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Saturday, 06 February 2010

Winter Dreams by F. Scott Fitzgerald フィッツジェラルド/フィツジェラルド「冬の夢」

        目次 Table of Contents

■はじめてのキス The first kiss
■フィッツジェラルドの時代 F. Scott Fitzgerald and his time
 Video 1  1920年代、狂騒の20年代、ジャズ・エイジ、チャールストン・ダンス
       1920s, The Roaring Twenties, The Jazz Age, The Charleston
■日本語訳 Translations into Japanese
   (J1) tomoki y. 2010
   (J2) 村上 2009
   (J3) 小川 2008
   (J4) 佐伯 1992
   (J5) 野崎 1990
   (J6) 渥美 1981
   (J7) 守屋 1979
   (J8) 飯島 1968
■ロシア語訳 Translation into Russian
■スペイン語訳 Translation into Spanish
 Video 2  American Masters F. Scott Fitzgerald Winter Dreams
■英語原文 The original text in English
■「フィッツジェラルド」か「フィツジェラルド」か?——著者名の日本語表記
 Transliteration variations of "Fitzgerald" in Japanese
■外部リンク External links
■更新履歴 Change log


■はじめてのキス The first kiss

主人公デクスター・グリーンとジュディ・ジョーンズがかわす初めてのキス。のちの傑作『グレート・ギャツビー』に登場するギャツビーとデイジーの原型がここにある。


■フィッツジェラルドの時代 F. Scott Fitzgerald and his time

F・スコット・フィッツジェラルドは1896年(明治29年)生まれ。宮沢賢治と同い年。

短篇小説「冬の夢」が「メトロポリタン・マガジン」に掲載されたのは1922年(大正11年)。フィッツジェラルド26歳。この年、39歳のカフカは「断食芸人」を書いて「ノイエ・ルントシャウ」誌に発表。保険公社を退職してサラリーマン生活に終止符を打っていた。フィッツジェラルドより5歳年上で、カフカより9歳年下の芥川龍之介は「藪の中」を雑誌「新潮」に発表。神経衰弱、胃けいれん、腸カタルなどで心身がむしばまれつつあった。

「冬の夢」がフィッツジェラルドの第三短篇集『若者はみな悲しい(すべて悲しき若者たち)』に収録されたのは1926年(大正15年)。フィッツジェラルド30歳。カフカが40歳で世を去ってからすでに2年経っていた。この年の暮れに大正天皇が47歳で崩御して改元。昭和元年は7日間しかなかった。したがって、翌1927年は昭和2年。芥川龍之介が35歳で自殺した年である。ウォール街の大恐慌が起こるのは、その2年後のことだった。

   参考: Scott Fitzgerald's Timeline


 Video 1 
1920年代、狂騒の20年代、ジャズ・エイジ、チャールストン・ダンス
1920s, The Roaring Twenties, The Jazz Age, The Charleston

Uploaded to YouTube by Aaron1912 on 25 Feb 2007.


■日本語訳 Translations into Japanese

(J1) tomoki y. 2010
すこし間があった。彼女はにっこりして口元をゆるめ、ほとんどそれと分からないぐらいかすかに彼のほうへふわりと身を傾け、上目づかいに彼を見た。デクスターは喉(のど)をごくりとさせ、実験が始まるのを息をこらして待ち受けた。これから目撃することになるのは、ふたりの唇と唇という元素によって神秘的に合成される、予想のつかない化合物だ。やがてデクスターは知った——彼女が惜しみなく、深く、何度もキスして彼に興奮を伝えるのを。そのキスは来るべきものの約束ではなく、成就したことの証しだった。キスが彼にもたらしたのは、空腹感がより多くを欲するというよりは、過剰がさらなる過剰を求めるという感覚だった。慈善のようなキス。抑えるところを知らないキスが、かえって欠如感を呼び起こしているのだった。

   F・スコット・フィッツジェラルド=作 Tomoki Yamabayashi=部分訳
   『冬の夢』
   tomokilog - うただひかるまだがすかる 2010-02-06
   下の佐伯泰樹氏の訳だけを一読して、他の先人諸氏の訳は、
   村上春樹氏の最新訳も含め、あえて一切参照しないで、
   辞書さえも引かずに作った拙訳。おそまつさま。


(J2) 村上 2009
一瞬の間があった。それから彼女は微笑み、唇の両端が下にさがった。そしてほんの微かに身をそよがせるようにして、彼に寄り添い、その目を見上げた。デクスターの喉にかたまりのようなものが込み上げてきた。そして彼は息を詰まらせながら、その実験の行方を見守った。二人の唇という元素(エレメント)からミステリアスに形作られようとする、予想もつかぬ合成物を彼は、目の当たりにしているのだ。やがて結果はそこに現れた。彼女は自分の心の高まりをキスを通して、彼に伝えた。惜しみなく、そして深く。それは約束の口づけではなく、成就の口づけだった。その口づけは彼の中に、刷新につながる飢えをではなく、更なる飽食につながる飽食を立ち上げることになった。それはまさに施し(チャリティー)のようなキスだった。そのキスはすべてを惜しげなく差し出すことによって、逆に渇望を引き出していくのだ。

