The Wish (from Someone Like You) by Roald Dahl ロアルド・ダール(『あなたに似た人』から) 「願い」「お願い」
■はじめに Introduction
「願い」はロアルド・ダールが書いた短篇小説。ダールの有名な短編集『あなたに似た人』(原書初版は1953年)の10番目に収められている。邦訳では、わずか6ページあまりの小品。下に引用する訳文と原文は、その冒頭から第4段落の途中まで。
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短編集『あなたに似た人』新訳版を日本語の語りで紹介する
The new translation of Someone Like You introduced in Japanese
北村浩子さんによる語りで田口俊樹氏の『あなたに似た人[新訳版]』を紹介する。 Uploaded to YouTube by takarada housaku on 2 Jun 2014. Ms Hiroko Kitamura introduces the new translation of Someone Like You translated by Mr Toshiki Taguchi.
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表紙画像 Cover photos
- [ja] あなたに似た人 1 ハヤカワ・ミステリ文庫 新訳版 2013
- [ja] 八月の暑さのなかで ホラー短編集 岩波少年文庫 2010
- [ja] あなたに似た人 ハヤカワ・ミステリ文庫 旧版 1976
- [ja] あなたに似た人 A Hayakawa Pocket Mystery Book 1967
- [it] Tutti i racconti Longanesi, 2009 イタリア語
- [fr] Bizarre ! Bizarre ! Gallimard, 1973 フランス語
- [no] Et hode kortere og andre hårreisende historier Gyldendal, 2000 ノルウェー語
- [en] Someone Like You Penguin, 2009 英語原書Kindle版
- [en] Someone Like You Alfred Knopf, 1953 英語原書初版
■日本語訳 Translations into Japanese
(J1) 田口 2013
膝小僧の傷がもうかさぶたになっているのが手のひらに感じられる。少年は膝に顔を寄せ、かさぶたをとくと眺める。かさぶたにはいつも心を惹きつけられる——絶対に逆らうことのできない特別な誘惑。
うん、と少年は思う。剝がそう。まだ剝がせる状態じゃなくても、真ん中がくっついていても、ものすごく痛くても。
指先でかさぶたのへりを慎重に探る。かさぶたの下に爪を入れる。ほんの少し持ち上げただけで、一気にすんなりと剝がれる。褐色の硬いかさぶたがきれいに剝がれ、そこに小さくて赤くて丸くてつるつるした奇妙な皮膚が現れる。
うまくいった。実際、とてもうまくいった。その赤い丸をこすってみる。少しも痛くない。かさぶたをつまんで大腿の上に置き、指で弾く。かさぶたは絨毯の端まで飛んでいって落ちる。赤と黒と黄のばかでかい絨毯。[以下略]
- ロアルド・ダール=作 田口俊樹(たぐち・としき)=訳 「願い」 『あなたに似た人[新訳版] 1』 全2冊 ハヤカワ・ミステリ文庫 早川書房 2013-05-15
(J2) 金原 2010
手のひらがかさぶたにさわった。ひざ頭(がしら)のところ、ずいぶんまえに切ったあとだ。男の子は前かがみになって目をこらした。かさぶたをみると、いつも気になってしょうがない。つい、いじってみたくなる。
ようし、はがしちゃおう。まだ早いかもしれないけど、まん中のところがくっついてるかもしれないけど、すごく痛(いた)いかもしれないけど、かまうもんか。
男の子は指先でそろそろとかさぶたのまわりをさわってみた。それから爪(つめ)の先を差しこんで上げてみた。ほんの少ししか力を入れなかったのに、かさぶたはぱりっとはがれた。茶色のかたいかさぶたがきれいにとれたあとには、小さなてつるつるした赤い丸が残っていた。
やった。赤いところをこすってみたけど、痛(いた)くはなかった。男の子はかさぶたをひろってひざの上にのせると、指先ではじいた。かさぶたは飛んでいって、絨毯(じゅうたん)の端(はし)に落ちた。赤と黒と黄の大きな絨毯は、[以下略]
- ロアルド・ダール=作 金原瑞人(かねはら・みずひと)=訳 「お願い」 『八月の暑さのなかで ホラー短編集』 岩波少年文庫 岩波書店 2010-07-14
(J3) 訳者未確認 2008
子供は手のひらでひざ小僧の傷のかさぶたをさわってみた。かがみこんでもっとよく調べてみた。かさぶたって面白い。はがしてみようって誘惑に打ち勝てたためしがない。
うん、はがそう。まだ傷が治ってなくても、まだ真ん中のところはくっついてても、まだ痛くても、かまうもんか。
つめで、注意深くかさぶたの周りをさぐって、かさぶたの下につめを入れ、すこしもちあげると、ほんの少しだったんだけど、かさぶたははがれた。パリッとしている、赤茶けたかさぶたがきれいにとれて、あとには真っ赤な傷跡が小さな円になっているだけ。
すごい、これはすごいや。小さな円をこすってもぜんぜん痛くなかった。かさぶたを拾い上げて、腿の上におき、指ではじきとばすと、かさぶたはカーペットの端のところまでとんでいった。とても大きな赤と黒と黄色のカーペットで、[以下略]
- 作者 Roald Dahl 訳者未確認 「願い」 出典: Translation Note 2008-09-22
- 他の訳と比較しやすいよう、原文にない改行を追加しました。
(J4) 田村 1957, 1967, etc.
