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Sunday, 21 June 2009

Hori Tatsunosuke said, "I can speak Dutch." 堀達之助は言った。「私はオランダ語を話すことができる」

■浦賀水道の地図 Map of the Uraga Channel

神奈川県・三浦半島と千葉県・房総半島に挟まれた海峡が浦賀水道。より詳しくは観音崎(かんのんざき)-富津岬(ふっつみさき)ラインと、剱崎(つるぎざき)-洲崎(すのさき)ラインに挟まれた海域をいう。その、東京湾がいちばん狭まっているところは幅6.5キロメートルしかない。江戸時代のむかしも21世紀のいまも、かりに東京湾海上封鎖の可能性があるとすれば、これを阻止する防衛線となるのは観音崎-富津岬ラインだ。


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■はじめに Introduction

1853年7月8日(嘉永6年6月3日)金曜日午後、浦賀沖。日米外交が始まった歴史的瞬間。すなわち、当事者どうしが初めて直に対面して交渉を始めた、そのとき。日本側が発した第一声とは?


■日本語訳 Translations into Japanese

「オランダ語がはなせる」………………………加藤 1985, 1994
「オランダ語を話せる」…………………………三方 1999
「私はオランダ語ができます」…………………大羽 1947, 1953
「私はオランダ語ができます」…………………洞 1970
「私はオランダ語が話せる」……………………興梠 1998
「私はオランダ語を話すことができる」………オフィス宮崎 1997
「私はオランダ語を話すことができる」………山本 2003
「私は和蘭語が話せます」………………………鈴木 1912, 1937
「自分はオランダ語が話せる」…………………加藤 1988, 2004
「余はオランダ語を話すことができる」………今津 2007
  [訳文は追って挿入します]………………土屋+玉城 1935, 1948, etc.


■英語原文 The original text in English

"I can speak Dutch."

■文脈または背景

やがて1隻の番船が旗艦の舷側にやってきた。船上のひとりが紙の巻物を手にしているのを認めたが、サスケハナ号の士官は受け取るのを拒絶した。しかし、その紙はミシシッピ号の舷側で読めるよう高く掲げられた。その文書はフランス語で書いてあり、艦隊は撤退すべし、危険を冒してここに停泊すべきではない、という趣旨の命令を伝えていることが分かった。

上役の役人が、船をサスケハナ号に横づけにして、舷梯をおろすように手真似で合図した。これは拒絶したが、中国語通訳ウィリアムズ氏とオランダ語通訳ポートマン氏に命じ、その役人に対して、提督は最高位の役人としか面談しないから貴官は陸に戻るようにと告げさせた。

日本語で話を進めるのは困難に思われたとき、横づけにした番船上のひとりがまことにみごとな英語で
「私はオランダ語を話すことができる」
と言った。

彼の英語ではこれを言うのが精いっぱいらしかったので、ポートマン氏がオランダ語で彼と会話を始めた。彼はオランダ語が堪能であると見えて、矢継ぎばやにさまざまな質問を浴びせてきたが、質問の多くには返答しなかった。

   第1巻 第12章 234ページ
   加藤祐三=序文 オフィス宮崎=翻訳・構成 宮崎寿子=制作責任者
    『ペリー艦隊日本遠征記 Vol.1』 全3巻・海図付セット
   栄光教育文化研究所 1997-10-10
   改行は tomoki y. が挿入しました。


■The context or background

One of the boats came alongside of the flag-ship, and it was observed that a person on board had a scroll of paper in his hand, which the officer of the Susquehanna refused to receive, but which was held up to be read alongside of the Mississippi, when it was found to be a document in the French language, which conveyed an order to the effect that the ships should go away, and not anchor at their peril. 

The chief functionary, as his boat reached the side of the Susquehanna, made signs for the gangway ladder to be let down.  This was refused, but Mr. Williams, the Chinese interpreter, and Mr. Portman, the Dutch, were directed to state to him that the Commodore would not receive any one but a functionary of the highest rank, and that he might return on shore. 

