Natsume Soseki 夏目漱石

Thursday, 04 September 2008

Wherefore art thou Romeo? - Romeo and Juliet by William Shakespeare (2) 「ああ、ロミオ!」 - シェイクスピア 『ロミオとジュリエット』 (2)

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■舞台・写真集・映画・DVD・ポスター
 A stage production, a photo book, films, DVDs and posters

映画版『ロミオとジュリエット』のめぼしい作品は、だいたい30年に1度ぐらいの割りで現れるようだ。こうして、それぞれの世代は、自分たちを代表するロミ・ジュリを持つことになる。つぎは2026~2028年ごろか。そのとき主役を演じる2人は、もうそろそろ生まれているかもしれない。

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a. A_romeo_evans_christie b. B_romeo_photobook c. C_shakespeare_in_love

d. D_romeo_dicaprio_danes e. E_romeo_whiting_hussey f. F_romeo_howard_shearer


■日本語訳 Translations into Japanese

ある種の文章については、翻訳の仕方は有限か無限か?
Are there, or are there not, unlimited ways of translating certain passages?

a.            ロミオ! ロミオ!      ……松本 1952
a.            ロミオ樣! ロミオ樣!   ……河原 1927
a.            ロメオの君、ロメオの君よ。 ……小松 1904, 1922, etc.
a.   あぁ、     ロミオ!            ……松岡 1996
a.   ああ、     ローミオー、ローミオー!  ……福田(陸) 1968
a.   ああ、     ロミオ、ロミオ、        ……河合 2005
a.   ああ、     ロミオ、ロミオ!       ……乾 1984, 1992
a.   ああ、     ロミオ様、ロミオ様!    ……中野 1962
a.   ああ、     ロメオ、ロメオ!       ……安藤 2008
a.   おゝ      ローミオー、ローミオー、  ……野上 1932, 1987
a.   おゝ      ロミオウ、ロミオウ!     ……中村 1926, 1936
a.   おゝ      ロメオ樣、ロメオ樣。     ……戸沢 1905, 1997
a.   おゝ、     ロミオ、ロミオ!       ……坪内 1933
a.   おゝ、     ロメオ。ロメオ。        ……久米 1915
a.   おゝ!                      ……品田 1886, 1999
a.   おお      ロミオ、ロミオ。        ……矢川 2001
a.   おお      ロメオ、             ……野上 1956, 1962
a.   おお、     ロミオ、ロミオ、        ……石川 2002
a.   おお、     ロミオ、ロミオ。     ……SOGO_e-text_library, 2000
a.   おお、     ロミオ、ロミオ!       ……平井 1988
a.   おお、     ロミオ、ロミオ!       ……小田島 1983
a.   おお、     ロミオ、ロミオ!       ……三神 1967
a.   おお、     ロミオ、ロミオ!       ……大山 1966
a.   おお、     ロミオ、ロミオ!       ……福田(恆) 1964
a.   おお、     ロミオ、ロミオ!       ……本多 1959
a.   おお、     ローミオー。ローミオー。  ……厨川 1963, 1979
a.   ヲゝ、     ロミヨー樣、ロミヨー樣。   ……河島 1886, 1992


b. あなたは どうして ローミオーなのです?   ……福田(陸) 1968
b. あなたは なぜ   ローミオーなの。      ……厨川 1963, 1979
b. あなたは なぜ   ロミオなの?         ……矢川 2001
b. あなたは なぜ   ロミオなの?        ……三神 1967
b. あなたは なぜ   ロメオなの?        ……安藤 2008
b. あなたは なぜ   仇敵の家にお生れになつたのです。……品田 1886, 1999
b. あなたは 何故   ローミオーなのですか。  ……野上 1932, 1987
b. あなたは、なぜ   ロメオなのですか。     ……野上 1956, 1962
b. どうして        ロミオなの?        ……松岡 1996
b. どうして あなたは ロミオ?            ……小田島 1983
b. どうして あなたは ロミオなの。         ……河合 2005
b. どうして あなたは ロミオなの?        ……SOGO_e-text_library, 2000
b. どうして あなたは ロミオなの?        ……平井 1988
b. どうして おまへは ロメオなの。         ……久米 1915
b. なぜ   あなたは ロミオなの?         ……石川 2002
b. なぜ   あなたは ロミオなの?        ……乾 1984, 1992
b. なぜ   あなたは ロミオなの?        ……大山 1966
b. なぜ   あなたは ロミオなの?        ……福田(恆) 1964
b. なぜ   ロミオ様でいらっしゃいますの、あなたは? ……中野 1962
b. なぜ、  あなたは ロミオなの?        ……本多 1959
b. ロミオ様は どこに おいであそばす!     ……松本 1952
b. 何故   あなたは ロミオウなのです。    ……中村 1926, 1936
b. 何故   卿は   ロミオぢゃ!         ……坪内 1933
b. 何故   御身は  ロミヨーと御名を附られたか。 ……河島 1886, 1992
b. 何故に  あなたは ロミオと云ふ名をお持ちでございますか、…河原 1927
b. 貴郎は  何故   ロメオ樣でおはすぞへのう、  ……戸沢 1905, 1997
b. 君は など執拗くも ロメオの名をば帶び給ふぞや。……小松 1904, 1922, etc.


c. あなたの、そのロミオといふ名、モンタギューといふ名を棄てゝ下さい。(品田 1886, 1999)
c. あなたのお父さまから離れ、名前なんて棄ててしまって。(松岡 1996)
c. あなたのお父さまはお父さまではないといってちょうだい。あなたはロミオではない、と。(乾 1984, 1992)
c. あなたのお父さまをすてて、お名前を名乗らないでくださいな。(SOGO_e-text_library, 2000)
c. あなたのお父様をお父様でないといい、あなたの家名をお捨てになって!(中野 1962)
c. あなたのお父様をお父様でないとおっしゃい。そして、あなたのお名前をあなたのでないとおっしゃい。(本多 1959)
c. あなたのお父様をお父様でないとおっしゃって、あなたのお名前を捨ててください。(大山 1966)
c. あなたの父を否定なさい。あなたの名前をお拒みなさい。(中村 1926, 1936)
c. あなたの父上と、あなたの御名を御捨て下さいまし、(河原 1927)
c. えゝ父御の子ではないと主張り、家の名をもお棄てなされ、(戸沢 1905, 1997)
c. おとうさまの縁などきってしまって、あなたの名まえもすててしまってください。(福田(陸) 1968)
c. おとうさまを捨ててください。あなたの名前を捨ててください。(野上 1956, 1962)
c. おとうさまを否定し、あなたの家名を捨ててちょうだい。(安藤 2008)
c. おとうさんはモンタギュー卿ではないといってちょうだい。(厨川 1963, 1979)
c. お父さまと縁を切り、その名を捨てて。(河合 2005)
c. お父さまを捨ててください、名前もお捨てなさい。(三神 1967)
c. お父さまを捨てて下さい。あなたの名前を捨てて下さい。(野上 1932, 1987)
c. お父上に背き、その名を捨てておくれ、(福田(恆) 1964)
c. お父様との縁を切り、あなたのお名をお棄て下さい。(石川 2002)
c. お父様とは無関係、自分の名は自分の名ではない、とおっしゃってください。(平井 1988)
c. お父様と縁を切り、ロミオという名をおすてになって。(小田島 1983)
c. お父樣を厭だと云つて名なんぞすてゝお了ひ。(久米 1915)
c. 君が父君も君が名も悉く棄て給ひてよ。(小松 1904, 1922, etc.)
c. 御身の父と御身の名とは妾が家の仇敵なれば、妾は其名を好ませぬ。(河島 1886, 1992)
c. 御父上をすて、あなたの姓をお拒みください。(松本 1952)
c. 父御をも、自身の名をも棄てゝしまや。(坪内 1933)
c. 父上を捨ててください。(矢川 2001)

以上の引用ではラムの挿入した語句 "for my sake" に相当する箇所を割愛しました。


d.            できないと言うのなら、      ……松岡 1996
d.                 でなければ、      ……矢川 2001
d.                おいやなら、       ……石川 2002
d.                さもなければ       ……松本 1952
d.          それが     ならずば、     ……戸沢 1905, 1997
d.          それが     否ならば、     ……坪内 1933
d.          それが    いやなら、      ……平井 1988
d.          それが    いやなら、      ……厨川 1963, 1979
d.          それが    いやならば、    ……福田(陸) 1968
d.          それが    お厭なら、      ……野上 1932, 1987
d.          それが    だめなら、      ……小田島 1983
d.          それが    無理なら、      ……河合 2005
d.          それが   おいやなら、     ……安藤 2008
d.          それが   おいやなら、     ……乾 1984, 1992
d.          それが   おいやなら、     ……三神 1967
d.          それが   おいやなら、     ……野上 1956, 1962
d.          それが 出來ないのなら、    ……福田 1964
d.        いゝえ、只、               ……品田 1886, 1999
d.       たとへ    御捨てにならなくとも、  ……河原 1927
d.       もし そう  なさらないなら、  ……SOGO_e-text_library, 2000
d.       もし それが     厭なら       ……久米 1915
d.       もし それが おいやでしたら、     ……中村 1926, 1936
d.       縱令     棄て給はずとも、     ……小松 1904, 1922, etc.
d.  御身が  ロミヨーで     なきならば、    ……河島 1886, 1992
d. それとも、    それが   おいやなら、     ……中野 1962
d. それとも、 もし それが   おいやなら、    ……大山 1966
d. それとも、 もし それが   おいやなら、    ……本多 1959


e.     あたしの恋人だと   誓ってちょうだい。   ……安藤 2008
e.     お前だけを愛していると、誓ってください。  ……平井 1988
e.     わたしの恋人と   お誓いになって。     ……石川 2002
e.     わたしの戀人と    おなり下されば、    ……河原 1927
e.     私とちぎりを結び   愛人とおなりくださいまし、…松本 1952
e.     私の恋人であると、それだけ 誓って     ……松岡 1996
e.     私への愛を      誓って欲しいですわ。SOGO_e-text_library, 2000
e.     私を愛すると     誓言して、        ……小田島 1983
e.     私を可愛いと     誓言して下さい。    ……品田 1886, 1999
e.     妾の戀人だと    お誓ひ。          ……久米 1915
e. せめて わたくしの恋人だと  誓ってください。    ……三神 1967
e. せめて わたしの約束の恋人と 名のってください。 ……野上 1956, 1962
e. せめて わたしの恋人だと   ちかってください。  ……厨川 1963, 1979
e. せめて わたしの恋人だと   誓ってください。   ……福田(陸) 1968
e. せめて わたしの恋人と    誓ってください。    ……矢川 2001
e. せめて 愛の         誓ひを、          ……福田(恆) 1964
e. せめて 私の約束の恋人と   名乗つて下さい。  ……野上 1932, 1987
e. せめて 私を愛していると   誓ってください。    ……大山 1966
e. せめて 私を愛すると     誓って。         ……河合 2005
e. せめて 妾が戀人ぢやと、   誓文立てゝ下さらば、……戸沢 1905, 1997
e. せめて、わたしを愛すると   誓って。        ……乾 1984, 1992
e. せめては わたしを愛すると、 誓言していただきたいの。…中野 1962
e. せめても 予の恋人ぢゃと   誓言して下され。   ……坪内 1933
e. たゞ  愛を誓つて  わたしの戀人とおなりなさい。 ……中村 1926, 1936
e. ただ  私の恋人だと     誓って下さい。     ……本多 1959
e. 行末かけて變らぬ契りを結びて情人たるを許させ給はヾ、…小松 1904, 1922, etc.
e. 二世も三世も末掛て  戀の  誓を堅めたや。   ……河島 1886, 1992


f.          わたくしも、             ……三神 1967
f.          わたしは               ……河原 1927
f.          わたしも、  もう          ……矢川 2001
f.          私は     その一言で      ……品田 1886, 1999
f.          妾の方で、              ……戸沢 1905, 1997
f.          妾は     最早          ……河島 1886, 1992
f.          妾は悦びて             ……小松 1904, 1922, etc.
f.    すれば、  予ゃ     最早         ……坪内 1933
f.   さすれば、  わたしも   今をかぎり     ……中野 1962
f.  さうしてくれさへしたら    もう  この身は  ……福田(恆) 1964
f.  さうすれば                      ……野上 1932, 1987
f.  さうすれば   妾だつて   もう        ……久米 1915
f.  そうしたら   わたしも、             ……乾 1984, 1992
f.  そうすれば   わたしも              ……野上 1956, 1962
f.  そうすれば   わたしも   もう、       ……福田(陸) 1968
f.  そうすれば   私、                ……松岡 1996
f.  そうすれば   私は     もう         ……大山 1966
f.  そうすれば   私は     もはや       ……松本 1952
f.  そうすれば、  私は             ……SOGO_e-text_library, 2000
f.  そうすれば   私も                ……小田島 1983
f.  そうすれば、  あたしは   もう        ……安藤 2008
f.  そうすれば、  わたしは   もう        ……厨川 1963, 1979
f.  そうすれば、  私は                ……河合 2005
f.  そうすれば、  私は     もはや       ……本多 1959
f.  そうなされば、 わたしは   もう        ……石川 2002
f.  そしたら    わたしは               ……中村 1926, 1936
f.  そしたら、   私も                 ……平井 1988


g.   カプレットの 名を私も 捨てませう。      ……野上 1932, 1987
g.   カプレット家の 者では なくなります      ……松本 1952
g.   カプレツト    では ござりませぬ。     ……河島 1886, 1992
g.   カプレツトの  家名を 棄てやうもの     ……戸沢 1905, 1997
g.  カピュレットの   名は 捨てましょう。     ……野上 1956, 1962
g.  カピュレット家   では なくなりますもの    ……矢川 2001
g.  キャピュレトの ものでは なくなります。     ……本多 1959
g.  キャプレット    では ない。          ……福田(恆) 1964
g. カピューレット    では ない。          ……坪内 1933
g. キャピゥレットなる 姓をば 打ち棄てんものを。  ……小松 1904, 1922, etc.
g. キャピュリット家の 者では なくなるわ。     ……厨川 1963, 1979
g. キャピュレット     を やめて了つてよ。   ……久米 1915
g. キャピュレット     を 捨てませう。      ……中村 1926, 1936
g. キャピュレット    では ございません。    ……石川 2002
g. キャピュレット    では なくなります。     ……福田(陸) 1968
g. キャピュレット    では なくなりますから。   ……三神 1967
g. キャピュレット    では なくなることにするわ。……乾 1984, 1992
g. キャピュレットといふ 名を 棄てゝしまひませう。 ……品田 1886, 1999
g. キャピュレットの   名を すてます。        ……小田島 1983
g. キャピュレットの   名を 捨ててしまいましょう。……平井 1988
g. キャピュレットの   名を 捨ててみせますわ。  ……中野 1962
g. キャピュレットの   名を 捨てましょう。      ……河合 2005
g. キャピュレットの   名を 捨て去りましょう。   ……大山 1966
g. キャピュレットの 名なんて、棄ててしまうから。  ……松岡 1996
g. キャピュレット家の  人で なくなりましょう。 ……SOGO_e-text_library, 2000
g. キャピュレット家の 者では なくなるわ       ……安藤 2008
g. キヤピユレツト家の 者には なりますまい。    ……河原 1927

以上の引用文中では、ルビをすべて省略しました。


■シェイクスピアによる英語の原文
 The original text by William Shakespeare

a. O Romeo, Romeo!
b. wherefore art thou Romeo?
c. Deny thy father and refuse thy name;
d. Or, if thou wilt not,
e. be but sworn my love,
f. And I'll no longer
g. be a Capulet.


O Romeo, Romeo! wherefore art thou Romeo?
Deny thy father and refuse thy name;
Or, if thou wilt not, be but sworn my love,
And I'll no longer be a Capulet.

