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Tuesday, 02 June 2009

U.S. President Fillmore's letter to the Emperor of Japan フィルモア米大統領から日本国皇帝への国書

        目次 Table of Contents

■はじめに―「外圧」のかけぐあい Exactly how much pressure would be appropriate?
 Video  ペリーの開国要求
■原文と翻訳と翻訳者 The original text, the translations and the translators
  (1) 翻訳版の必要性 The necessity of translations
  (2) 翻訳者たち The translators
■ウィリアムズによる中国語訳 Translation into Chinese
■中国語訳の日本語重訳 Retranslation of Chinese translation into Japanese
■ポートマンによるオランダ語訳 Translation into Dutch
■オランダ語訳の日本語重訳 Retranslation of the Dutch translation into Japanese
■現代日本語訳 Translations into contemporary Japanese
  (1) 中野 2008
  (2) NHK取材班 2003
  (3) 三方 1999
  (4) オフィス宮崎 1997
  (5) 金井 1985
  (6) 印南 1964
  (7) 大羽 1947, 1953
  (8) 土屋+玉城 1935, 1948, etc.
  (9) 鈴木 1912, 1937
■英語原文 The original text in English
■国書を収録するネット上の二次文献 Secondary online sources containing the letter
 Image  ペリー日本遠征記の複写画像 The pages containing the President's letter
■2003年:ペリー来航150周年 150th anniversary of Perry's visit to Japan
■2004年:日米和親条約調印150周年 150th anniversary of the Treaty of Kanagawa
■2009年:横浜開港150周年 150th anniversary of the Port of Yokohama
■日本語訳の書誌情報詳細 Detailed bibliography on Japanese translations
  (1) 中野 2008
  (2) NHK取材班 2003
  (3) 三方 1999
  (4) オフィス宮崎 1997
  (5) 金井 1985
  (6) 印南 1964
  (7) 大羽 1947, 1953
  (8) 土屋+玉城 1935, 1948, etc.
  (9) 鈴木 1912, 1937
■NHK総合テレビ「その時歴史が動いた
■外部リンク External links
■更新履歴 Change log


■はじめに―「外圧」のかけぐあい
 Introduction: How much pressure should be put on Japan to open up trade?

下に引用するのは、第13代アメリカ合衆国大統領ミラード・フィルモアから日本国皇帝宛ての手紙の一節。原文は国務長官エドワード・エヴァレットが代筆した。国家元首がその職名のもとに書いた手紙という意味で「国書」と呼ばれる。ここで「皇帝」とは、京都にいた天皇ではなく、江戸にいた徳川将軍を指す。

フィルモアは、この国書を送るために、合衆国海軍東インド艦隊司令長官マシュー・C・ペリーを日本へ派遣した。手紙の日付から8か月を経てようやく届けられたときには、大統領は第14代のフランクリン・ピアースに交替していた。

引用箇所で、フィルモアは日本の開国を容易にするために、譲歩ないし留保の条件を述べている。「ためしに開国してみて、不都合なら後でやめたらよい」のだと。ペリーの黒船といえば、近代日本の政治外交史における元祖「外圧」だ。けれども、その外圧はゴリ押し一辺倒ではなく、柔軟な対応をする含みも持たせてあった――たとえそれがジェスチャー(うわべ、見せかけ)に過ぎなかったとしても。


■ペリーの開国要求

なつかしい! 初めてこれを聴いたのは何年前だろう? 「pya! 中村屋」とならんで、おもしろフラッシュネタの双璧として一世を風靡したという印象がある。YouTubeにも上がって生きのびているとは知らなかった。テキスト付きの版は、砂糖水フラッシュ「ペリーの肉声」 および「ペリーの肉声(文章つき)~華麗な交渉術」。


■原文と翻訳と翻訳者について
 On the original in English, its translations and the translators

(1) 翻訳版の必要性 The necessity of translations

大統領国書の原文は、もちろん英語で書かれている。だが、ペリーは日本側が英文を読みこなせるとは予想も期待もしていなかった。むしろ「英語はわからない」というのを口実にして、幕府が開国交渉自体を拒むのではないかと恐れていた。なぜならば、清朝中国と欧米諸国との交渉が「ことばの壁」のせいで難航している例を知っていたから。

そこで、ペリーはあらかじめ2種類の翻訳版を用意した。中国語(漢文)訳とオランダ語訳である。本来なら日本語訳を用意したかったのだが、適任者が得られなかった。


(2) 翻訳者たち The translators

中国語訳を作ったのはサミュエル・ウェルズ・ウィリアムズ (Samuel Wells Williams)。長年、中国にいたアメリカ人宣教師だ。本人は嫌がったのだが、ペリーが広州に出向いてしつこく説得し、ペリー艦隊の主席通訳官に任命して日本へ同行させた。ウィリアムズは、のちに米中交渉にも携わり、帰国後はイェール大学の中国語学・中国文学の初代教授となった。

