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Sunday, 17 March 2013

Letter from Napoleon to Joséphine (December 1795) ナポレオンからジョゼフィーヌへの手紙(1795年12月)

        目次 Table of Contents

■はじめに Introduction
 Theatre  2014年 宝塚公演 Takarazuka Revue, 2014
 Video 1  The greatest heroes in/ of history: Napoleon (2002)
■日本語訳 Translations into Japanese
  (J1) 草場 2012
  (J2) 北澤 2004
  (J3) 鹿島 2003, 2009
  (J4) 川島 1995
  (J5) 堀田 1994
  (J6) 安達 1989, 2001
  (J7) 長塚 1986, 1996
  (J8) 大塚 1983
  (J9) 瀧川 1982, 1987
  (J10) 吉原 1981, 1984
  (J11) 金澤(金沢) 1961, 1966
  (J12) 中岡+松室 1941
  (J13) 菊池 1931, 1995
  (J14) 長瀬+榎本 1913
■英訳 Translations into English
  (E1) Turquan, 2005
  (E2) Fraser, 1976, 1977, etc.
  (E3) Paul & Paul, 1953, 1957, etc.
■ドイツ語訳 Translations into German
  (D1) Kircheisen, 2012
  (D2) Ludwig, 1925
 Video 2  朗読CD: Lettres d'amour de Napoleon à Joséphine
■フランス語原文 The original text in French
 Video 3  そっけない結婚式 The simple, swift and prosaic wedding ceremony
■外部リンク External links
■更新履歴 Change log


■はじめに Introduction

ナポレオンはジョゼフィーヌに出会って一目ぼれしてしまった(いや、そうではないという説もあるが)。男女の機微に通じていないコルシカ島生まれの、このうぶで武骨な青年は、すかさず求愛攻撃を開始した。恋文の集中砲火だ。奮闘の甲斐あって、二人はめでたく結ばれた。

結ばれた翌日に彼が彼女に宛てて送ったとされる手紙が残っている。平安時代風に言えば後朝の文(きぬぎぬのふみ)だね。のちにフランス皇帝となるこの英雄の頭に、どれぐらい血がのぼっていたかが想像できる。

古今東西のラブレターのなかでも、とくに有名な一通で、恋文を集めたアンソロジーによく収録されている。


 Theatre  2014年 宝塚公演 Takarazuka Revue, 2014

  • 宝塚歌劇 星組公演 『眠らない男・ナポレオン ―愛と栄光の涯(はて)に―』
↓ クリックして拡大 Click to enlarge ↓
Takarazuka_napoleon_poster_2
Image source: (c) 宝塚歌劇団


 Video 1 
The greatest heroes in/ of history: Napoleon (2002)

ジョゼフィーヌは 03:24 あたりから登場する。 Josephine is introduced around 03:24. A Wark Clements production for Channel 5 Broadcasting (UK). Narrator: Bob Docherty. Director: Jane Quigley.


■日本語訳 Translations into Japanese

(J1) 草場 2012
 女性市民ボーアルネへ。
 私は君のことで思いあふれて目が覚めました。君の肖像と昨夜の陶酔が、私の官能に休息のいとまを与えなかったのです。
 やさしくたぐいなきジョゼフィーヌよ、あなたはなんという奇妙な力を私に及ぼすのでしょう。あなたが腹を立てたり、寂しそうだったり、心配事がありそうな時、私の魂は苦しみでくじけてしまいます。そしてあなたの友には心の休息がなくなるのです。しかし、私を支配している深い感情に身を任せ、あなたの唇の上、あなたの胸の上から、私を焼きつくす炎をむさぼっている時ですら、さらに休息はなくなってしまいます。ああ! 昨夜こそ私は気づきました。あなたの肖像画はあなたそのものではないことに!
 君は正午に出発するのですね。三時間うちには君に会えるのですね。
 それまで、ミオ・ドルチェ・アモーレ(私の優しい恋人)、千の接吻を送ります。私には接吻を送らないでください。君の接吻は私の血を燃え立たせるからです。