   Act II, Scene II. Capulet's orchard.
   Romeo and Juliet by William Shakespeare
   E-text at The Complete Works of William Shakespeare,
   A website operated by The Tech (MIT)

   These lines by Shakespeare appear unmodified in
   Tales from Shakespeare by Charles Lamb, except that
   the phrase "for my sake" has been added in Lamb's version.
   シェイクスピアによるこれらの台詞は、チャールズ・ラムによる
   『シェイクスピア物語』に、そのままの形で取り込まれています。
   ただし、ラムの版では「私のために」という語句が挿入されています。


■チャールズ&メアリー・ラムによる『シェイクスピア物語』英語原典の書誌情報
 Bibliography on Tales from Shakespeare by Charles and Mary Lamb

   Romeo and Juliet
   Tales from Shakespeare (1807) by Charles and Mary Lamb

   Recent paperback editions include:
   * Tales from Shakespeare. Penguin Classics, 2007/12
   * Tales from Shakespeare. Signet Classics, 2007/06
   * Tales from Shakespeare. Puffin Classics, 1995/03 

   Scanned book at University of Florida Digital Collections 

   E-text at:
   * Mr. William Shakespeare and the Internet
   * Shakespeare-Literature.com
   * Project Gutenberg
   * Eldritch Press
   * Bartleby.com


■日本語訳の書誌情報 (A):シェイクスピアの原典からの邦訳
 Bibliography on translations into Japanese (A):
 Translations from the original source by William Shakespeare

(S1) 河合 2005
   河合祥一郎=訳『新訳 ロミオとジュリエット』角川文庫 2005

(S2) 石川 2002
   石川実=訳「ロミオとジュリエット」
   『新体 シェイクスピア』慶應義塾大学出版会 2002 所収

(S3) 松岡 1996 
   松岡和子=訳『ロミオとジュリエット』ちくま文庫 1996

(S4) 平井 1988
   平井正穂=訳『ロミオとジューリエット』岩波文庫 1988

(S5) 小田島 1983
   小田島雄志=訳『ロミオとジュリエット』白水社Uブックス 1983

(S6) 三神 1967
   三神勲=訳『ロミオとジュリエット』角川文庫 1967

(S7) 大山 1966
   大山敏子=訳『ロミオとジュリエット』旺文社文庫 1966

(S8) 福田(恆)1964
   福田恆存=訳「ロミオとジュリエット」
   『シェイクスピア全集3』新潮社 1964 所収

(S9) 中野 1962
   中野好夫=訳「ロミオとジュリエット」
   『世界文学全集1 シェイクスピア』河出書房新社 1962 所収

(S10) 本多 1959
   本多顕彰(ほんだ・あきら)=訳『ロミオとジュリエトの悲劇
   岩波文庫 1959

(S11) 坪内 1933
   坪内逍遙=訳「ロミオとヂュリエット」
   『新修シェークスピヤ全集 第25巻』中央公論社 1933(昭和8)所収

(S12) 久米 1915
   久米正雄=訳『ロミオとジュリエット』新潮文庫 1915(大正4)

(S13) 戸沢 1905, 1997
   シェイクスピア=原著 戸澤姑射(とざわ・こや)=著
   「ロメオ、エンド、ヂユリエット」
   13a. 川戸道昭(かわと・みちあき)
    +榊原貴教(さかきばら・たかのり)=編
    『明治翻訳文学全集 新聞雑誌編4 シェイクスピア集4
    大空社 1997/10 所収
   13b.『白百合』第參卷第貳號 純文社 1905/12(明治38)収載
   13a.13b. の複製。初出は13b.。引用は 13a. に拠りました。
 
(S14) 河島 1886, 1992
   沙士比阿(セキスピヤ)=原著 河島敬藏=翻譯 瀧本誠一=校閲
   露妙(ロミヨー)樹利(ジユリー)戯曲
   14a. 明治文化研究会=編『明治文化全集15 飜訳文藝編
    日本評論社 1992/10 所収
   14b.『春情浮世の夢』紀伊和歌山・耕文舎 1886(明治19)
   14a.14b. を復刻したもの。引用は 14a. に拠りました。


■日本語訳の書誌情報 (B):ラム著『シェイクスピア物語』からの邦訳
 Bibliography on translations into Japanese (B):
 Translations from Lamb's Tales from Shakespeare

(L1) 安藤 2008
   「ロメオとジュリエット」
   チャールズ・ラム+メアリー・ラム=作 安藤貞雄(あんどう・さだお)=訳
   『シェイクスピア物語(下)』(全2冊)岩波文庫 2008/07

(L2) 矢川 2001
   「ロミオとジュリエット」
   ラム=作 矢川澄子(やがわ・すみこ)=訳
   『シェイクスピア物語』岩波少年文庫 2001/09

(S3) SOGO_e-text_library, 2000
   SOGO_e-text_library=責任編集『ロミオとジュリエット
   プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト 2000/10/23 初アップロード

(L4) 乾 1984, 1992
   「ロミオとジュリエット」
   ラム=作 乾侑美子(いぬい・ゆみこ)=訳
   4a.愛のシェイクスピア物語 ロミオとジュリエット
    てんとう虫ブックス 小学館 1992/05
   4b.シェイクスピア物語』フラワーブックス 小学館 1984/02
   引用は 4a. に拠りました。

(L5) 福田 1968
   「ローミオーとジューリエット」
   チャールズ・ラム+メアリ・ラム=作 福田陸太郎(ふくだ・りくたろう)=訳
   『シェイクスピア物語』世界の名著12 ポプラ社 1968/08

(L6) 厨川 1963, 1979
   「ローミオーとジューリエット」
   ラム=作 厨川圭子(くりやがわ・けいこ)=訳
   6a.シェイクスピア物語(下)』(全2冊)偕成社文庫 1979/02
   6b.シェイクスピア物語(下)』(全2冊)白水社 1963/07
   引用は 6a. に拠りました。

(L7) 野上 1956, 1962
   「ロメオとジュリエット」
   チャールズ・ラム+メアリ・ラム=著 野上弥生子(のがみ・やえこ)=訳
   7a.シェイクスピア物語』岩波少年少女文学全集 1962/06
   7b.シェイクスピア物語』岩波少年文庫 1956/05
   引用は 7b. に拠りました。

(L8) 松本 1952
   「ロミオとジュリエット」
   チャールス・ラム=作 松本恵子(まつもと・けいこ)=訳
   『シェイクスピア物語』新潮文庫 1952/07

(L9) 野上 1932, 1987
   「ローミオーとヂューリエット」
   チャールズ・ラム+メアリ・ラム=著 野上弥生子=訳
   9a.「沙翁物語」『野上弥生子全集 第2期 第20巻 翻訳3
    岩波書店 1987/07 所収
   9b.沙翁物語』岩波文庫 1932/06(昭和7)
   9a. の底本は 9b.。引用は 9a. に拠りました。

(L10) 河原 1927
   ラム=著 河原萬吉(かわはら・まんきち)ほか=訳
   『シェークスピア物語』万有文庫23
   万有文庫刊行會 非賣品 1927/04(昭和2)。

(L11) 中村 1926, 1936
   11a. ラム=著 中村詳一(なかむら・しょういち)=譯
    「ロミオとジュリエット」
    『シエークスピヤ物語(下)』(全2冊)
    春秋文庫 第3部93 定價金八十錢 春秋社 1936/05(昭和11)
   11b. チャールズ・ラム=著 中村詳一=譯「ロミオとジュリエット」
    『シエクスピヤ物語
    世界名著選家庭文庫 春秋社 1926/09(大正15)
    国立国会図書館所蔵マイクロフィッシュ YD5-H-517-378
   引用は 11a. に拠りました。

(L12) 小松 1904, 1922, etc.
   12a. チャールス、ラム+メリー、ラム=著 小松武治=譯
    「ロメオ、ジュリエット戀物語」
    川戸道昭+榊原貴教=編
    『 シェイクスピア翻訳文学書全集19 明治期 沙翁物語集
    大空社 1999/10 所収
   12b. ラム=著 小松武治=譯「ロメオ、ジュリエット戀物語」
    『ラム沙翁物語集』大鐙閣 定價金二圓五拾錢 1922/02(大正11)
    上田敏「沙翁物語集序」および夏目漱石「小羊物語に題す十句」を収録
   12c. チャールス、ラム=著
    小松武治(こまつ・たけじ)/ 小松月陵(こまつ・げつりょう)=譯述
    「ロメオ、ジュリエット戀物語」
    『沙翁物語集』日高有隣堂 定價七拾錢 1904/06(明治37)
    上田敏「沙翁物語集序」および夏目漱石「小羊物語に題す十句」を収録
    国立国会図書館所蔵マイクロフィッシュ YDM101017
   12a.12c. を複製したもの。引用は 12c. に拠りました。

(L13) 品田 1886, 1999
   セキスピヤ=原作 チャールス、ラム=著
   品田太吉(しなだ・たきち)=譯「ロミオとジュリエット」
   13a.セキスピヤ物語』国立国会図書館近代デジタルライブラリー
   13b.シェイクスピア翻訳文学書全集6 セキスピヤ物語 明治期
    大空社 1999/02
   13c.セキスピヤ物語』品田太吉=出版 1886/12(明治19)
   13a.13c. のスキャン画像。13b.13c. を複製したもの。
   引用は 13a. に拠りました。


■更新履歴 Change log

2010/05/29 SOGO_e-text_library=責任編集 2000/10/23 を
        追加しました。
2009/05/02 石川実=訳 2002/06 を追加しました。
2008/10/16 河原萬吉ほか=訳 1927/04 を追加しました。


 

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Sunday, 17 August 2008

Hamlet - Tales from Shakespeare by Charles and Mary Lamb チャールズ・ラム+メアリー・ラム 『シェイクスピア物語』 ハムレット

■表紙画像コレクション Cover photo collection

[zh] 莎士比亚故事集 天津人民出版社 (2008) 中国語版(簡体字)
[tw] 莎士比亞故事集 好讀出版社 (2005) 中國語版(繁體字)
[ja] シェイクスピア物語 岩波少年文庫 (2001)

[de] Shakespeare für Eilige Aufbau Taschenbuch Verlag (2001) ドイツ語版
[it] Cinque racconti da Shakespeare Sellerio (1983) イタリア語版
[br] Histórias de Shakespeare ブラジル・ポルトガル語版

[es] Shakespeare Cuenta Espasa-Calpe (1984) スペイン語版
[fr] Les Contes de Shakespeare Editions Naïve (2005) フランス語版
[en] Tales from Shakespeare Penguin Classics (2007)

↓ Click to enlarge ↓

zh Zh_shakespeare_gushiji tw Tw_shakespeare_gushiji ja Ja_shakespeare_monogatari

de De_shakespeare_fuer_eilige it It_raconti_da_shakespeare br Br_historias_de_shakespeare_2

es Es_shakespeare_cuenta fr Fr_contes_de_shakespeare en En_tales_from_shakespeare_2


■日本語訳 Translations into Japanese

(J1) 安藤 2008
 ハムレットは、以前から気力を失い、打ちしおれていたところへ、亡霊を見て五感に植え付けられた恐怖のために、精神を乱され、理性を失わんばかりでした。そこで、こういう状態が続けば、自分は注目の的となり、叔父に対して何かたくらんでいるのではないかとか、父王の死の真相について、本当は叔父が公表したよりも多くのことを知っているのではないかとか、叔父に疑われ、叔父を警戒させることになるのを懼(おそ)れて、ハムレットは、奇妙な決心をしました。
 --いまから、おれは、正真正銘の狂人になったふりをするのだ。(……)

   「ハムレット」
   チャールズ・ラム+メアリー・ラム=作 安藤貞雄(あんどう・さだお)=訳
   『シェイクスピア物語(下)』(全2冊) 岩波文庫 2008/07


(J2) SOGO_e-text_library 2007
亡霊を見たことにハムレットは恐怖し、精神錯乱に陥った。もともと病弱なたちで元気がなかったのだが、これにより精神の平衡を失い、今にも理性が吹き飛ぼうとしていた。そして、こんな状態がずっと続くようなら、自分の振る舞いに人々の耳目が集まり、叔父も警戒するようになるだろう、自分が叔父に対してなにかたくらんでいるとか、実は父親の死について叔父が発表した以上のことを自分が知っているなどと感づかれたらまずいな、と心配し、とても妙な決心をした。本当に発狂してしまったと見せかけようと考えたのである。

   「デンマークの王子ハムレット
   Charles Lamb =原作 SOGO_e-text_library =責任編集
   プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト
   2007/02/10 初アップロード


(J3) 矢川 2001
 亡霊を見てからというもの、ただでさえ沈んでいたハムレットは、おそろしさにほとんど正気ではいられませんでした。こんなことでは叔父に疑われてもしかたありません。そこでハムレットは、用心のため、わざと狂気を装うことにしました。

   「ハムレット」
   ラム=作 矢川澄子(やがわ・すみこ)=訳
   『シェイクスピア物語』 岩波少年文庫 2001/09
   引用文中のルビは省略しました。


(J4) 乾 1984, 1992
 亡霊の恐ろしい姿は、ハムレットの心を離れませんでした。以前から心よわくふさぎがちだったハムレットは、その恐怖のために、ほとんど我を忘れ、正気を失いそうになりました。
 ハムレットは、この状態が続いて、人目をひくことになるのを心配しました。もし、おじがそれに気づいて、ハムレットはなにごとかたくらんでいるかもしれない、父の死について公表された以上のことを知っているかもしれないと思えば、警戒するでしょう。そこでハムレットは、奇妙な決心をしました。
 ほんとうに気が変になったふりをしようというのです。(……)

   「ハムレット」
   ラム=作 乾侑美子(いぬい・ゆみこ)=訳
   4a.愛のシェイクスピア物語 ロミオとジュリエット
      てんとう虫ブックス 小学館 1992/05
   4b.シェイクスピア物語』 フラワーブックス 小学館 1984/02
   引用は 4a. に拠りました。引用文中のルビは省略しました。


(J5) 大場 1977, 2001
 ハムレットは以前から体力も弱まり、気力も衰えていたから、幽霊を見た恐怖は彼の心に深い刻印を残し、ほとんど気も狂わんばかりの錯乱状態におちいった。こんな状態がつづいていては、だいいちひとから好奇の目で見られるだろうし、叔父のほうでも警戒をつよめることになるだろう。なにか自分によからぬことを画策しているのではないか、父親の死について自分が公表した以上の深い秘密をにぎっているのではないか、叔父はそう疑ってくるはずである。
 あれこれ考えたハムレットは、そのときから、正真正銘の狂人のふりをしようという奇妙な決心をかためた。(……)

   「ハムレット」
   チャールズ+メアリ・ラム=著 大場建治(おおば・けんじ)=訳
   5a.シェイクスピア物語』 沖積舎 2000/11
   5b.シェイクスピア物語』 旺文社文庫 1977/04
   引用は 5a. に拠りました。


(J6) 福田 1968
 亡霊を見たことによってハムレットの心にもたらされた恐怖の念は、以前から弱々しく意気消沈していたかれの心を気ちがいのようにし、すっかり正気をうしなわせました。こんな状態がつづけば、かれの行動は監視されることになるであろうこと。もし叔父が、ハムレットが自分に対してなにかよからぬことを考えていることに気づけば、あるいは、ハムレットが先王の死についてうわべよりはもっと多くを知っていることなどに気づけば、かれに監視をつけるようになるであろうこと。こんなことをおそれたので、ハムレットは、以後、自分がほんものの狂人のふりをしようという、奇妙な決意をしたのです。(……)

   「ハムレット」
   チャールズ・ラム+メアリ・ラム=作 福田陸太郎(ふくだ・りくたろう)=訳
   『シェイクスピア物語』 世界の名著12 ポプラ社 1968/08
   引用文中のルビは省略しました。


(J7) 永井 1966, 1970
 ただでさえものうく、ふさぎ病にかかって気力をなくしたハムレットは、亡霊に会ってからは、見るもの聞くもの、すべてがかれの心をいらだたせた。こんなありさまでは、かれの心のうちが、クローディアスに知られてしまう。父が毒殺されたのだという事実を、ハムレットが感づいたのではないかと、怪しまれないともかぎらない。そうなれば、クローディアスのほうでも警戒することになる。
 そこでハムレットは、うまいことを考えついた。これからは本物のきちがいに見せかけることだ。(……)

   ラム姉弟=作 永井鱗太郎(ながい・りんたろう)=文
   シェークスピア物語 「ハムレット」
   7a.カラー版少年少女世界の文学2 イギリス編1』(全30巻)
      小学館 1970/09 所収
   7b.少年少女世界の名作文学4 イギリス編2』 小学館 1966/11 所収
   引用は 7a. に拠りました。ルビは省略しました。