オランダ語訳を作ったのは若いオランダ人通訳アントン・ポートマン(またはポルトマン)。どんな人物か詳細は知らないが、上海で雇われた。

2種類の訳を受け取った幕府は、それぞれを日本語に訳させた。中国語版を和訳したのは 林壮軒(はやし・そうけん)、すなわち林大学頭(健)。オランダ語版を和訳したのは天文方手附の 杉田成卿(すぎた・せいけい)と 箕作阮甫(みつくり・げんぽ)。


■ウィリアムズによる中国語(漢文)訳
 Translation into Chinese by Samuel Wells Williams

如若 君主只准古例、禁止別國船入埠、是照依國法、不妨先試數年、或五年十年之間、能知有利否、或因賣買無益、然後仍復古例可也、夫本國與別國立約、亦定數年之尾、若因兩國不願、再不照新約、且我兩國各試暫開港口、嗣後可知何樣也 [略]

西國紀年之一千八百五十二年十一月十三日、即壬子年十月初六日封、
[後(石朱)筆]
大學士依斐烈奉勅書  [國璽]


■上掲中国語訳の林壮軒による日本語重訳
 Retranslation of the above Chinese translation into Japanese by Hayashi Soken

若古来の仕来を改められ、我両国の者共が売買を御免とならば、双方共に大利益を得る事ならん、若哉夫とも、君主には只々古例に従はれ、異国船は漫りに入津を免されすとならば、是は御国法に照り合せ、先数年ためしに取行ひ給へ、又は五年十年之間に及ぶも、差支候儀は有まじ、扨篤と利益の有無御承知被成、或は売買共一向無益に被思召候はは、又候古例に被引戻候ても宜敷からんか、元来本国の外国と約定相立候節は数年を経候末、若しや両国共志願不致時は、又々新約を取用ひ可申候、さすれば我両国共に、暫時港口を開らき試み候はは、向後始何の模様に成行候も知れ申べし[略]

西洋の紀年一千八百五十二年十一月十三日にて、即ち壬子の年十月初六日に封す、
大学士依斐烈勅を奉して封す、


■ポートマンによるオランダ語訳 Translation into Dutch by Anton Portman

[テキストは未見 - tomoki y.]


■オランダ語訳の杉田成卿と箕作阮甫による日本語重訳
 Retranslation of the Dutch translation into Japanese
 by Sugita Seikei and Mitsukuri Gempo

然れとも殿下若し外邦の交易を禁停せる古来の定律を、全く廃棄するを欲せざるときは、五年或は十年を限りて允準し、以て其利害を察し、若し果して貴国に利なきに於ては、再ひ旧律を回復して可なり、凡合衆国他邦と盟約を行ふには常に数年を限りて約定す、而して其事便宜なるを知るときは、再び其盟約を尋ぐこととす[略]

時に千八百五十二年十一月十三日、我嘉永五年壬子十月二日
ミルラルド ヒルモオレ 親筆
伯理璽天徳の命を受けて
外国事務宰相 エドワルド エヘレツト 親筆


■日本語訳 Translations into Japanese

(1) 中野 2008
もし皇帝陛下が外国貿易を禁じる祖法を完全に廃止することに不安があれば、五年から十年に限り、試みに祖法を一時中止することも出来る。もし期待の通りに有利でなければ、また祖法に戻ればよい。合衆国もよく外国との条約に数年の期限を設け、その後更新するか棄却するか意のままにしている。[略]

1852年11月13日。
(印璽)
陛下の善き友、ミラード・フィルモア。
大統領に侍して、エドワード・エベレット、国務長官。


(2) NHK取材班 2003
日本皇帝陛下が外国との通商は危険であるとお考えなら、五年か一○年、実験期間を設けることを提案いたします。もし、期待されたほどの利益が上がらなかった場合は、通商を禁じた貴国の従来の法を復活させることが可能です

アメリカ合衆国大統領
ミラード・フィルモア


(3) 三方 1999
外国との交易を禁じる祖法を廃止することが安全ではないと皇帝がお考えになるなら、五年か十年、実験期間をおいてもいい。期待されたほどの利益があがらなかったなら、祖法にもどせばいいのだ。アメリカはこれまでも他国との条約を数年に限って、期限になったら更新するか廃棄するかを任せてきた。[略]

