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December 2010

Saturday, 18 December 2010

Bulemanns Haus (Bulemann's House) by Theodor Storm シュトルム 「ブーレマンの館」「ブーレマンの家」「怪猫物語」

■はじめに Introduction

ブーレマン氏は質屋の息子。父は強欲な方法で富を築いた。その家と財産を父から相続したブーレマン氏は安穏に暮らしている。同居するのは、二匹の巨大な猫グラープスとシュノーレス、そしてアンケン夫人という年配の女中。猫たちはやがて不気味な復讐劇の主役を演じることになる。だが、下の引用箇所では、ブーレマン氏はまだその不吉な運命を知らない。


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[ja] 日本語
タイトル: たるの中から生まれた話
著者: シュトルム作 矢川澄子訳 金子国義画 
少年少女学研文庫 ; 16
出版社: 学習研究社
出版年: 1969
関連記事: 「たるの中から生まれた話」 (思い出の本棚 2 )
  消えがてのうた part 2, 2010-11-27 上の画像はこのブログ記事から拝借しました。


[en] 英語 タイトル: German Literary Fairy Tales (The German Library ; V. 30)
著者: Frank Glessner Ryder (編集)
ペーパーバック
出版社: Continuum Intl Pub Group (Sd)
出版年: 1983-10
ISBN-10 : 0826402771
ISBN-13 : 9780826402776


[de] ドイツ語
Title: Bulemanns Haus (Gold Collection) [Kindle Edition]
Format: Kindle Edition
File Size: 44 KB
Simultaneous Device Usage: Unlimited
Publisher: Jazzybee Publishing (September 21, 2010)
Sold by: Amazon Digital Services
Language: German


■日本語訳 Translations into Japanese

(J1) 高木 2009
 ネコたちはお昼には自分の皿を与えられたが、それはアンケンさんが不承不承(ふしょうぶしょう)日がなネコたちのために用意しなければならなかった。食後ブーレマンさんが短い昼寝をしているあいだネコたちは満腹してブーレマンさんのかたわらのソファーに横になり、舌ベロをダラリと下げ、緑色の目を眠そうにまばたきした。一方でいつも老女はこっそりと足を運ばせるのだが、ネコたちは、館の下の階でネズミ狩りをして、捕まえたネズミを口にくわえてまず主人の足もとにもって行って見せ、そのあとでソファの下にもぐり込んで食べた。それから夜が来て、ブーレマンさんは、色とりどりのナイトキャップを白いそれと取り替えると、二匹のネコといっしょに隣室のおおきなカーテン付きベッドにはいって、足もとにもぐり込んだネコたちが規則正しくゴロゴロと喉をならす音で眠りにつくのだった。

   テーオドール・シュトルム=著 高木文夫(たかぎ・ふみお)=訳
   「ブーレマンの館」
   日本シュトルム協会=編訳
   『シュトルム名作集1』 三元社 2009-05-20


(J2) 藤川 1992, 1998
 猫たちは昼にそれぞれ自分用の器に入った食事をもらうのだが、アンケン夫人はむかっ腹をたてながらも毎日その用意をしなければならなかった。食後、満腹した猫たちは、ブーレマン氏が短い昼寝から目をさますまで、横のソファーにすわり、小さい舌をたらして、眠そうな緑色の目で眠そうに主人を見つめているのだった。下の方の部屋で鼠を追いかけるときには、いつでもそのあいだに老婆に、主人にはわからないように蹴とばされるのだが、捕った鼠は必ずまっさきに主人のところにくわえていって見せてから、ソファーの下にもぐりこんで食べた。そしてブーレマン氏は、夜になって色あざやかな三角帽を白いものと取り換えると、二匹の猫を従えて隣室の大きなカーテンつきのベッドに行き、足元にもぐりこんだ猫がごろごろと規則正しく喉をならすのを子守歌に、眠りにつくのだった。

   テーオドール・シュトルム=著 藤川芳朗(ふじかわ・よしろう)=訳
   「ブーレマンの家」
   a. 富士川義之=編訳 『猫物語』 白水社 新装版 1998-11-10
   b. 富士川義之=編訳 『猫物語』 白水社 1992-03
   引用は a. に拠りました。


(J3) 矢川 1969, 1990, etc.
 昼にはめいめいひと皿のえさをもらいました。アンケンばあさんは、毎日ぷりぷりしながら、ネコのえさをととのえてやらなくてはなりませんでした。
 食事がすむと、ブーレマンがしばらく昼寝をするあいだ、ネコたちは主人といっしょに長いすにのうのうと寝そべり、ちょろりと舌の先をのぞかせながら、緑色のとろんとした目で主人を見守っています。下の部屋でネズミをとると(そのたびにアンケンばあさんには、こっそり足げをくらわされたものですが)ネコたちは、きまってえものを主人のもとまでひきずってきて、ひと目ごらんにいれてから、ようやく長いすの下へもぐりこんでたいらげにかかるのです。
 夜になると、ブーレマンは、色つきの三角帽子を白いのにとりかえ、二匹のネコとともにとなりの寝室の、大きな垂れ幕つきのベッドにはいり、足もとにもぐりこんだネコたちの、ごろごろいう規則ただしいうなり声を子守りうたに、眠りにつくのでした。

   シュトルム=著 矢川澄子(やがわ・すみこ)=訳 「ブーレマンの家」
   a.復讐 書物の王国16』 国書刊行会 2000-07-24
   b.たるの中から生まれた話』 福武文庫 福武書店 1990-01
   c.たるの中から生まれた話』 少年少女学研文庫16 学習研究社 1969
   a. の底本は b.。引用は a. に拠りました。


(J4) 塩谷 1967
 ネコたちは昼には、めいめいのどんぶりにはいった食事をもらいましたが、そのためアンケンおばさんは、一日じゅうぷりぷりしながら働かなければならなかったのでした。
 食事がすむと、ネコたちは昼寝(ひるね)をしている主人とならんで、まんぞくそうに長いすにすわりこみ、ちっちゃな舌(した)をだしながら、眠(ねむ)そうに緑色(みどりいろ)の目でかれを見ていました。
 下の部屋でネズミ狩(が)りをするときには——でも、よくそのさいちゅう、おばさんに、こっそりけとばされました——まず、つかまえたネズミをくわえて主人のところへもっていって見せ、それから長いすの下にもぐりこんで、食べました。
 夜になると、ブーレマンは色のついた三角帽子(ぼうし)を白いのにとりかえ、二匹のネコたちをつれて、となりの部屋の、大きなカーテンつきのベッドにはいりました。そして、足もとにもぐりこんだネコたちの規則(きそく)正しいいびきにさそわれて、眠りこんでしまうのでした。

