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Thursday, 02 July 2009

Unbeaten Tracks in Japan by Isabella L. Bird (2) イザベラ・バード/イサベラ・バード 『日本奥地紀行』『イザベラ・バードの日本紀行』 (2)

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        目次 Table of Contents

■はじめに Introduction
 Gallery 1  表紙画像 Cover photos
■日本語訳 Translations into Japanese
  (J1) 金坂 2012
  (J2) 時岡 2008
  (J3) 高梨 1973, 2000, etc.
■表記と訳文についての注 Notes on translation and transliteration
 Text & Audio  英語原文+朗読 Audio_button_icon_5 The original text in English with audio Audio_button_icon_5
■原書の書誌情報 Bibliography on the original text
  * ペーパーバック Paperbacks
  * 電子書籍 eBooks
  * 抜粋 Excerpts
■2種類の原書、3種類の邦訳、2タイトルの補訳 Differences among the editions
  Maps    ペリーの地図とグーグルマップ Perry's map and a Google Map
■植民地主義と地名 Colonialism and place names
 Gallery 2  表紙画像 Cover photos
■外部リンク External links
■更新履歴 Change log


■はじめに Introduction

1878(明治11)年5月21日、あるイギリス人旅行家が初めて来日した。サンフランシスコから18日間の航海の後、彼女の乗る汽船シティ・オブ・トーキョー号は東京湾に入った。沖合いから富士山をかいま見たあと、船は横浜港へ入港した。その光景を彼女はスコットランドにいる妹宛ての手紙に書きつづった。

それ以前に、彼女はすでにオーストラリア・ハワイ・北米(とくにロッキー山脈)などを旅していた。のちに中国・韓国・東南アジア・インド・中東・アフリカなども訪れる。日本へは一人旅だった。

まぎれもない大旅行家だが、生涯を通じてむしろ病弱な人だった。ホーム(国内/家)で、じっとしていると具合が悪くて、アウェイ(海外/旅先)だと、がぜん元気が出る質(たち)だった。本国でつきまとう求愛者たちから逃げていた節もある。病は心因性だったのだろうか。

妹がチフスで亡くなると落胆し帰国し、とうとう結婚した。するとまた病気になった。夫の死後、とたんに元気を回復し、さらに国外を旅した。

旅行家の名前は、イザベラ・ルーシー・バード。夫の姓をつけてイザベラ・ビショップ、イザベラ・バード・ビショップ、ミセス・ビショップなどと呼ばれることもある。73歳の誕生日を目前にして亡くなるまで旅を続けた。横浜に上陸したときは46歳だった。


 Gallery 1 
表紙画像 Cover photos

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a. Ja_kanasaka_2012_9784582808193 b. Tokioka_isabella_bird_no_nihon_kiko
c. Nihon_okuchi_kikou_heibonsha_librar d. Bird_9784990284800_unbeaten_tracks_

■日本語訳 Translations into Japanese

(J1) 金坂 2012
第一報 第一印象
五月二一日[火曜日] 横浜 オリエンタルホテルにて

[略] 富士山は靄の彼方に引っ込み隠れてしまった。靄は夏の間ほとんど、その雄大さを包み隠してしまうのである。私たちの船はレセプション湾[久里浜湾]、ペリー島[猿島]、ウェブスター島[夏島]、サラトガ岬[富津(ふつ)崎]、ミシシッピ湾[本牧(ほんもく)鼻の南の湾入部。根岸湾]を通過した。いずれもアメリカ外交の成功を永く記念するアメリカ風の地名である。トリーティ岬(ポイント)[本牧鼻]を少し過ぎたところで一艘の赤い灯船に出くわしたが、それには「本牧鼻(トリーティ・ポイント)」という文字が大きく書かれていた。ここより外側には、外国船は一切停泊できないのである。


(J2) 時岡 2008
第一信
五月二一日、横浜、オリエンタル・ホテルにて

[略] 富士山はもやのなかに引きこもってしまいましたが、もやは夏の大半その雄大な姿を包み隠しています。レセプション湾、ペリー島[猿島]、ウェブスター島[夏島]、サラトガ岬[富津崎]、ミシシッピ湾[根岸湾]――米国外交の成功を不滅のものとするアメリカ式地名――をすぎ、トリーティ岬[本牧岬]から遠くないところで、「条約港」と大きく記した赤い灯台船に遭いました。ここより外では外国船は投錨できません。


(J3) 高梨 1973, 2000, etc.
第一信
横浜 オリエンタル・ホテル 五月二十一日

[略] 夏中は壮大な姿を現わしているという富士も、霞の中に消えてしまった。私たちの船は、リセプション湾、ペリー島、ウェブスター島、サラトガ岬(富津崎)、ミシシッピー湾(根岸湾)――いずれもアメリカ外交の成功を永く記念するアメリカ人の命名である――を通過した。トリーティ・ポイント(本牧岬)から遠くないところで、赤い灯台船に出会った。その船には大きな文字でトリーティ・ポイントと書いてあった。いかなる外国船も、この外には停泊できないのである。

