Hearn, Lafcadio 小泉八雲

Sunday, 12 August 2007

A Passional Karma by Lafcadio Hearn ラフカディオ・ハーン / 小泉八雲 「牡丹燈籠」

 Cover photos  表紙画像

a. Youkai_yousei_tan b. Hearn_cosimo c. Hearn_tuttle

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■日本語訳 Translations into Japanese

(1) 池田 1996, 2004
 その夜、二人は新三郎の家に泊まり、夜明け少し前に帰っていきました。
 それからというもの七日間、月夜も雨夜も、きっかり同じ時刻に二人は通ってきました。新三郎はますますお露に夢中になっていきました。(……)

 新三郎の屋敷の軒先には小屋があり、伴蔵という男が住み込んでいましたが(……)。
 ある晩遅く、母屋から女の声が聞こえてきました。伴蔵は、何やら胸騒ぎを覚えました。——旦那は人がよくて情けが深いから、もしや悪い女に騙(だま)されているのではあるまいか。そこで伴蔵は、自分の目で確かめることにしました。(……)そして、やっと見えた——と思った瞬間、伴蔵の身体はその場に凍りつき、髪の毛が逆立ちました。
 女の顔は、死人の顔でした。そして主人の身体をまさぐる女の指も、肉がおちて骨だけになっており、腰から下は何もありませんでした。その姿がぼんやりと尾を引く影のごとく、消えてなくなっているのです。恋に目のくらんだ男には、その姿が若くたおやかに映っていたのでしょう。しかし伴蔵には、どうみても気味の悪い骸(むくろ)にしか見えませんでした。(……)
 
   1a. 小泉八雲=著 池田雅之=訳 「牡丹燈籠」
      池田雅之=編訳 『妖怪・妖精譚』 小泉八雲コレクション
      ちくま文庫 2004/08 所収
   1b. ラフカディオ・ハーン=著 池田雅之=訳 「牡丹灯籠」
      池田雅之=編訳 『おとぎの国の妖怪たち—小泉八雲怪談集2
      現代教養文庫 社会思想社 1996/06 所収

   引用は 1a. に拠りました。


(2) 平井 1966, 1977
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.

   小泉八雲=著  平井呈一=訳 「ぼたん灯篭」
   2a.松江の七ふしぎ』 新・日本児童文学選21
      偕成社 1966/04 所収
   2b. 松江の七ふしぎ』 新・日本児童文学選21
      偕成社 1977 所収


(3) 山本 1931
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.

   Lafcadio Hearn=著 山本供平(やまもと・きょうへい)=譯註 「牡丹灯籠」
   『牡丹灯籠・夏の日の夢 其他』 英米近代文學叢書 第1輯 第8卷
   春陽堂教育図書出版部 1931/10(昭和6)所収

   上の書名は奥付に拠ります。表紙などの書名は、
   A Passional Karma, The Dream of a Summer Day, etc.


■英語原文 The original text in English

The two women remained that night in the house of the young samurai, and returned to their own home a little before daybreak. And after that night they came every night for seven nights,-- whether the weather were foul or fair,--always at the same hour. And Shinzaburo became more and more attached to the girl (....).

Now there was a man called Tomozo, who lived in a small cottage adjoining Shinzaburo's residence (....). One night, at a very late hour, Tomozo heard the voice of a woman in his master's apartment; and this made him uneasy. He feared that Shinzaburo, being very gentle and affectionate, might be made the dupe of some cunning wanton (....). He therefore resolved to watch; (....) And at last he was able to see;--but therewith an icy trembling seized him; and the hair of his head stood up.

For the face was the face of a woman long dead,--and the fingers caressing were fingers of naked bone,--and of the body below the waist there was not anything: it melted off into thinnest trailing shadow. Where the eyes of the lover deluded saw youth and grace and beauty, there appeared to the eyes of the watcher horror only, and the emptiness of death. (....)

   A Passional Karma
   from In Ghostly Japan, by Lafcadio Hearn
   E-text at:


 Video 
怪談・小泉八雲の誕生|河野龍也 前編

Uploaded to YouTube by jissenjoshigakuen on 12 Jan 2011.
講師:河野龍也(実践女子短期大学 国文学科 講師)
<講義内容>
  小泉八雲と三遊亭円朝
  牡丹灯篭のあらすじ
  三遊亭円朝の技法
  牡丹灯篭の翻訳
  八雲が施した工夫
  小泉八雲の作品
  宿夜の恋
  小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の生涯
レジュメ付き講義ページ
実践女子学園ホームページ


■書誌情報 Bibliography


■参考 Links

先に tomokilog でとりあげた、下の各バージョンと比較なさってみてください。


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2013/04/26 「怪談・小泉八雲の誕生|河野龍也」の YouTube 動画を追加しました。


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Tuesday, 29 May 2007

Jikininki by Lafcadio Hearn ラフカディオ・ハーン / 小泉八雲 「食人鬼」

        目次 Table of Contents

 Images  表紙画像と挿絵 Cover photos and an illusration
■日本語訳の例 A list of some translations into Japanese
■上掲日本語訳からの抜粋 Excerpts from the translations listed above
  (1) やぶちゃん 2005
  (2) 池田 2004
  (3) 下川 2003
  (4) 脇 2003
  (5) 船木 1994
  (6) 保永 1992
  (7) 平川 1977, 1990
  (8) 斎藤 1976
  (9) 上田 1975
  (10) 繁尾 1972
  (11) 平井 1964, 1965
  (12) 田代 1956
  (13) 平井 1940
  (14) 山本 1932
  (15) 大谷 1926, 1931, etc.
  (16) 刈谷+萩原 1927, 森+萩原 1990
  Audio   英語原文のオーディオブック Audiobook in English
■英語原文 The original text in English
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 Images 
表紙画像と挿絵 Cover photos and an illusration
a. 3614 b. Kwaidan_iwanami c. Atamakajiri

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■日本語訳の例 A list of some translations into Japanese

1.  やぶちゃん=訳「食人鬼」 やぶちゃんの電子テクスト集 心朽窩旧館 2005
2.  池田 雅之=訳「食人鬼」『妖怪・妖精譚』     ちくま文庫 2004/08
3.  下川 理英=訳「食人鬼」『小泉八雲 日本の心』    彩図社 2003/08
4.  脇 明子 =訳「食人鬼」『雪女 夏の日の夢』  岩波少年文庫 2003/03
5.  船木 裕 =訳「食人鬼」『完訳 怪談』      ちくま文庫 1994/06
6. 保永貞夫訳「人を食う鬼」『耳なし芳一・雪女』講談社青い鳥文庫 1992/06
7a. 平川 祐弘=訳「食人鬼」『怪談・奇談』    講談社学術文庫 1990/06
7b. 平川 祐弘=訳「食人鬼」『小泉八雲作品集3』  河出書房新社 1977/08
8.  斎藤 正二=訳「食人鬼」『完訳 怪談』      講談社文庫 1976/10
9.  上田 和夫=訳「食人鬼」『小泉八雲集』   新潮文庫(新版) 1975/03
10. 繁尾 久 =訳「食人鬼」『怪談 他四編』     旺文社文庫 1972/06
11a.平井 呈一=訳「食人鬼」『怪談』      岩波文庫(改版) 1965/09
11b.平井 呈一=訳「食人鬼」『全訳 小泉八雲作品集10』  恒文社 1964/06
12. 田代美千稔=訳「食人鬼」『怪談・奇談』       角川文庫 1956/11
13. 平井 呈一=訳「食人鬼」『怪談』      岩波文庫(旧版) 1940/10
14. 山本 供平=譯「食人鬼」『Kwaidan (2)』       春陽堂 1932/03
15a.大谷 正信=譯「食人鬼」『小泉八雲集(上)』新潮文庫(旧版) 1950/07
15b.大谷 正信=譯「食人鬼」『小泉八雲全集第八卷家庭版』第一書房 1937/01
16a.森 銑三 +萩原恭平=訳「食人鬼」『十六桜』     研文社 1990/09
16b.刈谷新三郎+萩原恭平=訳「食人鬼」『小泉八雲選集2』 嶺光社 1927/01


■上掲日本語訳からの抜粋 Excerpts from the translations listed above

(1) やぶちゃん 2005
——と、夜の静寂(しじま)が最も深くなりました頃おひ、ぼんやりとした、大きな影が、音もなく、部屋の中に入つて參ります、と同時に、夢窓樣は、體から力が拔けて、聲も出せなくなつてしまはれた御自身を、感ぜられたのでございます。夢窓様の目に映つたのは、その影が、ご遺體を兩手で抱へ上げ、瞬く間に、猫が鼠を食らふよりも素早く、貪り喰らふ姿でした。頭より初めて、髮の毛、骨、遂には帷子(かたびら)までも、何もかも、すべて、殘る隈なく。さうして、そのおぞましき影は、盡く亡骸を喰らひ盡くすと、次はお供物に向き直り、それもすつかり喰らつてしまひました。さうして、やがて、入つて來た折と同じやうに、音もなく、すうつと立ち去つて行つたのでした——。

