, Senate printer, 1856. 3 Volumes..
   [Line breaks and bullets were inserted by tomoki y.]


■上の引用箇所を載せた原書ページの複写画像
 Scanned book page containing the excerpt quoted above

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164_053

 [en] Image source

   Volume 1, Chapter 1, Page 76.
   Narrative of the Expedition of an American Squadron
   to the China Seas and Japan, performed in the years
   1852, 1853, and 1854. 3 Volumes.
   The Otis Cary Collection, Digital archive of rare materials.
   Doshisha University Academic Repository.

 [ja] 画像の出典

   同志社大学学術リポジトリ
   貴重書デジタル・アーカイブ ケーリ文庫 所蔵
   『ペリー提督日本遠征記』(全3巻)解説 第1巻 第1章 76ページ


■入手可能なペーパーバック版 Paperback edition in stock

   Narrative of the Expedition to the China Seas and Japan, 1852-1854
   著者: Matthew Calbraith Perry Commodore M. C. Perry
   ペーパーバック
   出版社:Dover Publications
   発売日:2000-09-15
   ISBN-10 : 0486411338
   ISBN-13 : 9780486411330


■その他の外部リンク Other external links

 [en] English
   * Y150: A Grand Exposition for Yokohama's 150 Years
     28 April 2009 - 27 September 2009
     A series of events celebrating the 150th anniversary of the opening of
     the Port of Yokohama
   * Matthew C. Perry - Wikipedia (1794-1858)
   * Wilhelm Heine - Wikipedia (1827-1885)
   * Peter Bernhard Wilhelm Heine - Perry Visits Japan
   * Perry Expedition to Japan, 1852-4 - Baxley Stamps

 [zh] 中國語(繁體字)
   * 開國博Y150: 横濵、150周年大博覧會 (PDF)
     2009年4月28日~2009年9月27日
     横濵開港150周年紀念主題活動

 [ja] 日本語
   * 横浜開港150周年記念テーマイベント「開国博Y150」公式サイト

      Yokohama150_banner_2

   * マシュー・ペリー - Wikipedia (1794-1858)
     - 関連著作
     - 参考文献
   * 伊豆下田 了仙寺
     - 了仙寺宝物館/黒船美術博物館
     - 了仙寺/黒船美術館
     - 黒船コレクション最新目録
     - 了仙寺黒船コレクション映像集
     - 黒船博物館リンク
   * 横浜開港150周年記念テーマイベント「開国博 Y150」
      会期:2009/04/28~09/27
   * 横浜開港資料館
     - ペリー来航関係 よこはま歴史画像集
   * ヨコスカ人物クラブ - 横須賀市立図書館
      ペリー, 小栗上野介, 中島三郎助, ヴィルヘルム・ハイネ
   * 開国のまち 横須賀
   * 幕末維新ミュージアム 霊山歴史館
     - 館蔵の逸品 >> ペリー提督日本遠征記
   * 伊豆下田 玉泉寺 & ハリス記念館


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2009/05/18 オフィス宮崎=翻訳・構成 1997-10-10 を追加しました。


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Comments

>・ a misconception of the true character of the Japanese, who readily distinguish between obsequious servility and a manly spirit of conciliation, found on the principle of doing what is kind and just, but submitting, not for an instant, to what is insulting or wrong ;

ペリー(米国)は、当時の印象は日本人を、こういうふうに捉えていたのですね…。まさに武士道。
ともあれ、今の日本人は、どう見られているのでしょう??

黒船絵巻のスライドショー、興味深かったです。書かれている文章がもっと読めたら、さらにおもしろそう。

ところで、これだけの記事を作成なさるのに、どれくらいのお時間を要されるのですか?これもまた、興味深いところです。

Posted by: y_flores_o | Tuesday, 12 May 2009 01:11 am

突然のコメント失礼致します。
失礼ながら、相互リンクしていただきたくて、コメントさせていただきました。
http://sirube-note.com/painter/

もしよろしければ、こちらのページから相互リンク登録していただけましたら幸いです。
http://sirube-note.com/painter/link/register/
今後ともよろしくお願い致します。
4rXf70oQ

Posted by: sirube | Tuesday, 12 May 2009 01:14 am

すみません、コメントの文章が変でした。

×当時の印象は日本人を、
○当時の日本人を、

失礼しました。

Posted by: y_flores_o | Tuesday, 12 May 2009 01:50 am

y_flores_oさん

コメントありがとうございます。アメリカ人が今の日本人をどう見ているか、ですか? さぁ。

過労死、オタク、マンガ、アニメ、萌え。オジサンたちは疲れていて、若い女性たちだけがなんとか元気を表現できてるんじゃないでしょうか。いや、若い女性たちの実態を知らないから、こんな評論家みたいな総論、ぜんぜん説得力ありませんが(苦笑)。

スライドの字は小さいし、たしかに読みづらいですね。「ぺるり」ぐらいは読めますが。

所要時間は「たくさん」です。今回はとくにあっちこっち本やサイトを探したので時間がかかりました。平均すると一日に数時間です。われながら、ヒマ人ですね。はは。

Posted by: tomoki y. | Tuesday, 12 May 2009 10:06 pm

sirubeさま

はじめまして。コメントと相互リンクのお誘い、ありがとうございます。

私のブログは翻訳の訳文を集めるのがメインでして、画家を取り上げる機会は必ずしも多くないのですが、それでもよろしいのでしょうか? とりあえず、お示しくださったURLで登録してみたつもりですが、やり方が合っていたかどうかは自信がありません。

Posted by: tomoki y. | Tuesday, 12 May 2009 10:25 pm

Hi there,
Interesting, I`ll quote it on my site later.

Posted by: Robor | Thursday, 14 May 2009 12:35 am

Posted by: アグ ハンドバッグ ブーツ | Friday, 22 November 2013 10:03 am

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