« George Clooney - Interviews 『インタヴューズ』 ジョージ・クルーニー | Main | Remarks of Commodore Perry upon the Probable Future Commercial Relations with Japan and Lew Chew by Matthew C. Perry マシュー・C・ペリー「日本と琉球との通商関係の将来についてのペリー提督の所見」 »

Monday, 04 May 2009

U.S. Secretary of State Byrnes' Reply to Japanese Surrender Offer ポツダム宣言受諾に関わる「バーンズ回答」

■はじめに Introduction

保阪 昭和20年8月6日の広島への原爆投下、9日未明のソ連による対日戦軍事発動、そしてやはりこの日の長崎への原爆投下ということで、8月9日の午後11時50分から、宮中の地下防空壕内で御前会議が開かれます。ここで天皇は東郷茂徳外務大臣らが主張する受諾派に賛意を示して受諾が決定するわけですが、この会議で国体護持が明確ではないとの統帥部の主張を入れて、あらためてスイスを通じてアメリカ政府に問い合わせをすることになった。

アメリカの国務長官バーンズの名による回答は、日本時間の12日午前零時45分にアメリカのラジオ放送を通じて流されてきます。(略)一般に「バーンズ回答」といわれて定着しています。

「バーンズ回答」は全部で五項目あるのですが、第一項の原文は(……)

   第七章 昭和史の虚実に迫る
   3. ポツダム宣言受諾をめぐるミステリー|「バーンズ」回答の訳文

  • 保阪正康(ほさか・まさやす)+広瀬順皓(ひろせ・よしひろ)=著 『昭和史の一級史料を読む』 平凡社新書 (2008-05-15) 263ページから抜粋

■背景 The Background

The Allied response was written by James F. Byrnes and approved by the British, Chinese, and Soviet governments, although the Soviets agreed only reluctantly. The Allies sent their response (via the Swiss Political Affairs Department) to Japan's qualified acceptance of the Potsdam Declaration on August 12. On the status of the Emperor it said ( . . . )


■ポツダム会談とバーンズ国務長官
 The Potsdam Conference and Secretary of State Byrnes

後列右から二人めが「バーンズ回答」を書いたジェームズ・F・バーンズ米国務長官。Image source: James F. Byrnes - Wikipedia (1879-1972)

↓ クリックして拡大 Click to enlarge ↓
Potsdam_conference_13

■関連書の表紙画像 Cover photos of related books

↓ クリックして拡大 Click to enlarge ↓
a. In_the_ruins_of_empire  b. Showashi_no_ikkyu_shiryou_o_yomu  c. Partners_for_democracy

■「バーンズ回答」日本語訳の異同
 Variations of Byrnes' reply translated into Japanese

(J1) 「従属する」 - 大月書店刊 『資料日本占領』 の訳
天皇および日本国政府の国家統治の権限は、降伏の時点から連合国最高司令官に従属する(……)。

   敗北後における米国の初期の対日方針 (SWNCC150/2)
   1945年8月12日
   国務・陸軍・海軍三省調整委員会草案
   A 一般条項
   II 連合国の権限


(J2) 「従属サル」 - 陸軍・宮崎周一の訳
日本ハ降伏ノ瞬間ヨリ日本政府及日本 天皇ハ(……)連合国最高指揮官ニ従属サルヘキモノトス(……)。

   作戦秘録(下) 昭和20年8月12日


(J3) 「制限の下に置かるる」 - 外務省の訳
降伏の時より天皇及び日本国政府の国家統治の権限は(……)連合国最高司令官の制限の下に置かるるものとす。


■「バーンズ回答」の英語原文 The original text of Byrnes' reply

↓ Click to enlarge ↓
Allied_powers_3_3

   Source of the scanned image: Swiss Diplomatic Documents (DDS)

"From the moment of surrender the authority of the Emperor and the Japanese Government to rule the State shall be subject to the Supreme Commander of the Allied Powers ( . . . )"


■「バーンズ回答」の英語原文を収めた電子テキスト各種
 E-text sources of Byrnes' reply in its original English


■"Subject to" をどう訳すか?
 ポツダム宣言受諾派(外務省)と戦争継続派(軍部)とのせめぎあい
 How to translate "subject to" into Japanese?
 The Foreign Ministry vs The Military

冒頭に述べたとおり、1945年8月9日の時点で、天皇の判断によりポツダム宣言の受諾はすでに決定していた。決めた以上は、一刻も早く戦争を終わらせなければいけない。

そういう考えのもとで政府および外務省は「バーンズ回答」文中の降伏後の天皇の地位に関する記述の翻訳に悩んだ。なぜならば、天皇の地位・権限が連合国の権限に服従すると「直訳」してしまっては、戦争継続派の反発を招くことは必至だったから。

そこで、なんとか穏当な表現に「修正」ないし「意訳」しなければいけない。結局、外務省は「天皇及び日本国政府の国家統治の権限は(……)連合国最高司令官の〝制限の下に置かるる〟ものとする」という訳を考え出した。

  • 以上、この項の記述は保阪正康+広瀬順皓=著 『昭和史の一級史料を読む』 平凡社新書 (2008) に拠って、tomoki y. が自分なりに咀嚼(そしゃく)して書いたつもりのもの。誤解や不正確な点などがあればご指摘ください。

■関連資料 SWNCC 150/2: A Related document

[en] English
SWNCC 150/2 of August 12, 1945 is a basic policy paper regarding Japan submitted by the U.S. Department of State to the Subcommittee for the Far East (SFE) under the State-War-Navy Coordinating Committee (SWNCC). The original document is stored at the U.S. National Archives and Records Administration, and microfilm is stored at the National Diet Library.

   The National Diet Library's online exhibition
   "Birth of the Constitution of Japan"
   Documents with Commentaries
   Part 1 Military Defeat and Efforts to Reform the Constitution
   1-5 U.S. Initial Post-Surrender Policy for Japan
   United States Initial Post-Defeat Policy Relating to Japan (SWNCC150/2)
    - Scanned image
    - E-text


[ja] 日本語
米国国務省が国務・陸・海軍三省調整委員会(SWNCC)の極東小委員会に提出した1945年8月12日付けの対日政策の基本文書 SWNCC150/2。原本は米国国立公文書館が、マイクロフィルムは国立国会図書館が所蔵する。

   国立国会図書館 電子展示会「日本国憲法の誕生
   資料と解説 第1章 戦争終結と憲法改正の始動
   1-5 米国の「初期対日方針
   敗北後における米国の初期の対日方針 (SWNCC150/2)
    - 原本の複写画像
    - 電子テキスト


■終戦の詔書 1945年8月14日
 Imperial Rescript of the Termination of the War, August 14, 1945

拡大画像と解説は国立国会図書館ウェブサイト内の ここ にある。
Larger images and commentaries are here at the National Diet Library website.

↓ Click to enlarge ↓
Shusen_shosho_3

■その他の外部リンク Other external links

Major Problems of United States Foreign Policy 1950-1951.
Published by The International Studies Group of the Brookings Institution.

にほんブログ村 本ブログへにほんブログ村 英語ブログへにほんブログ村 外国語ブログへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 本ブログ 洋書へにほんブログ村 英語ブログ 通訳・翻訳へにほんブログ村 外国語ブログ マルチリンガルへ84595840v1308102456

■Books from Amazon.co.jp

保存

保存

保存

保存

|

« George Clooney - Interviews 『インタヴューズ』 ジョージ・クルーニー | Main | Remarks of Commodore Perry upon the Probable Future Commercial Relations with Japan and Lew Chew by Matthew C. Perry マシュー・C・ペリー「日本と琉球との通商関係の将来についてのペリー提督の所見」 »

Comments

次のようなイベントをやっております。
もしよろしければご参加ください。

4.28 パール判事の日本無罪論購入イベント
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/event/1240072811/

現在amazon7位です。

『パール判事の日本無罪論』(小学館文庫) 560円
http://www.amazon.co.jp/dp/4094025065

非常に有名な本です。

右寄りの方は「基礎知識」として、
左寄りの方は「敵を知る」ために、
ぜひ御一読ください。

Posted by: 田中 | Monday, 04 May 2009 02:32 pm

田中さま

本のご紹介ありがとうございました。おすすめに従って目を通してみます。かさねてお礼まで。

Posted by: tomoki y. | Monday, 04 May 2009 02:39 pm

自分は外務省翻訳の日本語訳に好意を持っております。英語は訳によっていかようにも訳されてしまうものです。たとえば、聖書。いろいろな翻訳があり、拡張訳だの、標準約だの、改訂訳、改正訳、欽定訳(認可、あるいは、権威という意味)ウルガタから訳された版(ウルガタはラテン語)
自由訳だの現代訳だのときりがない。だから日本語の版はそれだけで意味を持つ。日本国憲法も、日本語の正文を持っているから確定しているのではないか。「この憲法を確定する」といえるのではないかと思うのであります。

