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Sunday, 13 March 2016

Odd Shop by Walter de la Mare ウォルター・デ・ラ・メア 「奇妙な店」

■はじめに Introduction

「奇妙な店」はイギリスの詩人・作家ウォルター・デ・ラ・メア (1873-1956) の短篇小説。1955年に出版された A Beginning and Other Stories という本に収録されています。その冒頭の一段落を下に引用します。邦訳は、これまでに少なくとも3種類出ています。訳者は柴田元幸、橋本槇矩、荒俣宏の各氏です。


■日本語訳 Translations into Japanese

(J1) 柴田 2012
一種独特の沈黙が、川べりからはじまっている裏通りの小さな暗い店にとり憑いているように思えた。真剣に聴き入っている者たちの沈黙、とでも言うか。その沈黙が突如、隅に吊るした、緑青のついた小さな鈴のくぐもった響きによって破られると、二段だけの木の階段をそろそろと降りてきた訪問者はただちにそれを耳にとめ、ジャランという歓迎の音がふたたび沈黙に吸い込まれると、なぜかその音をいっそう強く意識したのだった。


(J2) 橋本 1981, 1989
川岸からのぼる裏露路に面した小さな暗いその店には、独特な静寂がただよっていた。じいっと耳をすましているものたちがかもしだす、そんな静寂である。店のかたすみにつるした緑青(ろくしょう)だらけの小さな鈴が、くぐもった音で、突然その静寂を破った。二段しかない木の段(ステップ)を手さぐりするようにおりてきたのは通りがかりの客である。彼はすぐに静寂に気がついた。彼をむかえる鈴の音がやんでしまうと、いっそう静寂が深く感じられる。

  • W・デ・ラ・メア=作 橋本槇矩(はしもと・まきのり)=訳 「奇妙な店」
  • 引用は b. 旺文社文庫版 1981 に拠りました。

(J3) 荒俣 1979, 1989
静寂(しじま)が——といっても、静寂には付きものの現象なのだが——川からつづいている裏路にある、小さくてうす暗い店を、閉ざしこんでいるようだった——その静寂は、いってみれば、一心に耳を澄ましている者の沈黙であった。ふいにそれが、隅に吊るしてある小さな緑青(ろくしょう)のふいた鈴のたてた、籠もるような響きに破られた。そしてその店の、木でできた二段の階段につづく路を、当てもなく歩いてきた通りすがりの客がひとり、ふと店の存在に気づき、親しげな鈴の響きが静かになったとき、ほんとうに妙な成りゆきからその店に興味を惹かれたのだった。


■英語原文 The original text in English

A silence, peculiar to itself, seemed to possess the little dark shop in the back street running up from the river — the silence, as it were, of intent listeners. It was suddenly shattered by the muffled ringing of a little verdigrised bell hanging up in the corner, and a chance visitor groping his way down its two wooden steps at once perceived it, became indeed curiously aware of it when the hospitable jangle had fallen into silence.


■ "it" は何を指すか? 日本語訳のばらつき

引用した英語原文の終わり近くに、

    ... a chance visitor [ 略 ] at once perceived it, became indeed 
    curiously aware of it ...

とあります(下線は引用者 山林)。これら2つの it はおなじものを指すと思われます。さて何を指すでしょう? 邦訳者たちの理解は、上に見るとおり三者三様です。第一線の訳者たちにしては意外です。

具体的にいうと、it は柴田訳では鈴の「音」、橋本訳では「静寂」、荒俣訳では「店」を指すように読めます。このうち正解は柴田訳だと思います。作品を読み進めるとわかるとおり、この短篇は音をモチーフにしています。柴田訳以外では、ちょっと不自然です。橋本訳や荒俣訳だと物語がスムーズに流れず、ぎこちない感じがするのです。


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