   小泉八雲=著 やぶちゃん(Yabtyan)=訳 「食人鬼(じきにんき)
   心朽窩旧館 やぶちゃんの電子テクスト集:小説・評論・随筆篇 2005


(2) 池田 2004
 やがて、夜の静けさが深まった時でした。なにか得体の知れない、掴(つか)みどころのない形をしたものが、音もなく部屋へ入ってきました。その時、国師さまは、金縛(かなしば)りにあったかのように動くことも声を出すこともできませんでした。 しかし、国師さまは、この奇怪な侵入者が、手で死骸を持ち上げ、猫がネズミを飲み込むよりもずっと早く、死骸を飲み込んでしまうのを、目のあたりになさいました。まず頭、それから胴体、髪の毛も骨も、経帷子(きょうかたびら)までも喰らい尽くしてしまいました。死骸を喰べ終わると、次に仏壇に向かい、お供えものもすべて平らげてしまいました。そして、入ってきた時と同じように、どこへともなく去っていきました。

   小泉八雲=著 池田雅之(いけだ・まさゆき)=訳 「食人鬼」
   池田雅之=編訳 『妖怪・妖精譚』 小泉八雲コレクション
   ちくま文庫 2004/08 所収


(3) 下川 2003
夜のしじまが深まったころ、ぼんやりとした大きな影が、音もなく入ってきた。その刹那(せつな)、夢窓は金縛りにあい、口もきけなくなった。夢窓は、影が両手で亡骸を持ち上げ、猫が鼠を食らうよりも素早く食らいつくのを見た。影はまず頭を食べ、そして髪も、骨も、経帷子(きょうかたびら)も次々に食べ尽くした。供え物も残らず食べてしまった。そうして、影は入ってきたとき同様、音も立てず出て行った。

   ラフカディオ・ハーン=著 下川理英=訳 「食人鬼(じきにんき)」
   和田久實(わだ・ひさみつ)=監訳 『小泉八雲 日本の心
   彩図社 2003/08 所収


(4) 脇 2003
 しかし、夜の静けさが最も深まったころ、何やらもうろうとした大きな影が、音もなくすべりこんできた。その瞬間(しゅんかん)、夢窓国師(むそうこくし)、動くことも口をきくこともできなくなった。その影は、見えない手でつかむようにして死体を持ち上げ、まずは頭から食べはじめたかと思うと、猫がネズミを食べるよりもすばやく、髪(かみ)の毛も骨(ほね)も経帷子(きょうかたびら)さえも残さずに、きれいさっぱり片づけてしまった。そうやって死体を平らげてしまうと、怪物(かいぶつ)は供(そな)えもののほうへむかい、それも食べてしまった。そして、来たときとおなじように、いずこへともなく消えていった。

   ラフカディオ・ハーン=著 脇明子(わき・あきこ)=訳 「食人鬼(じきにんき)」
   『雪女 夏の日の夢』 岩波少年文庫 2003/03 所収


(5) 船木 1994
ところが、深々と夜が更けた頃、何やら漠とした、どでかい物影が音もなく、室内に入り込んできました。その瞬間、夢窓は自分が身動きもならず、ものを言うこともできぬのを悟りました。見ると、その物影らしきものが、まるで両手で死骸を持ち上げるようにするや、猫が鼠を食らうより素早く、むさぼり食らうではありませんか。——まず、頭からはじまって、何もかも食い尽くすのが見えました。髪といわず、骨といわず、経帷子(きょうかたびら)までも。そんな風に死体を食い尽くしてしまうと、今度は供物の方に向き直り、それも食いだしました。そうして、入ってきた時と同様、音もなく、いずこへともなく姿を消したのです。

   ラフカディオ・ハーン=著 船木裕(ふなき・ひろし)=訳 「食人鬼(じきにんき)」
   『完訳 怪談』 ちくま文庫 1994/06 所収


(6) 保永 1992
 夜(よ)がふけて、あたりがしんしんとしずまりかえったころ、ぼんやりとした、大きなものの影が一つ、音もなくすーっと部屋にはいってきた。と同時に、夢窓国師(むそうこくし)は、自分の体から、声をたてる力も、手足を動かす力も、ぬけていくのを感じた。
 みると、その影は、両手で持ち上げるように、死人をだきおこし、死体をがつがつとむさぼり食いはじめたではないか。
 それは、ねこがねずみを食うよりもすばやかった。頭から食いはじめて、髪の毛も、骨も、経帷子(きょうかたびら)(仏式で死人をほうむるときに着せる着物)にいたるまで、なにもかもむさぼり食った。
 それから、こんどは供(そな)え物(もの)にむかい、これも食いつくすと、きたときと同じように、あやしい影につつまれたまま、どこへともなく、すーっとさっていった。

   小泉八雲=作 保永貞夫(やすなが・さだお)=訳 「人を食う鬼」
   『耳なし芳一・雪女—八雲怪談傑作集』 講談社青い鳥文庫 1992/06
   引用文中のルビを一部省略しました。


(7) 平川 1977, 1990
すると夜も更けて、あたりがしんしんと静まりかえった頃、漠とした大きな物影が一つ音もなくそこへはいってきた。と同時に夢窓禅師は我が身から、声を立てる力も、体を動かす力も、抜けてゆくのを感じた。見るとその物影は、両手で持ちあげるかのように、死人を抱きおこし、死体をがつがつ貪り食った。それは猫が鼠を食うよりもすばやかった。頭から食いはじめて、なにもかも、髪の毛も骨も、経帷子(きょうかたびら)にいたるまで、むさぼり食った。そしてその怪しいものの怪(け)は、そうして死体を食い尽すと、今度はお供物(そなえもの)に向かい、それもまた食い尽した。それからまた、来た時と同様、不思議に包まれたまま、またどこかへすっと立去った。

   小泉八雲=著 平川祐弘(ひらかわ・すけひろ)=訳 「食人鬼」
   7a. 平川祐弘=訳 『怪談・奇談』 講談社学術文庫 1990/06 所収
   7b. 森亮(もり・りょう)〔ほか〕=訳 『小泉八雲作品集3—物語の文学
      河出書房新社 1977/08 所収
   引用は、7b. に依拠しました。7a. も、送り仮名、ルビなど
   細部の違いを除き、ほぼ同文。


(8) 斎藤 1976
ところが、夜の静けさがもっとも深くなったころ、朦朧(もうろう)とした、どでかい、なにやら「かたち(シェイプ)」のようなものが、音もなく、部屋のなかへすうっとはいってきた。それと同時に、夢窓は、自分が、身動きする力も、ものを言う力も失ってしまっていることに気づいた。夢窓は、その「すがた(シェイプ)」のようなものが、両手で持ちあげるようにして死骸を持ちあげ、猫が鼠を食らうよりもすばやく、それをむさぼり食らうのを見た。——まず頭からはじめて、何もかも食らうのを見た。髪の毛も、骨も、それから経帷子(きょうかたびら)さえも食らってしまうのである。さらに、この怪しい「もの(シング)」は、こんなにして死体を食べつくしてしまうと、こんどは供え物のほうへ向き直り、それをも食らいつくした。それから、はいってきた時と同じように、いずこへともなく立ち去った。

   ハーン=著 斎藤正二(さいとう・しょうじ)=訳 「食人鬼(じきにんき)」
   『完訳 怪談』 講談社文庫 1976/10 所収


(9) 上田 1975
しかし、夜の静寂(しじま)がいよいよ深まったとき、音もなく、ぼんやりした大きな「すがた」が、はいってきた。同時に、夢窓は、動くことも口をきくこともできなくなった。見ていると、その「すがた」は、まるで両手でかかえるように、亡骸をもち上げ、猫(ねこ)が鼠(ねずみ)を食べるよりもはるかに早く、それをむさぼり食った——頭からはじめて、なにもかも、髪の毛や骨や経帷子(きょうかたびら)にいたるまでも。そして、その異形(いぎょう)のものは(#「もの」に傍点)、亡骸を食いつくすと、こんどは供え物にかかり、それらもまた食べてしまった。それから、来たときと同じように、いずこともなく立ち去った。

   小泉八雲=著 上田和夫=訳 「食人鬼(じきにんき)」
   『小泉八雲集』 新潮文庫(新版)1975/03 所収


(10) 繁尾 1972
ところが、軒もさがる丑満(うしみつ)どきに、音もなく、大きな、とりとめもない影がすーっと忍びこんできた。と、そのせつな、夢窓はからだの力が抜け、声も出なくなってしまった。あたかも手を用いているかのように、影は遺骸を持ちあげ、猫がねずみを食らうよりもすばやく、それをむさぼった——まず頭からはじめて、髪の毛や骨、それに経帷子(きょうかたびら)まで食らうのである。このように死骸をあまさず食らいつくすと、物(もの)の怪(け)は供物の方に向きなおり、それをも食いつくした。それから、忍びこんだときと同じように、いずこともなくかき消えてしまった。

   ハーン=作 繁尾久(しげお・ひさし)=訳 「食人鬼(じきにんき)」
   『怪談 他四編』 旺文社文庫 1972/06 所収


(11) 平井 1964, 1965
すると、夜の静寂がもっとも深くなったころである。いきなり、大きな、形のはっきりせぬ、朦朧(もうろう)としたものが、音もたてずに家のなかへすっとはいってきた。と思ったその刹那、夢窓は、きゅうに五体が金縛りにあったようになって、口がきけなくなってしまった。見ているうちに、その大きな、おぼろげなものが、死骸をもろ手にかかえ上げたと思うと、たちまちそれにかぶりついて、猫が鼠を食らうよりも早く、がりがりと音をたてて、むさぶり食らいだした。まず死骸の頭からはじめて、髪の毛から、骨から、経帷子(きょうかたびら)まで食らうのである。さて、死骸を食らいつくしてしまうと、怪しいものは、こんどは供物の方に向きなおって、それも食らいつくした。それから、はいってきたときと同じように、音もたてずに、いずくへともなく立ち去っていった。