Posted by: えいいち | Monday, 05 October 2009 12:00 am

自分でも「戦後史資料集」というほんを持っている。左がかったほんだがヤルタ協定もカイロ宣言もバーンズ回答も書いてある。内閣告諭とか降伏文書などもある。最後のほうは左の宣言ばかりで、読まないが、左翼がYP体制といっていた意味が分かった。現体制は人間の手では覆せないし、その気もない。だからこうゆう事も考える。しかし歴史には目をつぶらないし、今の世の中を見てどうしてこうなっているかを理解しようとする。この世の中に必ずしも協力しないが、そのわけを知りたいと思うのは普通ではないのか。時代は民主党時代になったが、昔を批判ばかりしているのはどうか。自民党は昭和天皇に信任されていたのは、責任ある平和的な政府だからではないのか。ポツダム宣言に書かれていた通りに。時代は変わるが、本当のことは変わらないのではないのか。と思う。

Posted by: えいいち | Monday, 05 October 2009 08:31 pm

自民党は官僚方で官僚の書いたものを棒読みするということも聞きました。民主党は、政治家が主導すると唱えているが、自民党以上によい政治ができるのかこれから結果が出てくるだろう。政治屋という言葉もありました。民衆は民主党を選択したが、自民党政治に不満を持っていて、共産党を選択するよりは、極論だが、民主党と考えたのではと思う。アメリカは鉄の支配で、(たとえばローマの共和制伝統の共和党)人間の党、民主党(アメリカの)とかち合っていないが、そのアメリカから離れてゆく方向が、日本の民主党なのではないか、共産中国に媚り、左翼的になりつつあるのか、これから見ものだが、人間には支配する能力に不満を持たれてきたので、選挙によって政府が変わると信じています。どんな政治も人間の必要をまったく満たせないと思う。ロシアの例や中国の例があるが、日本は人間の政治に目を取られて本当のことから離されているようです。これからは宗教の分野だから言わないが、理解しないより理解したほうがよいと思います。

Posted by: えいいち | Monday, 05 October 2009 09:34 pm

八月革命説も、現行憲法無効説も、無限大改憲説も読みました。しかし、天皇の上諭があり、そのわけは、「朕先にポツダム宣言を受諾セルに伴い日本国政治の最終の形態は日本国民・・・・ものなるにかんがみ日本国民が正義の自覚によりて平和の・・・・憲法に根本的改正を加え以って国家再建の礎を定めんことをこいねがう政府当局・朕の意を体し必ずこの目的を達成せんことを期せよ」といわれていたのを軽んじているように思います。ということは、天皇自身も憲法に根本的改正を認めていたわけです。非常大権もポツダム勅令も一緒に言明されていると思いますであれば、マッカーサーも言っていました、人民の意志に従い・・・進歩セル思想のもっとも厳正なる水準を満たすごとき・・・人間関係の最も進歩した観念に・・対応したもので・・・・新しい信仰と・・・希望を持って現実主義的な未来に向かわんとするものである。」「ここに政府は、連合国総司令部との緊密なる連絡の下に・・・発表するしだいであります。」と内閣要綱があったのを忘れてしまったのかと疑いたくなるようなことを論じているが、その通りだと思う。

Posted by: えいいち | Tuesday, 06 October 2009 01:02 am

えいいちさま

はじめまして。長文の書き込み、ありがとうございました。

Posted by: tomoki y. | Tuesday, 06 October 2009 07:51 pm

最近の報道で民主党が、2兆ぐらいの無駄使いを削減するとしていました。なかなかやるなと思い、手をたたいています。無駄な悲観論は謝る。でも自分的には戦前の「政友会」とか「憲政本党」とか思ってしまいます。(自民が政友会で民主が憲政で、)時代は変わるが民意を認めています。事実は繰返すという考えもありますが、戦争になるというのは絶対に考えられない。民主党が徹底的に政治を、洗いなおしてほしいと思います。戦後の占領軍のように途中で頓挫することを望みません。今の天皇も権威を振りかざしていないので、好きです。
悲観することは易しいですが、希望を持つことはよいことかもしれません。まあ現状維持ということか。まだ結果の途上です。

Posted by: えいいち | Wednesday, 07 October 2009 02:26 pm

アメリカ政府にトラックバックされちゃったのかと思いました。でもこんな一小市民の意見なんて世論や周りの人も変えられない無力な人なのに、問題は皆無かと思います。いや、皆無だ。と思います。聖書のことも話しましたが、あれは言ってみただけで、場所と時と立場をわきまえなくてお詫びします。自分の思いでは運命を信じないアルミニウス主義を信奉しておりますが、周りの上司などは、(美人のお姉さんですが、)運命を信じる、とか言ってますので、こんなにも影響力はないんだなと、つくづく思いました。最近の話です。でもアルミニウスのハルメンセン主義と言っても分からないでしょう。要するに運命予定説の反対をしているのです。カトリック教会も異端とは見做(みな)していないようです。オランダのカルビニズムから分かれた神学ですが、どちらかと言えばツヴィングリもアルミニウス翳(が)かっている、とも見えます。「カルヴァンの聖書注釈を読んで同意するところもある」とアルミニウスは言っていました。特にヨハネ伝10:30のわたしと父とは一つです。とは意思と思いと目的が一つであるに過ぎず、三位一体のようではないこと。コリントニ4:4は、世の神がサタンであることなどです。恩恵が不可抗的ではないことも挙げられます。(アルミニウス条項で、)わけが分からないところもあるかと思いますが、そういう人が自分で政治的勢力などはありません。ご安心を。

Posted by: えいいち | Tuesday, 02 February 2010 07:10 am

えいいちさま

今回もまた、長文の書き込みをいただき、ありがとうございました。

Posted by: tomoki y. | Tuesday, 02 February 2010 06:10 pm

最近のニュースなどを見ていると、相変わらず民主党が高い支持率を保っていて自民党の力不足を見ている。(しかしどちらにせよ五十歩百歩の観が在るが、)またまた新党の動きが出てきている。前の細川新党寄り合い所帯と同じ事が一部でまた始まったなと思う。前は全政党的新党だったが今度は一部か、はあーつっ、という感じだ。何でも新しければ良い政治ができるかどうかは疑問だ。長老の言う事を聞いて、同世代の若者の言う事は聞いてはいけない。と聖書の列王一12:14に書いてある。政府は若い人の登用をしているみたいだが、経験の浅い若者よりも経験を積んだ白髪のお爺さんの言うことを聞きたいと思う。聖書と同じように自分も。変化を求めるものたちと掛かりあいになるのを止めよとも書いてある。箴言24:21。政治で変化を求めていたら、不安定な政府になってしまうではないか。それを良く考えると良いと思う。

Posted by: えいいち | Wednesday, 07 April 2010 09:28 pm

えいいちさま

コメントありがとうございました。

Posted by: tomoki y. | Wednesday, 07 April 2010 11:59 pm

民主党が支持率を落としている。自民党も影が薄い(谷垣禎一さん!)また新党こぞりあいの政権が出来るのかなあ?二大政党制は日本ではなじまず失敗だったのかなあ、何事も明日は何事が起こるのかわからない一寸先は闇の世の中だなあ。自分の事も明日は何事か起こるか分からない、一寸先は闇だ。そのような時は守ってくださるように、神に祈り続けている。ブラザーサン・シスタームーンという映画を見た。アッシジの聖フランチェスコという人の半生を描いた”聖なる”映画である。そこでも「私のためにも神に祈り続けて!」とフランチェスコの友人の少女がパンを差し出しながら言っている。天皇陛下も神に祈り続けてくださると思うが、神が違うかもしれないが、何故か祈ると支えられる感じがする。僕だけなのか、祈る価値が在るのか、聖書の神以外に?と思ってしまうが、答えてくださる崇拝の対象は、神であっても良いし仏であっても良い。と日本文化の研究の先生が言ってらっしゃった。認めるか、(多くの日本人は認めている)認めないか難しい。