   シュトルム=著 塩谷太郎(しおや・たろう)=訳 「ブーレマンの家」
   『大学時代—ジュニア版 世界の文学7
   金の星社 1967-01


(J5) 田川 1948
 彼等はお晝にはちやんと自分らの御馳走をもらつたのであるが、それをアンケン夫人は毎日々々腹立たしさを押し殺しながら、つくらなければならなかつた。食後ブーレマン氏がちよつと午睡をとる間、猫は滿腹して彼の傍らのソファーの上に坐りこみ舌をだらりと垂したまま、緑色の眼を眠むさうに細目に開いて、彼の顏を眺めていた。また階下(した)の部屋で鼠捕りでもやると、何時も老婆からこつそり足蹴を喰はされるのであつたが、捕へた鼠はきつと口にくはへて先ず主人の前へひきずつて來て見せてから、ソファーの下ヘもぐりこんで、それを平げるのであつた。さて夜になるとブーレマン氏は雜色の尖り帽子を白いのと取りかへ、二匹の猫と一緒に隣室の大きなカーテンつきの寢床(ベツト)に入るのであつた。そこで彼は、足もとへもぐり込んだ二匹の猫が同じ調子で喉を鳴らすのを聞きながら、眠りに入るのであつた。

   テオドール・シュトルム=著 田川基三(たがわ・もとみ)=訳 「怪猫物語」
   『雨乞ひ—小説集』 矢代書店 定價 八十五圓 1948-04-20


(J6) 山崎 1944
猫どもは晝にはアンケン小母さんの手からめい/\に食事を貰ひましたが、そのためアンケン小母さんは一日中プリ/\しながら台所で働かなければならなかつたのです。食事を濟ませると、猫どもはいかにも充ち足りたやうな顏つきで、午睡(ひるね)をしてゐる主人と並んで長椅子に坐り込み、小さな舌を垂(た)れながら、綠色の眼で眠さうに主人の顏を眺めてゐます。また下の部屋で鼠狩りをする時など、……アンケン小母さんが主人には聞えないやうに、こつそりと、しかも力をこめて猫めに足蹴りを喰はせるのは實にその時なのですが……猫どもは先づ獲物の鼠を口に咬(くは)へて主人の所まで曳きづつて來て、それを見せてから長椅子の下にもぐり込んで貪(むさぼ)り喰らひます。ブーレマン氏は夜になると、三角の色頭巾を白の三角帽にかへ、二匹の猫を連れて、隣室の帷(とばり)附きの大寢台に入り、足許にもぐり込んだ猫たちの規則正しい鼾に眠りを誘はれる習慣でした。

   テオードル・シュトルム=著 山崎省吾(やまざき・せいご)=訳
   『独逸童話文学選集 3 ブーレマンの家』 増進堂 1944-10-30(昭和19)


■英訳 Translation into English

At midday they got their own platter, which Frau Anken, with suppressed resentment, had to prepare for them day in and day out. After the meal, while Herr Bulemann took his noon nap, they sat beside him, well satisfied, on the sofa, letting a tip of tongue hang out of their mouths and blinking at him sleepily with their green eyes. If they had been in the lower rooms of the house hunting mice, which always earned them a clandestine kick from the old housekeeper, they were sure to carry any mice they had caught to their master and show them to him before creeping under the sofa to devour them. When night had fallen and Herr Bulemann had exchanged his brightly colored stocking cap for a white one, he climbed into the big curtained bed in the adjoining alcove with his two cats and let himself be lulled to sleep by the regular purring of the beasts curled up at his feet.

   Bulemann's House by Theodor Storm
   German Literary Fairy Tales
   Edited by Robert Marcellus Browning, Frank Glessner Ryder
   Continuum International Publishing Group, 1983
   Preview at Google Books


 Audio 
ドイツ語原文のオーディオブック(朗読) Audiobook in the original German

下に引用する箇所の朗読は 12:29 から始まります。 Uploaded to YouTube by Classic Literautre Audiobooks. Audio courtesy of LibriVox. Reading of the excerpt below starts at 12:29.


■ドイツ語原文 The original text in German

Sie erhielten mittags ihre eigene Schüssel, die Frau Anken unter verbissenem Ingrimm Tag aus und ein für sie bereiten mußte; nach dem Essen, während Herr Bulemann sein kurzes Mittagsschläfchen abtat, saßen sie gesättigt neben ihm auf dem Kanapee, ließen ein Läppchen Zunge hervorhängen und blinzelten ihn schläfrig aus ihren grünen Augen an. Waren sie in den unteren Räumen des Hauses auf der Mausjagd gewesen, was ihnen indessen immer einen heimlichen Fußtritt von dem alten Weib eintrug, so brachten sie gewiß die gefangenen Mäuse zuerst ihrem Herrn im Maule hergeschleppt und zeigten sie ihm, ehe sie unter das. Kanapee krochen und sie verzehrten. War dann die Nacht gekommen und hatte Herr Bulemann die bunte Zipfelmütze mit einer weißen vertauscht, so begab er sich mit seinen beiden Katzen in das große Gardinenbett im Nebenkämmerchen, wo er sich durch das gleichmäßige Spinnen der zu seinen Füßen eingewühlten Tiere in den Schlaf bringen ließ.

   Bulemanns Haus by Theodor Storm
   Geschichten aus der Tonne
   E-text at Projekt Gutenberg-DE


■外部リンク External links


■更新履歴 Change log

  • 2016-10-19 山崎省吾=訳 1944-10-30 の訳文を挿入しました。
  • 2013-03-27 ドイツ語原文のオーディオブック(朗読)へのリンクを張りました。

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Monday, 13 December 2010

An Autobiography: The Story of My Experiments with Truth by Mohandas Karamchand Gandhi / Mahatma Gandhi M・K・ガーンディー / モハンダス・カラムチャンド・ガンジー / マハトマ・ガンジー / ガンヂー 『ガーンディー自叙伝 真理へと近づくさまざまな実験』『ガンジー自叙伝—真理の実験』『ガンヂー自敍傳』『眞理探究者の手記』

■はじめに Introduction

ガンディーは13歳で結婚した。妻はおない年だった。自伝のなかで、インド建国の父はみずからの結婚初夜について述べている。その箇所を、下に引用する。最近の事情はよく知らない。だが、すくなくとも当時のインドでは、親たちが取り決める、このような子供どうしの結婚は珍しくなかったそうだ。

肉食と菜食と断食、セックスと禁欲、暴力と非暴力。これらはガンディーの思想全体と密接に結びついていたらしい。


■Mahatma Gandhi 2 October 2010 | Life and Work of Mahatma Gandhi


■中国語訳(簡体字) Translations into simplified Chinese

(C1) 向达 2007
[テキストは未見 - tomoki y.]