As there seemed to be some difficulty in making progress in the Japanese language, one on board the boat alongside said, in very good English,

"I can speak Dutch." 

Mr. Portman then commenced a conversation with him in that language, as his English seemed to have been exhausted in the first sentence.  He appeared to be perfectly familiar with the Dutch, however, and commenced a very brisk volley of questions, many of which were no responded to.

   Volume 1, Chapter 12, Page 234.
   Narrative of the Expedition of an American Squadron
   to the China Seas and Japan, performed in the years
   1852, 1853, and 1854 under the command of Commodore M. C. Perry,
   United States Navy, by order of the Government of the United States.
   Published by order of the Congress of the United States.
   Washington, Beverley Tucker, Senate printer, 1856. 3 Volumes.
   Line breaks were inserted by tomoki y.


■使用言語(使用された順)と話者
 Languages spoken and written (in order of their use) and the speakers

日 本 : [fr] フランス語で書かれた紙の巻物

アメリカ: [zh] 中国語通訳(アメリカ人)の話す中国語
                  +
      [ja] 中国語通訳(アメリカ人)の話すへたな日本語
                  +
      [nl] オランダ語通訳(オランダ人)の話すオランダ語

日 本 : [en] オランダ語通訳(日本人)の話す英語ひとこと
              "I can speak Dutch."

アメリカ: [nl] オランダ語通訳(オランダ人)の話すオランダ語

日 本 : [nl] オランダ語通訳(日本人)の話すみごとなオランダ語

「未知との遭遇」の世界だ(笑)。宇宙人と地球人の対話、白人とネイティブ・アメリカン(「インディアン」)の会話とおなじ。なに語で意思が疎通できるかわかるまで、おたがいに試行錯誤をおこなっている。フランス語、中国語、日本語、英語、……。

巻物にフランス語を書いたのが日本側のだれであるかは不明。アメリカ側の中国語通訳はアメリカ人ウィリアムズ。同オランダ語通訳はオランダ人ポートマン。日本側のオランダ通詞(=オランダ語通訳)は堀達之助(ほり・たつのすけ)。日本側には良い英語通訳がおらず、アメリカ側には良い日本語通訳がいなかった。「ジョン万次郎」こと中浜万次郎は当時すでに帰国していたが、活躍の機会を与えられていなかった。

結局、唯一オランダ語でのみコミュニケーションが可能だとわかった。以後の会話は、つぎのように堀とポートマンを介して二重通訳で行なわれた。ただし、これはあくまでも外交交渉の世界。通じるからといって何もかも話したわけではない。ペリー側は、幕府側の矢継ぎばやの質問を理解できたが、その多くに、わざと答えなかった。なお、文書による交渉のほうは、会話とは異なり中国語(漢文)ベースで行なわれたという。

 幕府側(日本) 
↓↑
[ja] 日本語
↓↑
 堀達之助 
↓↑
[nl] オランダ語
↓↑
 ポートマン 
↓↑
[en] 英語
↓↑
 ペリー側(アメリカ) 


■上の引用箇所を載せた原書ページの複写画像
 Scanned book page containing the excerpt quoted above

↓ Click to enlarge ↓

Page_234_vol_1_narrative_2

 [en] Image source
   Volume 1, Chapter 12, Page 234.
   Narrative of the Expedition of an American Squadron
   to the China Seas and Japan, performed in the years
   1852, 1853, and 1854. 3 Volumes.
   The Otis Cary Collection, Digital archive of rare materials.
   Doshisha University Academic Repository.