(J8) 厨川 1963, 1979
 すでに気力をうしない、しずんでいたところへ、亡霊を見て、さらに恐怖感をうえつけられたので、ハムレットの心は、ほとんど理性をうしなって、くるってしまいそうであった。もしこのままの状態がつづけば、ハムレットが王になにか叛逆をくわだてているらしいとか、父王の死の真相を、見せかけよりはよく知っているらしいことなどと、クローディヤス王にうたがわれることになる。そうなると、ハムレットは監視されるし、クローディヤス王は警戒するようになる。そこでハムレットはきみょうな決心をした。
(いまから、おれは、ほんとうに気がちがってしまった ふり をするのだ。(……)

   「ハムレット」
   ラム=作 厨川圭子(くりやがわ・けいこ)=訳
   8a. シェイクスピア物語(下)』(全2冊) 偕成社文庫 1979/02
   8b.シェイクスピア物語(下)』(全2冊) 白水社 1963/07
   引用は 8a. に拠りました。引用文中の太字箇所は、原文では傍点。
   ルビは省略しました。


(J9) 野上 1956, 1962
 それまでも憂うつになっていたハムレットは、亡霊の姿を見てからは、ほとんど理性を失ってしまいました。そのままでは、人目をひき、叔父のクローディアスに自分がもくろんでいることをさとられてはならないと考えたので、ほんものの狂人のように見せかけようと決心しました。

   「ハムレット」
   チャールズ・ラム+メアリ・ラム=著 野上弥生子(のがみ・やえこ)=訳
   9a. シェイクスピア物語』 岩波少年少女文学全集 1962/06
   9b. シェイクスピア物語』 岩波少年文庫 1956/05
   引用は 9b. に拠りました。引用文中のルビは省略しました。


(J10) 堀江 1955
 前から身体が弱り意気阻喪していたので、幽霊を見た時、ハムレットの心に刻みつけた恐怖のために、ほとんど彼の精神は錯乱し、彼の理性を失わんばかりであった。それで彼はこの状態が続けば結果として人の注意を引くようにしたり、それに叔父に対して自分が何事かを目論んでいるとか、または叔父が公表した以上に父の死について実際知っているのではないかと叔父が疑ったならば、彼に警戒させる結果になるだろうと心配したので、それからというものは本当に発狂したもののように見せかけようと妙な決心をした。

   「デンマークの王子ハムレット」
   Mary and Charles Lamb=作 堀江清弥=編訳
   『訳注 シェクスピア物語1』 泰文堂 1955/11
   英語学習者向けの対訳本。引用文中のルビは省略しました。


(J11) 坪内 1954
 それまでにすでによわくおとろえていたハムレットの神経(しんけい)をしげきした亡霊の出現のおそろしさは、かれの心をひどくみだし、理性をもうしなわせかねなかった。それでかれは、こんな状態(じょうたい)をつづければ、やがて注目のまととなり、もしじぶんが何かたくらんでいるらしいとか、ハムレットは、じつはかれの父親の死について、じぶんが公表した以上のことを知っていると思わせでもしたら、おじ が用心ぶかくなるわけだとあんじて――そのとき以後かれは、まるでほんとうに気ちがいであるかのような、にせぶりをしようというふしぎな決心をした(……)

   「ハムレット(デンマークの王子)」
   ラム=著 坪内士行(つぼうち・しこう)=訳
   平沢文吉(ひらさわ・ぶんきち)=装幀・箱絵
   『ラムのシェイクスピア物語』 冨山房 1954/12 所収
   太字箇所は原文では太字でなく傍点。


(J12) 阿部 1954
 幽霊と出あってからは、ハムレットの心はいよいよみだれてきて、今では、ほとんど気もくるわんばかりだった。そこで、かれは思った。――このようにしていては、人目にもつき、おじクローディアスも注意するであろう。そして、クローディアスは、ハムレットは父の死の秘密をかぎつけいて[ママ]、復讐しようと思っているのでないか、と警戒することもあるかもしれない。
 それで、ハムレットは、一つの決心をした。――これからはほんとうに気がくるっているようにみせかけよう。

   「シェイクスピア物語」
   ラム=著 阿部知二(あべ・ともじ)=訳
   『世界少年少女文学全集6 イギリス編4』 創元社 1954/05 所収
   ルビは省略しました。


(J13) 松本 1952
 ハムレットはもともと身体が弱く気が沈んでいましたが、亡霊を見た恐怖は彼の心を乱し理性を失わせんばかりでした。それで彼はその状態が進めば、自分は注目の的となり、自分が叔父に対して何か計画しているとか、または、父の死について叔父が公表した以上のことを知っているのを感づかれ、叔父に警戒させるようになるだろうと心配して、ハムレットはそのとき以来、まぎれもなく真実の狂人を装おうという途方もない決心をしました。(……)

   「ハムレット」
   チャールス・ラム=作 松本恵子(まつもと・けいこ)=訳
   『シェイクスピア物語』 新潮文庫 1952/07/30


(J14) 野上 1932, 1987
 それまでも弱く意気阻喪してゐたハムレットは、亡霊の姿から受けた恐怖のため、殆んど精神錯乱して、理性をも失つてしまひました。さうして彼は、もしこの状態が続けば、その結果人目を引き、且つ伯父が彼に対して自分が何事かを目論んでゐるとか、或ひは口で云ふ以上に父の死について知つてゐるのではあるまいかなどと疑ふ事になりはせぬかと恐れたので、以後は、本物の狂人の如くに見せかけようと云ふ奇妙な決心を致しました。(……)

   「ハムレット、デンマーク王子」
   チャールズ・ラム+メアリ・ラム=著 野上弥生子=訳
   14a. 「沙翁物語」 『野上弥生子全集 第2期 第20巻 翻訳3
      岩波書店 1987/07 所収
   14b.沙翁物語』 岩波文庫 1932/06(昭和7)
   14a. の底本は 14b.。引用は 14a. に拠りました。


(J15) 峰尾 1927
 ハムレットは從來氣弱く、心の沈んだ人であつたから、亡靈を目のあたり見て恐ろしさが感覺に殘り、殆んど心亂れて物狂ほしき氣持になつた。そこで彼は、もし斯(か)うした状態が繼續するなら、叔父は自分の樣子に眼をつけるであらうし、又自分が何事か畫策(くわくさく)してゐることや、父の死因に就て叔父の説明せる以上の消息を事實心得てゐると氣付くならば、叔父は警戒するであらうと思うて、此の上は眞實氣狂ひのそぶりを装(よそを)ふて行かうといふ、世にも不思議な決心をした(……)

   チャールズ・ラム+メリー・ラム=著 峰尾都治(みねお・としはる)=譯註
   『英文世界名著全集10 シエークスピヤ物語』
   英文世界名著全集刊行所 1927/12(昭和2)
   国立国会図書館所蔵マイクロフィッシュ YD5-H-908-E37ウ
   英文併記


(J16) 平田 1927
 亡靈を見てから、強い恐怖の念はハムレツトの感じを去らず、豫(かね)て氣弱に、うち沈んでゐたもので、殆どその心意(こゝろ)を攪亂(かくらん)し、理性の外(ほか)に走らしめた。して、斯(か)かる事の必ず永くうち續くべしと患(うれ)ひ、すれば、自然他人(ひと)の眼を惹くことになり、叔父がもし何か自分が切(しき)りに企(たくら)んでゐるとか、乃至また、父の横死(わうし)に就いて別に深く知るところあるやうに感づいたなら、彼は定めしそれとなく警戒するであらうから、以後は斷じて、自分が實際に、正眞(しやうじん)に氣が狂つてゐるやう装はうといふ、不思議な決心に彼は及んだ。(……)

   チヤアルズ・ラム+メエリイ・ラム=著
   平田禿木(ひらた・とくぼく)=譯 「ハムレツト」
   『世界名作大觀 各國篇 第11卷 ガリヴァの旅・沙翁物語
   國民文庫刊行會=編輯・發行 非賣品 1927/06(昭和2)所収
   原文は総ルビ。上の引用では、その一部を略しました。


(J17) 河原 1927
 この時からハムレツトはクローデイアスの安心を求めるために發狂を裝ひ復讐の機會を待つた。

   ラム=著 河原萬吉(かわはら・まんきち)ほか=訳
   『シェークスピア物語』 万有文庫23
   万有文庫刊行會 非賣品 1927/04(昭和2)


(J18) 中村 1926, 1936
 幽靈を見た時、ハムレツトの心に刻みつけられた恐怖は、前から身體も弱り、神氣も沮喪して居た際なので、殆んど彼の心の調子を狂はしめ、正氣を失はせた。それで彼は、かう云ふ状態が續きその結果として、人の注意を引くやうになり、又叔父がハムレツトは自分に對して何事か謀らんで居るとか、または父の死に關して自分が發表した以上の事を知つて居るのではないかと疑ふようになれば、叔父も警戒を怠らぬようになるだらうと懸念して、その時以來眞實眞正の狂氣であるやうなふりをしようと決心した。(……)

   18a. ラム=著 中村詳一(なかむら・しょういち)=譯 「ハムレツト」
      『シエークスピヤ物語(下)』(全2冊)
      春秋文庫 第3部93 定價金八十錢 春秋社 1936/05(昭和11)
   18b. チャールズ・ラム=著 中村詳一=譯 「ハムレツト」
      『シエクスピヤ物語
      世界名著選家庭文庫 春秋社 1926/09(大正15)
      国立国会図書館所蔵マイクロフィッシュ YD5-H-517-378
   引用は 18a. に拠りました。


(J19) 木村/笹川 1916
 ハムレットは性來氣の弱い質で此の亡靈を見てからは心が平靜を失つて、異状をも來した、ハムレットは思ふに「若し乃公が企んでる事を伯父が知つて仕舞ふて、乃公の身に警戒する樣な事があつてはいけない」と、其れからはハムレットは父の死については、何事も知らない樣な風にして、眞に氣狂ひになつた樣に見せかけて居た、己の行爲も氣狂いひにならば大した事も仕出來しはしまいと、伯父も高をくゝるだらうし、己が胸の秘密の苦惱も、狂人となれば表はれないだらうからと思ひ付いたからなのであつた。(……)

[原文は次のとおり、総ルビ]
 ハムレットは性來(せいらい)氣(き)の弱(よわ)い質(たち)で此(こ)の亡靈(ばうれい)を見(み)てからは心(こゝろ)が平靜(へいせい)を失(うしな)つて、異状(いじやう)をも來(きた)した、ハムレットは思(おも)ふに「若(も)し乃公(おれ)が企(たく[ママ])んでる事(こと)を伯父(をぢ)が知(し)つて仕舞(しま)ふて、乃公(おれ)の身(み)に警戒(けいかい)する樣(やう)な事(こと)があつてはいけない」と、其(そ)れからはハムレットは父(ちゝ)の死(し)については、何事(なにごと)も知(し)らない樣(やう)な風(ふう)にして、眞(しん)に氣狂(きちが)ひになつた樣(やう)に見(み)せかけて居(ゐ)た、己(おのれ)の行爲(かうゐ)も氣狂(きちが)ひにならば大(たい)した事(こと)も仕出來(しでか)しはしまいと、伯父(をぢ)も高(たか)をくゝるだらうし、己(おのれ)が胸(むね)の秘密(ひみつ)の苦惱(くなう)も、狂人(きちがひ)となれば表(あら)はれないだらうからと思(おも)ひ付(つ)いたからなのであつた。(……)

   「ハムレット(デンマーク皇子)」
   シエークスピーア=原作 チャールス・ラム+メリー・ラム=著
   木村 秀夫=譯 笹川臨風(ささかわ・りんぷう)=編
   『通俗シエークスピーア物語』 通俗叢書
   編輯兼發行:通俗敎育普及會出版局 非賣品 1916/02(大正5)
   国立国会図書館所蔵マイクロフィッシュ YD5-H-355-33い
   大阪府立図書館蔵書検索: ページ下のほうのコード検索で「タイトルコード」を
   選び、コード番号に「10000000291119」を入力すると、書誌詳細が表示されます。


(J20) 後藤 1915
[訳文は追って挿入するつもりです - tomoki y.]

   「ハムレット」
   チャールス・ラム=著 後藤一郎(ごとう・いちろう)=訳
   『シエイクスピアー物語-対訳詳註 第1編 ハムレット
   三光堂 1915(大正4)


(J21) 小松 1904, 1922, etc.
 ハムレットは性來羸弱なるが上に、神氣沮喪し來れる折柄、目のあたり幽靈を見、言葉交はしたることなれば、此事常に感覚より離れで心は鍵を失ひ、腦には異状を呈するやうなりけるが、思ひらく『若し叔父にして吾が遺恨に思ひて何等畫策するところあると悟り、或は吾が父の變死に就きて知るところ、叔父が報道せしところより多きを知るに至らば、必ず吾が擧動(ふるまひ)に就きて警戒を與ふるならん。』と、されば此後は眞實狂氣のさまを裝ひて叔父と人々の眼を眩(くら)まさんと、世にも稀れなる決心をなしぬ。(……)

   21a. チャールス、ラム+メリー、ラム=著 小松武治=譯 「ハムレット物語」
      川戸道昭+榊原貴教=編
      『シェイクスピア翻訳文学書全集19 明治期 沙翁物語集
      大空社 1999/10 所収
   21b. ラム=著 小松武治=譯 「ハムレット物語」
      『ラム沙翁物語集』 大鐙閣 定價金二圓五拾錢 1922/02(大正11)
      上田敏「沙翁物語集序」および夏目漱石「小羊物語に題す十句」を収録
   21c. チャールス、ラム=著
      小松武治(こまつ・たけじ)/ 小松月陵(こまつ・げつりょう)=譯述
      「ハムレット物語」
      『沙翁物語集』 日高有隣堂 定價七拾錢 1904/06(明治37)
      上田敏「沙翁物語集序」および夏目漱石「小羊物語に題す十句」を収録
      国立国会図書館所蔵マイクロフィッシュ YDM101017
   21a.21c. を複製したもの。引用は 21c. に拠りました。


(J22) 品田 1886, 1999
ハムレツト太子ハ固より愁に沈みて精神も引き立たず身心共に痛(いた)く疲(つか)れ衰(おとろ)へてありける處へ今又幽靈に逢ひて一大事の遺命をも受け給へければ心に亂れて麻の如く氣も狂ハんずばかりなり斯て長くあらんよハ人に覺(さと)られて叔父も用心の臍を固め我に害心ありと疑ひ又ハ父上崩御の樣子などの密事を知ると猜(さい)せられなば愈々以て大事を遂げ難かり左れば今より奥誠に發狂したるもヽの体に見せかけなば大事を仕出すの力なしと思ひて心を許すこともやあらん又我が心の亂れで挙動を疑はしきとあるもの恠(あやし)むものハなかるべしと獨り心に點頭(うなづ)きて是よりハ發狂者の眞似(まね)せんと深念(しあん)を定め給ひけり(……)

   セキスピヤ=原作 チャールス、ラム=著
   品田太吉(しなだ・たきち)=譯 「ハムレツト太子復讐の事」
   22a.セキスピヤ物語』 国立国会図書館近代デジタルライブラリー
   22b.シェイクスピア翻訳文学書全集6 セキスピヤ物語 明治期
      大空社 1999/02
   22c.セキスピヤ物語』 品田太吉=出版 1886/12(明治19)
   22a.22c. のスキャン画像。22b.22c. を複製したもの。
   引用は 22a. に拠りました。変体仮名その他の判読に自信がありません。
   もし誤読している箇所がありましたら、ご指摘ください。


■英語原文 The original text in English

The terror which the sight of the ghost had left upon the senses of Hamlet, he being weak and dispirited before, almost unhinged his mind, and drove him beside his reason. And he, fearing that it would continue to have this effect, which might subject him to observation, and set his uncle upon his guard, if he suspected that he was meditating anything against him, or that Hamlet really knew more of his father's death than he professed, took up a strange resolution, from that time to counterfeit as if he were really and truly mad ( . . . ).