   第2章 最初の妻ジョゼフィーヌ


(J2) 北澤 2004
 君のことで頭がいっぱいになって目覚めた。君の肖像画が、酔い痴(し)れるような夕べのことが、僕の心を掻き乱す! 優しく類い稀なジョゼフィーヌ、なんと奇怪(きっかい)な心持ちにさせるのだ、貴女という人は! 怒っているのでは、悲しんでいるのでは、悩み事でもあるのでは…… あなたは不安を感じているのだろうか? 僕の心は苦しみに引き裂かれ、あなたの恋人には一時(いっとき)の休息もない……。けれども、僕を支配する深い感情に身をゆだね、あなたの唇と心から身を焼く炎を汲み取っている時には、それ以上なのだ。ああ、昨夜、僕にははっきりとわかった。あなたの肖像画はあなたではないのだ、ということが。君は正午に外出する。三時間後に会おう。それまでの間、わが愛しき人よ、千回のキスを受けてくれ。けれども、僕にはキスをよこさないでくれ。それは僕の血を燃え上がらせるから。

   第一章 孤島——誕生からジョゼフィーヌとの結婚まで


(J3) 鹿島 2003, 2009
朝の七時です。目が覚めたとき、私は体のすみずみまであなたで一杯でした。いただいたあなたのポートレイトと昨日の心をとろかすような夜の思い出のおかげで、私の官能はうずいてやみませんでした。やさしく、なにものにもたとえようのないジョゼフィーヌ、あなたは私の心になんという不思議な力を与えたのでしょうか? 怒っておられるのでしょうか、それとも悲しんでおられるのでしょうか? 不安に駆られてはいないでしょうか? 私の魂は苦悶に引き裂かれています。あなたの友には片時も心休まる時間がないのです……。でも、私を思いのままに引き回すこの深い思いに身をまかせ、あなたの唇から、あなたの心から、あの身を焼きつくすような炎をむさぼり求めるとき、私の心はもっともっと切なくなります。ああ、あなたのポートレイトが本物のあなたとどれほどちがっているのか、やっと昨夜になって知りました。正午にはお出かけの予定でしたね。では、これから三時間後にそちらに伺います。ミオ・ドルチェ・アモーレ[私の最愛のひと]、幾千もの口づけを受けてください。でも、くれぐれも私には口づけを返さぬように。私の血潮は燃えあがってしまうでしょうから。

   『ナポレオン—ジョゼフィーヌ往復書簡』
   第二章 情念が歴史を変えた
   バラスという結節点

   引用は a. 講談社学術文庫版に拠りました。


(J4) 川島 1995
やさしく比類なきジョゼフィーヌよ。私の心に何という不思議な影響をふりまいていることか。君は怒っているのでしょうか、悲しんでいるのでしょうか、心配事でもあるのでしょうか。私の魂は苦悩に引き裂かれるばかりです。安まる暇もありません。ああ、あと三時間もすれば君に会える! それまで君に千の口づけを贈ろう。でも私には贈らないで。君の口づけは私の血を燃やしてしまうから!

   ジョゼフィーヌ 最高位の女——自由奔放に生きたマルメゾンの薔薇(ローズ)


(J5) 堀田 1994
                                一七九五年十二月、パリ
 あなたのことで頭がいっぱいになり、目が覚めました。あなたの姿と昨日の素晴しい夜会が、休息を与えてくれなかったのです。
 優しくて、比べるものとてないジョゼフィーヌ。あなたは、何という不思議な気持ちにさせてくれるのでしょうか。あなたは怒っているのですか、悲しいのですか、不安なのですか。私の心は苦悩で引き裂かれています。あなたの恋人には休息などないのです。でも、それがあるとすれば、私を奥深いところで捕えている気持ちに身を委ねて、あなたの唇から、あなたの心から、私を燃え立たせる炎を吸い取るときなのです。ああ、でも今夜、夢に見るあなたの姿があなたそのものではないと気付いてしまったのです。
 あなたが正午に家を出るなら、三時間後には逢えるでしょう。あなたを待ちつつ、限りない口づけを。でも、それを私には与えないで下さい。血潮が燃え上がるのです。