 [ja] 画像の出典
   同志社大学学術リポジトリ
   貴重書デジタル・アーカイブ ケーリ文庫 所蔵
   『ペリー提督日本遠征記』(全3巻)解説 第1巻 第12章 234ページ


■入手可能なペーパーバック版 Paperback edition in stock

   Narrative of the Expedition to the China Seas and Japan, 1852-1854
   著者: Matthew Calbraith Perry Commodore M. C. Perry
   ペーパーバック
   出版社:Dover Publications
   発売日:2000-09-15
   ISBN-10 : 0486411338
   ISBN-13 : 9780486411330


■日本語訳の出典 Sources of the translations into Japanese

(1) 今津 2007
   第3章 第1次開国交渉―大統領書簡受け渡し
   4. ペリー提督 鎖国日本に初上陸
   今津浩一(いまづ・こういち)=著
   『ペリー提督の機密報告書
   ―コンフィデンシャル・レポートと開国交渉の真実』
   ハイデンス 2007-10-18

(2) 加藤 2004
   はじめに
   加藤祐三(かとう・ゆうぞう)=著 『幕末外交と開国
   ちくま新書 2004-01-10

(3) 山本 2003
   4. 乗船―最初に英語を使った男
   山本詔一(やまもと・しょういち)=著
   『ヨコスカ開国物語
   神奈川新聞社 2003-04-18

(4) 三方 1999
   第十二章 琉球から江戸へ・浦賀湾に投錨
   猪口孝(いのぐち・たかし)=監修 三方洋子(みかた・ようこ)=訳
   『猪口孝が読み解く「ペリー提督日本遠征記」
   NTT出版 1999-10-07 この本の詳細は ここ

(5) 興梠 1998
   第二部 第9章 ペリー艦隊の来航
   ピーター・ブース・ワイリー=著
   興梠一郎(こうろぎ・いちろう)=執筆協力・訳
   『黒船が見た幕末日本―徳川慶喜とペリーの時代
   TBSブリタニカ 1998-07-28

(6) オフィス宮崎 1997
   第12章
   加藤祐三=序文 オフィス宮崎=翻訳・構成 宮崎寿子=制作責任者
    『ペリー艦隊日本遠征記 Vol.1』 全3巻・海図付セット
   定価150,000円(税込)分売不可 栄光教育文化研究所 1997-10-10
   原書:アメリカ合衆国議会公文書:第1巻US(S)771-79

(7) 加藤 1988
   1章 黒船来たる 嘉永六年 浦賀沖
   加藤祐三=著 『黒船異変―ペリーの挑戦
   岩波新書 1988-02-22

(8) 加藤 1985, 1994
   一 黒船の登場 I ペリー艦隊の来航
   加藤祐三(かとう・ゆうぞう)=著
   a.黒船前後の世界』 ちくま学芸文庫 1994-05-09
   b.黒船前後の世界』 岩波書店 1985-11-22
   引用は a. に拠りました。

(9) 洞 1970
   第四章 第一回日本訪問―七月四日から十六日まで
   サミュエル・ウェルズ・ウィリアムズ=著 洞富雄(ほら・とみお)=訳
   『ペリー日本遠征随行記』 新異国叢書8 雄松堂書店 1970-07-30

(10) 大羽 1947, 1953
   合衆国海軍省=編 大羽綾子(おおば・あやこ)=訳
   a. 第六章 アメリカ艦隊,日本本土にせまる
    『ペリー提督日本遠征記』 法政大学出版局 1953-07-15
   b.ペルリ提督遠征記』 酣灯社 1947-02-10
   引用は a. に拠りました。

(11) 土屋+玉城 1935, 1948, etc.
   土屋喬雄(つちや・たかお)+玉城肇(たまき・はじめ)=訳
   a.ペルリ提督日本遠征記(上)』 臨川書店 1988-01
   b. 第十ニ章 江戸に向つて出發―江戸灣入港
     『ペルリ提督日本遠征記1』(全4冊)岩波文庫 1948-08-15
   c.ペルリ提督日本遠征記(上)』(全2冊)
     弘文荘 1935-03-10(昭和10) 發行者:反町茂雄
     定價十五圓 五百部印行
   a. c. の複製。引用は b. に拠るつもりです。