Posted by: えいいち | Saturday, 15 May 2010 09:57 pm

えいいちさま

コメントありがとうございました。

Posted by: tomoki y. | Sunday, 16 May 2010 11:42 am

自民党と民主党が拮抗している。保守系の支持は自民党の方だろうと思う、民主党は主に政治家の方の評価だろうが、いまいち自民政治と表面も変わらない?民主党の政治で民衆が、ああ、自民と変わらない、それなら棄権するか、と民主に票を入れるのを止め。てしまっている様な?感がある、かつての民主ブームも終わりかな?ということも考えられる。今の選挙で民主退潮!?との新聞記事も書かられなくも無い様な?最後までどうなるかわからない状況だが保守復調、と明日の新聞に書かれても良いような投票結果である。恐らく保守系の考え(恐らく支持?)が昭和時代から在って、官吏の天皇の僕が核の考えが拭えないのだろう。自民党支持は。天皇も公家で貴族だったと戦前に言っていて、軍部は武士で謀反だったため、天皇への突き上げと無節操になりコントロール出来なくなっていたのだろうと思う。大正天皇は弱かったため臣下の大分大まかな責権を大臣として持っていたのだろうと思う。輔弼として弱い天皇の行政権を付き人として補完補助する大臣権である。今の政治状況は、関与はしないが、静観すると自民が復調な感じで、民主と拮抗しているといえる。何が何でも2大政党制にしなくても、?しないほうが良いかもしれない。大きな政治的力が、一党に、集まって制約されて、馬鹿みたいな政党制になってしまうかもしれないからだ。話がまとまらないが、今テレビを見て投票結果を見ているところです。

Posted by: えいいち | Sunday, 11 July 2010 10:15 pm

えいいちさま

コメントありがとうございました。

Posted by: tomoki y. | Sunday, 11 July 2010 10:51 pm

馬鹿な政党代表ではなかった。馬鹿は語弊であった。謝る。そうではなく、ゆがんだ民意、一党に制約されて民意の表現が歪(ゆが)んでしまうかも?と思ったのです。第三党のみんなの党が想定外に躍進したが、もちろん事前に知らず、想定外だった。でも自民が一部的に勝っただけで、つまり参議院のねじれで民主党が厄介になっただけだ。政権党は政権の責任を担っているので、いい加減なことはいえないのだろう。だから自民党と同じ消費税10パーセントを言い出したのだろう。民主党の作業し分けは評価するが、その後は改革を投げ出して?しまったと見える。官僚の給与ボーナスなども既得権者の金をあの後は手をつけなかった。いや、つけられなかったのだろうと思う。此れからはどうなるか分からない政治が続くか。

Posted by: えいいち | Tuesday, 13 July 2010 09:44 pm

文芸春秋7月号で読んだが、日本は優れた文化を持っているというらしい。江戸時代に成熟し、明治の初めに開国で、日本に来た外人さんの目から見ると、日本人ほど幸せそうな人たちは見ない。このような文化が西洋化されるのは惜しいと書いている人たちが居たそうだ。確かにそんな状況もあった。記憶に、と思える節もある。昭和時代、一億層中流、世界一安全な国、景気の良かったこと、高度経済成長などなどで、昭和天皇のころ、またその天皇が戦前を知っていて、アメリカに戦争を仕掛けた勇敢さとその文化的背景などだ。戦後占領軍は日本を二度とアメリカに歯向かわせない、立ち向かわせないようにするためGHQの洗脳政策を推し進めたらしい。その結果日本は空想平和主義に成って、軍隊なども自主的戦争のを持っていない。平和は良いが、アメリカ文化は確乎とした理由、根拠を持っていないと見える。平成に入って日本の文化が相対的になったのもそうであると言わざるを得ない。・・・つづく

Posted by: えいいち | Wednesday, 14 July 2010 04:41 am

平成に入って政策、小手先のをし続けても景気は良くならない。ようだ。だって景気はもっと大きなもので、そんな政策で左右できたら苦労しないよ!といいたい。文化の話は、今の若い人の6割が、金持ちは必ずしも徳のある人ではないと考えているらしい。アメリカ人は金持ちは一般に成功と考えられるからだ。明治初期に日本へ来たハリスなどの通訳なども、「此の国の・・・豊かさを見・・・子供たちの笑い声・・西洋の人々が悪徳を持ち込もうとしている・・」「人々は貧しいだが幸せそうである。」と言っていて日本人の「個人が共同体のために犠牲になる・・・」日本だが満足そうな人々の笑顔がある、と語っていた。そんな状況が昭和初期まで残っていたらしい。だからアメリカとの戦争はそういう文化の背景があると言っていた。そういう日本人を洗脳して、アメリカに屈従させるようにした占領政策であったらしい。つづく

Posted by: えいいち | Wednesday, 14 July 2010 05:12 am

日本が二度と戦争をしてはならないが、憲法もアメリカの洗脳だったらしい。「諸国民の信義に基づき・・」などと、戦争になったら自国くらいが信頼で、諸国の信義などはない吹っ飛んで行くのではないか、と思うが。戦争をすることを助長しているのではなく、GHQのアングロサクソンの洗脳政策はおかしいと思われて来たから、平成になって日本の優れたものが空振りしだしたからそう思うので、このままこれを続けてもだめかもしれないと思われるからだ。日本人の個より公、金より徳、競争より和、主張より察する心が美徳だと春秋に書いてあった、春秋の論文は先生の書いたもので、自分は警醒家ではないが、教師の書いたものは一考に値すると思われるので、わざわざこんなことをしたが、読んでくれた人には有り難うと言う。

Posted by: えいいち | Wednesday, 14 July 2010 05:39 am

小林(よしのり)氏の様に戦争へ行ったり、ほかの人を戦争へ赴かせたりして、させているのではない。自主的戦争の軍隊を持たないとは。そうではなく、諸国民の信義やアメリカに守ってもらおうとしているが、それが信用置けないと思うからだ。自主憲法を成立させたら良いか悪いかもは、分からない。が、自分としては社民党やその他の様に、今の憲法が良くて好きだ。と言う本音だが、識者の言葉にも耳を傾ける、ちょっと少し、自主憲法制定などと言っているが。アメリカの戦後の憲法が良いのか、自主憲法が良いのかどっちか分からない。今の憲法にも重箱の隅をたたけば悪いところも出てくる、と護憲政治家は言うかもしれないが、でも悪いところはアメリカの洗脳だろうと思われるところもあるからだ。戦争はしてはならないと思うと言うのは、戦争から幸せ、幸福が生まれないからだ。逆に民衆の不幸を代弁してきた観があるから。つづく。

Posted by: えいいち | Friday, 16 July 2010 04:53 am

クリスチャンでも汝(殺人)をするなかれ、(出エジプト記20:13)と言われている。と言う言葉は、良心的兵役忌避者で、僧職者ではないが、それを実行に移そうとも思うのだが。普通のクリスチャンはそういう努力をしなくて、そういう行動を過激で危ない。と、評するかも分からんが、自分はものみの塔だ。第二次大戦の時、兄弟姉妹たちの不幸を知っているし、そのBr,Sisたちの苦労を知っているので、自分もその同じもののくびきを担い苦しみの杭を持ち上げようとも思うからだ。(ルカ9:23,14:27)だからあまり政治のことに口出しすることはいけないことだとも分かっていた。しかし、政治のことが分からないから憲法やそういうことを政府に任せ分からない、と言っているのだ。文化のことは少し分かる。民主党の支持も落ちたことは、五十歩百歩だと言った責か、でも政治に影響を及ぼすとは思われないひとつの意見だった。つづく。

Posted by: えいいち | Friday, 16 July 2010 05:27 am

五十歩百歩と言うのは、自民と変わらない政治で、民主党の独自色を出せていなかったからだ。それは保守系のしがらみは無くなったかもしれないが、保守系の支持もなくなってしまったではないか。今でも独自の民主の主張、アイデンティティーとか無いではないか。そこまで関与するのは間違っている、とある人は言うかもしれないが、それは分かった、認めます。と言う。しかし政治理論は分かる。政治状況もだ。それに関してどうにか関与せず、自分の意見で政治を左右出来たりしないが、どうにかまったく俗権には当たらず、と言うのがクリスチャンの模範的標準なのであろう。

Posted by: えいいち | Friday, 16 July 2010 05:45 am

認めるか、認めないか。と言ったのは、聖書に書かれている事が分らなかったのではなく、一般民衆の考えが分らなかった。そうではなく、クリスチャンは聖書の書かれていることを墨守するのでは、と言う人も居るかもしれないが、聖書はそうだと言わなければならない。僕が言ったのは、日本人の一般の見方だったが、皆に合わせるのではなく聖書に書かれている事をクリスチャンが一人でも守らねばならない。と言うのは本当だ、そうだ、アーメンそのようだ、と言う。聖書には古代イスラエルの失敗が、なぜバビロニア捕囚(流刑)になったか書かれている。それは、イスラエルが、エホバだけを崇拝せず、偶像の神、(バアル、アシュトレテ、ケモシュ、ミルコム、モレク、などなどを、名前、偶像の、は忘れてしまったが、それらを恥ずかしげも無く堂々と崇拝していたと言うことだからだ。つづく。