   Title: 甘地自传 = Mahatma Gandhi: His Own Story
   Author: 甘地着 C. F. Andrews编 ; 向达译
        Gandhi, Mahatma; C F Andrews; Da Xiang
   Publisher: 北京中献拓方科技发展有限公司
   Year: 2007


(C2)
我的嫂嫂曾经充分地将初夜应有的知识传授给我。我不知道是不是也有人教过我的妻子。我从来没有问过她,现在也不愿意过问了。读者一定认为我们当时非常紧张,不敢面对面。我们的确很难为情。我怎样和她交谈呢?谈什么好呢?嫂嫂教给我的,似乎还不足以使我得到多少的帮助。事实上,象这样的事情是用不着有人指点的。前人所遗留给我们的印象足以使一切传授成为多余了。我们彼此逐渐了解起来,而且可以在一起随意交谈。我们是同年,但我不久便行使丈夫的权威。

   第三章 童婚
   甘地自传 第一部 我体验真理的故事
   E-text at 矮番薯 - 爱翻书 - 在线阅读


■中國語譯(繁體字) Translation into traditional Chinese

我的嫂嫂曾經充分地將初夜應有的知識傳授給我。我不知道是不是也有人教過我的妻子。我從來沒有問過她,現在也不愿意過問了。讀者一定認為我們當時非常緊張,不敢面對面。我們的确很難為情。我怎樣和她交談呢?談什么好呢?嫂嫂教給我的,似乎還不足以使我得到多少的幫助。事實上,象這樣的事情是用不著有人指點的。前人所遺留給我們的印象足以使一切傳授成為多余了。我們彼此逐漸了解起來,而且可以在一起隨意交談。我們是同年,但我不久便行使丈夫的權威。

   第三章 童婚
   《甘地自傳》 作者:甘地   杜危 吳耀宗 合譯
   E-text at 龍騰世紀 (millionbook.net)


■日本語訳 Translation into Japanese

(J1) 田中 2000
兄嫁は、私が初夜にどのようにしなければならないか教えてくれました。妻には誰が教えてくれたか、聞いたかどうか覚えていません。いまでは聞けますが、聞きたいとも思いません。私の感じでは、私たち二人は互いにびくびくしていた、と読者はこれだけ承知してください。たがいに恥ずかしがっていました。話をどのようにするか、何をするか、それを私が知っているでしょうか? 受けた教えも役に立つでしょうか? しかし、何か教えることは必要でしょうか? サムスカール(注)が強力なところでは、教えというものはすべて偽りとなります。しだいにたがいに知るようになり、口をきき始めました。私たち二人は同い年です。私はといえば、夫である権威を振りかざすようになりました。
(注) サムスカール (samskar) 過去の世から受け継いだもの。

   第1部 3. 幼児結婚
   M・K・ガーンディー=著 田中敏雄(たなか・としお)=訳注
   『ガーンディー自叙伝1 真理へと近づくさまざまな実験』(全2巻)
   東洋文庫671 平凡社 2000-06-12

   上の本は、つぎのグジャラーティー語原書から直に訳した全訳:
   Satyana prayogo athva Atmakatha by Mohandas Karamchand Gandhi
   Amdabad, Navajivan Prakashan Mandir, 1969 (© 1927)


(J2) 池田 1998
初夜にどういう行動をとるべきかは、兄嫁が教えてくれた。妻には誰が教えたか、聞いた記憶はない。今でも聞けないわけではないが、そんな気持ちは毛頭ない。読者は、わたしたち子供夫婦がお互いに恐れあっていたことも分かって欲しいと思う。お互い同士恥ずかしがってもいた。どう話をしたらよいか、何をしなければならないか、さっぱり分からなかった。授けられた予備知識はなんの役にも立たなかった。実際、このようなことで何を教える必要があろうか?
 本能の力が強く働くところでは、教訓などすべて無用の長物と化す。少しずつ相手のことが分かってきて、言葉を交わしはじめた。妻とわたしは同じ年であったが、間もなくわたしは夫の主権を行使するようになった。

   第1章 異文化にもまれて 3. 童婚
   モハンダス・カラムチャンド・ガンジー=著 池田運(いけだ・はこぶ)=訳
   『ガンジー自叙伝—真理の実験
   講談社出版サービスセンター 1998-01-30

   上の本じたいには明記されていないが、田中敏雄=訳注
   『ガーンディー自叙伝2』 「解説・あとがきに代えて」によれば、
   ヒンディー語訳からの重訳であるとのこと。


(J3) 古賀 1970, 2011
その夜になすべきことについては兄嫁が私にすっかり指導してくれていた。妻にはだれが指導したのか知らぬ。妻にそのことを問うてみたこともなければ、今さら問うてみようとも思わない。読者諸氏は、二人ともあまりにも神経質になっていたので顔を見合わせることができなかったものと確信されることだろう。確かに二人ははにかみ過ぎていた。私が妻に対する口のきき方をわきまえているわけはなかった。指導はたいして役に立たなかった。しかし、そのようなことに関しては実際には指導などは不要である……次第にお互いの気心がわかり、気楽に話し合うようになった。年齢は同じなのだが、夫としての権威を示すようになるのにはさほど時間はかからなかった。

   第1章 自伝

   a. は b. を改題、再編集を加え、復刊したもの。ガンディー自叙伝の全訳ではなく、
   自叙伝を含む10冊の著書からの抜粋を載せた本。引用は a. に拠りました。


(J4) 蠟山 1967, 1979, etc.
私たちはだんだん気もほぐれてきて、そしてお互いに心おきなく話し合うようになった。私たちはおない年だった。しかし、わたしが夫の威厳を示したのは、さして後のことでなかった。

   第一部 3. 結婚
   「自叙伝——真実をわたしの実験の対象として」
   ガンジー=著 蠟山芳郎(ろうやま・よしろう)=訳

   引用は c. に拠りました。ご覧のとおり、他の版とくらべると省略箇所が
   あるのが分かります。

   つぎの英訳書からの重訳:
   An Autobiography: The Story of My Experiments with Truth, 2 vols
   Ahmedabad, Navajivan, 1952, by Mahatma Gandhi.
   Translated from Gujarati into English by Mahadev Desai.


(J5) 大山 1962
初夜のいとなみについては、嫂(あによめ)がなにくれとなく手ほどきをしてくれていた。わたくしは、だれが妻に手ほどきをしたかを知らぬ。わたくしはそのことを聞きただしたことはなかったし、それは今日でも、どうでもよいことである。読者は、わたくしたちが興奮のためにおたがいに顔も合わせえなかったと思うかも知れぬ。たしかにわたくしたちは、あまりに内気に過ぎた。どのように彼女に話しかけ、またなにを彼女にいったらよいものか手ほどきをうけていたといっても、たいした足しにはならなかった。だが実際のところ、かかる場合に手ほどきなどは不必要なものである。前世の経験がものをいって、すべての手ほどきをむだなものにするからである。わたくしたちは次第に気もほぐれてきて、おたがいに心おきなく話しあうようになった。わたくしたちはおない年であった。しかし、わたくしが亭主の権威を存分に振るうようになるには、それからさして時間はかからなかった。

   少年時代(『自叙伝』から) 三 幼児結婚
   ガーンディー=著 大山聡(おおやま・さとし)=訳 「自叙伝(抄)他」
   『世界大思想全集 社会・宗教・科学思想篇22 ガーンディー ネール
   河出書房新社 1962-02-25
   文中の傍点を下線で置き換えました。