   ナポレオン・ボナパルトからジョゼフィーヌ・ド・ボーアルネへ

  • ダニエル・ヴォル=編 堀田敏幸(ほった・としゆき)=訳 『愛の手紙』 小沢書店 1994-08-20
  • 原書: Danielle Volle Mots d'Amour Jean-Claude Lattès, 1991

(J6) 安達 1989, 2001
 朝の七時に
 僕は君への思いに満ちて目を覚ました。君の肖像画と心をとろけさせる昨夜の思い出が、僕の感覚にすこしの休息も許さないのだ。やさしく、比類なきジョゼフィーヌよ、あなたは僕の心になんという不思議な感銘を与えたことか! あなたは怒っているのだろうか? あなたが悲しんでいるのを見ることになるのだろうか? あなたは不安を感じているのだろうか? 僕の心は苦しみに引き裂かれ、あなたの恋人には一時(いっとき)の休息もない……。けれども、僕を支配する深い感情に身をゆだね、あなたの唇と心から身を焼く炎を汲み取っている時には、それ以上なのだ。ああ、昨夜、僕にははっきりとわかった。あなたの肖像画はあなたではないのだ、ということが。君は正午に外出する。三時間後に会おう。それまでの間、わが愛しき人よ、千回のキスを受けてくれ。けれども、僕にはキスをよこさないでくれ。それは僕の血を燃え上がらせるから。

  • 第二部 ナポレオンの運命は女性たちによって大きく左右された/第二章 勝利の女神、ジョゼフィーヌ 安達正勝(あだち・まさかつ)=著 『ナポレオンを創った女たち』 集英社新書 2001-10-22
    • 上掲引用箇所の出典: Lettres d'amour à Joséphine de Napoléon. Première édition intégrale établie par Chantal de Tourtier-Bonazzi, présentation de Jean Tulard, Fayard, 1981.
  • 第二章 陽気な未亡人 安達正勝=著 『ジョゼフィーヌ—革命が生んだ皇后』 白水社 1989-06-30

   a. と b. とでは用語と表記がすこし異なります。引用は a. に拠りました。


(J7) 長塚 1986, 1996
目がさめたら、きみのことしか頭にない。きみの顔と、陶然とするようなゆうべの思い出が私の官能を休ませてくれなかった。やさしくてたぐいまれなジョゼフィーヌよ。あなたは私の心になんて奇妙な効果をおよぼしたのでしょう

   第一部 開かれた運命の扉
   第五章 歴史への登場

   引用は b. 読売新聞社版に拠りました。


(J8) 大塚 1983
 市民(シトワイエヌ)ボーアルネへ
                                パリ、一七九五年十二月。
 私は君のことで一杯になって目を覚ました。君の肖像と酔わせるような昨夜とが私の官能に休息のいとまを与えなかったのだ。
 やさしくもたぐいなきジョゼフィーヌよ、何という奇怪な力をあなたは私の心に及ぼすのでしょう! あなたが腹を立てたり、さびしそうだったり、心配そうだったりすると、私の魂は苦しさに打ちくじけ、あなたの友には心の休らいはないのです。けれども、私を支配している深い感情に身を任せて、あなたの唇の上や、あなたの胸の上から、私を灼く焔を汲みとる時には、心が休まるかというと、その時でさえ私には心の休らいはないのです。ああ! 昨夜こそ私は気がつきました。あなたの肖像はあなたではないということを!
 君は正午に出発するのですね。三時間うちには君に会えるのですね。
 それまで、ミオ・ドルチェ・アモーレ(私の優しい恋人)、千の接吻を送ります。私には接吻を送らないでください。君の接吻は私の血を燃え立たせるからです。