Posted by: えいいち | Sunday, 18 July 2010 07:12 am

一神教では無く多数の神を崇拝すると言うわなに陥っってしまった、王たちとイスラエル民衆、であったからだ。それは解かっていたのだが、そうしたら一人でもエホバ崇拝を皆が理解しなくても守る?と言うことか、それはその様に、皆の状態を看ずにそれを守り通すのは立派だった。それではその様にすることにしよう。政治も関与せずに、と言うが、政治に関与しようとしていたのではない、政治を静観して状況を述べていただけだ。と言いたいが、政治に影響した結果になっていたことも認めるから、解かった。悪いことがあった、認めるから止めよう。と言う。宗教とはそんなもんだ、というのは認めて、そういうものを墨守しようと思った。そんなところか。

Posted by: えいいち | Sunday, 18 July 2010 07:33 am

自分はアルミニウス説の過激派ではありません。ただ知人が長老派で、カルビン、カルビン(実際にはカルヴァンと言うフランス訛りで、自分はカルビン、信じていないのでと言う。)というから、カルビンの予定説と、自由意志の否定を知っているかと聞くと、知らないと答え、カルビンと言うならそういうことを知らない(責任があるのでは?)のかと聞くと自分は神学者でないから知らないと答えているから、堂々巡りだと悟り、それ以上話をしなかったことがある。長老派、と唱える人はカルビンの絶対予定説と自由意志の否定くらいは知っておきたいと思った。そういうおめでたい人が多いのかとも思った。長老派、などと声を挙げる人は感づいているかも分らんが、カトリックと長老派とどっちが厳格で厳しいのか、と聞くとカトリック、などというから、本当は長老派のカルビンが厳格で厳しいのだよと言いたかったが、神学者でないから知らないと言う。カトリック思想史と言う本にも書いてある、カトリックの本は一方的だというかも知れんが、それは本当でよく考えて見なさいといいたかった。

Posted by: えいいち | Monday, 19 July 2010 03:15 pm

と言う自分の経験でした。だから自分は運命予定に抗していると書いたが少し過激になってしまった。聖書では、口論を止める者は人の栄光であり、愚かの者はそれに踊りかかる。(箴言20:3)と書いてあり、過激を戒めていた。ものみの塔にも、14万4千人は(天に行く人)、遺伝によって分けられていて、淫行によって、または、交わって、変化、毒麦に、雑草に、変わることは無いとかかれていて、自分の意思によって14万4千人であるかを決めることは出来ないと書かれていた。アルミニウス主義とは会衆の長老(年長者)の兄弟がそのような状態でその主義を想定させるので、そうかもしれないと自分で思ったに過ぎなく、でも長老の兄弟の言動が想定させる、間違いない、と思わせぶるのだ、と言う思いであったから、と言う意見だった。

Posted by: えいいち | Monday, 19 July 2010 03:38 pm

証拠に長老に聞いてみな!と言うが、長老もそのような状態であったことを認めるかもしれないが、そのように見えた?と聞かれるかもしれないが、僕は信者ですと答えよう、と言うか、信者ですと答える。(信仰を抱く、或いは求めるものです、と言う意味。調べるものですと言う意味も、)信仰を調べる者だからアルミニウス説も当然のことながら知っている。と答える。そんなのインターネットでもキリスト教史でも見れば簡単に出て、調べると、調べはつくと誰でも言うよ!と言う。そのようなクリスチャンの表現であった、事は、誰が見ても分る、と言うが、分らない人も居る、と長老は答えそうだ、と言うのは、長老派、カルビン、カルビン、と唱える人が多いからと答えられそうだ。それはそうかもしれないと自分も同意する。のがエホバの証人だからだ。こんな所か、自分の状況でした。

Posted by: えいいち | Monday, 19 July 2010 03:57 pm

なぜ、アルミニウス主義がものみの塔の出版物で、名前、(アルミニウス主義と)も、認められて、居ないのは、ものみの塔はキリスト教世界のどちらかの論争の、側を常に、支持することは無いからだ。アルミニウス主義はプロテスタントの正統を争っているではないか、カルビニズム修正主義、とも謳(うた)っている。ものみの塔はルターの宗教改革もこの世のどちらかの側。と言って、ルーテル派も支持していない。アルミニウス派と言っても、レモンストラントチャーチを支持することになってしまうではないか。この世の何処かの宗教を支持することになってしまったら、その弊害も運命は同じ運命に(神から裁きを問われる)なって、結果は同じになってしまうかもしれない。

Posted by: えいいち | Wednesday, 21 July 2010 06:48 pm

喜ばしいことに、アルミニウス派の行く末は、反三位一体になり、アリウス派に成り、エホバ崇拝になることだ。と言うのはイギリス宗教の歴史で、そう分ったからだ。教会は信者だと言ったが、一人でも多くの信者を獲得することに躍起だが、アルミニウス主義の歴史の流れを見ると、反三位一体に成りクリスチャンではもはや無い、と言われているみたいだ。特にイギリスピューリタンから、アルミニウス主義の、カルヴィニストではない、流れを見るとそう結論される、可能性が蓋然性が大きいからだ。一人でもエホバ崇拝者の側に引き入れることは、喜ばしい。これこそ福音だ。福音の意味がいまいち分らなかったが、分った。

Posted by: えいいち | Wednesday, 21 July 2010 07:01 pm

アルミニウス派が、クリスチャンの正統を争っていることも、正統者のクリスチャンをそこに引き入れることも、エホバの崇拝の所に、巻き込むことも、恩恵に預かって居る、自分も小さいころはロマニスト教皇権主義者であったからだ。恥ずかしいが、大いなるバビロンの主要な部分、批判の的にされているが、それが模範と考えられたからだ。だって、分派主義は恥ずかしいじゃん、と思うよ!と言ってしまうからだ。だからアルミニウス主義?と思え、間違いないと思える。と言う感想が書けるのだ。アルミニウス主義?と言うのはペラギウス主義だ?と言う人にも抵抗して、その信仰を守っているのだ。ローマ教皇も同じようなことを自分の公文書で言っている。デンツィガー・シェーンメッツァーも見よ、読んでいる、と答えるからだ。

Posted by: えいいち | Wednesday, 21 July 2010 07:21 pm

だからものみの塔は、人間の方の協力も認めるので、カトリシズム?といわれる傾向にあるかもしれないが、その要素を認めるので、キリスト教世界には関せず、それを認める、カトリックか如何(どう)かは分らないと言うのは、アルミニアン神学もあり、どっちもどっちだからだ。つまり、どっちの側も支持しない、持たない。と決めていて、キリスト教世界はどうしようもないと思っているからだ。なぜならばカトリックの方は、聖書を平信徒が読むことを禁じていたではないか、と言う。平信徒が聖書を読めないようにする為に、ラテン語ヴルガタ訳のままにしておいて、俗語に聖書を訳するのは、僧職者の是認が無く、ローマ法王も認めず、禁令のままにしておいたのだ。それは教会の偽善が聖句によって現れてしまい、ローマ教会から離教の離心してしまうからだ。

Posted by: えいいち | Wednesday, 21 July 2010 08:13 pm

自分の自己表明はそんなところか。自己表明?と言ったが、信仰の宗教表明だった。日本人は、そういうことを好まないが、それは何故か、と言うのは日本人の宗教が(神道だが、)神道の宗教が、言上げをしない。言挙げ?とは、教え、教理を持たない、言うこと、の勧めと言うか教えを言わないのは、神の日本の伝統だからだ。神社の伝統、多神教とも言わない、それに対する一神教とはもちろん言わない、やおよろづ(八百万)の神を拝む、と言ってその主義も言わない、というか、やおよろづとは言うか、それが全てだったからだと思う。日本の宗教もどうしようもないな、とも思う、そんなところか。

Posted by: えいいち | Wednesday, 21 July 2010 08:44 pm

天皇と軍部の問題について解っていることを言うと、昭和天皇は軍部を信頼されていなかった。と言うのは軍部が自律化していたこと、つまり軍部自身の考えが在ったらしい事、軍部は侍(さむらい)で…(謀反(むほん)と言う意味)と天皇も言っていたが、軍隊統帥権(の自律)などと言っていたが、それは軍部独自の考えが在って、天皇も認めて(軍部の意見)下さらないなら、その前で、腹を切れ、と言っていて(考えていて)、実際に阿南軍閥大臣などは、切腹している、(終戦の天皇の御前会議後の鈴木(貫太郎)総理大臣の頃)終戦時に。などなど。以上知っていることは学者でないから少ないと思うが、昭和天皇の頃の分っている事を書きました。こんな位です。