   Hamlet, Prince of Denmark
   Tales from Shakespeare (1807) by Charles and Mary Lamb

   Recent paperback editions include:
   * Tales from Shakespeare. Penguin Classics, 2007/12
   * Tales from Shakespeare. Signet Classics, 2007/06
   * Tales from Shakespeare. Puffin Classics, 1995/03

   Scanned book at University of Floria Digital Collections

   E-text at:
   * Mr. William Shakespeare and the Internet
   * Shakespeare-Literature.com
   * Project Gutenberg
   * Eldritch Press
   * Bartleby.com


■タイトル "Tales from Shakespeare" の日本語訳の異同
 Variations of the title translated into Japanese

  シェークスピア物語  永井 1966, 1970
  シェークスピア物語  河原 1927
  シェイクスピア物語  安藤 2008
  シェイクスピア物語  矢川 2001
  シェイクスピア物語  乾  1992,1984
  シェイクスピア物語  大場 1977, 2001
  シェイクスピア物語  福田 1968
  シェイクスピア物語  厨川 1963, 1979
  シェイクスピア物語  野上 1956, 1962
  シェイクスピア物語  坪内 1954
  シェイクスピア物語  阿部 1954
  シェイクスピア物語  松本 1952
  シェクスピア物語   堀江 1955
  シエークスピーア物語 木村/笹川 1916
  シエークスピヤ物語  中村 1936
  シエークスピヤ物語  峰尾 1927
  シエイクスピアー物語 後藤 1915
  シエクスピヤ物語   中村 1926
  セキスピヤ物語    品田 1886, 1999
  沙翁物語       野上 1932, 1987
  沙翁物語       平田 1927
  沙翁物語集      小松 1904, 1922, etc.


■外部リンク External links

   * Tales from Shakespeare - Wikipedia (1807)
   * Charles Lamb - Wikipedia (1775-1834)
   * Hamlet - Wikipedia
   * 神原文庫蔵『セキスピヤ物語』(品田太吉譯)


■更新履歴 Change log

2010/05/29 SOGO_e-text_library =責任編集 2007/02/10 を追加しました。
2008/12/12 坪内士行=訳 1954/12 を追加しました。
2008/12/11 木村秀夫=譯 笹川臨風=編 1916/02 を追加しました。
2008/10/16 阿部知二=訳 1954/05、および河原萬吉ほか=訳
         1927/04 を追加しました。
2008/09/11 大場建治=訳 2000/11 を追加しました。
2008/08/30 中村詳一=譯 1936/05、および小松武治=譯述 1904/06 を
         追加しました。また、「タイトル "Tales from Shakespeare"
         の日本語訳の異同」の項を新設しました。
2008/08/24 品田太吉=譯 1886/12 を追加しました。ただし、引用の
         正確さは未確認です。
2008/08/23 福田陸太郎=訳 1968/08 を追加しました。
2008/08/20 永井鱗太郎=文 1970/09、峰尾都治=譯 1927/12、および
         平田禿木=譯 1927/06 を追加しました。
2008/08/19 野上弥生子=訳 1987/07 を追加しました。この版は、これまで
         野上弥生子=訳 1956/05 と同じ項に含めていました。しかし、
         一般読者向けの前者(=岩波文庫旧版に拠る)と、児童向けの
         後者(=岩波少年文庫旧版)とでは、訳文がかなり異なります。
         したがって、別立てにして引用文を挙げることにしました。
2008/08/18 乾侑美子=訳 1992/05 を追加しました。


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Monday, 01 October 2007

夏目漱石から野村伝四への手紙 A letter from Natsume Soseki to Nomura Denshi

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           ↑ Click to enlarge ↑  

Left 三好行雄=編『漱石書簡集』ワイド版 岩波文庫 (2005)
Centre 出久根達郎=著『漱石先生の手紙』講談社文庫 (2004)
Right漱石全集22 書簡(上)』岩波書店 (2004)
 
 
■日本語原文 The original text in Japanese

明治37年 書簡 341 九月二十三日(金)野村伝四 消印午後6時40分

    本郷区台町三十六番地同学舎内 野村伝四宛
    本郷区駒込千駄木町五十七番地より
 
 
 拝啓僕或人からたのまれてモロツコ国の歴史の概略をしらべる事を受合つたが多忙でそんな事が出来ない君二三時間を潰して図書館に入り五六ページ書いてくれ給へ御願ひだから古来からの政体等の変選〔遷〕が一寸分ればよい右至急入〔い〕るから其積りで御願申す左様なら

    九月二十三日           夏目金之助
   野村伝四君

  是非やつてくれなくてはいけない、いやだ抔といふと卒業論文に零点をつける
  ブリタニカヲ見レバアルダラウ
 
 
 
   夏目金之助=著『漱石全集22 書簡(上)』(全28巻・別巻1)
   岩波書店 1996/03 第1刷 2004/01 第2刷 所収
   引用は第2刷に拠りました。
 
 
■外部リンク External links

   * 夏目漱石 - Wikipedia (1867-1916)
   * 青空文庫 - 夏目漱石作品の電子テキスト
   * 東北大学附属図書館 夏目漱石ライブラリ
   * Natsume Soseki - Wikipedia
 
 
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(1) 漱石+書簡

(2) 漱石+手紙

 
 
 

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Saturday, 30 December 2006

鴨長明 『方丈記』 Hojoki / The Ten Foot Square Hut by Kamo no Chomei

          目次 Table of Contents

   はじめに Introduction / Commentary 
   ■紀田順一郎 - 私の古典 (13) 『方丈記』
    Hojoki: An introductory article by Jun'ichiro Kida
   ■NHK Eテレ番組、新聞書評、その他の外部リンク
    NHK ETV series, newspaper reviews and other external links

   Video & Photo 
   ■左大臣光永(光永隆)による朗読 方丈記冒頭部分
    Hojoki Introduction read by Sadaijin Mitsunaga
   ■渡辺知明の表現よみ=方丈記「序」
    Hojoki Introduction read by Watanabe Tomoaki
   ■鴨長明の「方丈の庵」のレプリカ
    Replica of Kamo no Chomei's "Ten Foot Square Hut"
   ■『方丈記』写本の一例(典拠不詳)
    Sample manuscript of Hojoki (Source unknown)

   外国語への翻訳 Translations into non-Japanese languages 
   ■ロシア語訳 Translation into Russian
   ■チェコ語訳 Translation into Czech
   ■ドイツ語訳 Translations into German
     (D1) Liscutin, 2011
     (D2) Naumann & Naumann, 1973
   ■ラテン語訳 Translation into Latin
   ■イタリア語訳 Translations into Italian
     (It1) Moretti, 2008-09
     (It2) Fraccaro
   ■スペイン語訳 Translation into Spanish
   ■フランス語訳 Translations into French
     (F1) Wikipédia, 2012
     (F2) Sieffert, 1995
     (F3) Candau, 1968
   ■方丈記の英訳——表紙画像 English translations of Hojoki: Cover photos
   ■英訳 Translations into English
     (E1) Lawson, 2012
     (E2) Chambers, 2007
     (E3) Moriguchi (森口靖彦) & Jenkins, 1996
     (E4) Watson, 1994, 2002
     (E5) McCullough, 1991
     (E6) Sadler, 1971
     (E7) Keene, 1960
     (E8) Minakata (南方熊楠) & Dickins, 1905, 1973
     (E9) Aston, 1899
     (E10) Natsume (夏目漱石), c.1891, 1925, etc.
   ■英題の異同 Variations of the title translated into English
   ■南方・ディキンズ訳を掲載した英国 『アジア協会誌』 (1905)
    Journal of the Royal Asiatic Society of Great Britain and Ireland (1905)
   ■中国語訳(簡体字) Translation into simplified Chinese
   ■韓国語訳 Translations into Korean
     (Ko1)
     (Ko2)

   現代日本語への翻訳 Translations into contemporary Japanese 
   ■現代日本語訳/大意/再話/校注
    Translations, retelling or annotations in contemporary Japanese
     (J1) 高橋 2016
     (J2) 小林(一) 2012
     (J3) 濱田 2012
     (J4) 小林(保) 2012
     (J5) 松島 2012
     (J6) 玄侑 2011
     (J7) 浅見 2011
     (J8) 荒木 2011
     (J9) あやまり堂 2010, 2013
     (J10) 青山+甲斐+邑上 2009
     (J11) 手崎 2009
     (J12) 加藤(監修) 弦川(文) 2008
     (J13) 大伴 2007
     (J14) 武田 2007
     (J15) 長尾 2006
     (J16) 三木(紀) 2006
     (J17) 長尾 2006
     (J18) 中野 2003
     (J19) 浜野 2001
     (J20) 武田 1995
     (J21) 三木(卓) 1992
     (J22) 永井 1987
     (J23) 今成 1981
     (J24) 山崎 1980, 2001
     (J25) 安良岡 1980
     (J26) 堀田 1976, 2006
     (J27) 神田 1971, 1999, etc.
     (J28) 川瀬 1971
     (J29) 簗瀬 1967, 1971
     (J30) 唐木 1962
     (J31) 佐藤 1937a, 1999
     (J32) 佐藤 1937b, 1956, etc.

   原文 The original text 
   ■日本語原文(現代表記)
    The original text in Japanese (modified according to modern
    orthography)
   ■日本語原文(大福光寺本:現存する最古かつ最も正統の写本といわれる)
    The Daifukukoji text, presumably the oldest and most authentic
    manuscript in original Japanese

   書誌情報 Bibliography 
   ■出典: ロシア語訳 Source: Translation into Russian
   ■出典: チェコ語訳 Source: Translation into Czech
   ■出典: ラテン語訳 Source: Translation into Latin
   ■出典: 英訳 Sources: Translations into English
     (E1) Lawson, 2012
     (E2) Chambers, 2007
     (E3) Moriguchi (森口靖彦) & Jenkins, 1996
     (E4) Watson, 1994, 2002
     (E5) McCullough, 1991
     (E6) Sadler, 1971
     (E7) Keene, 1960
     (E8) Minakata (南方熊楠) & Dickins, 1905, 1973
     (E9) Aston, 1899
     (E10) Natsume (夏目漱石), c.1891, 1925, etc.
   ■『方丈記』の英訳および他の言語への翻訳のリスト
    List of Hojoki translated into English and other languages
   ■出典: 現代日本語訳/再話/校注
    Sources: Translations, retelling or annotations in contemporary Japanese
     (J1) 高橋 2016
     (J2) 小林(一) 2012
     (J3) 濱田 2012
     (J4) 小林(保) 2012
     (J5) 松島 2012
     (J6) 玄侑 2011
     (J7) 浅見 2011
     (J8) 荒木 2011
     (J9) あやまり堂 2010, 2013
     (J10) 青山+甲斐+邑上 2009
     (J11) 手崎 2009
     (J12) 加藤(監修) 弦川(文) 2008
     (J13) 大伴 2007
     (J14) 武田 2007
     (J15) 長尾 2006
     (J16) 三木(紀) 2006
     (J17) 長尾 2006
     (J18) 中野 2003
     (J19) 浜野 2001
     (J20) 武田 1995
     (J21) 三木(卓) 1992
     (J22) 永井 1987
     (J23) 今成 1981
     (J24) 山崎 1980, 2001
     (J25) 安良岡 1980
     (J26) 堀田 1976, 2006
     (J27) 神田 1971, 1999, etc.
     (J28) 川瀬 1971
     (J29) 簗瀬 1967, 1971
     (J30) 唐木 1962
     (J31) 佐藤 1937a, 1999
     (J32) 佐藤 1937b, 1956, etc.
   ■出典:インターネット上で入手できる日本語原文の電子テキスト
    Sources: The original text in Japanese available online
    in digital format (e-text)
   ■出典:日本語原文(大福光寺本)
    The Daifukukoji text, presumably the oldest and most authentic
    manuscript in original Japanese

   更新履歴 Change log 


 はじめに Introduction / Commentary 
■紀田順一郎 - 私の古典 (13) 『方丈記』
 Hojoki: An introductory article by Jun'ichiro Kida

下のリンク先にある紀田氏の記事は、『方丈記』執筆の背景や、作者・鴨長明の人物像や、複数ある英訳版についての、簡潔明瞭でバランスのとれた解説となっている。

   紀田順一郎のホームページ » 寄稿再録 » 私の古典 (13) 『方丈記』


■NHK Eテレ番組、新聞書評、その他の外部リンク
 NHK ETV series, newspaper reviews and other external links
Nhk_etv_100pun_de_meicho

   * 鴨長明『方丈記』:100分 de 名著 NHK Eテレ 2012年10月 全4回放送
   * 〈本の舞台裏〉方丈記を自在に訳す - 白石明彦 朝日新聞 2012-06-10
   * 方丈記、800年後の今も斬新に - 待田晋哉 読売新聞 2012-05-07
   * 『方丈記』 鴨長明 - 松岡正剛の千夜千冊 2000-04-28
   * 方丈記 - Wikipedia


 Video & Photo 
■左大臣光永(光永隆)による朗読 方丈記冒頭部分
 Hojoki Introduction read by Sadaijin Mitsunaga

Uploaded by sirdaizine on Nov 11, 2011


■渡辺知明の表現よみ=方丈記「序」
 Hojoki Introduction read by Watanabe Tomoaki

Uploaded by watanabeTomoaki on Mar 10, 2010. ことば・言葉・コトバ WATANABE_tomo on Twitter


■京都・河合神社の境内に復元展示されている鴨長明の「方丈の庵」のレプリカ
 Replica of Kamo no Chomei's "Ten Foot Square Hut" at Kawai Shrine, Kyoto

YouTube footage uploaded by asayama35, 2007-04-08.
河合神社はユネスコ世界遺産・下鴨神社の摂社(せっしゃ)にあたる。なお、つぎのウェブページも参考になります:
* 『京古本や往来85号』 1999-07-31 巻頭言 鴨長明と「方丈記」
  筆者: 新木直人 賀茂御祖神社(下鴨神社)權宮司
* 世界遺産 下鴨神社サイト内の特別拝観案内ページ


■『方丈記』写本の一例(典拠不詳)
 Sample manuscript of Hojoki (Source unknown)
Hojoki
クリックして拡大 Click to enlarge


 外国語への翻訳 Translations into non-Japanese languages 
■ロシア語訳 Translation into Russian

Струи уходящей реки... они непрерывны; но они -- все не те же,  прежние воды.  По  заводям плавающие пузырьки пены... они  то исчезнут, то  свяжутся вновь;  но долго  пробыть  --  не  дано им. В  этом мире живущие  люди и  их жилища... и они -- им подобны.

   Камо-но Темэй. Записки из кельи
   Перевод со старояпонского Н. Конрада
   E-text at:
   * Библиотека РусЛит
   * Lib.Ru


■チェコ語訳 Translation into Czech

[訳文は未見 - tomoki y.]

   Kamo no Čómeiho - Záznamy z poustevny
   Zápisky z volných chvil : starojaponské literární zápisníky paní
   Sei Šónagon, Kamo no Čómeiho, Jošidy Kenkóa


■ドイツ語訳 Translations into German

(D1) Liscutin, 2011
Unaufhörlich strömt der Fluß dahin, gleichwohl ist sein Wasser nie dasselbe. Schaumblasen tanzen an seichten Stellen, vergehen und bilden sich wieder – von großer Dauer sind sie allemal nicht. Gleichermaßen verhält es sich mit den Menschen und ihren Behausungen.

   Aufzeichnungen aus meiner Hütte by Kamo no Chömei
   Translated by Nicola Liscutin
   Insel Verlag Gmbh, 2011/06


(D2) Naumann & Naumann, 1973
Der Strom des dahinziehenden Flusses nimmt kein Ende, und doch ist es nicht das ursprüngliche Wasser. Die Schaum blasen, die auf dem seichten Wasser schwimmen, vergehen und bilden sich neu, und es gibt kein Beispiel, dass sie für längere Zeit blieben. Gerade so verhält es sich mit den Menschen und ihren Behausungen auf dieser Welt.

   Aufzeichnungen aus meiner Hütte by Kamo no Chōmei
   Translated by Nelly & Wolfram Naumann
   Die Zauberschale: Erzählungen vom Leben japanischer Damen,
   Mönche, Herren und Knechte, München 1973
   Quoted in Unaufhörlich strömt der Fluss dahin, gleichwohl ist sein ... [PDF]


■ラテン語訳 Translation into Latin

Defluentes amnes cursu non cessant, quorum aqua vero pristina non exstat. In stagnante quae fluctuat spuma modo solvitur, modo creatur, nec diu remanet umquam. Hujus mundi homines habitationesque non aliter esse constat.