   スコット・フィッツジェラルド=作 村上春樹(むらかみ・はるき)=訳
   『冬の夢』 中央公論新社 2009-11-25


(J3) 小川 2008
ここで二人とも黙った。それから彼女の顔が笑い、その笑みが口元から消えたと思うと、ゆらりと体が傾くかのように寄ってきて、下から見上げる目になっていた。デクスターはぐっと喉を詰まらせ、息を止めて結果を待った。どういう実験になるのやら、たがいの唇が素材になって、不思議な結合ができあがるのかもしれない。そして結果が出た。激しく深いキスを何度も仕掛けられ、高まる思いが伝わった。これからどうなるというキスではない。もらうべきものはもらっている。つまり足りないから欲しくなるのではなくて、充分にもらえるから充分以上に欲しくなる。慈善事業のようなキスなのだ。気前よくばらまいて、さらなる需要を創り出す。

   スコット・フィッツジェラルド=作 小川高義(おがわ・たかよし)=訳
   「冬の夢」
   『若者はみな悲しい』 光文社古典新訳文庫 2008-12-09


(J4) 佐伯 1992
しばらく会話がとぎれた。ジューディがほほえむと唇の両端がぐいと下がった。ほとんどわからぬほどかすかに軀を揺らして娘はデクスターに近づき、その眼をのぞきこんだ。のどもとに何かの塊がこみ上げてきた。デクスターは息をとめ、実験の結果が出るのを待ちうけていた。二人の唇が摩訶不思議に結合して予想もしなかった化合物が生成される場に、いま立ち会っているのだ。やがて彼は気づいた——幾度も繰り返されたキスは見込みではなく成就であり、この娘はキスによって惜しみなく、充分におのれの激情を伝えたのだと。かれの心中によびおこされたのは、更新を求める渇望ではなく、ひとしきりの飽満がさらなる飽満を求める感覚だった……キスは慈善に似ていて、いっさい抑制することがないためにかえって物足りなくなるものなのだ。

   フィッツジェラルド=作 佐伯泰樹(さえき・やすき)=訳 「冬の夢」
   佐伯泰樹=編訳 『フィッツジェラルド短篇集』 岩波文庫 1992-04-16


(J5) 野崎 1990
そこで言葉が途切れた。それから彼女は微笑した。口もとがくずれ、ほとんどそれと分らぬくらいかすかに身体がゆらいで彼に寄り添って、まじまじと彼の目を見上げた。デクスターの咽喉(のど)もとに固まりのようなものがこみあげてきた。二人の唇が合ったらどうなるのか、二つの物質を結合することによって予測もつかない化合物が形成されるのを迎えるような思いで彼は、息をころしてその実験の瞬間を待った。そして彼は知った——彼女は、何かを約束するのではなく、ある充足を語る口づけによって、彼にその興奮を、あふれるばかりにたっぷりと、身体の中までしみ通るように伝えたのだ。その口づけは彼の中に更新を求める飢餓感を呼び起こしたのではない。それは飽満の上にも更なる飽満を要求する満ち足りた感じを喚起したのだ……いわば施しにも似て、何一つ拒まず、惜しみなく与えることによって欲求を生み出す口づけであった。

   フィツジェラルド=作 野崎孝(のざき・たかし)=訳 「冬の夢」
   『フィツジェラルド短編集』 新潮文庫 1990-08-25


(J6) 渥美 1981
ちょっと、間が途切れた。それから彼女は口の両端を曲げて微笑すると、ほとんど気がつかないくらい身体を彼のほうに寄せて、その目をのぞきこんだ。なにか固まりのようなものがデクスターの喉にこみ上げて来た。二人のくちびるという元素を合せると、どのような未知の化合物が神秘的に生み出されるのか、その実験の結果を息を殺して待った。それから彼は知った。——彼女は自分の感動を、惜しげもなく、(ただの約束ごとではない)本物のくちづけによって、十二分に彼に伝えたのだ。それは満たされぬ欲望を刺激するようなキスではなく、いやが上にも欲望を募り、とめどない貪欲さを起こさせるようなキスだった。……ちょうど、なにものも惜しまず与えることによって、ますます欲望を募らせる慈善行為にも似たキスであった。

   フィッツジェラルド=作 渥美昭夫(あつみ・あきお)=訳 「冬の夢」
   渥美昭夫+井上謙治=編
   『ジャズ・エイジの物語 フィッツジェラルド作品集1』(全3巻)
   荒地出版社 1981-05-10


(J7) 守屋 1979
しばらくの間、言葉がとぎれた。やがて彼女は、微笑をうかべた。そして口の両端を下げ、彼の眼をじっとみつめてから、ほとんどわからないくらい、ごくわずかに体をふるわせながら、彼のほうに近づいてきた。デクスターの喉には、何か塊のようなものがこみあげてきた。彼は、二人の唇という要素から、神秘的に作り出される予測しがたい混合物を、目の前にしながら、かたずをのんで、その実験を待ちうけた。次の瞬間、彼は知った——約束というよりは、成就ともいうべき接吻をもって、惜しげもなく、深く、彼女の興奮を彼女が伝えてきたのを。その接吻は、何度もやりたいという渇望を起させる種類のものではなく、飽満がさらに飽満を求めるといった性質のものだった。それは、何ものをも抑制することなく、渇望を生み出す、一種の慈善ともいうべき、接吻だった。