   上に引用した「少年時代」は、『自叙伝』の最初の12章だけを翻訳
   したもの。つぎの英訳書からの重訳:
   An Autobiography: The Story of My Experiments with Truth, 1927


(J6) 木暮 1961
結婚の初夜にどのようなことをなすべきかについては、嫂(あによめ)があますところなく私に教えてくれた。だれが妻に教えたかは、私は知らない。今それを聞く気もしない。読者がたぶん二人が顔を合わされないほどはずかしがっていたとお考えであろう。たしかに、はにかんではいた。それに何を話し、そしてどのように話しかけたかも教わってはいなかった。しかし、前世の印象というものは、教えられる必要のないほど力強いものである。二人はたがいにおたがいを知り合い自由につき合えるようになった。年は同じく十三歳だった。私は、しかし、すぐに夫としての妻に対する権威をそなえることはできた。

   誕生と家と
   マハトマ・ガンジー=著 木暮義雄(こぐれ・よしお)=訳 「自叙伝」
   アームストロング、マハトマ・ガンジー、孫文、ナーセル=著
   『世界ノンフィクション全集17』 筑摩書房 1961-06-15

   原書:
   Mahatma Gandhi: His Own Story
   Edited by C. F. Andrews


(J7) 木暮 1942
私の嫂(あによめ)は、私を、結婚の初夜にいかなることをせねばならぬかについては、餘すところなく敎へてくれた。誰が、私の妻に敎へたかは、私は知らない。妻にそれを聞いたこともない。今それを聞く氣もない。讀者は、多分、われ/\二人が、顏を合はせられぬほどに羞しがつたとお考へになることであらう。二人とも、たしかに、羞(はに)かんではゐた。何を話し、またどのやうに話しかけたらよいのかそこまでは、敎はつてゐなかつた。併し、さうしたことを敎はる必要はなかつた。前生の印象は、敎へられる必要の全然ないほどに、力いものである。二人は、徐徐に互を知り合ひ、自由に話し合へるやうになつた。同じ年齡であつた。併し、私は、すぐに夫としての妻に對する權威は持てた。

   誕生と家と
   マハトマ=ガンヂー=著 木暮義雄(こぐれ・よしを)=譯編
   『ガンヂー自敍傳』 羽田書店 1942-08-10(昭和17)
   要の旧字は新字で置き換えました。

   原書:
   Mahatma Gandhi: His Own Story
   Edited by C. F. Andrews


(J8) 金井 1942
私は、嫂から種々と初夜の智識を敎はつた。妻は誰から敎はつたか知らなかつたし、又聞いた事もない。讀者は我々が互に顏を見合せるにはあまり興奮してゐた事を察せられると思ふ。眞實我々は非常にハニカミやで、はじめ自分は何と云つて彼女に話しかけてよいやら分らなかつた。敎へてもらつた事等は何にもならなかつたし、又かゝる事柄にそんな指圖は不用だつた。年長の效かと云ふ印象だけで、そんな指圖はむしろオセツカヒの感があつた。結構我々はだんだんお互を知るやうになり、自由に話が出來るやうになつた。我々は二人とも同じ年輩であつたが、夫となつた私は一刻の餘裕なしにその權力を振りまはし始めた。

   ガンヂー=著 金井為一郎(かない・ためいちろう)=訳
   『ガンヂー自叙伝(上)』 鄰友社 1942(昭和17)


(J9) 高田 1928
私の嫂はその初夜における私の動作を悉く指導してくれた。私は誰が妻を指導したかを私は知らぬ。私は其事について妻に訊ねたこともなく、なほ又そうしようとも思はない。讀者は、私達が向ひ合ふてヒドク經を尖らせたに相違ないと思ふだらうが、私達はたしかに餘りにハニカンだ。どんな風に私は彼女に語り、そして何を話したのか。ただ敎へられた通りやつたのであつた。けれども實際かゝることに指導は必要がない。前生れといふ印象は、凡ゆる師導を確かにオセツカイにさせる。私達は次第に知り合ひ、自由に語り出す。私達は同齡であつた、が、しかし私は夫たる權利を摑むのに暇を要しなかつた。

   私の眞理に關する體驗物語 第三章 子供結婚
   ガンヂー=著 高田雄種(たかだ・ゆうしゅ)=譯
   『ガンヂー全集4 眞理探究者の手記1
   春秋社 1928-07-10(昭和3) 定價金貳圓
   通・要の旧字は、それぞれ新字で置き換えました。

   原書:
   An Autobiography: The Story of My Experiments with Truth, 2 vols
   Ahmedabad, Navajivan, 1927-29, by Mahatma Gandhi.
   Translated from Gujarati into English by Mahadev Desai.


■英訳 Translation into English

My brother's wife had thoroughly coached me about my behaviour on the first night. I do not know who had coached my wife. I have never asked her about it, nor am I inclined to do so now. The reader may be sure that we were too nervous to face each other. We were certainly too shy. How was I to talk to her, and what was I to say? The coaching could not carry me far. But no coaching is really necessary in such matters. The impressions of the former birth are potent enough to make all coaching superfluous. We gradually began to know each other, and to speak freely together. We were the same age. but I took no time in assuming the authority of a husband.

   Part I  III. Child Marriage
   An Autobiography or The Story of my Experiments with Truth
   written by Mohandas K. Gandhi, translated by Mahadev Desai
   E-text at:
   * Nalanda Digital Library under Etext Conversion Project (ECP)
   * Wikilivres


■ガンディーの前半生 Gandhi - Early Life

生い立ち。妻との房事にふけり、父の臨終に立ち会えなかったことに対して、一生抱きつづけた罪悪感。英国紳士になりきろうとして果たせなかった、ぎこちないロンドン時代。南アフリカで体験した、インド人への差別的・屈辱的待遇。


■グジャラート語原文 The original text in Gujarati

[テキストは未見 - tomoki y.]

   Satyana prayogo athva Atmakatha by Mohandas Karamchand Gandhi
   Amdabad, Navajivan Prakashan Mandir, 1969 (© 1927)
   Gujarātī:
   Title: સત્યના પ્રયોગો અથવા આત્મકથા
   Author: મોહનદાસ કરમચંદ ગાંધી


■ガンディー自伝の日本語訳を収録する本のリスト
 List of books incorporating a Japanese translation of Gandhi's autobiography