   Eremitorium (Hojoki) translated from Japanese by Alexander Ricius
   E-text at Home Page Jerome Ducor - Alexander Ricius (PDF)


■イタリア語訳 Translations into Italian

(It1) Moretti, 2008-09
La corrente dell’acqua che scorre mai si interrompe, eppure l’acqua non è mai la stessa. La schiuma che galleggianei punti in cui l’acqua ristagna, ora svanisce, ora si forma ma non c’è prova che persista a lungo. Così sono gliuomini e le abitazioni che popolano questo mondo.

   Hōjōki by Kamo no Chōmei
   Translated by Laura Moretti
   Appunti per una storia della letteratura giapponese classica
   in unità didattiche


(It2) Fraccaro
[訳文は未見 - tomoki y.]

   Ricordi di un eremo by Kamo no Chomei
   Edited by F. Fraccaro


■スペイン語訳 Translation into Spanish

La corriente del río jamás se detiene, el agua fluye y nunca permanece la misma. Las burbujas que flotan en el remanso son ilusorias, se desvanecen, se rehacen, y no duran largo rato. Así son los hombres y sus moradas en este mundo.

   Hojoki by Kamo no Chomei
   Selección comentada de Hojoki by Masateru Ito
   Excerpt at Selección comentada de Hojoki - Saber ULA [PDF]


■フランス語訳 Translations into French

(F1) Wikipédia, 2012
Le courant de la rivière qui s'écoule ne s'interrompt pas et pourtant l'eau n'est pas la même eau qu'auparavant. La mousse qui flotte sur les eaux stagnantes, qui disparaît, qui réapparaît, ne reste jamais la même très longtemps. De même en va-t-il avec les gens et les abris de ce monde.

   Hōjōki by Kamo no Chōmei
   Excerpt at Wikipédia
   Last modified 2012-10-03


(F2) Sieffert, 1995
Le cours de la rivière qui va jamais ne tarit, et pourtant ce n'est jamais plus la même eau. L'écume qui flotte sur les eaux dormantes tantôt se dissipe tantôt se reforme, et il n'est d'exemple quelle ait duré. Pareillement advient-il des hommes et des demeures qui sont en ce monde.

   Les notes de l'ermitage ; suivi de Histoires de conversion by Kamo no Chômei
   Translated by René Sieffert
   Paris: Publications Orientalistes de France, 1995


(F3) Candau, 1968
La même rivière coule sans arrêt, mais ce n'est jamais la même eau. De-ci, de-là, sur les surfaces tranquilles, des taches d'écume apparaissent, disparaissent, sans jamais s'attarder longtemps. Il en est de même des hommes ici-bas et de leurs habitations.

   Hôjôki : Notes de ma cabane de moine
   Translated by R. P. Sauveur Candau
   in Les Heures oisives ; suivi de Notes de ma cabane de moine
   Collection Connaissance de l'Orient, Gallimard, 1968 


■方丈記の英訳——表紙画像
 English translations of Hojoki: Cover photos

a. 1880656221 b. 0804808791_2 c. 0802150586_2
↑ クリックして拡大 Click to enlarge 

■英訳 Translations into English

(E1) Lawson, 2012
Though the river's current never fails, the water passing, moment by moment, is never the same.  Where the current pools, bubbles form on the surface, bursting and disappearing as others rise to replace them, none lasting long.  In this world, people and their dwelling places are like that, always changing.


(E2) Chambers, 2007
The current of the flowing river does not cease, and yet the water is not the same water as before. The foam that floats on stagnant pools, now vanishing, now forming, never stays the same for long. So, too, it is with the people and dwellings of the world.


(E3) Moriguchi (森口靖彦) & Jenkins, 1996
The flowing river never stops and yet the water never stays the same. Foam floats upon the pools, scattering, re-forming, never lingering long. So it is with man and all his dwelling-places here on earth.


(E4) Watson, 1994, 2002
The river flows on unceasingly, but the water is never the same water as  before. Bubbles that bob on the surface of the still places disappear one moment, to reappear again the next, but they seldom endure for long. And so it is with the people of this world and with the houses they live in.


(E5) McCullough, 1991
The waters of a flowing stream are ever present but never the same; the bubbles in a quiet pool disappear and form but never endure for long. So it is with men and their dwellings in the world.


(E6) Sadler, 1971
Ceaselessly the river flows, and yet the water is never the same, while in the still pools the shifting foam gathers and is gone, never staying for a moment. Even so is man and his habitation.


(E7) Keene, 1960
The flow of the river is ceaseless and its water is never the same. The bubbles that float in the pools, now vanishing, now forming, are not of long duration: so in the world are man and his dwellings.


(E8) Minakata (南方熊楠) & Dickins, 1905, 1973
Of the flowing river the flood ever changeth, on the still pool the foam gathering, vanishing, stayeth not. Such too is the lot of men and of the dwellings of men in this world of ours.


(E9) Aston, 1899
The current of a running stream flows on unceasingly, but the water is not the same: the foam floating on the pool where it lingers, now vanishes and now forms again; but is never lasting. Such are mankind and their habitations.


(E10) Natsume (夏目漱石), c.1891, 1925, etc.
Incessant is the change of water where the stream glides on calmly: the spray appears over a cataract, yet vanishes without a moment's delay. Such is the fate of men in the world and of the houses in which they live.


■英題の異同 Variations of the title translated into English

An Account of a Ten-Foot-Square Hut  ……Chambers, 2007
An Account of My Hermitage…………………McCullough, 1991
Hojio-ki  ………………………………………Natsume (夏目漱石), c.1891
Hojoki a.k.a. The Ten Foot Square Hut………Sadler, 1971
Hojoki, a.k.a. An Account of My Hut …………Keene, 1960
Hojoki: Visions of a Torn World ………………Moriguchi (森口靖彦) & Jenkins, 1996
Hojoki  …………………………………………Aston, 1899
Notes from a Jō-Square Hut…………………Minakata (南方熊楠) & Dickins, 1905
Record of the Ten-Foot-Square Hut   ………Watson, 1994, 2002
The Hojoki (My Ten-Foot Hut)  ………………Lawson, 2012


■南方・ディキンズ訳を掲載した英国 『アジア協会誌』 (1905)
 Journal of the Royal Asiatic Society of Great Britain and Ireland (1905)

Notes from a Jō-Square Hut と題された方丈記の英訳は、この学術誌の237ページから掲載されている「十二世紀日本のソロー」と題された南方熊楠とF・ヴィクター・ディキンズの連名による論文のなかに収められている。

Notes from a Jō-Square Hut, an English translation of Hojoki, appears at page 237 in an artitle by Kumagusu Minakata and F. Victor Dickins, entitled A Japanese Thoreau of the Twelfth Century by Kamo no Chomei.


関連する外部サイト: 『方丈記』英訳;履歴書(口語訳11):南方熊楠の手紙


■中国語訳(簡体字) Translation into simplified Chinese

逝川流水不绝,而水非原模样。淤水处浮起水泡,忽灭忽生,那曾有久存之例。世上的人和居也如此。

   方丈记徒然草 作者: 吉田兼好 鸭长明 编译: 李均洋
   法律出版社 2012
   Excerpt at:
   * 凤凰传媒 (Phoenix Media)
   * 国美在线


■韓国語訳 Translations into Korean

(Ko1)
흘러가는 강의 흐름은 끊이지 않는 것이지만
그러나 본래의 물은 아니다.

시냇물이 흐르다가 고인 곳에 떠 있는 물거품은,
한편에서는 사라졌는가 하면 다른 한편에서는 생겨나서
오랫동안 머물러 있는 예가 없다.

이 세상에 살고 있는 인간과 그들의 주거도 역시 이와 같은 것이다.

   『호조키(方丈記)』 가모노 초메이(鴨長明)
   Excerpt at 당신이 영웅 중의 영웅


(Ko2)
강물은 계속 흐르며 , 그 물은 예전에 것이 아니다 . 이는 웅덩이에서 떠오르는 거품이며 한편으론 사라져 버린다고 생각하지만 다른 한편으론 또 다시 떠올라 언제까지나 같은 형태로 있는 것은 아니다 . 세상에 사는 사람도 , 그 거처도 마찬 가지다 .

   호조키 가모노 조메이
   Excerpt at <도연초> 호조키(方丈記) : 네이버 블로그


 現代日本語への翻訳 Translations into contemporary Japanese 
■現代日本語訳/大意/再話/校注
 Translations, retelling or annotations in contemporary Japanese

(J1) 高橋 2016
 あっ。
 歩いていたのに、なんだか急に立ち止まって、川を見たくなった。
 川が流れている。
 そこでは、いつも変らず、水が流れているように見える。けれども、同じ水が流れているわけではないのだ。あたりまえだけれど。
 よく見ると、川にはいろんなところがある。ぐんぐん流れているところ。それほどでもないところ。中には、動かず、じっとしているところもある。
 でも、そこだって、結局は同じだ。しばらく見ていると、泡が生まれ、あっという間に消えてゆく。そう、たえず変わっているのだ。
 人間だって同じだ。彼らの住む家だって。

   高橋源一郎=訳 方丈記(モバイル・ハウス・ダイアリーズ)
    『日本文学全集 07 枕草子 / 方丈記 / 徒然草


(J2) 小林(一) 2012
流れる川の流れは絶え間ないが、しかし、その水はもとの水ではない。よどみの水面に浮かぶ泡は消えては生じて、そのままの姿で長くとどまっているというためしはない。世の中の人間と住まいも、これと同じなのだ——。

   小林一彦=著 『鴨長明 『方丈記』 2012年10月 (NHK 100分 de 名著)


(J3) 濱田 2012
 河をじっくり眺めてみよう。
 するとどうだろう。
 あら不思議。ふだん何気なくボーっと見ていた時には思いもしなかったことを発見したよ。
 水はコンコンと流れ、絶える気配はないけれど、流れゆく水すべて同じ水ではなく、常に新しい水が流れていくじゃないか。
 水が流れず、たまっているところに浮かぶ泡。
 しかし、この泡だってできては消え、消えてはでき、実に頼りない。
 同じ泡が浮かんでいるためしはない。
 よく考えれば、世の中に存在する人間や家も、この河の水や泡と同じじゃないか!

   濱田浩一郎=著 【超口語訳】方丈記


(J4) 小林(保) 2012
 川の流れは変わらないものの、流れる水は入れ替わり、また入れ替わる。川の淀みに浮かぶ水泡(うたかた)は、消えては出来て、出来ては消えての繰り返し。世の中の人間(ひと)は川、住む家は水泡(うたかた)のようなもの。川も水泡(うたかた)も、人間(ひと)も住む家も、いつまでもそのまま在り続けることはなく、絶えず移ろい変わっているのだ。

   小林保治=編著 『超訳 方丈記を読む


(J5) 松島 2012
 ゆく河の流れは絶え間なく、しかももとの水ではない。よどみに浮かぶ水泡は、消えたり、結んだりし、久しく留まった例がない。世の中における、人と棲家は、またこのようである。

   松島令=著 『平成「方丈記」 *自由訳プラス 3・11後を生きる仏教思想


(J6) 玄侑 2011
 人も、人の住む家も、絶え間なく移ろい変わっていく。これは、川の流れのようなものだ。川の水は滔々と流れきて、しかも一瞬たりとも留まることはなく、たちまち流れさっていく。岸辺に水が澱んで泡ができるにしても、今できたかと思えば、すぐに消えて、また生まれてはまた弾けて、実にあっけなく、はかない。およそ人の世も、人の家も、そのようなものではないか。

   玄侑宗久=監訳 「方丈記」現代語版
   『無常という力—方丈記に学ぶ心の在り方


(J7) 浅見 2011
流れゆく河のながれは、絶えることはなくて、しかも、もとの水では決してない。河のよどみに浮かぶ水の泡(あわ)は、片方で消えたかと思うと、片方で生まれ、永くとどまるということはない。世の中にある人間も住まいも、またこれと同じようなものだ。

   浅見和彦(あさみ・かずひこ)=校訂・訳 『方丈記


(J8) 荒木 2011
 流れ行く河の水は、滔々(とうとう)と湛(たた)えて絶(た)えないが、見る間に遷(うつ)り行き、もとの水ではない。流れ滞(とどこお)るよどみの水面(みなも)に浮かぶ泡沫(うたかた)は、あちらでは消えたかと思うと、こちらでは浮き出て、長くとどまっていたためしがない。この世の中の人と住まいも、またこうしたものである。

   荒木浩(あらき・ひろし)=「大意」 「方丈記を味わう」 京都新聞


(J9) あやまり堂 2010, 2013
 川の水は絶えないけれど、といって、同じ水があるわけじゃない。のんびり漂う泡ぶくも、割れたり他とくっついたりして、現状維持を続けない。人間といい、その人間の住み処といい、世の中だいたいそんな感じだろう。

   あやまり堂=訳 『わたくし版「方丈記」現代語訳
   あやまり堂 2013/04/18


(J10) 青山+甲斐+邑上 2009
 流れてゆく川はとちゅうで切れることがなく、それでいて水はもとからそこにあった水ではない。流れがほとんどないところにうかぶ水のあわは、一方で消えたり、またこちらでできたりして、いつまでもそのままの状態でいたことがない。この世にある人間と家も、同じくこのような変化をし続けるものである。
[原文は総ルビですが、ここでは省略しました - tomoki y.]

   青山由紀+甲斐利恵子+邑上裕子=編
   『土佐日記・枕草子・更級日記・方丈記・徒然草・おくのほそ道


(J11) 手崎 2009
 流れ行く河は、不変に流れ続けており、それでいて、(その河の水そのものは)古い元の水ではなく常に新しい。(同様に、)河の淀みにできる泡(あぶく)は、常にぶくぶくし続けながら、(それでいて、)一つも元の古いままの泡でいた例(ためし)はない。(思えば、)この世における、人とその住まいとの関係もこれと同様である。

   手崎政男=著 『通読 方丈記


(J12) 加藤(監修) 弦川(文) 2008
 目の前を流れゆく川の水は、なくなることはないが、いつも同じ水というわけではない。よどみに浮(う)かぶ水の泡(あわ)は、現れたと思えば消え、消えたと思えば現れる。世の中の人と家もまた、川の水、水の泡(あわ)のようなものである。

   加藤康子=監修 弦川琢司=文 『超訳日本の古典6 徒然草・方丈記


(J13) 大伴 2007
 進み行く河の流れは絶えることなく、しかも、もとの水が流れているのではない。淀んでいる所に浮かぶ水の泡は、一方では消え、一方では新たに生じて、同じ泡が長くとどまっている例はない。世の中に存する、人と住居も、またこのようなものである。

   大伴茫人=編 『徒然草・方丈記 日本古典は面白い


(J14) 武田 2007
 河の流れは一瞬も休まない。それどころか、河の水は後ろの水に押されて、つねに前へ進み、元の位置に留まることはない。休むことなく位置を変えている。
 流れていないように見える淀みもそうだ。無数の水の泡が、留まることなく浮かんでは消えて、元の形を保つという話はいまだ聞かない。やはり、休むことなく形を変えている。
 このような変化の継続する中に「無常」という真理が宿っている。この真理は、そのまま人間の世界にもあてはめることができる。人と住まいもまた、ちょうど河の水や水の泡と同じなのだ。
[原文にあるルビは省略しました - tomoki y.]