   11a. ラフカディオ・ハーン=作 平井呈一=訳 「食人鬼」
       『怪談—不思議なことの物語と研究
       岩波文庫(改版)1965/09 所収
   11b. 小泉八雲=著 平井呈一=訳 「食人鬼(じきにんき)」
       『全訳 小泉八雲作品集10 骨董・怪談・天の川綺譚
       恒文社 1964/06 所収


(12) 田代 1956
ところが、夜の静けさがこのうえなく深まったとき、もうろうとした大きな姿のものが、音もなくはいってきた。と同時に、夢窓は身動きができず、ものを言う力もなくなっていた。見ているうちに、その姿のものは、両手を使ってやるように、遺骸をも
ちあげて、猫が鼠(ねずみ)を食べるよりもすばやく、それを貪(むさぼ)り食った。——頭からはじめて、何もかも、髪の毛も、骨も経帷子(きょうかたびら)までも食べた。そして、この怪物は、こうして遺骸を食べてしまうと、こんどは供え物のほうへむいて、それもみな平(たいら)げてしまった。それから、はいって来たときと同じように、いずこともなく姿を消した。

   ラフカディオ・ハーン=著 田代美千稔(たしろ・みちとし)=訳
   「食人鬼」 『怪談・奇談』 角川文庫 1956/11 所収


(13) 平井 1940
すると、夜の靜寂が最も深くなつた比である。俄かに巨きな、形のはつきりせぬ、朧ろげなものが、音も立てずに家の中へはひつて來た。と思つたその刹那に、夢窓は體ぢゆうが金縛りに逢つたやうになつて、口が利けなくなつてしまつた。見てゐるうちに、その巨きな、朧ろげなものは死骸を兩手に抱き上げたと思ふと、いきなりそれにかぶりついて、猫が鼠を啖ふよりも早くがり/\と啖いはじめた。まづ頭から始めて、なにもかにも、髪の毛から骨から經帷子まで啖ふのである。さて、死骸を啖いつくしてしまうと、怪しいものは今度は供物の方へ向き直つて、それも食べつくした。それから這入つて來た時と同じやうに、音も立てずにどこかへ出て行つてしまつた。

   ラフカディオ・ヘルン=作 平井呈一=訳 「食人鬼(じきにんき)」
   『怪談—不思議な事の研究と物語』 岩波文庫(旧版)1940/10 所収


(14) 山本 1932
ところが、夜(よる)の沈默が最も深まつた時、朦朧とした大きな姿が、音もなく其處にはいつて來た。と同時に夢窓は、自分が動くことも、聲を立てることも出來なくなつてゐるのに氣付いた。見てゐると、その姿は、手で持ち上げる樣に死骸を取り上げ、猫が鼠を食べるよりもずつと速くそれを貪り食つた。——頭からかゝつて、髪の毛も、骨も、何もかも、經帷子(きやうかたびら)までも食べてしまつた。そして死骸を食べ盡すと怪しげな奴は今度は供物にとりつき、それをも亦すつかり食べて仕舞つた。それから、來た時と同じやうに、何處ともなく立ち去つて了つた。

   ラフカディオ・ハーン=著
   山本供平(やまもと・きょうへい)=譯註 「食人鬼」
   『Kwaidan (2)』 英學生文庫第八卷怪談下卷
   春陽堂 1932/06 所収(ただし、この本の扉には "Kawidan" と表記)


(15) 大谷 1926, 1931, etc.
ところが、夜の靜けさの最も深くなつた時、音も立てずに朧げな大きなものが(#「もの」に傍点)入つて來た。同時に夢窗は自分が動く力も、物云ふ力もなくなつて居る事に氣がついた。彼はそのもの(#「もの」に傍点)が抱き上げるやうに死骸をあげて、猫が鼠を喰べるよりも早く、それを喰べつくすのを見た、——頭から始めて、何もかも、髪の毛も、骨も、それから經かたびらさへも喰べるのを見た。それから、その怪しいもの(#「もの」に傍点)がこんなにして死骸を喰べつくしてから、供物の方へ向いて、それも又喰べた。それから來た時と同じく不可思議に出て行つた。

   小泉八雲=著 大谷正信(おおたに・まさのぶ)=譯 「食人鬼」
   『怪談—不思議な事の研究と物語』
   15a. 古谷綱武(ふるや・つなたけ)=編 『小泉八雲集(上)』         
       新潮文庫(旧版)1950/07 所収
   15b. 小泉八雲全集第八卷家庭版』 第一書房 1937/01(昭和12)所収
   15c. 田部隆次=編 『學生版 小泉八雲全集第七卷』 第一書房
       1931/01(昭和6)第二囘豫約刊行
   15d. 田部隆次=編 『小泉八雲全集第七卷』 第一書房 1926/07(大正15)所収


(16) 刈谷+萩原 1927, 森+萩原 1990
ところが、夜の沈黙がその絶頂に達した時、茫漠とした巨きな姿が、音もなくそこにはひつて来ました。同時に夢窓は、自分が動くことも声立てることも出来なくなつてゐるのに気づきました。見てゐると、その姿は、手を以てするやうに死体を取り上げ、猫が鼠を食ふよりも、もつと早くそれを貪(むさぼ)り啖ひました。——頭から始めて、髪の毛も、骨も、経帷子(きやうかたびら)までも、何もかも食べました。そして怪しのものは、死体を終ると供物にかゝり、それらをもまた食べました。それから来た時と同じく、いづこともなく立ち去りました。

   16a. 小泉八雲=著
       森銑三(もり・せんぞう)+萩原恭平(はぎわら・きょうへい)=訳
       『十六桜—小泉八雲怪談集』 研文社 1990/09 所収
   16b. 小泉八雲=著
       刈谷新三郎(かりや・しんざぶろう)+萩原恭平=共訳
       『小泉八雲選集 第2篇』 嶺光社+開隆堂=相版 1927/01(昭和2)所収
   「刈谷新三郎」は森銑三のペンネーム、つまり森氏と刈谷氏は同一人物です。


  Audio  
英語原文のオーディオブック Audiobook in English

「食人鬼」の朗読は 1:00:08 から、下の引用箇所の朗読は 1:04:39 から、それぞれ始まります。 Uploaded to YouTube by FULL audio books for everyone on 23 Feb 2014. Audio courtesy of LibriVox. Reading of Jikininki starts at 1:00:08 and reading of the excerpt below starts at 1:04:39.


■英語原文 The original text in English

But, when the hush of the night was at its deepest, there noiselessly entered a Shape, vague and vast; and in the same moment Muso found himself without power to move or speak. He saw that Shape lift the corpse, as with hands, and devour it, more quickly than a cat devours a rat,--beginning at the head, and eating everything: the hair and the bones and even the shroud. And the monstrous Thing, having thus consumed the body, turned to the offerings, and ate them also. Then it went away, as mysteriously as it had come.


■ハーンによる英文原書『怪談』に関する詳細な書誌
 Detailed bibliography on Kwaidan, Hearn's collection of ghost stories
 in English


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  • 2014/02/27 目次と英語版オーディオブックの YouTube 画面を追加しました。
  • 2007/06/02 森銑三+萩原恭平=訳 1990/09、および刈谷新三郎+萩原恭平=訳 1927/01 を追加しました。

■和書 Books in Japanese
(1) ラフカディオ・ハーン + 怪談

(2) 小泉八雲 + 怪談

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Sunday, 27 May 2007

The Story of O-Tei by Lafcadio Hearn ラフカディオ・ハーン / 小泉八雲 「お貞の話」

 Images 
表紙画像 Cover photos

a. Url b. Manga_guide_kwaidan c. Kwaidan

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■日本語訳の例 A list of some translations into Japanese

1a.池田雅之=訳「お貞の話」  『新編 日本の怪談』角川ソフィア文庫 2005/07
1b.池田雅之=訳「お貞のはなし」『妖怪・妖精譚』    ちくま文庫 2004/08
2. 金振寿香=訳「お貞の話」  『小泉八雲 日本の心』   彩図社 2003/08
3. 船木 裕=訳「お貞の話」  『完訳 怪談』     ちくま文庫 1994/06
4. 平川祐弘=訳「お貞の話」  『怪談・奇談』   講談社学術文庫 1990/06
5. 奥田裕子=訳「お貞の話」  『小泉八雲作品集3』 河出書房新社 1977/08
6. 斎藤正二=訳「お貞のはなし」『完訳 怪談』     講談社文庫 1976/10
7. 上田和夫=訳「お貞の話」  『小泉八雲集』   新潮文庫(新) 1975/03
8. 繁尾 久=訳「お貞のはなし」『怪談 他四編』    旺文社文庫 1972/06
9a. 平井呈一=訳「お貞の話」  『怪談』      岩波文庫(新) 1965/09
9b. 平井呈一=訳「お貞の話」  『全訳 小泉八雲作品集10』 恒文社 1964/06
10. 田代美千稔=訳「お貞の話」 『怪談・奇談』      角川文庫 1956/11
11. 平井呈一=訳「お貞の話」  『怪談』      岩波文庫(旧) 1940/10
12. 山本供平=譯「お貞の話」  『Kwaidan (1)』     春陽堂  1932/03
13a.森 銑三+萩原恭平=訳「お貞の話」『十六桜』     研文社  1990/09
13b.刈谷新三郎+萩原恭平=訳「お貞の話」『小泉八雲選集2』嶺光社  1927/01
14a.大谷正信=譯「お貞のはなし」『小泉八雲集(上)』新潮文庫(旧) 1950/07
14b.大谷正信=譯「お貞のはなし」『小泉八雲全集8 家庭版』 第一書房 1937/01
14c.大谷正信=譯「お貞のはなし」『小泉八雲全集7 學生版』 第一書房 1931/01
14d.大谷正信=譯「お貞のはなし」『小泉八雲全集7』     第一書房 1926/07