   1 若き日


(J9) 瀧川 1982, 1987
私は今朝、満足し切って目醒めました。あなたの姿と、昨夜のあのとろけるような思いが、私の身と心を疼かせてやみません。甘く、類い稀なジョゼフィーヌ、あなたは私の心になんと不思議な力をふるったのでしょう。怒っておいでですか。悲しんでおいでですか。ばかなことをしたと思っておいででしょうか。私の心は切ない思いで引き裂かれ、あなたを思うこの友の心は、片時の休らぎも得られません……。でも、私をとらえて離さない深い愛情に身を委ね、あなたの唇に、あなたの胸に、あの身を焼きつくす焔をむさぼり求めると、私の心はもっと切なくなります。肖像画のあなたと、実際のあなたがどれほど違うか、昨夜という夜に知りました! 正午にお出かけでしたね。では三時間後にお会いいたしましょう。私のいとしい人(ミオ・ドルチェ・アモール)よ、私の千回の口づけを受けてください。でも、私には返してくださいますな、かっと燃えてしまいますから。

   IV 激しくうぶな恋

   a. は b. を改題し文庫化したもの。引用は b. 中央公論社(単行本) 1982-07-20
   に拠りました。


(J10) 吉原 1981, 1984
                                一七九五年十二月、パリ
 あなたのことが次から次へと思い起こされて眠れない。あなたの肖像画と、共に過ごした昨夜(ゆうべ)のあの昂った陶酔のひと時が、いまだにわたしの感覚を騒がせているのだ。麗しく、比類なきジョゼフィーヌよ、 あなたがわが心に刻みつける残像の、なんたる不可思議さであろう! あなたは今頃、怒っているだろうか? 悲しげな顔をしているだろうか? 悩みに打ち震えているだろうか?……思えば、わが魂は哀しみに疼(うず)く。そもそもあなたの恋人に心の平安などあり得よう筈もないのだ。だが、——押しひしがれんばかりの深い感動に身を委ねつつ、あなたの唇から、 またその心から、わたしを炎で焼きつくすかの如き愛を汲み上げる時、いったい心の平安などというものがわが身のためにいささかなりと保てるものか!
 ああ! あなたの肖像画がいかにあなたの現(うつ)し身の姿に似ても似つかぬものであったか、わたしがまことに悟ったのは昨夜のことだ!
 正午にそちらを発つということだったから、三時間後には逢えるものと思う。
 その時まで、わがやさしき恋人(ミオ・ドルチェ・アモール)よ、あなたに千回の接吻(くちづけ)を送ろう。だが、そのお返しは残念ながら無しにして貰わねばならぬ。きっとわたしの血がまたまた燃え上がり、荒れ狂うことだろうから。

   ●情熱
   3 ナポレオンよりジョゼフィーヌ・ボアルネへ

  • アントニア・フレイザー=編 吉原幸子(よしはら・さちこ)=訳 『恋文』 三笠書房 1984
  • アントニア・フレイザー=編 吉原幸子=訳 『恋文』 三笠書房 1981-01-25
  • 原書: 下掲 (E2) Love Letters, compiled by Antonia Fraser

   引用は b. 三笠書房 1981年版に拠りました。原書は英語で書かれています。
   吉原氏は「訳者あとがき」で、つぎのようにあっさりと白状しています。
   「仏語のものも独語のものも(日本語のものさえ)、英訳された文からの
   重訳なので、原文のニュアンスをどの程度伝え得ているかは心許ない。」


(J11) 金澤(金沢) 1961, 1966
私はあなたを待っています。私はあなたのことで心がいっぱいです。あなたの面影と、人を惑わせるあの夕べとは、私の肉体をしびれさせ、心をかき乱さずにはおきません。いとしく、かけがえのないジョゼフィーヌ。あなたは、私の心臓を、どうするつもりなのでしょう? 私のことでおこっておられるのでしょうか? 何か、悲しいことでもあったのですか? それとも、病気にでもかかられたのか?……私は、あなたの唇(くちびる)に、あなたの胸に、この燃える思い注ぎつくすとき、はじめて気持ちが落ち着くのです。あなたの肖像画は、実物のあなたと比べものにならないと昨夜いったのは、私の偽らないほんとうの気持ちです。午後にはお目ざめになるでしょう。三時間もたたないうちに、またお目にかかれますね。それまで、では愛するあなたに、千回のくちづけを。でも、あなたは私に接吻(せっぷん)しようなどと思ってはいけない。そんなことをされると、私の血は沸騰してしまいます。