   武田友宏=編 『方丈記(全)


(J15) 長尾 2006
 河というのは、ふしぎなものですね。

 河の岸辺に立ってその流れを見つめる自分を、思いうかべてみてください。どこの河でもよろしいのです。あなたが知る河ならば。
 私の場合はですね、……私は京の都の人間ですから、あの美しい加茂川(かもがわ)が思いうかびます。サラサラと流れる水の軽(かろ)やかな調べが、耳に聞こえてくるようです。
 ふっと川上に目をむけてみる。
 水は、生(お)いしげった森の木々のあいだ、どこかわからぬはるか遠くから、延々と流れてくる。
 次には、川下に目を移す。
 水は延々と流れていきます。その終着点は遠く遠く、とても見わたせやしない。
 水は、遠くから遠くへ。とぎれることは決してない。水面(みなも)に陽の光をたゆたわせ、いつまでもいつまでも、水は流れていきます。

 どうです。
 あなたの心にも、そんな「いつも変わらぬ河の風景」が、映し出されていますか。

 だけど、です。
 あなたに問いたい。本当にそれは「変わらぬ風景」なんですか——と。
 足元を流れる水は、一瞬たりとも同じ水ではないでしょう。だって、川上から川下へ水は絶えず流れ、とどまることはないのですから。
 いや、水がとどまっている所も、あるにはある。岩だの木ぎれだので、流れがさえぎられて、水が淀んでいる所です。
 でも、そこだって、いつも小さな泡たちが生まれては消え、消えては生まれている。
 決して同じすがたを見せてやしない。
 変わらぬように見えて、一時(いっとき)だって変わらぬことはない。
 永遠に同じすがたをとどめているようで、じつは、いつもなにかが移り変わり、なにかが生まれ、そしてなにかがほろんでいる。
 それが、河の流れの本当のすがたなのです。
 この世のすべても同じです。人も、そして人が日々の暮らしをいとなむ家も。
[原文にあるルビを、一部省略しました - tomoki y.]

   長尾剛=著 『方丈記


(J16) 三木(紀) 2006
行く河の流れは絶えることがなく、しかも、その河には常に別の水が流れている。流れがよどむ所に浮かぶ泡(あわ)は、あわただしく生滅し、長くその姿をとどめることはない。世の中の人と住居(すまい)とは、そのはかなさにおいてこれと同じである。

   三木紀人=訳 『方丈記・発心集・歎異抄 現代語訳 本文対照


(J17) 長尾 2006
河の水は変わらぬように見えて、一時だって変わらぬことはない。悠久の姿のように思われて、でも絶えずそこに在る何かが移り変わり、何かが生まれ、そして何かが滅んでいる。それが、河の流れの”本当の姿”なのです。この世の全ても同じです。人も、そして人が日々の暮らしを営む住処(すみか)も。

   長尾剛=著 『話し言葉で読める「方丈記」


(J18) 中野 2003
河を見ていると、水は流れ流れて絶え間がないが、それはむろん同じ水ではなく、つねに新しい水が流れているのだ。河のよどみに浮ぶ泡もまた、出来ては消え、消えては新しく生れ、同じ泡が久しくとどまっているためしはない。この世に在る人間とその住居も、思えばこれと似たようなものか。

   中野孝次=著 『すらすら読める方丈記


(J19) 浜野 2001
 流れてゆく河(かわ)の水は絶(た)えることはないが、しかしその水は同じ水ではない。ときに水は泡立(あわだ)つが、すぐ消え、またちがう水泡(すいほう)ができたりをくりかえす。
 これは人の世も同じことで、いつの時代でも、美しい京(きょう)の都(みやこ)には、りっぱな大きな家がたちならんでいるが、聞いてみると、昔からの同じ家があるのではなく、焼(や)けおちて、新しい家主(いえぬし)がたてたものであったりして、もとの家そのままではない。

   浜野卓也=著 『方丈記・徒然草


(J20) 武田 1995
流れ続けて行く川の流れは、常に絶えることがないように見えていて、しかも、(今目の前にそのように見える水は、刻々と変わって、実は、以前にそこを流れていた、)もとのままの水ではない。(また、)川の水の流れが静かに停滞している所に浮かぶ泡は、一方で消えるものがあるかと思うと、一方では新しく形を作って生まれるものがあって、(同じ形が同じ状態のままを)長い間保っているような、例はない。この世の中の、人間と、その人間の住む家とについても、(消えたり生じたりして変化してやまないという点で、)また、この泡と川との譬えの場合と、同じようなものである。

   武田孝=著 『方丈記 全釈


(J21) 三木(卓) 1992
 川は、いつもおなじ姿(すがた)で流れている。しかし、その流れをかたちづくっているのはおなじものではない。新しい水がたえず上流(じょうりゅう)から流れてきては、そのまま下流にむかって流れさっていく。これがありのままの姿である。
 流れのよどみには、水のあわが浮(う)かんでいる。あわは、いまここで消(き)えていくかと思うと、またあちらに生まれる。あわの浮くよどみというおなじ情景(じょうけい)ではあっても、じつは消えては生まれる、はかないくりかえしをわたしたちは見ているのだ。いつまでもこわれないあわが、浮いているわけではない。
 この流れの水や、あわのあり方とおなじことが、人間のじっさいの姿や、住(す)む家についてもいえる。

   三木卓=著 『徒然草・方丈記


(J22) 永井 1987
絶えることない、河の流れ。行きて還(かえ)らぬ流れの水は、昨日のそれではない。また流れもせずにいるかに見える淀(よど)みに浮かぶ水の泡は、消えては浮かび、浮かんでは消え、その命はたちまち尽き、瞬時もこの世にとどまることのないはかなさだ。世の中の人々の命も、すみかもまたこれにひとしい。

   永井路子=著 『永井路子の方丈記・徒然草


(J23) 今成 1981
川は絶えることなく流れているのに、しかも、そこにある水はもとの水ではない。よどみに浮かんでいるあわは、一方で消え、一方ではあらわれて長くそのままの姿でとどまっているという例はない。世の中に存在している人間とその住まいも、やはりこのようなものである。

   今成元昭=訳注 『現代語訳対照 方丈記 付発心集(抄)


(J24) 山崎 1980, 2001
往(ゆ)く河(かわ)の流れには絶えまもないが、それでいて、水はつねにもとの水ではない。淀(よど)みに浮かぶ水の泡(あわ)も、消えたかと思うとまた結んで、長く姿をとどめるためしはない。この世の中の人間と、その住みかもまた、所詮(しょせん)はこれと同じような存在にすぎない。

   山崎正和=訳 『現代語訳日本の古典12 徒然草・方丈記


(J25) 安良岡 1980
遠く行く河の流れは、とぎれることなく続いていて、なおそのうえに、その河の水は、もとの同じ水ではない。その河の水が流れずにとどまっている所に浮ぶ水の泡は、一方では消え、一方では形をなして現われるというありさまで、長い間、同じ状態を続けているという例(れい)はない。世の中に存在する人と住居(すまい)とは、やはり同じく、このようなものである。

   安良岡康作=訳注 『方丈記 全訳注


(J26) 堀田 1976, 2006
川の流れは絶えることなく、いつも流れつづけている。そして、その水はといえば、すでにもと流れていた水ではない。よどみに浮んでいる水の泡(あわ)も、こちらで消えたかと思えばあちらで浮いていて、決してもとのままではない。世の中の人や、その住居にしてもまったくこれと同じことだ。

   堀田善衞=著 『グラフィック版 日本の古典8 徒然草・方丈記


(J27) 神田 1971, 1999, etc.
川は涸(か)れることなく、いつも流れている。そのくせ、水はもとの水ではない。よどんだ所に浮ぶ水の泡も、あちらで消えたかと思うと、こちらにできていたりして、けっしていつまでもそのままではいない。世間の人を見、その住居を見ても、やはりこの調子だ。

   神田秀夫=校訂・訳 『方丈記・徒然草・正法眼蔵随聞記・歎異抄


(J28) 川瀬 1971
流れ行く川の水はとだえないが、もとのままではなく、よどみに浮ぶ水のあわは、消えたり結んだりして、久しくとどまっていることはない。この世の中にある人と住居(すまい)も、やはりそうである。

   川瀬一馬=校注・現代語訳 『方丈記


(J20) 簗瀬 1967, 1971
流れて行く川の流れは絶えないのであるが、しかし、その川の流れをなしている水は刻刻に移って、もとの水ではないのだ。流れが停滞しているところの水面に浮かぶあわは、一方においては消えるかと思うと、一方においては浮かんで、一つのあわが、そのままの姿で長くとどまっているという例はないものだ。世の中に住んでいる人間と、その人の住居とは、やはりこのように、一時も停止しないものなのである。

   簗瀬一雄=訳注 『方丈記—付現代語訳


(J30) 唐木 1962
岸に立って河の流れをみる。たえまなく流れきて、流れ去ってゆく。流れはたえないが、流れている水はつねに変っている。流れが淀んで渦をまいているところに、泡が浮いている。泡は消え、またできる。つかのまの命だ。世の中の人の命、住家(すみか)の命も、流れてゆく水のさま、そこにできる泡の命と同じようなものだ。

   唐木順三=訳 『古典日本文学全集11 枕草子・方丈記・徒然草


(J31) 佐藤 1937a, 1999
河の流れは常に絶える事がなく、しかも流れ行く河の水は移り変つて絶間がない。奔流に現はれる飛沫は一瞬も止る事がなく、現れるや直(すぐ)に消えてしまつて又新しく現れるのである。世の中の人々の運命や、人々の住家の移り変りの激しい事等は丁度河の流れにも譬へられ、又奔流に現はれては消えさる飛沫の様に極めてはかないものである。

   佐藤春夫「通俗方丈記」 『定本 佐藤春夫全集31


(J32) 佐藤 1937b, 1956, etc.
河水の流れは絶え間はないが、しかしいつも同一の水ではない、停滞した個所に浮いてゐる泡沫は消えたり湧いたりして、永い間同じ形でゐるものではない。世上の人間とその住宅とても亦同様の趣である。

   佐藤春夫=訳 『徒然草・方丈記


 原文 The original text 
■日本語原文(現代表記)
 The original text in Japanese (modified according to modern
 orthography)

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、
かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、また
かくの如し。
   鴨長明 『方丈記』


■日本語原文(大福光寺本:現存する最古かつ最も正統の写本といわれる)
 The Daifukukoji text, presumably the oldest and most authentic
 manuscript in original Japanese

ユク河ノナカレハタエスシテシカモヽトノ水ニアラス
ヨトミニウカフウタカタハカツキエカツムスヒテヒサシク
トヽマリタルタメシナシ世中ニアル人ト栖(スミカ)ト又カクノ
コトシ
   市古貞次=校注 『新訂 方丈記』 岩波文庫 1989/05


 書誌情報 Bibliography 
■出典: ロシア語訳 Source: Translation into Russian

   Камо-но Темэй. Записки из кельи
   Перевод со старояпонского Н. Конрада
   "Классическая японская проза XI-XIV вв."
   - М.: Худож.лит., 1988
   E-text at Lib.Ru


■出典: チェコ語訳 Source: Translation into Czech

   Kamo no Čómeiho - Záznamy z poustevny
   Zápisky z volných chvil : starojaponské literární zápisníky paní
   Sei Šónagon, Kamo no Čómeiho, Jošidy Kenkóa
   Praha : Odeon, 1984


■出典: ドイツ語訳 Source: Translation into German

   Aufzeichnungen aus meiner Hütte by Kamo no Chömei
   Translated by Nicola Liscutin
   Insel Verlag Gmbh, 2011/06
   Scanned book at Scribd
   Excerpt at Lore Heuermann


■出典: ラテン語訳 Source: Translation into Latin

   Eremitorium (Hojoki) translated from Japanese by Alexander Ricius
   E-text at Home Page Jerome Ducor - Alexander Ricius (PDF)


■出典: イタリア語訳 Sources: Translations into Italian

(It1) Moretti, 2008-2009
   Hōjōki by Kamo no Chōmei
   Translated by Laura Moretti
   Appunti per una storia della letteratura giapponese
   classica in unità didattiche

(It2) Fraccaro
   Ricordi di un eremo by Kamo no Chomei
   Edited by F. Fraccaro
   Letteratura universale. Collana di classici giapponesi
   Marsilio, 1991


■出典: スペイン語訳 Source: Translation into Spanish

   Hojoki by Kamo no Chomei
   Humania del Sur. Año 4, Nº 6. Enero-junio, 2009. Masateru Ito.
   Selección comentada de Hojoki. pp. 170-182.
   Excerpt at Selección comentada de Hojoki - Saber ULA [PDF]


■出典: フランス語訳 Sources: Translations into French

(F1) Wikipédia, 2012
   Hōjōki by Kamo no Chōmei
   Excerpt at Wikipédia
   Last modified 2012-10-03

(F2) Sieffert, 1995
   Les notes de l'ermitage ; suivi de Histoires de conversion by Kamo no Chômei
   Translated by René Sieffert
   Paris: Publications Orientalistes de France, 1995
   Excerpt at Hokutosei no natsukashisa
   Quoted in:
   Les jardins japonais : principes d'aménagement et évolution historique
   by François Berthier

(F3) Candau, 1968
   Hôjôki : Notes de ma cabane de moine by Kamo no Chômei
   Translated by R. P. Sauveur Candau
   in Les Heures oisives ; suivi de Notes de ma cabane de moine
   Collection Connaissance de l'Orient, Gallimard, 1968
   Excerpt at Hokutosei no natsukashisa


■出典: 英訳 Sources: Translations into English

(E1) Lawson, 2007

  • The Hojoki (My Ten-Foot Hut) written by Kamo no Chomei, translated by Robert N. Lawson, Washburn University, Topeka, Kansas. E-text at The Bridge of Dreams

(E2) Chambers, 2007

(E3) Moriguchi (森口靖彦) & Jenkins, 1996

  • Hojoki: Visions of a Torn World, written by Kamo no Chomei (Chomei Kamo), translated by Yasuhiko Moriguchi (森口靖彦) and David Jenkins. Stone Bridge Press (1996)

(E4) Watson, 1994, 2002

(E5) McCullough, 1991

(E6) Sadler, 1971

(E7) Keene, 1960

(E8) Minakata (南方熊楠) & Dickins, 1905, 1973

(E9) Aston, 1899

(E10) Natsume (夏目漱石), c.1891, 1925, etc.

  • Hojio-ki, translated by K. Natsume 夏目金之助=著 『漱石全集26』 岩波書店 (第1刷 1996/12|第2刷 2004/05)所収 漱石の学生時代の翻訳。1891(明治24)年になされたと推測される。
  • 方丈記英訳 夏目漱石=著 『漱石全集 別冊』 漱石全集刊行会 1925/07/05(大正14)所収 スキャン画像が近代デジタルライブラリーにある。
  • James Maine Dixon の名で、The Transaction of the Asiatic Society of Japan (1892) に収載
  • Natsume Soseki's English Translation of Hojoki [Kindle Edition], Amazon Digital Services,  Inc. 2011/10/28

■『方丈記』の英訳および他の言語への翻訳のリスト
 List of Hojoki translated into English and other languages

Each of the links below contains a detailed list of Hojoki translated into English and other languages. These lists are basically the same, derived from the List of Classical Japanese Works in Translation from Master List Compiled by Prof. Michael Watson at Meiji Gakuin University, Tokyo, Japan, as part of PMJS: Pre-Modern Japanese Studies website.