Posted by: えいいち | Friday, 23 July 2010 04:05 pm

アルミニウス主義の信仰などではなく、信仰と言うのはカトリック、の言い方で、信頼と言うのはルターの言い方、信条というのはカルビンの言い方。の、「信仰を守ってきた」というのは、信仰と言う言い方は、一番優れているから言ってみました。他意はありません。ロマニストでは在りましたが、いつも神に祈り続けて、良い正しい道と真理に導いて下さい、ローマ・カトリックを霊的に信じる者でした。チャールズ・テイズ・ラッセルも、(ものみの塔の創始者)反抗的な人々をローマに従わせておく、主な方法は地獄に落ちる、と宣告してその苦しみが今の生活から始まるようにすることによって、その多くの人をを苦しめている。と言っていて無邪気で信じやすい人々が、教皇のローマによってまたその地獄の教理によって、地獄を信じさせられている。と書いていたのも在る。

Posted by: えいいち | Monday, 26 July 2010 10:27 pm

地獄が一般的に信じられているが、聖書はローマ人の手紙で、5章12節「一人の人を通して罪が世に入り、罪を通して死が入り、…全ての人が罪を犯したがゆえに全ての人にひろがった。」と述べています。伝道の書9:5では、「生きている者は自分が死ぬことを知っている。しかし、死んだ者には何の意識も無く…報いを受けることも無い、…記憶は忘れ去られたから。」生きているときに生命があって、霊が出てゆくと生き物すなわち魂が死ぬ。罪のゆえに人間は死ぬ定めになったが、死ぬ前、生きていた時には記憶や、報いとしての喜び、意識があるが、反対に死ぬと意識がなくなって、喜びや楽しい経験する事などはなくなってしまう。なぜ、ほかの宗教などは、死後の下界や地獄などの所で魂の意識があって苦しめられると教えているのか、死んでも死なないとサタンをその崇拝をする(サタンの神と言う)偶像教信者に教えてきたからだ。肉体が死んでも霊魂が分離してその魂はまっすぐ天か地獄に行くと理解されているからだ。

Posted by: えいいち | Monday, 26 July 2010 11:04 pm

しかし、死んだ後魂が意識があるとはさっきの伝道…の聖句と違うじゃないか。その事だが、最初の嘘というものがある、楽園で、蛇がエバに、食べても死なないよ!死ぬことはありません。と惑わしたとき「死なない」と言っていたその人は死んでも死なないと言うのは、最初のうそを正当化するために考え出されてきたものでサタンの構築である。クリスチャンの魂の不滅性も同じサタンの偽り。もともと不滅なのではなく、天に行くクリスチャンが不滅性を着けると言うのが本当。エバの場合、肉体で不滅に生きていくと考えたが、ローマ5章で見たとおり、死んで肉体が滅びてしまった。それで霊である魂が(見えない魂が)、不滅であると考え出したのである。だから死んでも他の場所で生きている。ほかの場所とは霊界である。

Posted by: えいいち | Monday, 26 July 2010 11:31 pm

と考えたのだ。聖書の宗教以外は、サタンの宗教なので、聖書と矛盾することを述べているが、聖書はエホバの神、それ以外はサタンの神、と明瞭に区分できるので、一安心することが出来る。それと同じ対比が、ものみの塔は神の組織、それ以外はサタンの組織、と言うこともいえる。ものみの塔の聖書を解釈する権威は神からのものだからよく神にお祈りをして、出版物を読む必要がある。そして聖書の神はエホバと言う名前をもたれるから、その御名を呼び求めなければならない。いつもお祈りのときエホバ、エホバ、神よ今日もあなたの御手の内に保護されたことを感謝します、と言わねばならない。地獄について短いが、注解、終わり。

Posted by: えいいち | Monday, 26 July 2010 11:54 pm

魂とは、定義として、ヘブライ語、ネフェシュ。ギリシャ語、プシュケー。聖書の用法としては、人や動物そのもの、または命、のこと。しかし多くの人の見解は、魂とは人間の非物質的、霊的な部分、生命の原理とも、しかし多くの人の見解は聖書では認められない、間違ったもの。
創世2:7「…その鼻孔に命の息を吹き入れられた、すると生きた魂になった。」聖句でアダムは魂を与えられたのでは無く生きた魂に、つまり生きた人になったと記述。欽定、ア標、ドウェー、訳も魂。-コリン一15:45も同。ペテロ一3:20「つまり八つの魂が無事に水をと売り抜けた」。欽定、ア標、ドウェー、ノックス、訳も魂。
創世9:5「魂[または、「命」]の血の返済を求める。~ここでは魂が、血を持つものであることを示唆。
ヨシュア11:11「魂を剣の刃で討った」。~魂が剣で触れられるものとして描写、霊であったはずは無い。

Posted by: えいいち | Tuesday, 27 July 2010 05:41 am

聖書はどこで、動物も魂と表現しているか。
創世1:20,21,24,25:「…水は生きた魂の群れを群がりださせ、…海の巨獣と動き回るあらゆる生きた魂、…また翼のある・・・飛ぶ生き物・・・創造し・・・血は生きた魂を・・・野獣をその種類に従い、家畜を・・・地面の・・・造って行かれた」。
レビ24:17,18:「人が誰かの魂を討って死にいたらせた…また、家畜の魂を討って死に…」。人間も家畜、動物も魂と言う[ヘブライ語はネフェシュ、両方]原語も、同じ魂が使われている。
啓示(黙示)16:3「いきた魂が、…海に在るものが死んだ」。新約聖書でギリシャ語は魂(プシュケー)欽定、ドウェー、ア標、で魂と訳。ギリシャ語で、動物も魂、と表現。
新カトリック百科事典第13巻、449,450頁で、「旧約の中に体と魂の二分的なわけ方は無い。…事物を具体的に、つまり全体的(総合的)に見た。…ただ人として見た。ヘブライ語のネフェシュは、…魂と訳されているが、体、個人とは別個のものとしての…意味することは決してない。プシュケーはギリシャ語…命そのもの、生きて存在するものを意味しうる。」

Posted by: えいいち | Tuesday, 27 July 2010 06:13 am

上の二種類の文、自分のと二番目は本の(「論じる」の本)引用、上の一番目は地獄がありえないこと、二番目は魂がどのように聖書で現(あらわ)されているか、を書いた。魂がどのようであるかが分れば死後の魂なるものが実際には無いことがわかる。地獄もサタンがうそ偽りの、不滅(魂の)死んでも死なない、この世ではなくあの世で生きている、などなど嘘、偽りを教えている実態を表現しました。サタンは死者が教える、とされる、夢や心霊術についても聖書が教えています。イスラエルの時代のサウル王が霊媒に聞いたとき、サムエルの姿に似せた悪霊、であったことが言われている。悪霊とはノアの大洪水の時代に地上に降りて化肉したみ使いだった者たちが人間の娘と結婚して不義な息子(ネフィリム巨人の)を生み出していたとき、洪水時天に帰れず、(エホバが禁令で戻るのを許さなかった。)サタンのそのまま手下になって今タルタロスと言う状態になっている、不義なみ使いが悪霊で、心霊術、降霊術、占い、日本ではこっくりさん、欧米ではウイジャ盤などの道具によって人間とコンタクトを取り、それだけではなく、人間たちを支配しようと躍起になっている、今は特に終わりのとき(この世の)であるから、一人でも多くの人間を堕落させようとしているものたち(悪霊たち)

Posted by: えいいち | Tuesday, 27 July 2010 06:47 am

で、それに、(心霊術、霊媒、占い、こっくりさんなど)かかわってはならない、悪霊に関与してはならないことが聖書で言われている、(申命18:11)神エホバのもとに居れば過度に恐れる必要はない。が、占いを馬鹿にすること、(思慮深い人はそのようなことを考えもしないが、馬鹿な者が自由にそのようなことを考える。)占いは、人間の力でも勝てない強力な悪霊が関わっているので、どうしようもこうしようもない。そのような、死者になりすましているのが悪霊で、死人が知らせる…などと言うものから離れていなければならない。ちなみにモーセの律法では霊媒は、石打ちの刑である。イスラエルでも不忠な王が霊媒業をたくさん行った例が書かれている。(列王二21:6、など)クリスチャンのための律法、現代人のための律法は重複しているが、ガラテヤ5:20で、「偶像崇拝、心霊術の行い、敵意、闘争、ねたみ、…」と肉の業、避けるべき業を列挙している。まあ、こんなところか。