  • イサベラ・バード=著 高梨健吉(たかなし・けんきち)=訳 『日本奥地紀行』 オンデマンド ワイド版東洋文庫 平凡社 2006-11
  • イザベラ・バード=著 高梨健吉=訳 『日本奥地紀行』 平凡社ライブラリー 平凡社 2000-02
  • イサベラ・バード=著 高梨健吉=訳 『日本奥地紀行』 東洋文庫 平凡社 1973-01

   引用は c. 東洋文庫版 1973-01 に拠りました。


■表記と訳文について―tomoki y. による注
 On translation and transliteration: Notes by tomoki y.

  1. 表記について
    • 上掲高梨訳の a. と c. では著者のファーストネームを濁らないで「イサベラ」と表記してある。
  2. 訳文について
    • 引用第一文の富士山は、夏のあいだ見えるのか見えないのか? 金坂訳・時岡訳と、高梨訳とでは解釈が逆になっている。当然そうあるべきだが、より新しい金坂訳・時岡訳のほうが正しいと思う。

 Text & Audio 
英語原文+朗読音声(Audio_button_icon_5 をクリック)
The original text in English (Click Audio_button_icon_5 for the recording)

Audio_button_icon_6 Letter I
Oriental Hotel, Yokohama
May 21.

[Omission] Audio_button_icon_7 Fuji retired into the mist in which he enfolds his grandeur for most of the summer; we passed Reception Bay, Perry Island, Webster Island, Cape Saratoga, and Mississippi Bay--American nomenclature which perpetuates the successes of American diplomacy--and not far from Treaty Point came upon a red lightship with the words "Treaty Point" in large letters upon her. Outside of this no foreign vessel may anchor.

  • Unbeaten Tracks in Japan: An Account of Travels in the Interior, Including Visits to the Aborigines of Yezo and the Shrines of Nikkô and Isé by Isabella L. Bird. London : J. Murray, 1880.
  • Audio courtesy of   LibriVox    Recording was made by Availle.

■原書の書誌情報 Bibliography on the original text in English


■2種類の原書、3種類の邦訳、2タイトルの補訳 Differences among the editions

↓ クリックして拡大 Click to enlarge ↓
a. 1881_2_vols_john_murray_unbeatentra b. 1905_popular_john_murray_cu31924023
  • 原書2巻本の扉—1881年 ジョン・マレー社版 Image source: Open Library
  • 原書普及版の扉—1905年 ジョン・マレー社版 Image source: Open Library

バード著 Unbeaten Tracks in Japan 原書の初版は1880年に2巻本として出版された。その後1885年に1巻本の Popular Edition すなわち短縮版ないし「普及版」が出た。上の2つの画像はどちらも後年の版ではあるが a. が2巻本、b. が普及版の例である。拡大するとそれぞれ "In Two Volumes" "Popular Edition" の字が読み取れる。

高梨訳 (1973ほか) はこのうち1885年「普及版」の邦訳。そして、時岡訳 (2008) は1880年初版2巻を、原書と同様2分冊にして翻訳したものである。さらに、金坂訳 (2012〜2013) は、原書2分冊のそれぞれを二分割して全4巻に訳したもの。金坂訳は高梨訳や時岡訳が訳し漏らしていた部分を精査して訳出し、原著どおり解説や付録や地図や索引も完備した文字どおりの「完訳」を意図している(詳細は平凡社ブログを参照)。

なお、高梨訳で未収録だった箇所のうち、主要部分は楠家重敏(くすや・しげとし)ほか訳 『バード 日本紀行』 (2002)、細部は高畑美代子(たかはた・みよこ)訳 『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』 (2008) のタイトルで、それぞれ出版されていた。ただし、「完全補遺」が看板倒れないし誇大広告であったことは、金坂訳によって批判されている。


  Maps   
ペリーの地図 (1857) とグーグルマップ (2013) Perry's map and a Google Map

a. Xga5_090_7 b.
Click to enlarge                                          View in a larger map  
  • 1857 Steel Engraving Tokyo Yedo Edo Bay Antique Map Archipelago Cartography. A used map for sale. US$50 as of 2013-09-16 at eBay. 1857年に発行された江戸湾の地図。1854年の黒船来航時にペリーの艦隊が行なった測量にもとづいて作られている。中古品がオークションサイト eBay から購入可能(2013年9月16日現在の落札価格は50ドル)。拡大すると南から順に Reception Bay, Perry I., Webster I., Mississippi Bay, Treaty P. などの地名が読み取れる。
  • Google Map of the Tokyo Bay area