■上掲日本語訳からの抜粋 Excerpts from the translations listed above
 
(J1) 池田 2004, 2005
「いえ、いえ」お貞は、もの静かに応えました。
「極楽浄土でお会いできるなどと申し上げているのではございません。わたくしたちは、この世でふたたびお目にかかれる定めだと信じているのでございます。たとえ、わたくしが明日、お葬(とむら)いされたとしましても」
(……)
「ええ、わたくしが申しているのは、今生(こんじょう)のことでございます。この現世でのことでございますよ、長尾さま……。本当にあなた様がお望みになってくださるのであれば、の話です。
 ただ、そうなるためには、わたくしは、もう一度、女の子に生まれ変わり、一人前の女にならなければなりません。ですから、あなた様には待っていただかなければなりません。十五年、あるいは十六年。それは長い年月でございますね。
 ……でも、長尾さま、あなた様はまだ十九ですものね」

   a. ラフカディオ・ハーン=著 池田雅之=訳 「お貞の話」
     池田雅之=編訳 『新編 日本の怪談』 角川ソフィア文庫 2005/07 所収
   b. 小泉八雲=著 池田雅之(いけだ・まさゆき)=訳 「お貞のはなし」
     池田雅之=編訳 『妖怪・妖精譚』 小泉八雲コレクション
     ちくま文庫 2004/08 所収
 
 
(J2) 金振 2003
「いえ、いえ。来世(らいせ)のことを言っているのではありません。今死んでも、私たちはこの世でまた会える運命(さだめ)なのです」
(……)
「そうです、永尾樣。私はこの世で、またお会いできると申し上げているのです。……でも、それもあなたが望めばの話です。またお会いするためには、私はもう一度娘に生まれ、大人に成長しなければなりません。そのためには、あなたは十五、六年は待たねばならないでしょう。それが長い年月だとはわかっております。でも、あなたはまだ十九歳……」

   ラフカディオ・ハーン=著 金振寿香=訳 「お貞の話」
   和田久實(わだ・ひさみつ)=監訳 『小泉八雲 日本の心
   彩図社 2003/08 所収
 
 
(J3) 船木 1994
「いいえ、そうではありません」と相手は穏やかに、その言葉をさえぎって、「わたしの申すのは浄土のことではありません。きっとこの世でまたお目にかかれるものと信じておりますの。——たとい明日、この身が埋葬されることになりましても」
(……)
「そう。この世のことを申しているのです。——今の、この世のことなのです。長尾さま。——もっとも、あなたがそれを望んで下されば、ですけれども。ただ、そうなるには、わたしがまた女子に生まれ変わり、一人前の女にならなければなりません。ですから、それまで待っていただかなければなりません。十五年、いえ十六年、ずいぶん長い年月ですが……。でも、いとしい長生さま、あなたはまだやっと十九でございますものね……」

   ラフカディオ・ハーン=著 船木裕(ふなき・ひろし)=訳 「お貞の話」
   『完訳 怪談』 ちくま文庫 1994/06 所収
 
 
(J4) 平川 1990
「いえ、いえ」
 とお貞はおだやかに答えた、
「西方浄土のお話をいたしたのではございません。わたしどもはこの世でまたお会いするよう運命づけられている、と信じているのでございます——たといこの体が明日埋葬(まいそう)されようともでございます」
(……)
「左様でございます。この世で——あなた様の今生(こんじょう)のうちに、またお目にかかれるのでございます、おいたわしい長尾様…… ただ、本当にあなた様がお望みならばでございますよ。ただ、そうなるためには、もう一度女の子に生れて一人前の女にまで育たなければなりませぬ。そのためにはあなた様はお待ちにならなければいけませぬ。十五年か、十六年でございましょうか。これは長い年月でございます…… でもあなた様はまだ十九歳でございますものね……」

   小泉八雲=著 平川祐弘(ひらかわ・すけひろ)=訳 「お貞の話」
   『怪談・奇談』 講談社学術文庫 1990/06 所収                     
 
 
(J5) 奥田 1977
「いいえ、そうではございません」お貞は静かに答えた。「私の申すのは浄土のことではございません。この世で、もう一度お目にかかれるものと信じているのでございます。たとえ、明日私の葬式が行われましょうとも」
(……)
「そうです、長尾様。私はこの世で貴方様の生きていらっしゃる間にお目にかかれる、と申すのでございます。無論、貴方様がそうお望みならば、のことでございますが。そうなる為に、私はもう一度女子(おなご)に生まれ直して、大人にならねばなりません。貴方様は、それまで十五年、六年はお待ちになるのです。長い年月(としつき)ではございますけれど……。でも、貴方様はまだ十九でいらっしゃいますし……」

   ラフカディオ・ハーン=著 奥田裕子(おくだ・ひろこ)=訳 「お貞の話」
   『小泉八雲作品集3—物語の文学』 河出書房新社 1977/08 所収
 
 
(J6) 斎藤 1976
「いいえ、そうじゃないの!」と、彼女はおだやかに答えた。「あたくし、浄土のことを申したのではございません。あたくし、ふたりは、きっとこの世で、もういちど会える宿運(さだめ)になっていると信じていますの。——たとい、あたくし、明日(あす)が日にも土の下に埋められるにしても、ですわ」
(……)
「そうですわ。あたくしの申しておりますのは、この世なのです。——あなたがげんにこうして生きていらっしゃる、この世なのでございますわ、長尾さま。……ほんとうに、あなたさまがそれを望んでくださるのだったら、ですわ。ただ、そうなるためには、あたくし、もういちど、女の子に生まれ、それからいちにんまえの女にならなければなりませんの。ですから、あなたには、それまで待っていただかねばなりませんの。十五年——十六年。ずいぶん長い年月でございますわ……。でも、いとしい方(かた)、あなたはまだやっと十九でございますものね」……

   ハーン=著 斎藤正二(さいとう・しょうじ)=訳 「お貞のはなし」
   『完訳 怪談』 講談社文庫 1976/10 所収
 
 
(J7) 上田 1975
「いえ、いえ!」彼女は、静かに答えた、「わたしの申しておりますのは、浄土のことではございません。わたしどもは、この世でもう一度、会えることになっていると信じます——たとえ、明日、わたしが葬(ほうむ)られましても」
(……)
「そうです、この世で——長尾さま、あなたの現にいらっしゃる、この世のことでございます……もし、ほんとうに、そう願ってくださるなら。ただ、そうなるには、わたしはもう一度、女の子に生れかわって、大人にならなければなりません。ですから、きっと待っていてくださいませ。十五、六年を。長い年日ですわ……でも、ねえ、あなたはまだ、十九歳ですもの」

   小泉八雲=著 上田和夫=訳 「お貞の話」
   『小泉八雲集』 新潮文庫(新版)1975/03 所収
 
 
(J8) 繁尾 1972
 「いいえ、ちがいますわ」と女はやさしく応じた。「わたくしは極楽浄土でなどと申しあげてはおりませんの。わたくしたちは、かならずまたこの世で会える宿縁(しゅくえん)になっていると思うのです——たとえあすこの身が埋められてしまいましても」
(……)
 「そうです、わたくしは、この世でと申しあげているのです。あなたがいま生きていらっしゃるこの世でなのです、長尾さま。でも、あなたが本当に、それをお望みならのことですわ。ただ、それをするためには、わたくしが娘に生まれて、女にならなければなりません。ですから、あなたにはお待ちになっていただくのですわ。十五年か十六年も。とても長い年月です。でも、あなたはことしまだ十九でいらっしゃるから……」

   ハーン=作 繁尾久(しげお・ひさし)=訳 「お貞のはなし」
   『怪談 他四編』 旺文社文庫 1972/06 所収
 
 
(J9) 平井 1964, 1965
 「いいえ、いいえ。わたくし、来世のことを申しているのではございませんの。わたくし、きっとこうだと思います。ふたりは、かならずこの世で、もういちど会える宿世(すくせ)になっているものと存じますの。たとえあすが日にも、わたくしが土の下に埋められましても」
(……)
 「そう、わたくしの申すのは、この世のこと。長尾さま、こうしてげんにあなたが生きておいであそばすこの世のことですの。あなたさえ、ほんとにそうなることを望んでくださるのでしたら。……ただ、そうなるためには、わたくし、もういちど子どもに生まれ変って、女にならなければなりません。あなた、それを待っていただけるでしょうね。十五年、十六年、長い年月ですわ。……でも、あなたはまだ、ことし十九でいらっしゃるのですから……」

   a. ラフカディオ・ハーン=作 平井呈一=訳 「お貞の話」
     『怪談—不思議なことの物語と研究』 岩波文庫(改版)1965/09 所収
   b. 小泉八雲=著 平井呈一=訳 「お貞の話」
     『全訳 小泉八雲作品集10 骨董・怪談・天の川綺譚
     恒文社 1964/06 所収
 