   1 孤島

  • E・ルードウィッヒ=著 金沢誠(かなざわ・まこと)=訳 『ナポレオン伝』 角川文庫 1966-01-30
  • エミール・ルードウィッヒ=著 金澤誠=訳 『ナポレオン伝』 東京創元社 1961-04-05

   a. と b. は完訳ではありません。「訳者はドイツ文学にはまったく暗いので
   (この翻訳にしても、英訳本に頼るほかなかったことを付記しておく)」と
   b. の「訳者あとがき」にあります。引用は b. 東京創元社版に拠りました。


(J12) 中岡+松室 1941
僕は貴女をお待ちしてゐます、僕は貴女で一杯です、貴女の肖像と、人を醉はせるあの夕は、僕の感覺をうばひ、靜心もありません。いとしい、かけ代へのないジョゼフィーヌ、貴女は僕の心をどうしようと思つてゐるんです? 僕を怒つてゐるんですか? 悲しい目に會つたのですか? 病氣で寢んでゐるのですか? ……しかし、僕は貴女の唇の上に、貴女の胸に、僕の情熱を捧げ我を忘れたときに、却つて平穏な氣分になることを發見しました、僕は僕を燃やすこの炎を煽るでせう。貴女の肖像は決して現實の貴女には及ばないと申し上げた、先夜の言葉は、僕の僞らざる本心です。お午にはお起きになるでせう、三時間以内にはお目にかゝれますね、それまでは、いとしの君よ、千度でも接吻! しかし貴女は僕に接吻してはなりませんよ、そんなことをなされば、大事な接吻が僕の血汐で燃えてしまひます!

   第一編 孤島

  • エミル・ルドイッヒ=著 中岡宏夫(なかおか・ひろお)+松室重行(まつむろ・しげゆき)=譯 『ナポレオン(上)』 鱒書房(ますしょぼう) 1941-05-31(昭和16)

   肖・情・平・穏の旧字はそれぞれ新字で置き換えました。


(J13) 菊池 1931, 1995
貴女(あなた)の事で一杯で目が覚めた。貴女の姿、昨夜(ゆうべ)の酔うた様な一夜、私はすつかり感覚がいこふひまがなかつた。優しい美しい類ひ難いジョゼフィヌよ、貴女は何といふ不思議な働きを私の心に及ぼすのだ! 貴女は不安さうだつた、悲しさうだつた、けれ共、私は私を征服するふかい情熱に身を委せて、貴女の唇に、貴女の胸に、私を焼きつくす様な炎をくむとき、私とて、どうして安らかでゐられよう。この夜こそ貴女の姿が貴女でない事を私はよく知つた。私は南方へ出発することになつてゐる。私の優しい女神よ、心の限り貴女に接吻します。でも私にしてはいけない。私の血を燃やして了ふだらうから……。

   「ナポレオン伝」 I 地中海篇 魔霽れ

   上掲 a の底本は b。上掲 c は b の全ページのスキャン画像。引用は a.
   菊池寛全集版に拠りました。


(J14) 長瀬+榎本 1913
予は御身を思ひて夢寐にだに忘る能はず、御身の美しき面影と、疇昔の歡樂を思へば、予は心の安き暇もなし。世に比ふものも無く美しきジョセフィヌよ、御身は予の心を捉へぬ、御身が予の心の上に如何に大いなる力を振へるかは、御身はよも知り給ふまじ。御身に懊惱ありや、御身に悲哀ありや、あるは又御身は事無きに苦しみ給ふや。予の心は哀傷に閉されて身も心も安からず。されど燃ゆるばかりの予の熱情のまゝに予が魂の焔を御身の上に呼吸きかけなん時、予が心の轟きぞ果して如何なるべき——あはれ予は斯く思ひて、予が心に描ける御身の姿は、遂に御身其者に非ざるを見出でたり。予は一餉時の後御身と相會はんとす、御身は其時、予が熱き心の息吹を幾千度か受け給ふべし。さはれ予は、御身よりは何物をも受けざらんことを希ふ。如何にとなれば予は此上御身に熱き火を注がれて自らの身を傷ふの煩悶に堪へざれば——