一八五二年十一月十三日
親しき友 ミラード・フィルモア
大統領の命により
国務長官 エドワード・エベレット


(4) オフィス宮崎 1997
もし陛下が、外国貿易を禁じている古い法律を廃してもなんの支障もないということに同意しないのなら、その法律を5年ないし10年間は保留して、実験を試みることを勧めたい。もし所期の利益が得られないことが明らかになれば、古い法律を復活すればよい。合衆国はしばしば諸外国との条約を2、3年に制限し、相手の意向により、更新することもしないこともある。[略]

1852年の第11月13日。
陛下の良き友 ミラード・フィルモア
大統領の命により副署
国務長官 エドワード・エヴァレット


(5) 金井 1985
もし貴皇帝陛下が、外国貿易を禁止している古来の諸法律を廃止することが、総じて安全であるとの考えに甘んじないのでしたら、人びとは、実験を試みるため五年ないし十年間は保留しておいてもよろしいのです。もしそれが望まれたほどの利益のないことが判ったら、古来の諸法律は再興されることができるのです。合衆国はしばしばその諸外国との条約を二、三年に限っており、そしてその後に、諸外国の好むところに従って、更新したりしなかったりするのです。[略]

一千八百五十二年十一月十三日。
貴下の良き友 ミラード・フィルモア Millard Fillmore
大統領の命により副署、
国務長官エドワード・エヴェレット Edward Everett


(6) 印南 1964
外国貿易を禁止している古い法律を全く撤廃することが安全であろうということについて、もし陛下が納得されないのでしたら、この法律を五年ないし十年間停止して試験をしてみることも可能でありましょう。そして期待したほど有利でないと解ったときは、古い法律を復活させることができます。 合衆国はしばしば外国との条約を数年間と限定し、それから自由に更新したり、しなかったりしております。[略]

一八五二年十一月。
あなたの良き友であるミラード・フィルモア
副署、国務長官エドワード・エヴァレット

  • アメリカ合衆国大統領からの国書 『世界史を語る手紙』 K・H・ペーター=著 印南博吉=訳 筑摩書房 1964

(7) 大羽 1947, 1953
陛下、外交通商を禁止せる旧法を全然廃棄するも危険なしとの確信を持ち得ざる場合においては、実験を試むるべく、五年乃至十年の間、これを仮に允准するも差支えなかるべし。而して所期の利益を示さざる場合は、旧法を維持せらるゝも苦しからざるべし。合衆国はしばしば外国との条約を数年に限定し、これを改めて継続するや否やは彼らの意のまゝに任すことゝせり。[略]

一八五二年十一月十三日(嘉永五年十月二日)
親しき友 ミラード・フィルモア
大統領の命を受け
国務大臣、エドワード・エヴェレット


(8) 土屋+玉城 1935, 1948, etc.
もし陛下が、外國貿易を禁ずる古き法律の癈棄を全く安全なるものと首肯せられざる時には、實驗を試みるために五年又は十年を限るをよしとす。もし所期の如く利益あることが明とならざりしときは、古き法律に復するを得べし。合衆國は、屡〃外國諸國との條約を二三年に限りて、望に從つて更にそれを更新し、或は更新せざることあり。[略]

時に第一千八百五十二年第十一月十三日 敬具
ミラード・フイルモーア
副署 國務卿 エドワード・エヴアレット


(9) 鈴木 1912, 1937
然れども陛下若し外邦の交易を禁停せる古來の定律を全く癈棄するを欲せざる時は、五年或は十年を限りて許可し、以て其の利害を察し、若し果して貴國に利なきに於ては、再び舊律を回復して可なり。凡そ合衆國は他邦と盟約を行ふには、屡々幾年を限りて約定す。而して其の事便宜なるを知る時は、再び其盟約を尋ぐこととす。[略]

時に千八百五十二年第十一月十三日。
ミラード、フィルモーア親書
大統領の命を受けて
國務卿エドワード・エベレット親書

[原文は次のとおり総ルビ - tomoki y.]