田中   ガーンディー自叙伝. 2 / M.K.ガーンディー[他]. -- 平凡社, 2000.6.
     -- (東洋文庫) 田中敏雄訳注
田中   ガーンディー自叙伝. 1 / M.K.ガーンディー[他]. -- 平凡社, 2000.6.
     -- (東洋文庫) 田中敏雄訳注
池田   ガンジー自叙伝 / モハンダス・カラムチャンド・ガンジー[他].
     -- 講談社出版サービスセンター, 1998.1 池田運訳
上     ガンジー / ガンジー[他]. -- 小峰書店, 1966
     -- (世界偉人自伝全集 ; 5) 上笙一郎訳編
蝋山   ガンジー自伝 / マハトマ・ガンジー[他]. -- 改版. -- 中央公論新社,
     2004.2. -- (中公文庫) 蝋山芳郎訳
蝋山   ガンジー自伝 / 蝋山芳郎. -- 中央公論社, 1983.6. -- (中公文庫) 
     蝋山芳郎訳
蝋山   世界の名著. 77. -- 中央公論社, 1979.7. -- (中公バックス) 
     ガンジー 自叙伝 蝋山芳郎訳
蝋山   世界の名著. 第63. -- 中央公論社, 1967 ガンジー 自叙伝(蝋山芳郎訳)
蝋山   世界ジュニアノンフィクション全集. 8(伝記編 1). -- 講談社, 1962 
     ガンジー伝(ガンジー作 蝋山芳郎訳)
大山   世界大思想全集. 〔第2期〕 第22. -- 河出書房新社, 1962 
     自叙伝(抄)他(ガーンディー著 大山聡訳)
関     ガンジー自伝 / ガンジー[他]. -- 実業之日本社, 1959 --
     (少年少女世界の本 ; 27) 関忠志訳
木暮   ノンフィクション全集. 13. -- 筑摩書房, 1974 ガンジー自叙伝(木暮義雄訳)
木暮   世界の人生論. 第10. -- 角川書店, 1968 若きインドのために-
     ガンジー自伝(ガンジー著 木暮義雄訳)
木暮   世界ノンフィクション全集. 第17. / 筑摩書房, 1961 自叙伝
     (マハトマ・ガンジー著 木暮義雄訳)
木暮   ガンヂー自叙伝 / 木暮義雄. -- 羽田書店, 1942(昭和17) 木暮義雄訳編
金井   ガンヂー自叙伝. 下 / 金井為一郎. -- 鄰友社, 1942(昭和17) 金井為一郎訳
金井   ガンヂー自叙伝. 上 / 金井為一郎. -- 鄰友社, 1942(昭和17) 金井為一郎訳
高田   ガンヂー全集. 第1-5篇 / 高田雄種. -- 春秋社, 1927-1930(昭和2-5) 
     第4篇 真理探究者の手記


■外部リンク External links

 [en] English
   * The Story of My Experiments with Truth - Wikipedia
   * Mohandas Karamchand Gandhi - Wikipedia (1869-1948)

 [ja] 日本語
   * マハトマ・ガンディー - Wikipedia (1869-1948)


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  • 2016-11-17 金井為一郎=訳 鄰友社 1942 の訳文を挿入しました。
  • 2011-02-25 古賀勝郎=訳 2011-09-30 を追加しました。

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Monday, 06 December 2010

井原西鶴 「八百屋お七」(『好色五人女』より) Yaoya Oshichi (from Koshoku Gonin Onna / Five Women Who Loved Love) by Ihara Saikaku

        目次 Table of Contents

■はじめに Introduction
  Map   江戸市中引き回しのルート
 Video 1  前田敦子meets八百屋お七~NHK「あさきゆめみし」 Asaki Yumemishi
 Video 2  文楽 『八百屋お七』 火の見櫓の段 Yaoya Oshichi, Bunraku puppets
■スペイン語訳 Translation into Spanish
■英訳 Translation into English
 Video 3  市山扇美左"櫓のお七" Japanese classic dance "Yagura no Oshichi"
■現代日本語訳/再話 Translations and retellings in contemporary Japanese
  (1) 菅家 2008
  (2) 三木 2002
  (3) 麻生+富士 1992
  (4) 藤本 1992, 2010
  (5) 富岡 1986, 1996
  (6) 江本 1984
  (7) 吉行 1980, 1981, etc.
  (8) 暉峻 1976
  (9) 東 1971, 1985, etc.
  (10) 武田 1955
  (11) 麻生 1952
■天秤(てんびん)の針口とは?
 Video 4  八百屋お七を訪ねる - 江戸観光 Edo Travel: Yaoya Oshichi
 Video 5  日本語原文の朗読 Audiobook: The original text in 17th century Japanese
■日本語原文 The original text in 17th century Japanese
 Image 1  上掲日本語原文の複写画像 Scanned image of the original Japanese text
 Image 2  2010年12月文楽鑑賞教室(国立劇場小劇場)ポスター
■外部リンク External links
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■はじめに Introduction

江戸・本郷に住む商人の娘、お七16歳。12月28日に火事にあい、母といっしょに駒込の吉祥寺に避難した際、寺の小姓・吉三郎に出会った。相思相愛の仲となり年が明けるが、なかなか会えない。恋心がつのるあまり、もう一度火事が起きれば会えるかもしれないと思い火をつけたお七は、放火の罪で捕らえられた。

神田くずれ橋(昌平橋)、四谷、芝の札の辻、浅草、日本橋と引きまわされ、さらし者になったあと、お七は4月はじめ品川の鈴ヶ森で火刑に処せられた。実際に起きた事件の3年後に西鶴が書いたフィクション。のちに浄瑠璃や歌舞伎に脚色された。下に引用するのは、冒頭部分。火事が起きる直前まで。


  Map  
江戸市中引き回しのルート
Edo_shichu_hikimawashi_route
Image source: 真相世界(The truth world)


 Video 1 
前田敦子meets八百屋お七~木曜時代劇「あさきゆめみし~八百屋お七異聞」
Atsuko Maeda in "Asaki Yumemishi: Yaoya Oshichi Ibun"

NHK木曜時代劇。2013年9月19日スタート。NHKオンデマンド Uploaded to YouTube by NHKonline on 17 Sep 2013.


 Video 2 
文楽 『八百屋お七』 火の見櫓の段 Yaoya Oshichi, Japanese Bunraku puppets

菅専助らの合作による世話物『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』では西鶴の筋書きと異なり、お七は火をつけない。


■スペイン語訳 Translation into Spanish

El viento invernal soplaba con violencia; la gente estaba atareada con sus preparativos para el Año Nuevo y aún las nubes corrían raudas en el cielo de diciembre. En unas casas preparaban la pasta de arroz, el mochi, y en otras barrían y sacudían el polvo con ramas de bambú. Como es costumbre liquidar las cuentas para fin de año, aquí y allá se escuchaba el ruido claro producido por el martillito que golpea la aguja de la balanza donde se pesa el oro y la plata. Una sarta de mendigos ciegos pasaba bajo los tejadillos de las tiendas reclamando ruidosamente un centavo; otros, mediando una limosna, venían a recoger los viejos amuletos para entregarlos al templo de origen. Estaban también los vendedores de bandejas para depositar las ofrendas de Año Nuevo. También se escuchaba la voz de los vendedores de frutos de kaya, castañas peladas, langostas, etcétera. En la gran avenida de Edo se tenía la feria del año: barracas donde se instalaban panoplias de arcos de juguete, vestidos recientemente confeccionados, calcetines, sandalias, etcétera. El espectáculo recordaba ese pasaje de la obra del bonzo Yoshida Kenko en el que, al describir el fin de año, dice que la gente está tan apurada que parece no toca el suelo con los pies. Tanto antes como ahora, los últimos días del año no conceden reposo a quien tiene un hogar.