片手のてのひらに、少年は膝小僧の上にある古い傷のかさぶたを感じた。もっとよく調べてみようと、少年はうつむいてみた。かさぶたはいつでも面白いものだと思う。おさえることのできない、へんてこな誘惑にかられるのだ。
そうさ、と彼は思った。ぼくはそいつをむしっちまうんだ。そいつがはがれかけてなかろうが、まだ半分くらいくっついていようが、痛かろうがさ。
爪の先で、注意深く、かさぶたのまわりをさぐってみた。爪をその下にいれ、そうっと、そうっとあげてみたら、それは急にはがれた。かたくて褐色のかさぶたは、なめらかな赤肌を、ちいさな円の形に残して、きれいにはがれた。
すごい、とってもすごいや。少年はその円の形をこすってみた。痛くはなかった。かさぶたをつまみあげると、ももの上にのせ、指ではじきとばした。すると、それは飛んでいって、絨毯の上に着陸した。大きな、赤と黒と黄色の絨毯だ。[以下略]
- ロアルド・ダール=作 田村隆一(たむら・りゅういち)=訳 「お願い」
- 引用は a. ハヤカワ・ミステリ文庫版 1976 に拠りました。
■ロシア語訳 Translation into Russian
Мальчик ладонью нащупал на коленке коросту, которая покрыла давнишнюю ранку. Он нагнулся, чтобы повнимательнее рассмотреть ее. Короста -- это всегда интересно: она обладала какой-то особой притягательностью, и он не мог удержаться от того, чтобы время or времени не разглядывать ее.
Да, решил он, я отковыряю ее, даже если она еще не созрела, даже если в середине она крепко держится, даже если будет страшно больно.
Он принялся осторожно подсовывать ноготь под край коросты. Ему это удалось, и, когда он поддел ее, почти не приложив к тому усилия, она неожиданно отвалилась, вся твердая коричневая короста просто-напросто отвалилась, оставив любопытный маленький кружок гладкой красной кожи.
Здорово. Просто здорово. Он потер кружочек и боля при этом не почувствовал. Потом взял коросту, положил на бедро и щелчком сбил ее, так что она отлетела в сторону и приземлилась на краю ковра, огромного красно-черно-желтого ковра, [Omission]
- Даль Роальд - Фантазер. E-text at RoyalLib.ru
Audio 2
英語原文のオーディオブック Audiobook in English
Uploaded to YouTube by Jancy Sebastian on 10 May 2015.
■英語原文 The original text in English
Under the palm of one hand the child became aware of the scab of an old cut on his kneecap. He bent forward to examine it closely. A scab was always a fascinating thing; it presented a special challenge he was never able to resist.
Yes, he thought, I will pick it off, even if it isn't ready, even if the middle of it sticks, even if it hurts like anything.
With a fingernail he began to explore cautiously around the edges of the scab. He got a nail underneath it, and when he raised it, but ever so slightly, it suddenly came off, the whole hard brown scab came off beautifully, leaving an interesting little circle of smooth red skin.
Nice. Very nice indeed. He rubbed the circle and it didn't hurt. He picked up the scab, put it on his thigh and flipped it with a finger so that it flew away and landed on the edge of the carpet, the enormous red and black and yellow carpet [Omission]
- The Wish (from Someone Like You) by Roald Dahl. Recent editions include:
- The Wish Penguin UK, 2012. Preview at Google Books
- Someone Like You Penguin Modern Classics, 2009. Preview at Google Books
- Skin and Other Stories Penguin UK, 2001. Preview at Google Books
- Someone Like You, the collection of short stories, was originally published in the 1950s.
- First US edition by Alfred Knopf, 1953
- First UK edition by Secker & Warburg, 1954
- E-text at:
- Binhoster.com [PDF]
- Book-O-Phile [PDF]
- Teacher McC [PDF]
- Yump
■外部リンク External links
- The Art of Vengeance by Joyce Carol Oates | The New York Review of Books, 26 April 2007 issue - A book review for Collected Stories by Roald Dahl, with an introduction by Jeremy Treglown
- Someone Like You (collection) - Wikipedia
- Someone Like You - RoaldDahlFans.com
■更新履歴 Change log
- 2015-09-27 新訳版『あなたに似た人』を紹介する日本語音声の YouTube 画面を追加しました。
- 2014-06-27 訳者未確認 2008 の日本語訳に改行を追加しました。
- 2014-06-26 ロシア語訳を追加しました。
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