 
(J10) 田代 1956
 「いえ、いえ」と、彼女はものしずかに答えた。「浄土のことを申したのではございません。わたしたちは、きっとこの世で、もう一度会える定めになっていると思います。——たとい、わたしが、あしたお葬(とむら)いされるにいたしましても」
(……)
 「そうです。わたしの申しますのは、この世——あなたが、現に生きていらっしゃる、この世でございますよ、長尾さま。……ほんとにあなたさまが、そう望んでくださるのでしたら。ただ、そうなるためには、わたしはもう一度、女の子に生れて、ひとりまえの女にならねばなりません。ですから、それまで待っていただかねばなりません。十五年——十六年、ずいぶん長いことでございます。……でも、長尾さま、あなたはまだやっと、十九でございますものね」

   ラフカディオ・ハーン=著 田代美千稔(たしろ・みちとし)=訳
   「お貞の話」 『怪談・奇談』 角川文庫 1956/11 所収
 
 
(J11) 平井 1940
 「いゝえ、いゝえ。」女は詞しづかに云ふのである。「わたくし、來世のことを申してゐるのではございません。わたくし、きつとかうだと思ひます。二人は屹度此世でもう一ど逢へる宿世(すくせ)になつてゐるのだと思ひますわ。たとひ、ひよつとしてわたくしが明日が日に土の下へ埋められましても。」
(……)
 「さうです。わたくしの申すのは此世のことでございます。ねえ長尾さま、あなたが現に生きていらつしやる此世の事でございます。あなたさへほんたうにお厭でなければ。……たゞさうなるためには、わたくしもう一ど子供に生れ變つて、女にならなければなりません。あなた、それを待つてゐて下さるでせうね。十五年、十六年。長い年ですわね。だつて、あなたはまだやつと十九でいらつしやいますもの。」

   ラフカディオ・ヘルン=作 平井呈一=訳 「お貞の話」
   『怪談—不思議な事の研究と物語』 岩波文庫(旧版)1940/10 所収
 
 
(J12) 山本 1932
「いえ、いえ」と彼女は靜かに答へた。「淨土の事を云ふたのでは御座いませんか[ママ]。私は明日葬られるのでせうが、何時か復た此世でお互ひに廻り合ふやうな運命にたつて居ると信じて居ります。」
(……)
「ほんとうに此世でのつもりです——それもあなたの今生の間の事です。……それは長尾樣、あなたがさうなる事をお望みならの事です。只さうなる爲には、私はも一度女子に生れかはつて、それから一人前の女にならねばなりません。ですから、あなたは待つてゐて下さらなければなりません。十五年か十六年、それはずゐぶん長い事ですね、……けれど私の許婚の長尾樣、あなたは未だやつと十九ですものね」。

   ラフカディオ・ハーン=著 山本供平(やまもと・きょうへい)=譯註
   「お貞の話」 『Kwaidan (1)』 英學生文庫第一卷怪談
   春陽堂 1932/03(昭和7)所収(扉には "Kawidan" と印刷されています)
 
 
(J13) 刈谷+萩原 1927, 森+萩原 1990
 「いゝえ、いゝえ」彼女はよわよわしく言葉を返した。「わたしの申しますのは浄土ではありません。わたしはこの世でもう一度わたし等の逢はれるやうになつてゐるのを信じます。——たとひあす葬られませうと」
(……)
 「さうですの、わたしの申しましたのは、この世——あなたの現にいらつしやるこの世ですの、長尾様。……ほんたうにあなたがそれを望んで下さるなら。たゞ、この通りになりますには、わたしはもう一度娘に生れて来て、女に成人せねばなりません。ですからあなたは待つてゐて下さらうなくてはなりませんわね。十五年——十六年。長いことですのよ。でも、長尾様、あなたはまだ十九歳でいらつしやいますわ」……

   a. 小泉八雲=著
     森銑三(もり・せんぞう)+萩原恭平(はぎわら・きょうへい)=共訳
     『十六桜—小泉八雲怪談集』 研文社 1990/09 所収
   b. 小泉八雲=著
     刈谷新三郎(かりや・しんざぶろう)+萩原恭平=共訳
     『小泉八雲選集 第2篇』 嶺光社+開隆堂=相版 1927/01(昭和2)所収

   「刈谷新三郎」は森銑三のペンネーム、つまり森氏と刈谷氏は同一人物です。
 
 
(J14) 大谷 1926, 1931, etc.
 『いゝえ、いゝえ』彼女は靜かに答へた。『淨土での事ではありません。明日葬られますけれども——この世で再びあふ事にきまつて居ると信じてゐます』
(……)
 『さうです。この世のつもりです——あなたのこの今の世でです。長尾さま、……全くあなたもおいやでなければ。……たださうなるために私もう一度子供に生れかはつて女に成人せねばなりません。それまで、あなたは待つてゐて下さるでせう。十五年、十六年、長い事ですね、……しかし私の約束の夫のあなたは今やつと十九です……』

   小泉八雲=著 大谷正信(おおたに・まさのぶ)=譯 「お貞のはなし」
   a. 古谷綱武(ふるや・つなたけ)=編 『小泉八雲集(上)』               
     新潮文庫(旧版)1950/07 所収
   b. 小泉八雲全集第八卷 家庭版』 第一書房 1937/01(昭和12)所収
   c. 田部隆次=編 『小泉八雲全集第七卷 學生版』 第一書房
     1931/01(昭和6)第二囘豫約刊行
   d. 田部隆次=編 『小泉八雲全集第七卷』 第一書房 1926/07(大正15)
     (豫約非賣品)所収


 Images 
英語原文のオーディオブック 朗読: ナディーン・エッカート・ブレ
Audiobook in English read by Nadine Eckert-Boulet

下の引用箇所の朗読は 2:08 から始まります。 Uploaded to YouTube by Story Time on 25 Apr 2015. Audio courtesy of LibriVox. Reading of the excerpt below starts at 2:08.


■英語原文 The original text in English

"Nay, nay!" she responded softly, "I meant not the Pure Land. I believe that we are destined to meet again in this world,--although I shall be buried to-morrow."

(......)

"Yes, I mean in this world,--in your own present life, Nagao-Sama.... Providing, indeed, that you wish it. Only, for this thing to happen, I must again be born a girl, and grow up to womanhood. So you would have to wait. Fifteen--sixteen years: that is a long time. . . . But, my promised husband, you are now only nineteen years old." . . .


■ハーンによる英文原書『怪談』に関する詳細な書誌
 Detailed bibliography on Kwaidan, Hearn's collection of ghost stories
 in English


■有益なサイト Useful websites


■更新履歴 Change log

  • 2015/06/26 英語原文オーディオブックの YouTube 画面を追加しました。
  • 2007/06/02 森銑三+萩原恭平=訳 1990/09、および刈谷新三郎+萩原恭平=訳 1927/01 を追加しました。

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Wednesday, 23 May 2007

Yuki-Onna by Lafcadio Hearn ラフカディオ・ハーン / 小泉八雲 「雪女 / 雪おんな / 雪をんな」

 Images 
表紙画像 Cover photos

a. Nihon_no_kaidan b. Yukionna_1 c. Hearn_no_sekai
↑ クリックして拡大 Click to enlarge ↑

  Audio  
平井呈一訳の朗読 Audiobook in Japanese

下に引用した個所は 5:33 あたりから。The excerpted section starts around 5:33.


■日本語訳の例 A list of some translations into Japanese

1.  小林幸治=訳「雪女」  『怪談』プロジェクト杉田玄白 2006 or 2010(?)
2a. 池田雅之=訳「雪女」  『語られると怖い話』    ポプラ社 2006/03
2b. 池田雅之=訳「雪女」  『新編 日本の怪談』角川ソフィア文庫 2005/07
2c. 池田雅之=訳「雪女」  『妖怪・妖精譚』     ちくま文庫 2004/08
3.  井上雅之=訳「雪女」  『小泉八雲 日本の心』    彩図社 2003/08
4.  脇 明子=訳「雪女」  『雪女 夏の日の夢』  岩波少年文庫 2003/03
5.  船木 裕=訳「雪おんな」『完訳 怪談』      ちくま文庫 1994/06
6.  保永貞夫=訳「雪女」  『耳なし芳一・雪女』講談社青い鳥文庫 1992/06
7.  平川祐弘=訳「雪女」  『怪談・奇談』    講談社学術文庫 1990/06
8.  中山伸子=訳「雪おんな」『恐怖の1ダース』    講談社文庫 1980/08
9.  奥田裕子=訳「雪女」  『小泉八雲作品集3』  河出書房新社 1977/08
10. 斎藤正二=訳「雪おんな」『完訳 怪談』      講談社文庫 1976/10
11. 上田和夫=訳「雪おんな」『小泉八雲集』   新潮文庫(新版) 1975/03
12. 保永貞夫=訳「雪女」  『怪談2』    少年少女講談社文庫 1972/11
13. 繁尾 久=訳「雪おんな」『怪談 他四編』     旺文社文庫 1972/06
14. 白木 茂=訳「雪おんな」『怪談』    旺文社ジュニア図書館 1971/04
15a.平井呈一=訳「雪おんな」『怪談』      岩波文庫(改版) 1965/09
15b.平井呈一=訳「雪おんな」『新・日本児童文学選2』   偕成社 1965/07
15c.平井呈一=訳「雪おんな」『全訳 小泉八雲作品集10』  恒文社 1964/06
16. 田代美千稔=訳「雪おんな」『怪談・奇談』      角川文庫 1956/11
17. 竹村 覺=譯「雪女」  『怪談・奇談』     金文堂出版部 1948/06
18. 平井呈一=訳「雪をんな」『怪談』      岩波文庫(旧版) 1940/10
19a.田部隆次=譯「雪女」  『小泉八雲集(上)』新潮文庫(旧版) 1950/07
19b.田部隆次=譯「雪女」  『小泉八雲全集第八卷家庭版』第一書房 1937/01
20. 山本供平=譯「雪女」  『Kwaidan (1)』       春陽堂 1932/03
21a.森銑三+萩原恭平=訳「雪をんな」『十六桜』      研文社 1990/09
21b.刈谷新三郎+萩原恭平=訳
        「雪をんな」『小泉八雲選集1』  嶺光社+開隆堂 1926/05