   第二章 初婚時代の愛
   ナポレオンの結婚

   b は a の全ページのスキャン画像: 引用は a. に拠りました。情・館の
   旧字はそれぞれ新字で置き換えました。原文は総ルビですが、引用
   ではこれを省略しました。


■英訳 Translations into English

(E1) Turquan, 2005
I awake and my thoughts are all of you. Your portrait and the intoxicating evening spent in your company yesterday have left my senses in a curious state of unrest. Sweet and incomparable Josephine, what a strange effect you produce upon my heart ! Are you angry, do I see you sad, are you anxious? — then my heart straightway feels as if it would break, and your friend cannot rest. But am I in better plight when, abandoning myself to the passion which throbs in my breast, I endeavour to awaken in your heart and on your lips the flame of love ? Ah ! I saw full well last night that your portrait was not like the original. You are starting at midday, so I shall see you before three hours have elapsed. Meanwhile, mio dolce amor, I send a million kisses ; but do not kiss me, for your kisses set my blood on fire.

   Letter from Napoleon to Josephine


(E2) Fraser, 1976, 1977, etc.
I wake filled with thoughts of you. Your portrait and the intoxicating evening which we spent yesterday have left my senses in turmoil. Sweet, incomparable Josephine, what a strange effect you have on my heart! Are you angry? Do I see you looking sad? Are you worried? ... My soul aches with sorrow, and there can be no rest for your lover; but is there still more in store for me when, yielding to the profound feelings which overwhelm me, I draw from your lips, from your heart a love which consumes me with fire? Ah! it was last night that I fully realized how false an image of you your portrait gives! You are leaving at noon; I shall see you in three hours. Until then, mio dolce amor, a thousand kisses; but give me none in return, for they set my blood on fire.

   Napoleon Bonaparte to Josephine De Beauharnais
   Paris, December 1795


(E3) Paul & Paul, 1953, 1957, etc.
I am waiting for you; I am wholly filled with you: your picture and the intoxicating evening leave my senses no peace. Sweet, incomparable Josephine, what have you done to my heart? Are you angry with me? Do you look sad? Are you ill at ease?.... But I find calm when I give myself up to my passion, that on your lips, at your heart, I may fan the flames which burn me. How plain it was to me last night that your picture can never replace the real you. At noon you will start; in three hours I shall see you; till then, mio dolce amor, a thousand kisses! But you must not give me kisses, for they burn my blood!

   Book One: The Island


■ドイツ語訳 Translations into German

(D1) Kircheisen, 2012
Ich erwache ganz erfüllt von dem Gedanken an Dich. Dein Bild und der bezaubernde Abend von gestern haben mir meine Ruhe geraubt. Liebe, unvergleichliche Josephine, welch einen seltsamen Eindruck machen Sie auf mein Herz! Sind Sie böse, betrübt oder besorgt, so leidet mein Herz . . . es gibt keine Ruhe mehr für Ihren Freund. . . ist es denn aber anders, wenn Sie meine Gefühle teilen? Wenn ich von Ihren Lippen, an Ihrem Herzen die Flamme trinke, die mich verzehrt? Ach! in dieser Nacht habe ich wohl gemerkt, daß Ihr Bild Sie mir nicht ersetzt! . . . Gegen Mittag brichst Du auf, und in drei Stunden werde ich Dich wiedersehen. Einstweilen, mio dolce amor, tausend Küsse, aber erwidere sie nicht, denn sie versengen mir das Blut.