■出典: 現代日本語訳/再話/校注
 Sources: Translations, retelling or annotations in contemporary Japanese

(J1) 高橋 2016
   カモノ・ナガアキラ=著 高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)=訳
   方丈記(モバイル・ハウス・ダイアリーズ)
   池澤夏樹=個人編集 『日本文学全集 07 枕草子 / 方丈記 / 徒然草
   河出書房新社 2016-11-30

(J2) 小林(一) 2012
   小林一彦(こばやし・かずひこ)=著
   『鴨長明 『方丈記』 2012年10月 (NHK 100分 de 名著)』 NHK出版 2012/10/01
   NHKテレビ番組サイト 100分 de 名著

(J3) 濱田 2012
   濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)=著 『【超口語訳】方丈記
   東京書籍 2012/05/01

(J4) 小林(保) 2012
   小林保治(こばやし・やすはる)=編著 『超訳 方丈記を読む
   新人物往来社 2012/03/24

(J5) 松島 2012
   松島令(まつしま・りょう)=著
   『平成「方丈記」 *自由訳プラス 3・11後を生きる仏教思想』 言視舎 2012/03/01

(J6) 玄侑 2011
   玄侑宗久(げんゆう・そうきゅう)=監訳 「方丈記」現代語版
   玄侑宗久=著 『無常という力—方丈記に学ぶ心の在り方』 新潮社 2011/11/25
   この現代語訳は、編集部が下訳したものに著者が加筆修正を施したもの。

(J7) 浅見 2011
   浅見和彦(あさみ・かずひこ)=校訂・訳 『方丈記』 ちくま学芸文庫 2011/11/10

(J8) 荒木 2011
   荒木浩(あらき・ひろし)=「大意」 「方丈記を味わう 1」 古典に親しむ
   京都新聞日曜版 ジュニア16面 2011/10/02

(J9) あやまり堂 2010, 2013
   a. あやまり堂=訳 『わたくし版「方丈記」現代語訳』 [Kindle版]
     あやまり堂 2013/04/18 Preview at Amazon.com
   b. あやまり堂=「適当訳」 方丈記 現代語訳ブログ 2010/05/11
   a.b. ではテキストが少し異なります。引用は a. に拠りました。

(J10) 青山+甲斐+邑上 2009
   河添房江(かわぞえ・ふさえ)+髙木まさき(たかぎ・まさき)=監修
   青山由紀(あおやま・ゆき)+甲斐利恵子(かい・りえこ)
   +邑上裕子(むらかみ・ゆうこ)=編
   『土佐日記・枕草子・更級日記・方丈記・徒然草・おくのほそ道
   光村の国語 はじめて出会う古典作品集1 光村教育図書 2009/12/22

(J11) 手崎 2009
   手崎政男(てさき・まさお)=著 『通読 方丈記』 笠間書院 2009/10/30

(J12) 加藤(監修)弦川(文) 2008
   加藤康子(かとう・やすこ)=監修 弦川琢司(つるかわ・たくじ)=文
   『超訳日本の古典6 徒然草・方丈記』 学習研究社 2008/02/17

(J14) 大伴 2007
   大伴茫人(おおとものぼうじん)=編
   『徒然草・方丈記 日本古典は面白い』 ちくま文庫 2007/07

(J14) 武田 2007
   武田友宏(たけだ・ともひろ)=編 『方丈記(全)
   角川ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス 2007/06

(J15) 長尾 2006
   長尾剛(ながお・たけし)=著 若菜等(わかな・ひとし)+Ki=絵
   『方丈記』 大型版 これなら読める やさしい古典
   汐文社(ちょうぶんしゃ)2006/12

(J16) 三木紀人 2006
   鴨長明=原著 親鸞=原著 三木紀人(みき・すみと)=訳
   『方丈記・発心集・歎異抄 現代語訳 本文対照
   (文庫改訂版)學燈社 2006/01

(J17) 長尾 2005
   長尾剛=著 『話し言葉で読める「方丈記」』 PHP文庫 
   PHP研究所 2005/06

(J18) 中野 2003
   中野孝次=著 『すらすら読める方丈記』 講談社 2003/02

(J19) 浜野 2001
   浜野卓也(はまの・たくや)=著 赤坂三好(あかさか・みよし)=絵
   『方丈記・徒然草』 21世紀によむ日本の古典9 ポプラ社 2001/04

(J20) 武田 1995
   武田孝(たけだ・こう)=著 『方丈記 全釈』 笠間注釈叢刊17
   笠間書院 1995/09

(J21) 三木卓 1992
   三木卓(みき・たく)=著 「方丈記」 少年少女古典文学館10(全22巻)
   嵐山光三郎・三木卓=著 『徒然草・方丈記』 講談社 1992/04 所収

(J22) 永井 1987
   永井路子=著 『永井路子の方丈記・徒然草』 わたしの古典13(全22巻)
   創美社=編 集英社=発行 1987/09

(J23) 今成 1981
   今成元昭(いまなり・げんしょう)=訳注
   『現代語訳対照 方丈記 付発心集(抄)』 旺文社文庫 1981/02

(J24) 山崎 1980, 2001
   山崎正和=訳「方丈記」
   a.徒然草・方丈記』 学研M文庫 2001/11
   b.現代語訳日本の古典12 徒然草・方丈記』 学習研究社 1980/05
   引用は b. に拠りました。

(J25) 安良岡 1980
   安良岡康作(やすらおか・こうさく)=訳注 『方丈記 全訳注
   講談社学術文庫 1980/02

(J26) 堀田 1976, 2006
   堀田善衞(ほった・よしえ)=著 「方丈記」
   a. 島尾敏雄+堀田善衛=著
     『徒然草・方丈記 (ビジュアル版 日本の古典に親しむ9)
     世界文化社 2006/07/01
   b.グラフィック版 日本の古典8 徒然草・方丈記』 世界文化社 1976

(J27) 神田 1971, 1999, etc.
   神田秀夫(かんだ・ひでお)=校注/校訂・訳 「方丈記」
   a. 神田秀夫+永積安明+安良岡康作=校訂・訳
     『方丈記・徒然草・歎異抄』 日本の古典をよむ14 小学館 2007/10/30
   b. 神田秀夫+永積安明+安良岡康作=校注・訳
     『方丈記・徒然草・正法眼蔵随聞記・歎異抄』 新編 日本古典文学全集44
     小学館 1999/03
   c. 神田秀夫+永積安明(ながずみ・やすあき)+安良岡康作=校注・訳
     『方丈記・徒然草・正法眼蔵随聞記・歎異抄』 日本古典文学全集27
     小学館 1971/08 所収
   a. b. c. は送りがな、句読点、ルビなど細部が異なります。
   引用は a. に拠りました。

(J28) 川瀬 1971
   鴨長明=著 川瀬一馬(かわせ・かずま)=校注・現代語訳
   『方丈記』 講談社文庫 1971/07

(J29) 簗瀬 1967, 1971
   a. 簗瀬一雄(やなせ・かずお)=著 『方丈記全注釈 全一冊
     日本古典評釈・全注釈叢書 角川書店 1971/08
   b. 鴨長明=著 簗瀬一雄=訳注 『方丈記—付現代語訳
     角川文庫 1967/06
   a.b. では字句がやや異なります。引用は b. に拠りました。

(J30) 唐木 1962
   鴨長明=著 唐木順三=訳 「方丈記」
   『古典日本文学全集11 枕草子・方丈記・徒然草
   筑摩書房 1962/01

(J31) 佐藤 1937a, 1999
   佐藤春夫 「通俗方丈記」
   a.定本 佐藤春夫全集31』 (全36巻)臨川書店 1999/09 所収
   b.浄土』 第3巻第4号, 同第5号, 同第6号, 同第7号, 同第9号。
     1937年4月, 5月, 6月, 7月, 9月 掲載。総ルビ。
   a. 全集版の底本は b. の雑誌。引用は a. に拠りました。

(J32) 佐藤 1937b, 1956, etc.
   佐藤春夫=訳 「方丈記」
   a.定本 佐藤春夫全集31』 (全36巻)臨川書店 1999/09 所収
   b.日本国民文学全集7 王朝日記随筆集』 河出書房 1956/02 所収
   c.徒然草・方丈記』 現代語訳国文学全集19
     非凡閣 1937/04(昭和12)所収
   a. 全集版の底本は c. 非凡閣版。引用は a. に拠りました。


■出典:インターネット上で入手できる日本語原文の電子テキストまたは複写画像
 Sources: The original text in Japanese: Online e-texts and scanned images

   鴨長明=著 『方丈記』


■出典:日本語原文(大福光寺本)
 The Daifukukoji text, presumably the oldest and most authentic
 manuscript in original Japanese

  • 大曽根章介(おおそね・しょうすけ)+久保田淳=編 財団法人日本古典文学会=編集協力 『鴨長明全集』 有限会社貴重本刊行会 2000/05
  • 市古貞次(いちこ・ていじ)=校注 『新訂 方丈記』 岩波文庫 1989/05 付 大福光寺本影印・飜字(62ページ〜)
  • 鴨長明=著 小内一明(こうち・かずあき)=校注 『大福光寺本方丈記』 影印校注古典叢書11 新典社 1985
  • 鴨長明=著 小内一明=校注 『方丈記—大福光寺本』 影印校注古典叢書11 新典社 1976
  • 大福光寺本方丈記 松阪大学FTP。大福光寺本の翻刻と校訂本文。

 更新履歴 Change log 

  • 2017/09/07 高橋源一郎=訳 2016-11-30 を追加しました。
  • 2015/02/24 あやまり堂=訳の書誌情報を補足しました。
  • 2014/06/18 Nelly Naumann と Wolfram Naumann による、もう1種類のドイツ語訳を追加しました。
  • 2013/08/24 もう1種類の韓国語訳を追加しました。
  • 2013/08/22 簡体字中国語訳と韓国語訳を追加しました。
  • 2013/03/02 スペイン語訳を追加しました。
  • 2013/02/25 玄侑宗久=監訳 2011/11/25 を追加しました。
  • 2012/10/23 Laura Moretti によるイタリア語訳、René Sieffert によるフランス語訳、R. P. Sauveur Candau によるフランス語訳、Burton Watson による英訳、および Helen McCullough による英訳を追加しました。また、「英題の異同」の項を新設しました。
  • 2012/10/18 松島令=著 2012/03/01 を追加しました。また、イタリア語訳の書誌情報も追加しました。
  • 2012/10/04 ドイツ語訳、小林一彦=著 2012/10/01、濱田浩一郎=著 2012/05/01、および小林保治=編著 2012/03/24 を追加しました。また、左大臣光永(光永隆)による朗読の YouTube 画面も追加しました。
  • 2012/08/07 フランス語訳を追加しました。
  • 2012/06/16 Robert N. Lawson による英訳を追加しました。
  • 2011/12/06 浅見和彦=校訂・訳 2011/11/10 を追加しました。
  • 2011/11/06 ロシア語訳とラテン語訳を追加しました。また、「その他の外部リンク」の項を新設しました。さらに、見出しを追加し、記事の配列を一部変更しました。
  • 2011/11/05 荒木浩=大意 2011/10/02 を追加しました。
  • 2011/06/16 紀田順一郎 - 私の古典 (13) 『方丈記』へのリンクと、あやまり堂=「適当訳」2010 を追加しました。
  • 2011/05/13 渡辺知明の表現よみ=方丈記「序」の YouTube 動画を追加しました。
  • 2011/03/11 「目次」を新設しました。
  • 2010/12/17 堀田善衞=著 1976 を追加しました。
  • 2010/09/10 asayama35 氏が YouTube にアップロードなさった京都・河合神社の「方丈」レプリカの YouTube 動画、および加藤康子=監修、弦川琢司=文 2008/02/17 の現代語訳を追加しました。
  • 2010/08/30 神田秀夫=校注/校訂・訳の引用文の底本を、1971年版『日本古典文学全集』から2007年版『日本の古典をよむ』に改めました。また、書誌情報を補足・修正しました。
  • 2010/08/28 手崎政男=著 2009/10/30 を追加しました。また、日本語原文の電子テキストの項と、出典:日本語原文(大福光寺本)の項を補足・修正しました。
  • 2010/08/13 青山由紀+甲斐利恵子+邑上裕子=編 2009/12/22 を追加しました。また、ブログ記事のタイトルをつぎのとおり変更しました。
    • 旧題: 鴨長明 『方丈記』 Hojoki by Kamo no Chomei
    • 新題: 鴨長明 『方丈記』 Hojoki / The Ten Foot Square Hut by Kamo no Chomei
  • 2010/07/19 長尾剛=著 2006 の書誌情報に誤りがあったので訂正しました。
  • 2010/05/27 Anthony H. Chambers による英訳 2007 を追加しました。また、The Journal of the Royal Asiatic Society of Great Britain and Ireland (1905) の電子複写本を新たに掲載しました。
  • 2008/08/21 今成元昭=訳 1981/02 を追加しました。
  • 2007/10/27 大伴茫人=訳 2007/07 を追加しました。
  • 2007/08/01 武田友宏=訳 2007/06 を追加しました。
  • 2007/05/21 浜野卓也=著 2001/04 を追加しました。
  • 2007/05/15 長尾剛=訳 2006/12 と三木紀人=訳 2006/01 を追加しました。また、唐木順三=訳 1962/01 の細部に誤りがありましたので、訂正しました。さらに、Natsume(夏目漱石)=訳の書誌情報を補足しました。
  • 2007/05/11 長尾 剛=訳 2005/06、三木 卓=訳 1992/04、永井路子=訳 1987/09、山崎正和=訳 2001/11、1980/05、唐木順三=訳 1962/01、佐藤春夫=訳 1937/04-07, 09、および佐藤春夫=訳 1937/04、1999/09 を追加しました。
  • 2007/05/09 W. G. Aston による英訳 1899 を追加しました。
  • 2007/04/05 角川文庫版 1967/06 の訳注者名の表記が間違っておりました。正しくは「梁瀬」ではなく「簗瀬」でした(竹かんむりがあります)。おわびと訂正をいたします。また、簗瀬氏による著訳書に関する書誌情報を補足しました。
  • 2007/03/05 安良岡康作=訳 1980/02、神田秀夫=訳 1971/08、川瀬一馬=訳 1971/07 および梁瀬一雄=訳 1967/06 を追加しました。また、日本語原文に関する書誌情報を大幅に補足しました。
  • 2007/03/02 中野孝次=訳 2003/02 を追加しました。

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Monday, 20 November 2006

A Modest Proposal by Jonathan Swift スウィフト 「慎ましき提案」「ささやかな提案」「つつましい提案」「ある控え目な提案」

        目次 Table of Contents

■はじめに Introduction
  Video   A Modest Proposal by $trick9 and the Truth
【警告! Warning! 】
■日本語訳 Translations into Japanese
  (J1) 原田 2015
  (J2) 柴田 2011
  (J3) SOGO 2001
  (J4) 田中 1986
  (J5) 平井 1968, 2007
  (J6) 山本 1968
  (J7) 深町 1950, 1988
  (J8) 夏目 1909, 1995
 The Book 
■ロシア語訳 Translation into Russian
■イタリア語訳 Translation into Italian
■ポルトガル語訳 Translation into Portuguese
■スペイン語訳 Translation into Spanish
■フランス語訳 Translation into French
 Audio 1  英語原文の朗読: Mr. Frerking Audiobook read by Mr. Frerking
 Audio 2  英語原文の朗読: クリス・シュルツ Audiobook read by Chris Schultz
 Audio 3  英語原文の朗読: ジョン・ゴンザレス Audiobook read by John Gonzales
■英語原文 The original text in English
■邦題の異同 Variations of the title translated into Japanese
■外部リンク External links
■更新履歴 Change log


■はじめに Introduction

『ガリヴァー旅行記』の作者が、祖国アイルランドの貧困について書いた、痛烈でグロテスクな皮肉。


  Video  
A Modest Proposal by $trick9 and the Truth

スウィフトの痛烈な皮肉を現代に置き換えたヒップホップ版「つつましい提案」。アルバム 『Mother Earth』 に収録。iTunes からダウンロード購入可能。 Uploaded by yostrick9 on Mar 25, 2006. A Modest Proposal, in the album Mother Earth by $trick9 and the Truth, is available from iTunes.