Posted by: えいいち | Tuesday, 27 July 2010 07:22 am

政治(俗権)には関わっていない。あれ以来。天皇陛下が政治のことを考えるのは自由だ。他の人の自由まで干渉しないのも宗教で、それは普通の事。今日も平和な日が続いているようだ。ゲゲゲの女房もやっている。(TVで、)今日も仕事だが、エホバの大会は昨日から続いている。昨日は出席した。金曜日の内容は、読みたくない人は読まないで良い。詩編73:28の聖句が元で、神のもとに留まることが主題で、また列王一23:13と8節が、演壇で先に聖書通読したが、引き合いに出されていた。長老の言うことに聞くのが良いことで、若者たちの言うことを言い出さなければ、レハベアム王が、良い王となって、統治は良い統治を行えたかも知れないと言っていた。エホバの求めと書いてあったが、一方的ではない、人の思慮も認めるようなことを言っていた。生命の起源について、進化論が、以前よりも高和声でTVでも言われているので、それに対する聖書の反論を言っていた。その冊子が発表された。

Posted by: えいいち | Saturday, 31 July 2010 01:11 pm

ブロシュアーと言うが、仮綴本と言う意味。進化論者は、この世の後ろ盾があるからなのかもしれないが、色々な、進化に反することを、つまり進化論を反証することを研究結果といって述べているが、単細胞から進化の樹木まで、批判しているが、進化したと言う、根本命題までを否認してはいなそうだ。ここは否定的だが、ほかにどう進化をしたか模索する、と言っている。学識ある学者は、聖書の教えに到達しなさそうだ。聖書は、みどりごに、啓示した。父を、と言っている。(マタイ11:25)コリント一1:21-25で、世はその知恵をもって神に達し得なかったのでのべ伝えることの愚かさを通して、信じる者を救うことを良しとされた。と言っている。神の愚かな事柄は人間よりも賢い。と言われている。と言う聖書信仰者なので、ペラギウス主義異端ではないという。なぜならば、ローマ5:12を信じているじゃない!と言う。

Posted by: えいいち | Saturday, 31 July 2010 01:40 pm

だって、ペラギウス主義は、アダムの罪が全人類に遺伝で広がらないとか、自罪でアダムの罪ではなく死ぬとか、神の恩寵なしで助け無しで物事を完成させることが出来る、自分の意思で…と言うがたとえばエホバの奉仕で聖霊の助けが必ずあるが聖霊の助けがなかったら決して出来なかったろうと思われることも、聖霊によって完成させることが出来る、と言うので、聖書を信じている限りペラギウス主義には成らないと思う。それにアダムの罪の贖いがリデンプションではないか。等価の贖い、ランサムと英語で言うが身代金と言った人は適格だ。アダムと等価、ルカ伝3:38には、「アダムは神の子であった」と書かれている。キリストも神の子であって、(子なる神ではないので)アダムと等対価のちょうど良い、完全に釣り合いが取れる。

Posted by: えいいち | Sunday, 01 August 2010 02:12 am

それにキリストが半人半神であったならアダムは人間のみであったから、釣り合いが取れないだろうと思われる。半神のが重くて人間以上の贖いになってしまう。三位一体のキリスト両性論である。ローマ書5:12「…死が全ての人が罪を行ったので全ての人に広がった。」と書かれている。キリストのリデンプションを信じているとペラギウス主義ではない。なぜなら全人類の罪をキリストによって、贖いを通して救われる、と信じているからです。ペラギウス主義は神から助けを受けなくても物事、自分のことなら救いを達成できると唱えている。そして、アダムの罪は全人類には及ばないとも言っている。全ての人が罪を犯すのは遺伝ではなく、親からの生活の中から伝達している慣わしである。

Posted by: えいいち | Sunday, 01 August 2010 02:39 am

といっている。しかしアダムの罪が遺伝ではなく、そのように広まら無かったなら、どうして一定の年月で最後は人は死ぬのだろうか。なぜ皆死ぬ運命になるのだろうか。ペラギウス主義を考えても居ない人です。私は。たぶんペラギウス主義の人も熱心だったのだろう、しかし、ローマ10:2で言われていること「彼らが神に対する熱心さを抱いていることを明かしする…正確な知識によるものではありません」と言っているので、誤った知識で救い、願望を抱いて、お祈りもしたのだろう、熱心に。しかし、神によくより頼むと言うことをしないから間違い。神の聖霊で助け、神権的なことや奉仕など、そのたすけ、聖霊のを認識しなかったから自力本願になってしまうのだとも思います。

Posted by: えいいち | Sunday, 01 August 2010 03:08 am

大会で言われていたが、アブラハムのとった行動は神が予知していたか、全知全能の神が自分の予知力を制御できないのか。アブラハムのとった行動とは、「息子イサクを山につれてきて焼幡(しょうはん)のささげものにエホバの為にしなさい、」と言われたときに従順に対応して、「死の中からでもよみがえって来るであろうとアブラハムは考え、」まさに殺そうと思った瞬間、エホバの制止があり、「手を少年に下してはならない。」「私は今…自分の子を差し控えなかったので…神を恐れる者であることをよく知った。」今・・・よく知ったと述べて、予知りょく、この試みに際しては、神は予知力を働かせられなかった事を表わしている。予知力が確かに神にあるが、任意に、選択的に、制御して、予知力を働かせるので、たとえば、アダムの禁断の木の実を食べたこと、食べることを予知しては居なく、この場合予知力を働かせられなかった。

Posted by: えいいち | Sunday, 01 August 2010 03:55 am

バーンズ回答の所なのに宗教など書いてしまい。誠にすみません。終戦時の日本の国体?などがどうなるか、天皇も退位、などと言ってらしたが、退位だと廃位だよ、となってしまうのでそれはお考え、自重をしてください。とか言われたのではと、天皇の大権の不変更、についても、マッカーサーの(連合国総司令官)制御の下の置くことも関心がありました。そして現行憲法の象徴天皇を国民は、ほぼ支持している。ので、英国の王政を模範とされたら?とも思う。そんなところを書けばよかった。申し訳ありません。現政治に影響することなく昔のことを書けたらと思いました。敗戦が日本のポイントだからです。歴史はそこだけじゃないけど、一般歴史に興味を持つものでした。あしからず、そんなくらいです。

Posted by: えいいち | Sunday, 01 August 2010 04:20 am

間違いをひとつ訂正。政治のことは書いたり話すのではなく、何も言わない沈黙を守る。と言うのがクリスチャンの在り方であった。ものみの塔の組織のほうも、ウェブサイトに関わってはならないと、会衆で教えられている。と言うか教えられていた。特に政治のことは、関わってはならないと思われるので、と言うか関わってはならないので、政治、今まで書いたものはどうにか気になさらず、気を悪くなされませんように。ものみの塔協会もナチスに尋問を受けたとき、宗教活動しか行ってこなかった。といって、政治活動をしていなかったことも、今でもクリスチャンの模範だった。事を認めます、アーメン、斯(か)く在れかし、そのようでありますように。

Posted by: えいいち | Friday, 06 August 2010 10:12 pm

カトリックもプロテスタントもエホバの御名を認めている。たとえばカトリックのローマから出されたカテキズム(カトリック教会の)から、p,69項目206番「…神秘な名(YHWH)を明かすことにより…」このYHWHと言うのはヘブライ語のヨード、ヘー、ワーウ、ヘー、全部子音だがそれにEOAと言う母音を合わせるとYEHOWAHとなる。英語ではJEHOVAHだから、ヘブライ語との音写も考え合わせて、(日本語はヘブライ語ではないから)エホバ(イェ?ホヴァー)になったとの文語訳聖書の翻訳でした。証拠に文語訳聖書のインターネットを見てみること、お勧めです。?文語訳聖書はプロテスタントの超教派の翻訳で、長老派と改革派の教会が、名こそ違いがあれ、同一の教派と看做(みな)される(両方ともカルヴィン派、改革派はツヴィングリも?含まれる?)。ので、協力して明治初期に訳され始め、明治21年(1888年)に完成した聖書です。

Posted by: えいいち | Friday, 20 August 2010 09:17 pm

カトリックもそのほかの宗教も神の御名を認めていても(つまりYHWH)そのお名前を呼び求めることはしていない。つまりYHWHは認めてもそれに母音をつけて実際にエホバ、エホバ、と呼び求めたり、ヤハウェの方がよいと言う人も、実際にヤハウェ、ヤハウェ、と呼び求めたりしていないようだ。実は、キリスト教世界はユダヤ教の前例に従っているようであるからだ。つまり御名をみだりに扱ってはならない。しかし、御名をほめたたえる事は本当にみだりか、御名を用いて神を賛美することがみだりに当たるのか、ユダヤ人の祝福が通り去っていってしまったのは、御名に関するおきてを誤解釈したためだったことが大きくあると思われる。その十戒の3番目に当たるこの戒めは(出エジプト20:7)実際には御名にかけて偽った誓いをしてはならないという意味だと言う。マルコ7:13でも書いてあるように、「自分たちの伝統で神の言葉を無にしている。」