   La noche del Año Nuevo era también oscura para los amantes
   Historia de Oshichi y Kichisaburo
   El rumor del origen: antología general de la literatura japonesa, Volume 1
   By Javier Sologuren, Ricardo Silva-Santisteban
   Fondo Editorial PUCP, 2004
   Preview at Google Books


■英訳 Translation into English

A fierce winter wind blew in from the northeast and clouds moved with swift feet through the December sky. Around a mochi-maker's1 shop, bustling with preparations for New Year's, a man was sweeping with a small bamboo broom in each hand. The store scales gleamed, polished only by frequent use as the arbiters of all trade. Children ran under the jutting shop-roofs and made a merry racket with their cries of "Kon, kon, a penny please for the little blind fox."2 Old signs were being torn down. The streets were full of peddlers selling firewood, pine nuts, dried chestnuts, and giant lobsters. In a side lane, toy bows and arrows could be seen in an open stall, and further along a new stock of snow-clogs and socks was hung on display, "feet in the air," as Kenko said.3 This was indeed a season which gave tradesmen no rest.

  1. Mochi--rice paste in the form of a dumpling.
  2. Children blindfold themselves and pretend to be little foxes, just as American children go begging at Halloween in the guise of witches ghosts, etc. The fox's voice was thought to change in December so that it sounded something like "Kon, kon."
  3. From a passage in the Tsurezure-Gusa describing a popular custom on the last night of the year, when people went around with pine-wood flares, knocking on doors, shouting noisily, and 'scurrying about with their feet in the air' (as if flying). By this allusion Saikaku suggests the atmosphere of a roisterous and prankish New Year's Eve.

   Chapter 1: A dark New Year's for new lovers
   Book Four: The Greengrocer's Daughter with a Bundle of Love
   Five Women Who Loved Love: Amorous Tales from 17th-century Japan
   By Ihara Saikaku, Translated by William Theodore De Bary, Tuttle Publishing, 1956
   Preview at Google Books


 Video 3 
市山扇美左"櫓のお七" Japanese classic dance "Yagura no Oshichi"

日本舞踊市山流 2012年市山会@国立大劇場 "櫓のお七" 立方: 市山扇美左 人形主使: 市山松扇 後見: 市山扇之丞 Published on May 12, 2012 by miolyna3068


■現代日本語訳/再話 Translations and retellings in contemporary Japanese

(1) 菅家 2008
 冷たい風が吹き荒れる師走の空は、雲までが忙しそうに動いていく。江戸の町は新年を迎えるための準備に追われ、もちをついている家があるかと思えば、その隣では何人もの人たちが笹竹を持ってすすはらいをしている。借金取りも家々を訪れてお金を取り立てている。商店の前で「お金を少しめぐんでください。」と声をあげている者もいれば、正月に使う飾り物を売り歩く者もいる。人の集まる通りでは出店を設けて、子供のおもちゃや、正月用の衣服、足袋、下駄などを売っている。年の暮れは何かと、せわしないものである。

   八百屋お七(好色五人女) 師走の大火事
   井原西鶴=原著 加藤康子(かとう・やすこ)=監修 菅家祐(かんけ・ゆう)=文
   『超訳日本の古典10 井原西鶴名作集 雨月物語
   学習研究社(学研) 2008-02-17
   ルビは省略しました。


(2) 三木 2002
 十二月の江戸(東京)。
 *ならいの風が強く、雲の動きまで早い。新年をむかえる準備もいそがしく、餅つきをしている家のとなりは、笹の小枝でたまったこの一年のほこりを払っている。年末には勘定に決着をつける習慣で、銀がやりとりされているが、その銀をはかる天秤(さおを使うはかりのひとつ)の音も、寒気のなかでさえている。いそがしいことである。
 商店の軒下には、乞食たちが、つれだってやってきて、
「こん、こん、この目の見えぬ者にも、一文(約三十円)、おめぐみくださりませい。」
と、何度もうったえているのが耳につく。
 やってくるのは、乞食たちばかりではない。神仏のお札を新しいものと、とりかえにくる古札納め、正月に使うための雑器売り、かやの実・栗の実・伊勢海老などの行商もやってくる。にぎやかな通町(東京都中央区の日本橋から京橋にかけての大通り)には、破魔弓を売る出店、新年の晴れ着・足袋・雪駄(底に皮をはった草履)を売る店まで出ている。
「足を空に惑う」というのは、年末をあわただしくかけまわって過ごす人びとのいそがしさをいった、兼好法師(鎌倉時代の末から南北朝時代にかけての歌人、随筆家)の随筆『徒然草』の一節であるが、今の暮らしも、暮れのあわただしさにおいては兼好法師の時代と変わらない。

* 冬の強い風。風のふく方向は地域によりことなり、東京では北東からふく。

   八百屋お七ものがたり(恋草からげし八百屋物語) 「好色五人女」
   三木卓(みき・たく)=著 宮本忠夫(みやもと・ただお)=絵
   『井原西鶴集 21世紀によむ日本の古典14』 ポプラ社 2002-04
   ルビは省略しました。


(3) 麻生+富士 1992
 冬の季節風が烈しく吹きすさぶ師走(しわす)の空は、雲の脚さえ早く、はや正月の支度を取り急ぎ、餅をつく家の隣りでは、手ごとに笹竹をもって煤(すす)掃きをする者もある。天秤(てんびん)の針口をたたく金属(かね)の音が冴えて、節季の遣(や)り取りも世間の習慣とて忙しいことである。店先を連れ立って、「こんこん小盲(こめくら)に一文下されませい」と声やかましく通る物貰いもあれば、古札納めや雑器(ざっき)売りも通り、榧(かや)・かち栗・鎌倉海老(えび)を売りに来る者もある。通り町には破魔弓(はまゆみ)の出店、仕立ておろしの着物・足袋・雪踏(せった)を売る店がある。「足を空にして」と兼好法師が書いたのも思い出されて、今でも世帯をもつ人々の年の暮れは忙しいものである。

   大節季(おおぜっき)は思いの闇
   井原西鶴=著 麻生磯次(あそう・いそじ)+富士昭雄(ふじ・あきお)=訳注
   好色五人女 卷四 戀草からげし八百屋物語
   『決定版 対訳西鶴全集3 好色五人女・好色一代女
   明治書院 1992-06-10
   注は省略しました。