■上掲日本語訳からの抜粋 Excerpts from the translations listed above

(1) 小林 2006(?), 2010(?)
「私は、お前もあの人のようにする積りだったけど、お前が哀れに思えて仕方がない。だから見逃してやる事にするわ。見ればとても若くてかわいい坊やなんだから、巳之吉、今はお前には何もしないであげる。けど、もし今夜見た事を誰かに話したら、たとえそれがお前の母さんでも、私はすぐ分かるからね、その時はお前を殺してやるわ。私の言葉、忘れないで。」

   ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)=著 小林幸治=訳 「雪おんな
   『怪談:妖しい物の話と研究』 「プロジェクト杉田玄白」正式参加作品
   出版年は不明。アクセスカウンターは2010/09/06からカウント開始している。
   あとがきに相当する「訳者より」のページには「平成18年12月7日」
   すなわち 2006/12/07 の日付が見える。


(2) 池田 2004, 2005, etc.
「わたしは、おまえをあの年寄りのようにしてやろうと思っていたのさ。だが、おまえはたいそう若いから、どうも憐(あわ)れになった。
 巳之吉(みのきち)、おまえはなかなかきれいだから、今は許してやることにしよう。しかし、もしも、おまえが今夜見たことを、たとえ母親にでもしゃべったなら、そのときは、きっと命はないものと思うがいい。いいか、わたしの言ったことを忘れるでないぞ」

   小泉八雲=著 池田雅之(いけだ・まさゆき)=訳 「雪女」
   a. 赤木かん子=編 『語られると怖い話』 ホラーセレクション2
     ポプラ社 2006/03 所収
   b. 池田雅之=編訳 『新編 日本の怪談』 角川ソフィア文庫 2005/07 所収
   c. 池田雅之=編訳 『妖怪・妖精譚』 小泉八雲コレクション
     ちくま文庫 2004/08 所収


(3) 井上 2003
「おまえもあの爺さんと同じ目に遭わせてやろうと思っていたのさ。でも、気の毒になってね。だって、おまえは若いし、ほんとに可愛いからね。……今夜のことを、たとえ、おまえのおっ母さんにでもだよ、口にしたら、殺してしまうからね。わたしにはすべてお見通しなのさ。……わたしの言葉を忘れるでないよ」

   ラフカディオ・ハーン=著 井上雅之=訳 「雪女」
   和田久實(わだ・ひさみつ)=監訳 『小泉八雲 日本の心
   彩図社 2003/08 所収


(4) 脇 2003
「おまえも、もう一人のようにしてやるつもりだった。でも、なんだかかわいそうになってきたわ。おまえはこんなに若いんだもの。……おまえはきれいね、巳之吉(みのきち)。いまはおまえには触(さわ)らないでおくわ。でも、今夜ここで見たことをだれかに言ったら——たとえ、それがおまえのお母さんであっても——だれかにひとことでも言おうものなら、あたしにはちゃんとそれがわかるからね。そうしたら、おまえを殺してしまうよ。……あたしの言ったことを覚えておおき!」

   ラフカディオ・ハーン=著 脇明子(わき・あきこ)=訳 「雪女」
   『雪女 夏の日の夢』 岩波少年文庫 2003/03 所収


(5) 船木 1994
「おまえもあの爺さんと同じ目にあわせるつもりだったのに、なんだかかわいそうになってしまった。——なにしろあんまり若いのだもの。——ねえ、巳之吉(みのきち)、あんたはかわいい子だね。だから、今回は見逃してあげよう。でもね、今夜見たことは決して誰にもいってはいけないよ——母親にもね。そんなことしてごらん、あたしにはちゃんとわかるんだからね。そのときには、おまえの命はないからね——いいかい、それを忘れるんじゃないよ」

   ラフカディオ・ハーン=著 船木裕(ふなき・ひろし)=訳 「雪おんな」
   『完訳 怪談』 ちくま文庫 1994/06 所収


(6) 保永 1992
「おまえも、茂作(もさく)と同(おな)じめにあわせてやろうと思(おも)ったが、なんだかかわいそうになった。だって、おまえはまだ若(わか)いし、心(こころ)もやさしそうだから、こんどは助(たす)けてあげよう。しかし、今晩(こんばん)のことは、だれにも——たとえ、おまえのお母(かあ)さんにでも話(はな)してはいけないよ。そうしたら、おまえの命(いのち)はないからね……いいかい、わたしのいったことを、けっしてわすれるんじゃないよ。」

   小泉八雲=作 保永貞夫(やすなが・さだお)=訳 「雪女」
   『耳なし芳一・雪女—八雲怪談傑作集
   講談社青い鳥文庫 1992/06


(7) 平川 1990
「お前も同じ目にあわせてやろうと思ったが、なんだか不憫(ふびん)になった。お前はあんまり若いから。お前は可愛いから、今度は助けてあげる。しかし今晩のことは誰にも話してはいけない。たといお母さんにでも言えば、只ではおかない。そうしたら命はないよ。いいか、わたしの言いつけをお忘れでないよ」

   小泉八雲=著 平川祐弘(ひらかわ・すけひろ)=訳 「雪女」
   『怪談・奇談』 講談社学術文庫 1990/06 所収                     


(8) 中山 1980
「お前ももう一人の人と同じような目に会わせてやるつもりだったんだけどね。何だかちょっとかわいそうになったのさ——お前はまだとっても若いから……きれいな子だね、お前は、巳之吉。お前を痛めつけるのは今はやめにしてあげよう。だけど、もしお前が誰かに——そう、たとえお前のお母さんにだってさ——今夜見たことを話したら、私には、ちゃんと分かるんだよ。もしもしゃべったら、そしたら、お前の命は今度こそないよ……私が言ったことをお忘れでないよ」

   ラフカディオ・ハーン=著 中山伸子=訳 「雪おんな」
   中田耕治=編 『恐怖の1ダース』 講談社文庫 1980/08 所収


(9) 奥田 1977
「お前さんもこの爺さんとおんなじ目に遭わせてやるつもりだったが、まだ若いらしいから、今日のところは止めにしておいてあげよう。顔も可愛らしいし、かわいそうになったんだよ。だが、もしお前さんが今夜の出来事を人にしゃべったりすれば、この私にゃちゃんと分かるんだからね。そうしたら、ただではおかないよ。おふくろさんにしゃべっても、お前さんの命はないからね。いいかい、今言ったことをお忘れでないよ」

   小泉八雲=著 奥田裕子(おくだ・ひろこ)=訳 「雪女」
   森亮(もり・りょう)〔ほか〕=訳 『小泉八雲作品集3—物語の文学
   河出書房新社 1977/08 所収


(10) 斎藤 1976
「あたしは、おまえさんを、もうひとりの人と同じような目にあわせてやろうと思っていたんだよ。だが、どうもすこし、おまえさんがかわいそうになってきてね。——だって、おまえさんは、まだとても若いんだものね。……おまえさんは美少年だね、巳之吉。それで、あたしは、きょうのところ、おまえさんを殺(あや)めるようなことはしないでおくよ。だが、もしも、おまえさんが、今夜見たことを、だれかに——たといおまえの母親にだってもだよ——口外したとすればだよ、あたしには、それが、ちゃんとわかるんだからね。そして、そのときには、あたしゃ、おまえさんを生かしちゃおかないからね。……あたしの言ったことを、よく覚えておおき!」

   ハーン=著 斎藤正二(さいとう・しょうじ)=訳 「雪おんな」
   『完訳 怪談』 講談社文庫 1976/10 所収


(11) 上田 1975
「わたしは、おまえも、あの人のようにするつもりだったのよ。だけど、ちょっとかわいそうになってね——あんまり若いものだから。……なんて、かわいい子だろう、巳之吉さん。もう、おまえを殺しはしない。でも、もしおまえが、だれかに——たとえ、おまえの母親であっても——今夜見たことを言ったら、わたしにはわかるのだから。そのときは、おまえを殺してしまう……言ったことをよくおぼえておくのだよ!」

   小泉八雲=著 上田和夫=訳 「雪おんな」
   『小泉八雲集』 新潮文庫(新版)1975/03 所収


(12) 保永 1972
「おまえも、あの人と、おなじようなめにあわせてやろうと思ったのだが、すこし、かわいそうになってきたよ——。だって、まだわかいのだもの……。
 巳之吉や、おまえは、ほんとうに、きれいで、やさしそうな子だね。それで、いまのところ、おまえをいためつけるようなことはしないから、安心をおし。
 けれど、今夜見たことを、もしだれかに——たとい、おまえの母親にでも——話そうものなら、わたしには、ちゃんとわかって、そのときは、おまえを殺してしまうからね……。わたしのいったことを、けっしてわすれるのではないよ。」