然(しか)れども陛下(へいか)若(も)し外邦(ぐわいぱう)の交易(かうえき)を禁停(きんてい)せる古來(こらい)の定律(ていりつ)を全(まった)く癈棄(はいき)するを欲(ほつ)せざる時(とき)は、五年(ねん)或(あるひ)は十年(ねん)を限(かぎ)りて許可(きよか)し、以(もつ)て其(そ)の利害(りがい)を察(さつ)し、若(も)し果(はた)して貴國(きこく)に利(り)なきに於(おい)ては、再(ふたゝ)び舊律(きうりつ)を回復(くわいふく)して可(か)なり。凡(およ)そ合衆國(がつしうこく)は他邦(たぱう)と盟約(めいやく)を行(おこな)ふには、屡々(しば/゛\幾年(いくねん)を限(かぎ)りて約定(やくてい)す。而(しか)して其(そ)の事(こと)便宜(べんぎ)なるを知(し)る時(とき)は、再(ふたゝ)び其(その)盟約(めいやく)を尋(つ)ぐこととす。[略]

時(とき)に千八百五十二年(ねん)第(だい)十一月(ぐわつ)十三日(にち)。
ミラード、フィルモーア親書(しんしよ)
大統領(だいとうりやう)の命(めい)を受(う)けて
國務卿(こくむきやう)エドワード・エベレット親書(しんしよ)


■英語原文 The original text in English

President Millard Fillmore’s letter to the Emperor of Japan
(presented by Commodore Perry on July 14, 1853)

[Omission]

If your imperial majesty is not satisfied that it would be safe altogether to abrogate the ancient laws which forbid foreign trade, they might be suspended for five or ten years, so as to try the experiment. If it does not prove as beneficial as was hoped, the ancient laws can be restored. The United States often limit their treaties with foreign States to a few years, and then renew them or not, as they please.

[Omission] on the thirteenth day of the month of November, in the year one thousand eight hundred and fifty-two.

[Seal attached.]

Your good friend,
Millard Fillmore.

By the President:
Edward Everett, Secretary of State.

  • [Ref.: U.S. Sen., 33rd, 2nd, Exec. Docs. #34 (1854-5), Vol. 6, pp. 9-11]
  • As quoted on pp. 256-257, Chapter 13, Narrative of the Expedition of an American Squadron to the China Seas and Japan, performed in the years 1852, 1853, and 1854. Volume 1. 1856.

■上の手紙を収録するネット上の二次文献
 Secondary sources on the Internet that contain the above letter


 Image gallery 
大統領国書の全文を収録した『ペリー提督日本遠征記』のページの複写画像
Scanned image of the pages containing the President's letter above

↓ クリックして拡大 Click to enlarge ↓
Pp_256257_perry_narrative_2
  • [en] English
    • Volume 1, Chapter 13, pp. 256-257. Narrative of the Expedition of an American Squadron to the China Seas and Japan, 1856.
    • Image source: here at The Otis Cary Collection, Digital archive of rare materials, Doshisha University Academic Repository.
    • Scanned page containing the above excerpt is here.
  • [ja] 日本語
    • 『アメリカ艦隊による中国海域および日本への遠征記』 1856
    • 電子複写本の第1巻は、同志社大学学術リポジトリ 貴重書デジタル・アーカイブ ケーリ文庫のなかの ここ にある。
    • 上に引用した箇所を含むページは ここ にある。

■2003年:ペリー来航150周年
 関連書・関連文書、または、それらの翻訳・写しなどを展示した催し
 Exhibition at the Kyoto University of Foreign Studies, commemorating
 the 150th anniversary of Commodore Perry's visit to Japan


■2004年:日米和親条約(別名:神奈川条約)調印150周年
 Events commemorating the 150th anniversary of the conclusion of
 the Treaty of Kanagawa


■2009年6月2日:横浜開港150周年(150年前のきょう横浜港がオープンした)
 2 June 2009: The 150th anniversary of the opening of the Port of Yokohama

      Yokohama150_banner_2


■日本語訳 の書誌情報詳細 Bibliographic details of translations into Japanese

(1) 中野 2008
   「フィルモア大統領の国書
   中野昌彦=訳 2008-05-29 アップロード
   ウェブサイト 日米交流 Japan-US Encounters > 2、和親条約と開国 


(2) NHK取材班 2003
   ニッポン開国(第一部) なぜアメリカだったのか?―ペリーの知られざる外交戦略
   アメリカの硬軟外交
   編者:NHK取材班 編集:株式会社エディット 発行:KTC中央出版
   『その時歴史が動いた19』 2003-06-12 発行元による 紹介ページ


(3) 三方 1999
   第十三章 浦賀の役人との交渉・大統領国書を呈上
   猪口孝(いのぐち・たかし)=監修 三方洋子(みかた・ようこ)=訳
   『猪口孝が読み解く「ペリー提督日本遠征記」』 NTT出版 1999-10-07 部分訳。


(4) オフィス宮崎 1997
   第13章
   加藤祐三=序文 オフィス宮崎=翻訳・構成 宮崎寿子=制作責任者
   『ペリー艦隊日本遠征記 Vol.1』 (全3巻)
   栄光教育文化研究所 1997-10-10
   原書:アメリカ合衆国議会公文書:第1巻US(S)771-79
   オフィス宮崎による紹介ページは ここ