(4) 藤本 1992, 2010
 北東の風がはげしくふきすさんで、暮れの十二月の空の雲行きははやく、世間の人々も正月の準備にいそがしい。もちをついている家のとなりでは、手に笹をもって天井の煤をはらっている。両替商や商人(あきんど)たちが銀貨をはかるてんびんの針口をたたくピン、ピーンという音もさえて聞こえ、大晦日の一年間の計算に一所懸命で、とにかくいそがしい。
「あわれなわたしめに、一文おめぐみくださいな。」
 店の軒下を歩く物乞いの声もやかましい。
 そのうえ、神社やお寺の古くなった祈禱札(きとうふだ)を集めてまわる連中(れんじゅう)もあれば、正月用の箸や椀物を売りにくる者もいて、正月の飾りにつかう榧(かや)の実、かち栗、伊勢海老を売り歩く声もやかましいかぎりだ。
 通町(とおりちょう)といわれる、神田から日本橋をとおって金杉橋(かなすぎばし)までのにぎやかな表通りは、破魔弓を売る店や、正月用の仕立ておろしの着物、足袋、雪駄を売る店がならび、兼好法師が『徒然草』のなかで書きしるしているように、「晦日(つごもり)の夜、いたう闇(くら)きに、松どもともして、(略)ことごとしくののしりて、足を空(くう)にまどうが」そのままに、松明(たいまつ)の灯(ひ)が明るく、しゃべりあう声も、けんかでもしているようなぐあいを思いださせる。むかしもいまも、家族持ちの身の年末は、ほんのすこしのひまもないいそがしさだ。

   恋草(こいぐさ)からげし八百屋物語——八百屋お七の物語
   恋に生きた男と女 「好色五人女」より
   藤本義一(ふじもと・ぎいち)=著

   引用は b. に拠りました。注は省略しました。ルビも一部省略しました。


(5) 富岡 1986, 1996
 北東の季節風が吹きあれる師走(しわす)の空は、雲の動きもせわしなく、世間の人は正月の用意にあれこれと忙しい。餅(もち)を搗(つ)く家の隣では、笹竹(ささだけ)を手に煤払(すすはら)いをしていたりする。銀貨をはかる天秤(てんびん)の針口をたたく小槌(こづち)の響きも冴(さ)え、大節季(おおぜっき)の決算が世間のきまりとなれば、忙しいのも当然であろう。商店の軒下には、「こんこん小盲(こめくら)に一文お恵みください」というもの乞(ご)いの声もやかましく、社寺の古札(ふるふだ)をもらい歩く古札納め、正月の供え物を盛る下木(へぎ)売りの商人、それから榧(かや)の実、勝栗(かちぐり)、伊勢海老(いせえび)を売り歩く声がする。江戸は神田須田町(かんだすだちょう)から金杉橋(かなすぎばし)への通り筋には、破魔弓(はまゆみ)、正月用の衣服に足袋(たび)、雪駄(せった)を売る露店が並んで、「足を空(そら)にして」と兼好法師(けんこうほうし)が書いて居るのでもわかる通り、今も昔も家をもつひとの年の瀬は、ただ忙しいの一語に尽きる。

   「お七の恋」 暮れの大火事

   a. は b. に「鑑賞」を付加し、文庫化したもの。引用は a. に拠りました。


(6) 江本 1984
 北東(ならい)風が激しく吹いて、師走(しわす)の空は雲の行き交いさえせわしく、人々は正月の用意をあれこれ取り急ぎ、餠(もち)をつく家の隣では、手に手に笹竹(ささだけ)を持って煤掃(すすは)きをする家もある。銀貨をはかる天秤(てんびん)の針口をたたく響きも冴(さ)えわたって、大節季のお金のやりとりをするが、これも世の決まりなのでせわしいことである。店の軒下を乞食(こじき)どもが連れ立って、「こんこん小盲(こめくら)にお一文下されませ」という声もやかましく、古札納め・雑器(ざっき)売り、榧(かや)・かち栗(ぐり)・鎌倉海老(かまくらえび)を売り歩く声、通町(とおりちょう)には、破魔弓(はまゆみ)を売る出店、仕立ておろしの着物・足袋(たび)・雪踏の店まで並び、「足を空にして」と兼好法師が大晦日(おおみそか)のさまを書いているのに思い合わせて、昔も今も世帯もつ人々の年の瀬はちょっとの暇もないことである。

   江本裕(えもと・ひろし)=訳注 『好色五人女 全訳注
   講談社学術文庫 1984-09
   注は省略しました。


(7) 吉行 1980, 1981, etc.
 木枯しがはげしく吹き、師走の空は雲の動きもいそがしげである。世間は正月の支度にいそがしく、餅つきをしている家の隣には、小笹をそれぞれ手に持って煤掃きをしている家もある。暮に決算をつけるのが世の習わしなので、金を量る天秤の針口を叩く小槌の音が冴えて聞える。商店の軒下に、目盲の乞食が並んで立って、「こんこん小めくらに、お壱文くだされませい」と呼ぶ声がしきりに聞え、古札納めの乞食・雑器売り・榧・かち栗・伊勢海老売りのふれ声、神田須田町から新橋金杉橋にいたる通りには、破魔弓売り・新年の着物・たび・雪踏を売る露店が立並び、人々が、忙しげに歩きまわる様子をみると、「足を空にして」と兼好法師が書いたのを思い出され、今も昔も所帯持つ人々の年の瀬は忙しいものである。

   巻四 八百屋お七物語 大晦日は心の闇
   井原西鶴=著 吉行淳之介(よしゆき・じゅんのすけ)=訳 「好色五人女」

   引用は d. に拠りました。ルビは省略しました。


(8) 暉峻 1976
 東北風(ならいかぜ)が激しく吹いて、師走(しわす)の空の雲行きが早いので、人の気もせわしくなって、町々では春をむかえる用意を急いでいる。餠(もち)をついている家の隣では、手んでに笹竹(ささだけ)を持って、煤掃(すすは)きをしている。そうかと思うと天秤(てんびん)の針口をたたく音が冴(さ)えて、金銀のやりとりをするのも、世のしきたりではあるが気ぜわしい。
 店の軒下を乞食(こじき)どもがつれ立って、「こんこん小盲(こめくら)にお一文(いちもん)くだされませい」という声もやかましく、そのほか古札(ふるふだ)納め・折敷(おしき)売り、榧(かや)、かち栗(ぐり)、鎌倉海老(えび)のふれ声が入り乱れ、通り町には年の市(いち)が立って、破魔弓(はまゆみ)の出店、仕立ておろしの着物、足袋、雪踏(せった)の売出し、「足を空(そら)にして」と、大晦日(おおみそか)の夜の有様を書いた兼好(けんこう)法師の文章と思い合わせ、昔も今も所帯を持つ身はせわしいことである。

   大節季は思いの闇(やみ)
   「好色五人女 巻四 恋草からげし八百屋物語」
   暉峻康隆(てるおか・やすたか)=訳注
   『現代語訳 西鶴全集4 好色五人女 好色一代女』(全12巻)
   小学館 1976-07
   注は省略しました。