   小泉八雲=作 保永貞夫(やすなが・さだお)=訳 「雪女」
   『怪談 2』 少年少女講談社文庫 1972/11
   原文は総ルビですが、ここではそれらをすべて略しました。


(13) 繁尾 1972
「おまえも、あっちの男のようにしてくれようと思ったけれど、でもなんだかかわいそう——まだ、こんなに若いんだから……かわいい子だね、巳之吉、おまえは。今はいたぶるのはよしにしよう。でも、こん夜見たことを人にいいつけたら、たとえおまえのおっ母(か)さんにしゃべったって、あたしにはわかっちまうんだから、いいね。そんなことをしでかしたら、わたしはおまえを取り殺してしまうから……あたしのいったことを、よくおぼえておくがいい!」

   ハーン=作 繁尾久(しげお・ひさし)=訳 「雪おんな」
   『怪談 他四編』 旺文社文庫 1972/06 所収


(14) 白木 1971
「わたしは、おまえも、この年よりのような目にあわせてやろうと思ったのだが、なんだか、かわいそうになってきたんだよ。——おまえは、まだ若いんだからね……。ねえ、巳之吉(みのきち)、あんたは、かわいい少年だね。だから、そっとしといてあげる。そのかわり、おまえは、今夜のことをだれにもいってはいけないよ。おまえのおかあさんにもだよ。——もし、このやくそくをやぶるようなことがあれば、このわたしには、すぐわかるんだからね。いいね、だれかにいったりしたら、おまえをころしてしまうよ。わかったね、ようくおぼえておくんだよ。」
[原文にあるルビは一部省略しました - tomoki y.]

   ハーン=作 白木茂(しらき・しげる)=訳 「雪おんな」
   『怪談(ふしぎな話)』 旺文社ジュニア図書館 1971/04 所収


(15) 平井 1964, 1965
「わたしは、おまえのことも、こっちの人のような目に会わせてやろうと思ったけれど、でも、なんだか、むしょうにかわいそうになってきた。おまえは、まだ年がいかないものね。巳之吉、おまえはかわいい子だね。もう、わるさはしないよ。でも、今夜おまえが見たことは、だれにも言ってはいけないよ。おまえのおっ母さんにも、黙っているのだよ。言うと、わたしにゃ、ちゃんとわかるよ。そうしたら、わたしはおまえを殺してやるからね。いいかえ、わたしの言ったことを、よくおぼえてお置き」

   a. ラフカディオ・ハーン=作 平井呈一=訳 「雪おんな」
     『怪談—不思議なことの物語と研究』 岩波文庫(改版)1965/09 所収
   b. 小泉八雲=著 平井呈一=訳 「雪おんな」
     『新・日本児童文学選2』 偕成社 1965/07 所収
   c. 小泉八雲=著 平井呈一=訳 「雪おんな」
     『全訳 小泉八雲作品集10 骨董・怪談・天の川綺譚
     恒文社 1964/06 所収

   上の引用は、a. および c. に依拠しました。
   b. は、児童向きに字句や表記がすこし改めてあるため、
   細部が異なりますが、大筋は同じです。


(16) 田代 1956
「おまえも、あの人と同じような目にあわせてやろうと思ったんだが、どうもすこし、かわいそうになってきてね。——だって、まだとても若いんだから。……おまえはきれいな子だね、巳之吉。それで、今のところ、おまえを傷めるようなことはしないよ。だけど、おまえがもしだれかに——たといおまえの母親にでも——今夜見たことを話そうものなら、ちゃんとわたしにわかるのだから、そのときは、おまえを殺してしまうからね。……わたしの言ったことを、よく覚えておいで」

   ラフカディオ・ハーン=著 田代美千稔(たしろ・みちとし)=訳
   「雪おんな」 『怪談・奇談』 角川文庫 1956/11 所収


(17) 竹村 1948
『妾は、お前も、あの男の樣にしてやらうと思つてゐたよ。けれども、妾はどうしてもお前が可哀想でならないのだよ、——お前はこんなに若いのだものね。……巳之吉、お前は美しい子だわね。もうお前に危害を加へるのは止めようね。けれども若しお前が誰にでも——たとへお前の母親にだつても——今夜見た事を話さうものなら、妾にはそれが分るのだよ。その時には、お前も殺してしまふからね。……妾の言ふことを忘れないでね!』

   小泉八雲=著 竹村覺(たけむら・さとる)=譯註 「雪女」
   『怪談・奇談』 金文堂出版部 1948/06 所収


(18) 平井 1940
「わたしはお前もこつちの人のやうな目に遭わせてやらうと思つたが、でもなんだか耐(たま)らなく可哀さうになつて來たよ。お前はまだ年が行かないからね。巳之吉や、お前は可愛いゝ子だね。もう惡戲(わるさ)はしないよ。だが、今夜お前が見たことは誰にも言つてはいけない。お前のおつ母さんにも默つてゐるのだよ。言ふと、ちやんとわたしにや分かるよ。さうしたら、わたしやお前を殺してしまうよ。いゝかえ、わたしの言ふこと、よく覺えてお置き。」

   ラフカディオ・ヘルン=作 平井呈一=訳 「雪をんな」
   『怪談—不思議な事の研究と物語』 岩波文庫(旧版)1940/10 所収


(19) 田部 1937, 1950, etc.
「私は今ひとりの人のやうに、あなたをしようかと思つた。しかし、あなたを氣の毒だと思はずには居られない、——あなたは若いのだから。……あなたは美少年ね、巳之吉さん、もう私はあなたを害しはしません。しかし、もしあなたが今夜見た事を誰かに——あなたの母さんにでも——云つたら、私に分ります、そして私、あなたを殺します。……覺えていらつしやい、私の云ふ事を」

   小泉八雲=著 田部隆次(たなべ・りゅうじ)=譯 「雪女」
   a. 古谷綱武(ふるや・つなたけ)=編 『小泉八雲集(上)
     新潮文庫(旧版)1950/07 所収
   b.小泉八雲全集第八卷家庭版』 第一書房 1937/01(昭和12)所収
   この訳のオーディオブック 『小泉八雲の怪談傑作選』 でじじ


(20) 山本 1932
「妾はね、お前もあの人の樣に仕樣と思つたんだよ、だが、どうも、少し可哀想でね——お前はまだほんとに若いのだから……。巳之吉、お前は綺麗な子だね、妾は今お前を殺しませんよけれども、お前が若し誰にでも、例ばお前のほんとのお母さんにでも、今夜見たことを、云つたら最後、妾にはちやんと解るのだからその時こそはお前の命を貰ふからね……妾の云つたことを覺えて置いで!」

   ラフカディオ・ハーン=著 山本供平=譯註 「雪女」
   『Kwaidan (1)』 春陽堂 1932/03(昭和7)所収
   (ただし、この本の扉には "Kawidan" と表記)


(21) 刈谷+萩原 1926, 森+萩原 1990
「あたしはね、お前もあの人のやうにしようと思つたのだよ。だがどうも、ちつと可哀さうよ——お前はほんたうにまだ若いのだから……。巳之吉お前は美しい子だね。あたしは今お前をあやめまい。けれども、お前がもし誰にでも——お前のほんとの母親にでも——今夜見たことをいはうなら、わたしには解るのだから、その時こそお前を殺してしまふからね。……あたしのいったことを覚えておき!」

   a. 小泉八雲=著
     森銑三(もり・せんぞう)+萩原恭平(はぎわら・きょうへい)=共訳
     『十六桜—小泉八雲怪談集』 研文社 1990/09 所収
   b. 小泉八雲=著
     刈谷新三郎(かりや・しんざぶろう)+萩原恭平=共訳
     『小泉八雲選集 第1篇』 嶺光社+開隆堂=相版 1926/05(大正15)所収

  • 「刈谷新三郎」は森銑三のペンネーム、つまり森氏と刈谷氏は同一人物です。a.b.『小泉八雲選集 第1篇』所収の12篇に、『小泉八雲選集第2篇』を併せ、一冊にまとめたもの。
  • a. の「編集後記」および、そこに引用されている b. 序文によって、b. の成立事情がわかります。それらによると、b. 所収の12篇のほとんどすべては、すでに1919, 1920(大正8, 9)年ごろ、大道義塾の機関誌「帝國民」に、あるものは刈谷氏、あるものは萩原氏の名前で発表されていたそうです。しかし、その実態は12篇すべてが両氏の共訳だったとのこと。b. 刊行にあたっては、両氏が共同で全篇をことごとく改稿された由。
  • a. には、なぜか ISBN が記載されていません。また、b. は、国立国会図書館「日本全国書誌」2004-32三康図書館蔵書検索−語学明治大学図書館書誌 などに記載されています。

  Video  
英語原書のアニメ化作品 Animated adaptation of the original text in English

下の引用箇所の朗読は 2:39 から始まります。 Uploaded to YouTube by Machinima on 2 Nov 2007. Audio courtesy of LibriVox. Reading of the excerpt below starts at 2:39.