(D2) Ludwig, 1925
Ich erwarte Dich, ich bin ganz voll von Dir, Dein Bild und der berauschende Abend lassen meine Sinne nicht ruhen. Süße, unvergleichliche Josephine, was machen Sie aus meinem Herzen ! Sind Sie mir böse ? Seh' ich Sie traurig ? Sind Sie unruhig ? . . Aber finde ich denn selber Ruhe, wenn ich mich der Leidenschaft zuwerfe, um an Ihren Lippen, an Ihrem Herzen die Flamme zu schlürfen, die mich verbrennt ! Ah, in dieser Nacht habe ich gemerkt, daß Ihr Bild Sie nie und nimmer ersetzen kann. Du reisest mittags, in drei Stunden sehe ich Dich, bis dahin, mio dolce amor, tausend Küsse ! Du aber gieb mir keinen, sie verbrennen mein Blut!" Seine Pläne sagt er ihr nicht, doch sagt er ihr mehr.


 Video 2 
朗読CD: ナポレオンからジョゼフィーヌへのラブレター
Audio CD: Lettres d'amour de Napoleon à Joséphine

発売: 2011-01-07。朗読: ピエール・フレネー (1897-1975)。アマゾン(仏)アマゾン(英)に記載あり。 Read by Pierre Fresnay (1897-1975). Video clip uploaded to YouTube by Editionseponymes on 7 Jan 2011. Released on 10 Jan 2011, the CD is listed on Amazon.fr and Amazon.co.uk


■フランス語原文 The original text in French

A Madame Beauharnais.

Sept heures du matin.

Je me réveille plein de toi. Ton portrait et l'enivrante soirée d'hier n'ont point laissé de repos à mes sens. Douce et incomparable Joséphine , quel effet bizarre faites-vous sur mon cœur ! Vous fâchez-vous ? Vous vois-je triste? Êtes-vous inquiète ? Mon ame est brisée de douleur et il n'est point de repos pour votre ami, mais en est-il donc davantage pour moi , lorsque vous livrant au sentiment profond qui me maîtrise , je puise sur vos lèvres, sur votre cœur, une flamme qui me brûle? Ah! c'est cette nuit que je me suis bien aperçu que votre portrait n'est pas vous. Tu pars à midi , je te verrai dans trois » heures. En attendant mio dolce amor, reçois » un millier de baisers; mais ne m'en donne » pas, car ils brûlent mon sang.


 Video 3 
ナポレオンとジョゼフィーヌの速くて簡単でそっけない結婚式
The simple, swift and prosaic wedding ceremony between Napoleon and Joséphine

式は 0:28 あたりから。新婦は年齢を若く書き換え (1:21)、新郎はぎゃくに年長に書き換えている (1:26)。これで書類上は〝姉さん女房〟でなくなった。式の所要時間は正味5分。この婚姻は法律的にみて有効でないという説もある。証人としてジョゼフィーヌの隣に立つ男は、なんにんかいる彼女の愛人のうちの一人だ。

French TV mini-series Joséphine ou la comédie des ambitions (1979– ) starring Danièle Lebrun and Daniel Mesguich. Uploaded to YouTube by Nelly91263 on 30 Nov 2011. Watch both the bride and bridegroom falsely change their age on the paper. The ceremony took 5 minutes at most. Some contest the legal validity of this marriage. The witness standing next to Joséphine is one of her lovers.


■外部リンク External links


■更新履歴 Change log

  • 2013-11-18 宝塚歌劇公演についての情報を追加しました。
  • 2013-07-16 目次を新設しました。
  • 2013-05-11 堀田敏幸=訳 1994-08-20 を追加しました。
  • 2013-05-07 吉原幸子=訳 1981-01-25 を追加しました。
  • 2013-03-25 瀧川好庸=訳 1982-07-20 を追加しました。
  • 2013-03-23 金澤誠=訳 1961-04-05 を追加しました。また、安達正勝=著の書誌情報を補足しました。
  • 2013-03-22 鹿島茂=著 2009-08-10、中岡宏夫+松室重行=譯 1941-05-31、菊池寛=著 1995-05-15、および長瀬鳳輔+榎本恒太郎=著 1913-09-10 を追加しました。
  • 2013-03-20 長塚隆二=著 1986-11-10 を追加しました。

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