(5) 金井 1985
   金井圓(かない・まどか)=訳
   『ペリー日本遠征日記』 新異国叢書 第2輯1 雄松堂出版 1985-10-25


(6) 印南 1964
   ペリー来朝のときの手紙 (その四)アメリカ合衆国大統領からの国書
   『世界史を語る手紙
   K・H・ペーター=著 印南博吉(いんなみ・ひろよし)=訳
   グリーンベルト・シリーズ 筑摩書房 1964-10-05
   この本は、つぎの原書からの抄訳。
   原書:
   Briefe zur Weltgeschichte by Karl Heinrich Peter. Cotta Verlag, 1961


(7) 大羽 1947, 1953
   第一部 最初の訪日―― 一八五三年(嘉永六年)
   第七章 ペリー提督日本上陸、国書奉呈
   合衆国海軍省=編 大羽綾子(おおば・あやこ)=訳
   a.ペリー提督日本遠征記』 法政大学出版局 1953-07-15 定価390円
   b.ペルリ提督遠征記』 酣灯社(かんとうしゃ)1947-02-10 定價三十五圓
   引用は a. に拠りました。


(8) 土屋+玉城 1935, 1948, etc.
   第十三章 國書受渡
   土屋喬雄(つちや・たかお)+玉城肇(たまき・はじめ)=訳
   a.ペルリ提督日本遠征記(上)』(全2冊)臨川書店 1988-01
   b. 第七章 『ペルリ提督日本遠征記2』(全4冊)岩波文庫 1948-08-15
   c.ペルリ提督日本遠征記(上)』(全2冊)弘文荘 1935-03-10(昭和10)
     發行者:反町茂雄 定價十五圓 五百部印行
   a. c. の複製。引用は b. に拠りました。


(9) 鈴木 1912, 1937
   第三編 浦賀の卷 上 一五 大統領の親簡 其の一(使節派遣の趣旨)
   櫻井省三=校閲 鈴木周作=抄譯
   a.ペルリ提督日本遠征記』 大同館書店 1937-10-20(昭和12)
     定價金貳圓
   b.ペルリ提督日本遠征記』 大同館 1912-06-15(明治45)
     定價金壹圓貳拾錢
   引用は a. に拠りました。


■NHK総合テレビ「その時歴史が動いた

  • 2000(平成12)年7月26日(水)放送
    • 第17回 黒船来航 日米交渉ここに始まる
  • 2003(平成15)年1月8日(水)放送
    • 第119回 「その時歴史が動いたスペシャル」 ニッポン開国
      • 第一部:なぜアメリカだったのか? ~ペリーの知られざる外交戦略~
    • 第120回 「その時歴史が動いたスペシャル」 ニッポン開国
      • 第二部: 通商か、亡国か? ~日本全権、決死の通商条約締結~
  • 2004(平成16)年6月23日(水)放送
    • 第183回 大江戸発至急便 黒船あらわる ~幕末日本の情報ネットワーク~
  • 詳細は知りませんが、これらの番組は近い将来すべて、NHKオンデマンド で見たいときに好きなだけ繰り返し見られるようになるのでしょう。

■外部リンク External links


■更新履歴 Change log

  • 2013-09-11 目次を新設しました。
  • 2012-11-21 印南博吉=訳 1964-10-05 を追加しました。
  • 2012-11-20 中野昌彦=訳 2008-05-29 を追加しました。
  • 2009-06-16 つぎの3つの訳に関する書誌情報を補足修正しました。
    1. ウィリアムズによる中国語(漢文)訳
    2. 同中国語訳の林壮軒による日本語重訳
    3. オランダ語訳の杉田成卿と箕作阮甫による日本語重訳

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■洋書 Books in non-Japanese languages

■和書 Books in Japanese
(1) ペルリ

(2) ペリー+開国

(3) ペリー+黒船

(4) ペリー+日本遠征

(5) ペリー+浦賀

  

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Comments

開国のお試し期間を提案していたというのもおもしろかったのですが、ペリーの肉声による開国要求は、大ウケしました。
「開国してくらさいよ~」が、しばらく耳から離れそうにありません。

Posted by: y_flores_o | Wednesday, 03 June 2009 09:46 pm

y_flores_oさん

ちょっとお下劣ですが、別画面のバージョンもあります:

砂糖水フラッシュ「ペリーの肉声」
http://satoumizu.net/flash/peruri.htm

Posted by: tomoki y. | Thursday, 04 June 2009 12:47 am

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