Posted by: えいいち | Wednesday, 25 August 2010 12:35 am

ユダヤ人の祝福が通り去って行ってしまった、と言うのは、エルサレム陥落のことである。第一次バビロニア捕囚(幽囚)の時、西暦70年のローマ軍による攻略、の時、ハルマゲドンのこの世の事物の体制の終わりの時、の3回、エルサレムは滅ぼされることになる。艱難汝を玉にす、と昔の格言があるが、エルサレムは艱難によって、何かを知ったのだろうか、なにかの教訓を受けたのだろうか、神の言葉の確実性と、真実性を教訓として受けたのだろうか、賢くなる為に戒められよ!と言うが、親は我が子を愛する為に戒めを以ってそれを探すと言うが、(箴言13:24、15:33)エホバはご自身の民を愛せられ、それが肉のイスラエルであれ、クリスチャンのエホバの証人であれ、愛しておられることはひしひしと感ずる。イスラエルは全体的に神の見方はネガティヴだったが、クリスチャンは、かのローマも(でさえ、)模範的に見えると言うのかもしれないが、ヤペテ族のクリスチャンだったが、ヤペテ族はセム族より忠信なのかもしれないが、貞潔なのかも知れないが、(ヤコブの手紙3:17)上からの知恵なのかもしれないが、少なくても1900年以上ローマの聖都は続いているが、モーセの天幕神殿は1500年以上は続かなかったが、クリスチャンは新約証言(聖書)(NEW=TESTAMENT)を認め心に思っている、と言うのかもしれないが、それは立派だったが、偶像崇拝の律法違反をしているみたいだったが、ローマ教は、マリアや諸聖人の、崇拝で、三位一体の神と、父なる神の名はYHWHのエホバだと認めるが、父なる神と言うと三位一体が出てくるが、そのような背教の宗教だったが、神は愛だ、と分っている、と言っていて、聖書も認めるがよく読まない、と考えているが、そのような、キリスト教という体制が続いているが、続いているのは神の容赦だと考えるかもしれないが、全世界でエホバの宣教が取り巻いていて、終わりの日のしるしだ、とされているが、早く神の王国がこの地に実権支配をしてほしいものだ。

Posted by: えいいち | Tuesday, 31 August 2010 07:20 pm

警告、あるいは、すすめを一つ。キリスト教世界の影響、あるいは、元の木、あるいは、経路、と言う組織の考え方、は、腐っている。キリストの言葉、マタイ伝、7:17、腐った木は皆、腐った実を、或いは、無価値な実を産み出す。という言葉を基準にする必要がある。英語を参照するのも良いかもしれないが、キリスト教世界の英語への影響を考える、と言うのは、腐った考えを参照してしまうと考える、と、自分の見方でした、他の人の自由も在る、と考えますが、ものみの塔の前提となる、考えでした、ものみの塔の考えは、一考の余地が在る、と考えます、少なくとも人の考え、命令ではないので、と考えます。マタイ15:9で、ユダヤ教の僧職者と、キリスト教世界の僧職者との比例が書かれている。ものみの塔の教えは、聖書で研ぎ澄まされた、神の聖霊に影響された、教えなので、それを踏み外すと、滅びに至る、と考えます。言い過ぎたところもありますが、エホバを恐れるものでした。悪いところは看過をと願います。まず、悪しからず。

Posted by: えいいち | Friday, 03 September 2010 08:40 pm

誤植の訂正、「デンツィガー」は間違い、「デンツィンガー・シェーンメッツァー」が正しい。「血は生きた魂を」は間違い、「地は生きた魂を」が正しい。「討って死に至らせ」は間違い、「打って死に至らせ」が正しい。「列王第一23:13と8」は間違い、「列王第一12:13と8」が正しい。

Posted by: えいいち | Thursday, 09 September 2010 06:21 am

あと、漢字の読み方。止め様=やめよう。居る=いる。解った=わかった。看過=かんか。すなはち、見過(みす)ごすこと。在る=ある。或いは=あるいは。艱難=かんなん、苦難より、いちじるしいもの。探す=さがす。捜すの方が良かったか。陥落=かんらく。すなはち、都市が攻撃を受けて、落ちる、降伏か全滅(玉砕)すること。弊害=へいがい、悪い害が制度的な支障(つまづき、害、良くない、)があること。語弊=ごへい、言葉の弊害、間違い、誤解されてしまう言葉。尋問=じんもん、問い尋ねること、詰問、はげしく、問いただす、聞くこと。贖い=あがない、受け戻す、買い取る、償(つぐな)うこと。恩寵=おんちょう、神の聖霊による恵み、恩恵とも。焼幡=幡の字の偏は火でした、パソコンに漢字が無いので。任意、と言う意味は、心のままにその意向の人の行為通りに。ネフィリムと言うのはヘブライ語で、「打ち倒すもの」と言う意味、巨人の通称の名前、呼称で、暴虐を行うものとの意味がある、洪水前、地は暴虐で満ちるようになったとの記述有り(創世記6:11新世界訳)。明瞭=めいりょう、の意味は、明らかにはっきりしている。ロマニスト=ローマ教信者、ローマ・カトリック教徒。教皇=きょうこう、ローマ法王の正式名称。蓋然性=がいぜんせい、既(すで)に、事実となっている可能性の高い確率の既にそうなっている状態、既然性。仮綴本=かりとじほん、冊子の形式でとじてある、簡単にとじてある、雑誌のような、冊子(さっし)。高和声=こわごえ、とひらがなで入力したが、高和声(こわごえ)、強い、硬い、声の意味も。霊媒=れいばい、心霊術を行うチャンネル、経路媒体の人。軍閥=軍隊のその方の、派閥の人。何処かの=どこかの。赴かせる=おもむかせる、赴任。一億層ではなく、一億総であった、誤植。口論を止めるものは人の栄光…は抗論であった、誤植。愚かの者は皆~が抜けていた、それに踊り込む。拭えない=ぬぐえない。頓挫=とんざ、途中でくじけること。YP体制=ヤルタ・ポツダム体制、第二次大戦後の冷戦、東西に世界の分かたれた、体制。

Posted by: えいいち | Thursday, 09 September 2010 07:52 am

YHWHの名(日本語:エホバ)にかけて偽って、または、誤って?誓ってはならない。と言うのは、どこからの出典かというのは、ものみの塔聖書冊子協会出版の、「神を探求する人類の歩み」と言う本のp,211の「十戒、崇拝と行為を律する規定」と言うページに提案されている、出エジ、20章に書いてある言葉をユダヤ教の神学者が神学的に翻訳したもので、意訳だが、御名をみだりに発音してはならない。とするユダヤ教の伝統を誤った解釈しないように実際に意味するところを出典したのだと思います。BC1513の早い時期にたとえば偶像礼拝に関する規定を明白に表現しているのは聖書だけです。インドのリグ・ベーダなども最古のところは古いが、それでもBC10世紀くらいしか古い時代にのぼらないと言われている。そこの偶像礼拝禁止条項は、イスラエルのエホバの民に周囲から例えばバビロン流刑の時流刑地でもエホバを崇拝する者として取り分けられる為に熱心に「自分はエホバを崇拝するエホバの民だよ!」と証しておけば、凶(きょう)悪の人や、偶像崇拝自体にも誘われたり、エホバを崇拝すると言うことで、エホバへの恐れの影響、エホバの裁きが恐ろしくて、いい加減なことをして来る者はいない筈(はず)になるであろうと思う。なぜならば、エホバは強い岩のような方だから、と言う強力な理由が挙げられる。なおこの「神を探求する人類の…」本はエホバの証人から読んで下さる、関心のある方の無償で配布しています。入手したい人は、伝道で来るエホバの証人か、伝道奉仕で会えなかったら、ものみの塔協会に、手紙で申し込むことが出来る。電話もあるが、電話は勧められていない。何故(なぜ)ならば、電話の声だと証拠が残らないからである。文書にして、確かなものにしたいらしい。