■植民地主義と地名 Colonialism and place names

上の邦訳にカッコ書きで示されているとおり、レセプション湾とは久里浜湾、ペリー島とは猿島(横須賀市)、ウェブスター島とは夏島(横須賀市夏島町)、サラトガ岬とは富津崎(千葉県富津市)、ミシシッピ湾とは根岸湾(横浜市磯子区)、トリーティ・ポイントとは本牧(ほんもく)鼻(横浜市中区)、キング岬とは野島岬(千葉県南房総市)を、それぞれ指す。

夏島は、かつて横浜市と横須賀市の境界辺りの追浜の沖合いにあった島。その後埋立てにより陸続きとなり、現在では三浦半島の一部を成し日産自動車の工場などがある。

民俗学者・宮本常一氏 (1907-1981) が、かつてこう書いた――「もし、日本がアメリカの属国になっていたとしたら、今もこう呼ばれていただろうと思うのです。われわれが在来の名前を守っていくことができたということに、独自の意味があるのではなかろうかと思うのです」。

実際のところ第二次大戦の敗戦後、東京には占領軍のつけたアメリカ風の地名が並んでいた。銀座四丁目(尾張町)は「タイムズ・スクエア」、内堀通りは「Aアベニュー」、代々木練兵場(のちの東京オリンピック選手村→代々木公園)は「ワシントン・ハイツ」、東京宝塚劇場は沖縄で戦死したアメリカ人従軍記者の名にちなんで「アーニー・パイル劇場」、などなど。

マシュー・C・ペリー提督(正確には海軍代将)とダグラス・マッカーサー将軍(正確には陸軍元帥)のふたりのアメリカ人軍事・政治・外交指導者は、日本の地名を恒久的に変えることなく去った。


 Gallery 2 
表紙画像 Cover photos

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a. Miyamoto_tsuneichi_isabella_bird b. Occupation_forces_in_tokyo_194552 c. Saito_ren_ernie_pyle_gekijou

■外部リンク External links


■更新履歴 Change log

  • 2013/09/16 金坂清則=訳注 2012-03-21 の表紙画像を追加し、3つの邦訳版の異同について修正・補足しました。また、2種類の原書扉の画像と2種類の地図も追加しました。
  • 2013/09/14 リブリヴォックスの英語版オーディオブック(朗読)へのリンクを張りました。
  • 2013/01/28 金坂清則=訳注 2012-03-21 を追加し、邦訳版のあいだの異同についての記述を修正しました。
  • 2009/07/04 「ウェブスター島」(夏島)の現在の地名による位置表示を、より正確と思われるものに修正しました。しかし、私は神奈川県の地理に詳しくありません。もし誤りがあればご指摘ください。また、「植民地主義と地名」の項にリンクを追加しました。

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Comments

>ホーム(国内/家)で、じっとしていると具合が悪くて、アウェイ(海外/旅先)だと、がぜん元気が出る質(たち)だった

あはは、イザベラさんのお気持ち、よ~くわかります。

ところで、富士山は「彼」なのですね。
勇壮で威厳のある姿や、著者の主観で男性と判断されたのでしょうか。
ええ~と、名詞に性がある言語、たとえばスペイン語で「山」は''montana''、女性名詞になるので、そういう場合は女性と捉えるの…???
よくわかんなくなってきました。

Posted by: y_flores_o | Thursday, 02 July 2009 at 08:47 PM

y_flores_oさん

> 富士山は「彼」なのですね。
> 勇壮で威厳のある姿や、著者の主観で男性と判断されたのでしょうか。

原文を読み過ごしていました。ご指摘を受けるまで気がつきませんでした。さて、英語における「山」の性は迂闊にも知りません。一般原則に拠るのか、著者の主観的判断かは分かりません。ちなみに、フランス語でもスペイン語同様 a mountain は une montagne と女性形になるようです。

船が she だというのは、ロンドンの船旅専門の旅行代理店で実際に耳にしたことがあります。「母なる大地」「母なる地球」を Mother Earth、「母なる自然」を Mother Nature とそれぞれ呼ぶように、地球・大地・自然も女性ですね。

一般論として、具体的・物理的な形のあるものについては、凸型のものが男性、凹型のものが女性という原則があるとは思います。山が凸か凹かは一目瞭然ですね。

Posted by: tomoki y. | Thursday, 02 July 2009 at 09:42 PM

ふむふむ、船はsheなのですね。
飛行機、汽車は?などなど、考えてみるのもおもしろいですねhappy01

凹凸の原則、お勉強になりました。

Posted by: y_flores_o | Thursday, 02 July 2009 at 10:50 PM

凹凸に興味がおありなら、どうぞこちらもご覧ください。

凸と凹:古事記 / The Kojiki
Sunday, 22 January 2006
http://tomoki.tea-nifty.com/tomokilog/2006/01/post_3c29.html

Posted by: tomoki y. | Thursday, 02 July 2009 at 11:18 PM

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