(9) 東 1971, 1985, etc.
 北東風(ならいかぜ)が激しく吹いて、師走(しわす)の空は雲の脚(あし)さえ早く、人々も正月の準備にあわただしく、餅(もち)を搗(つ)く家の隣には、小笹を手に手にまだ煤(すす)を払っている家もある。天秤(てんびん)の針口をたたく金属(かね)の音が冴(さ)えて、大節季の金の取り遣(や)りも、これも世の定めで忙しい。
 店の軒下を乞食(こじき)たちが連れだって、「こんこん小盲(こめくら)にお一文下されませい」と歩きまわる声もやかましく、そのほか、古札納(ふるふだおさ)め・雑器売り、榧(かや)・搗栗(かちぐり)・鎌倉海老(かまくらえび)を売り歩く声。通町(とおりちょう)には、破魔弓(はまゆみ)を売る出(で)店や、正月用仕立(したて)おろしの着物、足袋(たび)・雪踏(せった)を売る店が並び、「足を空にして」と兼好(けんこう)が書いていたのを思い出すが、今も、世帯持つ身の年の瀬は暇(ひま)ないことである。

   大節季は思ひの闇(やみ)
   「巻四 恋草からげし八百屋物語」
   井原西鶴=著 東明雅(ひがし・あきまさ)=校注・訳

   引用は c. に拠りました。注は省略しました。


(10) 武田 1955
 東北の烈風はげしく、師走の空の雲足もはやかったので、人の気もせわしくなって、すでに、町では新春の支度に忙しかった。餅を搗(つ)く家、その隣でおのおの小笹を持って煤掃(すすは)きにあわただしい。天秤(てんびん)の針口を叩く金槌の音は甲高(かんだか)くひびき、金銀のやりとりするのも世のしきたりながら忙しかった。
 店の軒下を、ぞろぞろ連れ立って歩きながら、「こんこん小盲(めくら)、お一文下さいませい」と物貰いの声もやかましい。そのほかに古札納(ふるふだおさ)め、方木売(へぎう)り、榧(かや)、かち栗、鎌倉蝦老(えび)のふれ声、日本橋、京橋の大通りには、破魔弓(はまゆみ)の露天店、新着店、足袋・雪踏(せった)の夜店など、足を空に惑(まど)うと書いた兼好法師の年の暮の描写を思い出されるよう、今も昔にかわらず娑婆(しゃば)に生きる者の節季はただ忙しかった。

   大節季(おおせっき)はおもいの闇(やみ)
   井原西鶴=著 武田麟太郎(たけだ・りんたろう)=訳
   「好色五人女」 巻の四 八百屋お七
   『日本国民文学全集12 西鶴名作集』 河出書房 1955-07-10


(11) 麻生 1952
 艮(うしとら)の風が烈しく吹きすさぶ師走の空は、雲の脚さへ早く、はや正月の支度を取り急ぎ、餅を搗く家の隣では、手毎に笹竹をもつて煤掃きをするものもある。天秤(てんびん)の針口を叩く金屬(かね)の音が冴えて、節季の遣(や)り取りも世間の習慣とて忙しいことである。店先(みせさき)を連れ立つて、「こん/\小盲(こめくら)にお一文下されませい」と聲やかましく通る物貰ひもあれば、古札納めや雜器(ざつき)賣も通る、榧(かや)・かち栗・鎌倉海老を賣りに來る者もある。通り町には破魔弓(はまゆみ)の出店、仕立ておろしの着物・足袋・雪踏(せつた)を賣る店がある。「足を空にして」と兼好法師が書いたのも思ひ出されて、今でも世帶をもつ人々の年の暮は忙しいものである。

   大節季はおもひの闇
   好色五人女 卷四 戀草からげし八百屋物語
   麻生磯次(あそう・いそじ)=著 『現代語譯 西鶴全集2
   河出書房 1952-07-10
   節・海・魔・兼の旧字は新字に置き換えました。


■天秤(てんびん)の針口とは?

「天秤の針口をたたく」とは、どういう行為か? 疑問に思われるかたは、つぎのサイトの「両替商」のページをご覧ください。

   大宝天社絵馬 » 白子今昔8 » 秤乃館 » 両替商


 Video 4 
八百屋お七を訪ねる - 江戸観光 Edo Travel: Yaoya Oshichi

お七の墓がある駒込の圓乗寺と、しながわ水族館そばの品川区南大井にある鈴­ヶ森刑場の跡。Video footage by kamikura.com (Masaru Kamikura)


 Video 4 
日本語原文の朗読 Audiobook: The original text in 17th century Japanese

Uploaded by sohoservice on 17 Aug 2011


■日本語原文 The original text in 17th century Japanese

ならひ風はげしく師走の空雲の足さへはやく春の事共取いそぎ餅突宿の隣には小笹手毎に煤はきするもあり天秤のかわさえて取やりも世の定めとていそがし棚下を引連立てこん/\小目くらにお壹文くだされませいの聲やかましく古札納めざつ木賣榧かち栗かまくら海老通町にははま弓の出見世新物たび雪踏あしを空にしてと兼好が書出しおもひ合て今も世帯もつ身のいとまなき事にぞ有ける

   大節季はおもひの闇
   好色五人女 卷四 戀草からげし八百屋物語

   底本:
   井原西鶴=著 藤村作(ふじむら・つくる)=校訂 『改訂 西鶴全集(前篇)
   帝國文庫 第20篇 博文館=編纂・發行(非賣品) 1930-03-15(昭和5)
   273ページ ルビは省略しました。
   Title: Saikaku Zenshu
   Author: Saikaku Ihara
   Publisher: Tokyo: Hakubunkan, 1930-03-15
   E-text at University of Virginia Library Electronic Text Center


 Image 1 
上掲日本語原文の複写画像
Scanned image of the original Japanese text excerpted above

↓ クリックして拡大 Click to enlarge ↓

Page_273_saikaku_2
Full scanned book at Google Books Also available in PDF format


 Image 2 
2010年12月文楽鑑賞教室(国立劇場小劇場)ポスター
Bunraku_datemusume_koino_higanoko
国立劇場小劇場 12月文楽鑑賞教室
公演期間 2010年12月2日(木) 〜 2010年12月14日(火)
演 目    伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ) 火の見櫓の段 ほか
詳細は 日本芸術文化振興会


■外部リンク External links


■更新履歴 Change log

  • 2013-09-27 前田敦子meets八百屋お七~木曜時代劇「あさきゆめみし~八百屋お七異聞」の YouTube 動画を追加しました。
  • 2013-09-24 目次を新設しました。
  • 2012-08-09 スペイン語訳を追加しました。また、日本舞踊市山流 市山会"櫓のお七"の YouTube 動画も追加しました。
  • 2012-05-23 日本語原文の朗読の YouTube 動画を追加しました。
  • 2011-12-08 「江戸市中引き回しのルート」の地図を追加しました。
  • 2010-12-21 武田麟太郎=訳 1955-07-10 を追加しました。
  • 2010-12-10 吉行淳之介=訳の書誌情報を補足しました。
  • 2010-12-08 麻生磯次=著 1952-07-10 を追加しました。また、「天秤(てんびん)の針口とは?」の項を新設しました。

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■DVD

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(1) 西鶴

(2) 好色五人女

  

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