Posted by: えいいち | Friday, 10 September 2010 11:59 pm

ごめんなさい、ものみの塔の住所を忘れていた。郵便番号243-0496神奈川県海老名市4-7-1ものみの塔聖書冊子協会、宛て、または、ものみの塔エホバの証人、でも、郵便番号が間違って居なければ行きます。電話番号0462-33-0005です。電話は協会の兄弟たちも忙しいので使わない方が良い。と思います。手紙のほうが確実だと思う。

Posted by: えいいち | Saturday, 11 September 2010 12:16 am

エホバの御名を呼び求めるものは、皆救われるであろう(ヨエル書2:32、使徒2:21、ローマ書10:13新世界訳、)と言うのは何故か、というのは、キリスト教世界の教会員たちは(必ずしも救われていると(自分でも?思っていると)言う人は以下の人はいない。)必ずしも、文語訳聖書を読む時エホバという所でも、わざと「主」と読むからです。そして、かみに、(祈る時も)わざと主よ主よとイエス・キリストに訴えかけるのと同じように、主よとしか言わず、わざとエホバ、と言う人は、エホバの証人しかいない、(経験でもいない、逢(あ)った事がない。)からです。そして、「偉大な教え手」の本でも、エホバを自分の神ではない人、と言うのは自分で言い表す(告白、信仰?)、と言ってそれが本当だからです。だからエホバエホバ、と祈る人は、自分の意志でわざと「エホバよ!」と言っているのであってそれ以外ではない?と認められる?からです。しかし偽善にエホバ!と言っても聞かれないから、通続的にエホバ!と言っている人は真実に「エホバ」と言い習わしている、と考えられ、真実の心で「エホバ」と祈っている、と考えられるからです。これは聖書でも支持されている考えのようであり、だから「エホバ」の御名を呼び求める者は皆救われる、と書いていると思われるからです。だから「エホバ」の御名を真実であったなら、呼び求めなさい、必ず神は、答えてくださるであろう、これは預言者の信仰である、と考えられるからです。そして此(こ)れは、聖書の信仰である、と考えられるからです。それ以外は「エホバ」の御名を持ち出す人は考えられないからです。そしてユダヤ人の口伝律法は徒労である、空(むな)しい働きであるとしか考えられないからです。それは本当だ、と、真実な人は言うと考えます。だから「エホバ」の証人は「エホバ」の御名を掲(かか)げている、と考えます。

Posted by: えいいち | Wednesday, 15 September 2010 04:24 pm

ゼカリヤ書2:3、「地の柔和な者たち、神の司法上の定めを守り行ってきたすべての者たちよ、エホバを求めよ。義を求め、柔和を求めよ。恐らくあなた方は怒りの日に隠されるであろう」。と言う言葉は現在に重点的に当てはまります。すなわちこの世の終わりの時だからです。その3節の上のゼカリヤの一つ手前にある言葉(2節)は、「法令が…産み出さないうち、…もみがらの様に過ぎ去らないうち、エホバの燃える怒りが…臨まないうち、エホバの怒りの日が…臨まないうちに」、と書いてあります。この表現は(2節の)確かにこの世の終わりが近い、神エホバの処断を思わせる表現となっています。そのとき、「エホバを求めよ」と諭(さと)されているのは、エホバの御名を呼び求める、という事かも知れません。「義を求め」というのは、社会的、一般的な正義(JUSTICE)ではなく、神の目から見た、神に歓ばれる義である、といえます。「柔和を求める」とは、ガラティア書5:22,23でいわれている霊の実の一つです、がここでは求めよ!と強調されています。というのは、3つ目の主にしたい求めるのが、謙遜な者へりくだった者になりなさい、と特に助言されているようです。謙遜に、他の人が自分より上であると考え(フィリピ2:3)、常にへりくだる。実に良いこと、神の目からも歓ばれる事ではないでしょうか。

Posted by: えいいち | Friday, 17 September 2010 01:40 am

上の文の訂正。誤:ゼカリヤ書、正:ゼパニヤ書。以上。

Posted by: えいいち | Saturday, 18 September 2010 03:52 pm

漢字の読み方。御名=みな。み名の方が良かったか。徒労=とろう。文語訳聖書で漢字で徒労と書き、ルビ、振り仮名で、いたづらと読み方在り、いたづらとは、空(むな)しい働きとの解釈で。
上記の論(ろん)は、ものみの塔の研究記事で同様の物がある。よく聖書の解説を知りたい人は、ものみの塔の配布用号か、研究記事の号のほうを見よ!読んだ方が良い、と勧(すすめ)めるので、そのほうをご覧(らん)有(あ)れかし、自分の言葉は、誤植、間違いありやすいので、と言う。皆(みんな)ものみの塔で読んで学んでいる、と言う。集会で、週二回、5つの集会で、と言う。できれば、(そう思うのであれば、)集会に行かれることを勧める。聖書を知りたいのであれば、そうでないならば、そうでない。と言うことでよい。

Posted by: えいいち | Monday, 20 September 2010 12:59 pm

失礼。王国会館(集会場)の場所は、電話番号帳など、(タウン・ページ、ハロー・ページなどにもある場合がある。)に記載の場合あり。無い場合は、ものみの塔協会に、電話で勧められて(この場合は良い)いる。真理を求めるものをエホバは拒否されない。聖書研究を望むものも、ものみの塔公式インターネットのページに申し込みのボタンあり。その公式ページは最近の雑誌、「ものみの塔」「目ざめよ!」のトピックを閲覧できる。研究記事のものみの塔の号は、読みたい人に特に限定して、渡している。寄付と引き換えではないが、(以前は2冊100~150円であった。)寄付集めの宗教に思われてしまわないように、無償である。最低限印刷代がかかっていることがあるので寄付をした方が、あと無しと考える人もいる。が、聖書に関心を持っている(と思われる?)家の方には、継続的に、奉仕で証人が家に来る。宗教の押し付けではないので、さらさらして、すぐ帰るが、聖書と宗教に関心があるな?と思われる人は神に対する義務感?や、家の人に責任と愛があるため、奉仕に来るので、家の人の方ではなく、証人が、神に対する責任を持っている、(家の人に関する愛の関心がある)と考えるため、奉仕に来る、愛の為なので、他意はない。つまり、宗教を押し付けようとの思いは無い、教会に来てください、来い、というのではなく、家の人自体の主観で、つまり、家に行って、証人が、家に居ながら、聖書研究ができるという、証人からの行動なので、少し熱意のために驚いても、証人のほうの、心なので、驚かないでください。

Posted by: えいいち | Monday, 20 September 2010 03:34 pm

閲覧=えつらん、意味は本をまたは、雑誌を内容を読む、読める。無償=むしょう、支払いはなしで、代金はなしで、無料で。

Posted by: えいいち | Monday, 20 September 2010 03:47 pm

訛り=なまり。読めるかとも思いますが、ただ一つ残っていたので。ものみの塔の方針(ほうしん)はインターネットに関(かか)わってはいけない、というものだったのでそれに従ったほうが身(み)のため、魂(たましい)のため、みなの模範(もはん)の為になると思います。他意はありません。あしからず。

Posted by: えいいち | Monday, 20 September 2010 09:24 pm

Hello ALL! My name is Vitaliy Kokosko!!!

Posted by: Abrarmkem | Thursday, 21 July 2011 08:49 pm

Its like you read my mind! You appear tto know so muchh about this, like you wrote the book in it or something. I think that you could ddo with a few pics to drive tthe message home a little bit, butt other than that, this iis magnifiicent blog. A great read. I will certainly be back.

Posted by: plus size maxi dresses | Wednesday, 23 October 2013 01:06 am

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference U.S. Secretary of State Byrnes' Reply to Japanese Surrender Offer ポツダム宣言受諾に関わる「バーンズ回答」:

» 外務省 海外安全 [最新ニュースと新着youtube動画]
ソラリス・信州東山・カベルネ・ソーヴィニヨン[2006]年・長野県上田市塩田平東山地区産・カベルネ・ソーヴィニヨン100%使用・小諸ワイナリー(マンズワイン)元詰・垣根栽培SOLARIS Shinshu Higashiyama Cabernet-Sauvignon [2006]外務省も来賓用に購入!あの純国産!品質商品価格:5,964円レビュー平均:5.0メキシコ以外で新型インフルエンザ感染が確認されている国外務省豚インフルエンザ相談窓口 住所:東京都千代田区霞が関2-2-1 電話:(代表)03-3... [Read More]

Tracked on Tuesday, 05 May 2009 09:29 pm

« George Clooney - Interviews 『インタヴューズ』 ジョージ・クルーニー | Main | Remarks of Commodore Perry upon the Probable Future Commercial Relations with Japan and Lew Chew by Matthew C. Perry マシュー・C・ペリー「日本と琉球との通商関係の将来についてのペリー提督の所見」 »