   フィッツジェラルド=著 守屋陽一(もりや・よういち)=訳 「冬の夢」
   『雨の朝 パリに死す 他二編』 旺文社文庫 1979-07-30


(J8) 飯島 1968
ちょっと沈黙があった。やがて彼女は微笑を浮かべた。口の両すみが下にたれ、ほとんど気がつかぬくらいに体をかたむけて彼のそばにより、じっと見上げた。デクスターののどに、ぐっとかたまりがこみ上げてきた。二人のくちびるの要素から神秘的に作り出される未知の合成物を目の前にして、彼は息をころして実験を待ちかまえた。と、彼にはわかった——相手の興奮が伝わってきた、充分に、ふかぶかと、約束ではなくて履行である接吻(せっぷん)でもって。それは彼の中に、くり返しを求める飢えではなくて、いやが上にも満ちたりたものを求める満腹感をかきたてた……それは施しものにも似たキスであり、何ものをもはばからぬことによって欲望を生み出すキスであった。

   フィツジェラルド=作 飯島淳秀(いいじま・よしひで)=訳 「冬の夢」
   『雨の朝パリに死す』 角川文庫 1968-11-30


■ロシア語訳 Translation into Russian

Наступило молчание. Но вот уголки ее губ изогнулись в улыбке, она неуловимым движением качнулась к Декстеру, глядя ему в глаза. У Декстера прервалось дыхание, он замер в ожидании — сейчас он испытает неизведанное, в их поцелуях таинственно возникнет нечто, чего нельзя предрешить, нельзя предсказать. И так оно и случилось — она передала ему свой пыл щедро, безудержно, поцелуями, которые были не обещанием, а свершением. Они вызывали не бесконечно возрождающийся голод, а ничем не утоляемое пресыщение… они, как милостыня, лишь множили просьбы, потому что отдавали все без остатка.

   Ф. Скотт Фицджеральд
   Зимние мечты
   E-text at fitzgerald.narod.ru


■スペイン語訳 Translation into Spanish

Hubo una pausa. Después ella sonrió y se inclinaron las comisuras -de sus labios. Con un mo- vimiento casi imperceptible se acercó más a él y lo miró en los ojos. A Dexter se le hizo un nudo en la garganta y contuvo la respiración a la espera de la experiencia, pronto para encarar la combinación de los elementos que sus labios unidos aportarían y cuyo resultado era imposible predecir. Entonces vio... que ella le comunicaba su excitación pródiga, hondamente, con besos que no eran una promesa sino una realización. Estos despertaron en él no el apetito que demanda la satisfacción sino el exceso que reclamaría otro exceso... besos que eran como una limosna, que creaban el deseo porque no representaban absolutamente nada.

   Sueños de invierno by Francis Scott Fitzgerald
   E-text at Sueños de Invierno [doc]


 Video 2 
American Masters F. Scott Fitzgerald Winter Dreams Part 1 of 9

"American Masters" F. Scott Fitzgerald: Winter Dreams (2001) - IMDb
F. Scott Fitzgerald | American Masters | PBS


■英語原文 The original text in English

There was a pause. Then she smiled and the corners of her mouth drooped and an almost imperceptible sway brought her closer to him, looking up into his eyes. A lump rose in Dexter's throat, and he waited breathless for the experiment, facing the unpredictable compound that would form mysteriously from the elements of their lips. Then he saw--she communicated her excitement to him, lavishly, deeply, with kisses that were not a promise but a fulfillment. They aroused in him not hunger demanding renewal but surfeit that would demand more surfeit . . . kisses that were like charity, creating want by holding back nothing at all.

   Winter Dreams by F. Scott Fitzgerald
   This story first appeared in Metropolitan Magazine in December 1922,
   and was collected in All the Sad Young Men in 1926.
   E-text at:
   * USC: F. Scott Fitzgerald Centenary Home Page
   * Project Gutenberg Australia


■「フィッツジェラルド」か「フィツジェラルド」か?——著者名の日本語表記
 Transliteration variations of "Fitzgerald" in Japanese

Fitzgerald の日本語表記は、今日では「フィッツジェラルド」が一般的ですが、新潮文庫や角川文庫などでは「フィツジェラルド」を採用しているようです。また、古い文献などでは、「フィッツゼラルド」というのも見かけます。


■外部リンク External links

 [en] English
   * F. Scott Fitzgerald - Wikipedia (1896-1940)
   * F. Scott Fitzgerald Centenary Home Page
     at the University of South Carolina

 [ja] 日本語
   * F・スコット・フィッツジェラルド - Wikipedia (1896-1940)
   * 日本スコット・フィッツジェラルド協会


■更新履歴 Change log

2013-08-08 目次を新設しました。


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(2) スコット・フィッツゼラルド

(3) 1920年代

(4) ジャズ・エイジ

  

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