■英語原文 The original text in English

"I intended to treat you like the other man. But I cannot help feeling some pity for you, -- because you are so young... You are a pretty boy, Minokichi; and I will not hurt you now. But, if you ever tell anybody -- even your own mother -- about what you have seen this night, I shall know it; and then I will kill you... Remember what I say!"


■ハーンによる英文原書『怪談』に関する詳細な書誌
 Detailed bibliography on Kwaidan, Hearn's collection of ghost stories
 in English


■有益なサイト Useful websites


■更新履歴 Change log

  • 2015/02/09 保永貞夫=訳 1972/11 を追加しました。
  • 2014/02/27 英語原書のドラマ仕立ての朗読の YouTube 画面を追加しました。
  • 2011/11/10 小林幸治=訳 2006 or 2010(?) を追加しました。
  • 2010/05/19 平井呈一=訳 1964, 1965 の朗読の YouTube 画面を追加しました。
  • 2007/07/06 中山伸子=訳 1980/08 を追加しました。
  • 2007/06/02 森銑三+萩原恭平=共訳 1990/09、および刈谷新三郎+萩原恭平=共訳 1926/05 を追加しました。また、日本語訳の例 A list of some translations into Japanese の項を新設しました。

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Wednesday, 04 April 2007

The Story of Mimi-Nashi-Hoichi by Lafcadio Hearn ラフカディオ・ハーン/小泉八雲「耳なし芳一」

a. B00004w3hf b. Creolecookbook c. 520flaefd

d. Hearn_1 e. 4484981157 f. 4623040445

             ↑ Click to enlarge ↑
 
a.『怪談』(1964) 監督:小林正樹 出演:三國連太郎、岸恵子 ほか
 Image source: Japan-101.com
b. Lafcadio Hearn's Creole Cookbook, supposedly the first Creole
 cookbook ever written. Image source: The Book Merchant
c. Lafcadio Hearn at the age of 40 in Matsue City.
 Image source: Metropolis Tokyo
d. Page 1 of "A Dead Secret" (「葬られた秘密」), a six page story
 that was done as a sample of the larger manga book:
 Lafcadio Hearn's Japanese Ghost Stories, written by Sean Michael Wilson
 and illustrated by Haruka Miyabi (out in spring 2007 from a new US
 publishing house Demented Dragon).
e.『ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本』TBSブリタニカ (1998).
 上掲 b. の邦訳。
f. 平川祐弘=著『ラフカディオ・ハーン—植民地化・キリスト教化・文明開化
 ミネルヴァ書房 (2004)
 
 
■日本語訳の例 A list of some translations into Japanese

    訳者    作品名     書名   出版社/シリーズ  発行年
0. 小林幸治 -- 耳なし芳一の話 -- 『怪談:怪しい物の話と研究』 --
                               プロジェクト杉田玄白 -- 2007
1a.池田雅之 -- 耳無し芳一 -- 『新編 日本の怪談』 -- 角川ソフィア文庫 -- 2005
1b.池田雅之 -- 耳無し芳一 -- 『妖怪・妖精譚』 -- ちくま文庫 -- 2004
2. 荻野祥生 -- 耳なし芳一の話 -- 『小泉八雲 日本の心』 -- 彩図社 -- 2003
3. 脇 明子 -- 耳なし芳一の話 -- 『雪女 夏の日の夢』 -- 岩波少年文庫 -- 2003
4. 船木 裕 -- 耳なし芳一 -- 『完訳 怪談』 -- ちくま文庫 -- 1994
5a.保永貞夫 -- 耳なし芳一 -- 『齋藤孝のイッキによめる!…』 -- 講談社 -- 2005
5b.保永貞夫 -- 耳なし芳一 -- 『八雲怪談傑作集』 -- 講談社青い鳥文庫 -- 1992
6. 平川祐弘 -- 耳なし芳一 -- 『怪談・奇談』 -- 講談社学術文庫 -- 1990
7. 中山伸子 -- 耳なし芳一 -- 『恐ろしい幽霊の話』 -- くもん出版 -- 1989
8. 奥田裕子 -- 耳なし芳一 -- 『小泉八雲作品集3』 -- 河出書房新社 -- 1977
9. 斎藤正二 -- 耳なし芳一のはなし -- 『完訳 怪談』 -- 講談社文庫 -- 1976
10. 上田和夫 -- 耳なし芳一のはなし -- 『小泉八雲集』 -- 新潮文庫(新) -- 1975
11. 白木 茂 -- 耳なし芳一の話 -- 『怪談』 -- 旺文社ジュニア図書館 -- 1971
12a.平井呈一 -- 耳なし芳一のはなし -- 『怪談』 -- 岩波文庫(改版) -- 1965
12b.平井呈一 -- 耳なし芳一の話 -- 『全訳 小泉八雲作品集10』 -- 恒文社 -- 1964
13. 田代美千稔 -- 耳なし芳一のはなし -- 『怪談・奇談』 -- 角川文庫 -- 1956
14. 平井程一 -- 耳無芳一のはなし -- 『怪談』 -- 岩波文庫(旧版) -- 1940
15. 山本供平 -- 耳無し芳一の話 -- 『Kwaidan (2)』 -- 春陽堂 -- 1932
16a.森 銑三+萩原恭平 -- 耳なし芳一の話 -- 『十六桜』 -- 研文社 -- 1990
16b.刈谷新三郎+萩原恭平 --
           耳なし芳一の話 -- 『小泉八雲選集2』 -- 嶺光社 -- 1927
17a.戸川明三 -- 耳無芳一の話(新字・新かな) 青空文庫 -- 2004
17b.戸川明三 -- 耳無芳一の話 -- 『小泉八雲集(上)』 -- 新潮文庫(旧) -- 1950
17c.戸川明三 -- 耳無芳一の話 -- 『小泉八雲全集8家庭版』 -- 第一書房 -- 1937
17d.戸川明三 -- 耳無芳一の話 -- 『小泉八雲全集7學生版』 -- 第一書房 -- 1931
17e.戸川明三 -- 耳無芳一の話 -- 『小泉八雲全集7』 -- 第一書房 -- 1926


■上掲日本語訳からの抜粋 Excerpts from the translations listed above

0. 小林 2007
(……)男たちは直ちに墓地へ駆けつけ、そこで、提灯の明かりを頼りに・・・雨の中を唯ひとり安徳天皇の慰霊碑の前に座り、琵琶の音を響かせ、壇ノ浦の合戦のくだりを大声で詠唱している・・・芳一を探し当てた。彼の背後や周囲の墓石の上のいたる所に死人の炎が蝋燭の火のように燃えていた。かつてこれほど多くの鬼火の群れが生者(しょうじゃ)を前に現れた事はなかった。

   ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)=著 小林幸治=訳「耳なし芳一の話
   『怪談:怪しい物の話と研究
   プロジェクト杉田玄白 正式参加作品 2007/08


1. 池田 2004, 2005
(……)男たちは、すぐに墓地へと急ぎ、提灯の明かりをたよりに、芳一を見つけだしました。
 芳一は、安徳天皇の墓碑の前で、雨にうたれながらひとり座って、琵琶をかきならし、壇の浦の合戦のくだりを声高(こわだか)く吟じているところでした。芳一のうしろにも、まわりにも、墓の上にも、いたるところに、死者の火が、ろうそくのように揺れているではありませんか。これまで、こんなにたくさんの鬼火が、人の目の前に現れたことはありませんでした。
   小泉八雲=著 池田雅之(いけだ・まさゆき)=訳「耳無し芳一」
   1a. 池田雅之=編訳『新編 日本の怪談』角川ソフィア文庫 2005/07 所収
   1b. 池田雅之=編訳『妖怪・妖精譚』小泉八雲コレクション
    ちくま文庫 2004/08 所収

   上の引用は 1b. に依拠しました。1a.1b. とでは、用字・改行など細部が
   少し異なります。
 
 
2. 荻野 2003
(……)寺男は墓地へ急いだ。
 そこには雨の中、独り、安徳天皇の御陵(ごりょう)の前で琵琶を掻き鳴らし、壇ノ浦の合戦を吟じている芳一の姿があった。芳一を取り囲むように、また、墓地のいたるところにも、数知れぬ鬼火が、蝋燭(ろうそく)のように燃えていた。かつてこれほどの鬼火が現れたことはなかった。
   ラフカディオ・ハーン=著 荻野祥生=訳
   「耳なし芳一の話」
   和田久實(わだ・ひさみつ)=監訳『小泉八雲 日本の心
   彩図社 2003/08 所収
 
 
3. 脇 2003
(……)それでも寺男たちは、墓地へと急いだ。
 提灯(ちょうちん)の明かりで照(て)らしてみると、はたしてそこには芳一(ほういち)がいた。雨に打たれてただ一人、安徳(あんとく)天皇のために作られた墓碑(ぼひ)の前にすわった芳一は、琵琶(びわ)を奏(かな)で、壇之浦(だんのうら)の戦いの物語を朗々(ろうろう)と語っていた。そのうしろや、身体(からだ)のまわり、そこらじゅうの墓(はか)の上では、亡霊(ぼうれい)たちの炎(ほのお)がろうろくのように燃えていた。生きている人間の目に、そんなにたくさんの鬼火(おにび)が一度に見えたためしはなかった。
   ラフカディオ・ハーン=著 脇明子(わき・あきこ)=訳
   「耳なし芳一の話」
   『雪女 夏の日の夢』岩波少年文庫 2003/03 所収
 
 

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