(12) 鈴木 1912, 1937
   第三編 浦賀の卷 上 四 決して長崎へは行かぬ
   櫻井省三=校閲 鈴木周作=抄譯
   a.ペルリ提督日本遠征記』 大同館書店 1937-10-20(昭和12)
     定價金貳圓
   b.ペルリ提督日本遠征記』 大同館 1912-06-15(明治45)
     定價金壹圓貳拾錢
   引用は a. に拠りました。


■吉村昭 『黒船』 Kurofune (Black Ship), a novel by Akira Yoshimura

ペリー来航時に首席オランダ通詞を務め、のちに日本最初の本格的英和辞典『英和對譯袖珍辭書』を編纂したが、投獄されるなどの悲哀もあじわった堀達之助の波乱に満ちた生涯を描いた小説。

   * 吉村昭=著 『黒船』 中公文庫 中央公論社 1994-06
   * 吉村昭=著 『黒船』 単行本 中央公論社 1991-09

Yoshimura_akira_kurofune  Sasaki_jo_kurofune  Eigaku_to_hori_tatsunosuke

   関連記事:
   * 幕末の英和対訳辞書草稿の発見と吉村昭『黒船』を読む
     - 電網郊外散歩道 2007-08-06
   * 日本初の英和辞典、原稿発見=オランダ語から英語へ-群馬の古書店
     - 一言語学徒のページ 2007-03-16
   * 関連書 堀孝彦=著 『英学と堀達之助』 雄松堂出版 2003-07
     著者・堀氏は達之助の子孫にあたるかた。


■外部リンク External links

 [en] English
   * Tokyo Bay - Wikipedia
   * Uraga Channel - Wikipedia
   * Perry Expedition - Wikipedia
   * Y150: A Grand Exposition for Yokohama's 150 Years
     28 April 2009 - 27 September 2009
     A series of events celebrating the 150th anniversary of the opening of
     the Port of Yokohama

 [zh] 中國語(繁體字)
   * 東京灣 - Wikipedia
   * 黑船來航 - Wikipedia
   * 開國博Y150: 横濵、150周年大博覧會 (PDF)
     2009年4月28日~2009年9月27日
     横濵開港150周年紀念主題活動

 [ja] 日本語
   * 座談会 予告されていたペリー来航 (3)
     神奈川県立歴史博物館「150周年記念 黒船」展に寄せて
     情報紙『有鄰』 平成15年5月10日 第426号 3ページ
       - 交渉に使われた言葉は漢文とオランダ語
       - ペリーの「白旗書簡」をめぐる論争
       - 大名間のネットワークがわかる絵巻などを展示
     三谷博 (みたに・ひろし)、岩下哲典 (いわした・てつのり)、
     嶋村元宏 (しまむら・もとひろ)の三氏と有鄰堂編集部による座談会。
   * 通訳の歴史 [1] [2] (ppt) 翻訳と通訳の歴史 (html)
     獨協大学 国際教養学部 言語文化学科 永田小絵氏による
   * 東京湾 - Wikipedia
   * 浦賀水道 - Wikipedia
   * 黒船来航 - Wikipedia
   * 開国のまち 横須賀 - 横須賀市観光協会
   * 横浜開港資料館
     とくに ペリー来航関係 よこはま歴史画像集
   * 日常雑記(および京都旅行記) - 朝陽の中へ(ブログ版)
     とくに「横須賀軍港めぐり」の連載ページ
   * 東京湾を防御せよ! 幻の「第2海堡」へ行く - 探検コム
   * 横浜開港150周年記念テーマイベント「開国博Y150」公式サイト

      Yokohama150_banner_2


■更新履歴 Change log

2009/07/01 外部リンクの項に『有鄰』座談会記事へのリンクを追加しました。
2009/06/24 吉村昭 『黒船』 についての記載を追加しました。
2009/06/22 「浦賀水道の地図」の解説と「外部リンク」の項を修正しました。
 
 
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(2) ペリー+黒船

(3) ペリー+日本遠征

  

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