【警告! Warning! 】
以下の引用は、あなたに不快感を催させるかもしれません。
とくにお食事前の方は、読むのを控えたほうがよいかもしれません。


■日本語訳 Translations into Japanese

(J1) 原田 2015
ロンドンにいる私の知己で、いろいろなことをとてもよく知っているアメリカ人がいる。この人物によれば、大事に育てられた一歳になる健康な幼児は、たいへんおいしく、滋養にも優れ、実に結構な健康食品であり、シチューにしても炙っても焼いても煮てもよいそうである。フリカッセもしくはラグー〔いずれもシチューのような煮込み料理〕に相当すると言ってもよかろう。

それゆえ私がここで控えめながらも広くお考えいただきたいと思っていることは、次の通りである。すなわち、先に計算した一二万人の子供たちのうち、二万人は子孫のために残す。(略) そして残る一◯万人については、一歳になったならば、王国を通じて、身分も財産もある人々に売られていくということにする。母親たちには、特に最後のひと月はたっぷりと乳を飲ませ、丸々と太らせて食卓に提供できるよう常に留意させる。友人をもてなす場合、幼児一人で料理は二つできる。家族だけで食べようとする場合、まずは両手両足だけで十分であろう。残りは胡椒ないしは塩をちょっとふって味付けをし、四日目に煮て食べるのがよいだろう。特に冬場は最高だ。

  • ジョナサン・スウィフト=著 原田範行(はらだ・のりゆき)=訳 「慎ましき提案 アイルランドにおける貧民の子供たちが親や国の重荷とならぬようにするために、彼らが公益に資するようにするために。一七二九年執筆」 原田範行=編訳 『召使心得 他四篇 スウィフト諷刺論集』 平凡社ライブラリー 2015-01-10

(J2) 柴田 2011
小生の知人で、ロンドンに住む非常な物知りのアメリカ人が請けあったところによると、健康な子供は、十分乳を与えられていれば、一歳時にはこの上なく美味で、栄養も豊富、体によい食材であって、煮る、焙(あぶ)る、焼く、茹でる等いかようにも料理できるといい、小生個人としては蒸焼(フリカッセ)、煮込(ラグー)も等しく有望と信じる。

そこで、ここにおいて提示申し上げる案を、読者諸兄にご検討いただければと思う。まず、すでに計算した十二万の子供のなかで、二万は繁殖に供すべく残す。(略) 残った十万人を、一歳になった時点で、国中の、地位も資産もある方々に向けて売りに出すのである。その際、母親にはつねに、最後の一か月は、たっぷり乳を与え、よき食事となるべくぽっちゃり太らせておくよう促す。子供一体あれば、知人を招いての会食なら料理が二品出来る。家族のみの食事であれば、頭や尻の四分の一でまっとうな一品となろうし、若干の塩か胡椒で味付けて茹でれば(特に冬は)四日目でも十分美味であろう。


(J3) SOGO 2001
私はかつて、ロンドンで知り合った非常に物知りなアメリカ人から話を聞いたことがある。彼曰く、よく世話された健康な赤ん坊は、丸一歳を迎えると、とてもおいしく、滋養のある食物になるそうだ。シチューにしても、焼いてもあぶっても茹でてもいいとのことだった。たぶんフリカシーやラグー[#注二]にしてもいけるだろうと思う。

それゆえ、私は諸君に以下のことを考えていただこうと思っている。すでに計算した子供十二万人のうち、二万人を繁殖用に残しておく。(略) 残りの十万人は、満一歳になったら、国中の貴族や富豪に売りつける。母親に言い含めて、最後の一月にはたっぷりお乳を吸わせ、まるまると太らせて、どんな立派な献立にも出せるようにしておくことが肝要である。友人へのもてなしには子供一人で二皿分作ることができる。もし家族だけで食べるなら、四分の一もあればリーズナブルな料理となろう。塩か胡椒で少し味付けして、殺してから四日目に茹でればいい料理になるだろう。冬には特に十分煮込む必要がある。

   [#注二]ともに料理の名前。肉を細切りにし、フライやシチューにして、
   ソースをかけたもの。フリカシーの方は鶏、小鳥、兎などの肉を主として
   用いる。

  • スウィフト ジョナサン=作 SOGO=訳(責任編集) 「アイルランドにおける貧民の子女が、その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案」 Copyright (C) 2001 by SOGO_e-text_library
  • E-text at 青空文庫 プロジェクト杉田玄白正式参加テキスト

(J4) 田中 1986
これは、ロンドンに住む私の知り合いで、物知りのアメリカ人からしかと聞いたことであるが、発育の良い、幼くて健康な子供は、一歳になると、非常にうまい、栄養たっぷりの、健全な食べ物になるのだそうである。シチューにしても、油で焼いても、あぶっても、煮てもいいのだという。そして疑いなく、フリカッセやラグーにしても十分用を足すに違いなかろう。

そこで、ここに謹んで皆さんにご考慮ねがいたいことがある。すでに算出した十二万人の子供のうち、二万人は種族保存のために取っておく方がよかろう。(略) 残りの十万人を、一歳で国中の貴人や金持ちの方々に売り込むのである。そうして母親たちには、最後の一か月の間はたっぷり乳を呑ませるように始終説き聞かせる。彼らを丸々と太らせてから食用に供するためである。子供一人で、友人の歓待用の二皿ぐらいにはなるだろう。それに家族だけで食事する時には、前後の四半分もあればけっこうましな料理になるし、こしょうや塩で少々味つけし、殺してから四日ぐらい経って茹(ゆ)でれば非常に美味になる。特に冬がいいということである。

  • スウィフト=著 田中光夫(たなか・みつお)=訳 「ある控え目な提案」 『スウィフト小品集』 山口書店 1986/11/25

(J5) 平井 1968, 2007
わたしの知人のあるアメリカの青年は、とても物知りの男だが、ロンドンでわたしに保証した。十分健康で、栄養のよくとれた幼児は、一歳の時には、煮ても焼いても、蒸煮にしても、天火にかけても、美味で、とても栄養があり、とても健康によい食物だと。そしてわたしは同じように、フリカセ・シチューにも、あるいはラグー・シチュー[訳注]にも使いうることを疑わない。

そこでわたしはつつましやかに計画を述べて、公衆の考察にまかせたい。以上算出された十二万の子供のうち、二万は種の繁殖のためにのこしておいてよい。(略) 残る十万の子供は、一歳のときに、王国全体の上流の人々や財産家たちに売り立てられることができる。ただいつでも、母親に、知らせておくのだ。最後の月には、どっさりとかれらに乳をやっておき、子供たちをまるまると肥えふとらせて、よい食物となるようにしておくようにと。一人の子供は、友人を招いての食事の席で、二人前の料理となるだろう。家族だけで食事する時には、身体の前半分、あるいは後半分は、すこし胡椒と塩をふりかければ、恰好の、なかなか乙な料理となり、四日目に、冬などは特に、ゆで肉にすれば、たいへん結構な味わいとなろう。

   [訳注]フリカセは細切り肉のシチュー料理。ラグーは胡椒を多く加え、
   野菜を煮込んだシチュー料理。

  • ジョナサン・スウィフト=著 平井照敏(ひらい・てるとし)=訳 「アイルランドの貪民の子供たちが その両親あるいは郷国に負担とならず、公衆にたいして有益なものとなるためのつつましい提案」 アンドレ・ブルトン=編著 山中散生+窪田般弥+小海永二(ほか)=訳
  • a. は b. を底本として、新たに編集を加えたもの。引用は a. 河出文庫版に拠りました。

(J6) 山本 1968
私がロンドンで知りあいになった大層物知りのアメリカ人がはっきり言ったことだが、ちゃんと育てられた健康な子供は、一歳の時が、極めて美味で滋養にとみ、健康によい食物で、シチューによく、焙ってよく、焼いてよく、煮てよいそうである。さらにまた、フリカッセにしてもラグーにしてもいいだろうと私は確信する。

そこでどうか次の提案を御考察いただきたい。上に算出せる十二万のうち二万を繁殖用に残す。(略) 残った分は一歳になった時に、全国の貴族や富豪に売りつけることができよう。母親には忠告して、最後の一月にはたっぷり乳を飲ませて、子供が立派な献立にむくように丸々肥らせる。友人の歓待には、子供一人で二品できる。家族だけの食事であれば、頭や尻の四分の一だけでかなりの料理になる。少量の胡椒か塩で味つけし、四日目に茹でるとおおいによろしい。冬は殊更である。

  • ジョナサン・スウィフト=著 山本和平(やまもと・わへい)=訳 「アイルランドの貪民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案」 『書物合戦・ドレイピア書簡 ほか3編』 古典文庫 現代思潮社 1968/06

(J7) 深町 1950, 1988
ロンドンで知合になった大變物識のアメリカ人の話によると、よく育った健康な赤ん坊は丸一歳になると、大變美味(うま)い滋養のある食物になる。スチューにしても焼いても炙(あぶ)っても茹(ゆ)でてもいいそうだが、フリカシーやラグーにしてもやはり結構だろうと思う。

それ故、以下私見を述べて大方の御考慮を煩わす次第である。先に計算した十二萬の子供の中二萬は子孫繁殖用に保留しておく(略) 殘った十萬を丸一歳になったら國中の貴族、富豪に賣りつける。母親に忠告して、最後の一月(ひとつき)はたっぷり乳を飲ませ、どんな立派なお獻立にも出せるように丸々と肥らしておくことが肝要である。友人を招待するなら赤ん坊一人で二品の料理が出來る。家族だけなら、頭の方でも脚の方でも四半分で相當の料理が出來る。少量の胡椒、鹽で味をつけ、殺してから四日目に茹(ゆ)でると丁度よい、特に冬分はそうである。

  • スウィフト=作 深町弘三(ふかまち・こうぞう)=訳 「貧家の子女がその兩親並びに祖國にとっての重荷となることを防止し、且社會に對して有用ならしめんとする方法についての私案」
  • a. は b. を底本にして、旧字を新字に改めたもの。引用は b. 岩波文庫版に拠りました。

(J8) 夏目 1909, 1995
余は嘗(かつ)て倫敦(ロンドン)で懇意に成つた物識りの亜米利加(アメリカ)人から、当才位の赤ん坊は健全でよく育つてさへ居れば、スチユーにしても、焼いても、炙(あぶ)つても茹(ゆで)ても実に美味(うま)いもので、滋養分に富んで居るといふことを聞いたことがあるが、フリカシーやラグーにしてもかなり喰へるだらうと思ふ。

そこで余は謹んで世人の一顧を煩はしたい。外でもないが、今計算致した児童十二万の中で、二万人だけは子孫繁殖の為に残して置いても宜(よろ)しいとする。(略) 偖(さ)て自余の十万人をば、一歳位生長したところで、国中の貴族又は富豪へ売附ける。それには母親に忠告して、その一箇月位前から乳を沢山に呑ませて、立派な献立てにも出せるやうに肥(ふと)らせて置く必要がある。もし友人を招待するなら小児一人で二皿位は出来る。家族だけなら胴の方でも足の方でも構はない、四半分で沢山である。それから胡椒と塩で味を附けて殺してから四日目位に茹(ゆで)ると丁度好い、冬は尚更(なおさら)然(そ)うである。

  • スウィフト=作 夏目漱石=訳 「愛蘭土(アイルランド)に於ける貧家の児女の両親及び国家に負担と成ることを除き、彼等をして社会に有用の材たらしめんとする卑見」
    • 夏目金之助=著 『漱石全集15 文学評論』(全28巻・別巻1) 岩波書店 1995/06 第四編 スヰフトと厭世文学 『ガリヷー旅行記』
    • 夏目金之助=著 『文学評論』 春陽堂 1909/03(明治42)
  • a. の底本は b.。b. は漱石が東京帝国大学文科大学で行なった「講義」を「訂正」「書き直し」て出版したもの。引用は a. 漱石全集版に拠りました。

 The Book 

A_modest_proposal
A Modest Proposal and Other Prose (Library of Essential Reading Series)
by Jonathan Swift, Lewis C. Daly (Introduction)
Image source: Barnes & Noble.com


■ロシア語訳 Translation into Russian

Один очень образованный американец, с которым я познакомился в Лондоне, уверял меня, что маленький здоровый годовалый младенец, за которым был надлежащий уход, представляет собою в высшей степени восхитительное, питательное и полезное для здоровья кушанье, независимо от того, приготовлено оно в тушеном, жареном, печеном или вареном виде. Я не сомневаюсь, что он так же превосходно подойдет и для фрикассе или рагу.

Я беру на себя смелость просить всех обратить внимание и на то обстоятельство, что из учтенных нами ста двадцати тысяч детей двадцать тысяч можно сохранить для дальнейшего воспроизведения потомства, [Omission] Остальные же сто тысяч, достигнув одного года, могут продаваться знатным и богатым лицам по всей стране. Следует только рекомендовать матерям обильно кормить их грудью в течение последнего месяца, с тем чтобы младенцы сделались упитанными и жирными и хорошо годились бы в кушанье для изысканного стола. Из одного ребенка можно приготовить два блюда на обед, если приглашены гости; если же семья обедает одна, то передняя или задняя часть младенца будет вполне приемлемым блюдом, а если еще приправить его немного перцем или солью, то можно с успехом употреблять его в пищу даже на четвертый день, особенно зимою.

  • Джонатан Свифт. Скромное предложение, имеющее целью не допустить, чтобы дети бедняков в Ирландии были в тягость своим родителям или своей родине, и, напротив, сделать ихzполезными для общества 
  • E-text at Инвалиды ума или Снимая маски (на минуту)

■イタリア語訳 Translation into Italian

Un Americano, mia conoscenza di Londra, uomo molto istruito, mi ha assicurato che un infante sano e ben allattato all’età di un anno è il cibo piú delizioso, sano e nutriente che si possa trovare, sia in umido, sia arrosto, al forno, o lessato; ed io non dubito che possa fare lo stesso ottimo servizio in fricassea o al ragú.

Espongo allora alla considerazione del pubblico che, dei centoventimila bambini già calcolati, ventimila possono essere riservati alla riproduzione della specie, [Omission] I rimanenti centomila, all’età di un anno potranno essere messi in vendita a persone di qualità e di censo in tutto il Regno, avendo cura di avvertire la madre di farli poppare abbondantemente l’ultimo mese, in modo da renderli rotondetti e paffutelli, pronti per una buona tavola. Un bambino renderà due piatti per un ricevimento di amici; quando la famiglia pranzerà da sola, il quarto anteriore o posteriore sarà un piatto di ragionevoli dimensioni e, stagionato, con un po’ di pepe e sale, sarà ottimo bollito al quarto giorno, specialmente d’inverno.


■ポルトガル語訳 Translation into Portuguese

Eu tenho sido assegurada por um americano muito saber do meu conhecimento, em Londres, que uma criança saudável e bem nutrido é menos um ano de idade um alimento mais delicioso, nutritivo e saudável, seja cozido, assado, cozido ou cozido; e eu faço nenhuma dúvida de que ele vai igualmente servir em um fricassé ou um ragu.

Faço, portanto, humildemente ofereço a consideração pública do que cento e vinte mil crianças já computados, 20.000 podem ser reservados para a raça, [Omission] Que os restantes cem mil pode, em um ano de idade, ser oferecidos na venda para as pessoas de qualidade e fortuna através do reino, sempre aconselhando a mãe a deixá-los sugar abundantemente no último mês, de modo a torná-los gordo e gordura para uma boa mesa. A criança vai fazer dois pratos em um entretenimento para os amigos, e quando a família janta sozinha, a frente ou de traseira trimestre vai fazer um prato razoável, e temperado com um pouco de pimenta ou sal será muito bom fervido no quarto dia, especialmente em inverno.

  • Uma proposta modesta: Para impedir que os filhos das pessoas pobres da Irlanda sejam um fardo para os seus progenitores ou para o país, e para torná-los proveitosos ao interesse público by Jonathan Swift
  • E-text at Maneco Retalhando

■スペイン語訳 Translation into Spanish

Me ha asegurado un americano muy entendido que conozco en Londres, que un tierno niño sano y bien criado constituye al año de edad el alimento más delicioso, nutritivo y saludable, ya sea estofado, asado, al horno o hervido; y no dudo que servirá igualmente en un fricasé o un ragout.

Ofrezco por lo tanto humildemente a la consideración del público que de los ciento veinte mil niños ya calculados, veinte mil se reserven para la reproducción, [Omission]  De manera que los cien mil restantes pueden, al año de edad, ser ofrecidos en venta a las personas de calidad y fortuna del reino; aconsejando siempre a las madres que los amamanten copiosamente durante el último mes, a fin de ponerlos regordetes y mantecosos para una buena mesa. Un niño llenará dos fuentes en una comida para los amigos; y cuando la familia cene sola, el cuarto delantero o trasero constituirá un plato razonable, y sazonado con un poco de pimienta o de sal después de hervirlo resultará muy bueno hasta el cuarto día, especialmente en invierno.

  • Una modesta proposición para prevenir que los niños de los pobres de Irlanda sean una carga para sus padres o el país, y para hacerlos útiles al público by Jonathan Swift
  • E-text at Valdeperrillos.com

■フランス語訳 Translation into French

«J'ai été assuré par un Américain de ma connaissance à Londres, homme très capable, qu'un jeune enfant bien portant, bien nourri, est, à l'âge d'un an, une nourriture tout à fait délicieuse, substantielle et saine, rôti ou bouilli, à l'étuvée ou au four; et je ne doute pas qu'il ne puisse servir également en fricassée ou en ragoût.

«Je prie donc humblement le public de considérer que des cent vingt mille enfants, on en pourrait réserver vingt mille pour la reproduction de l'espèce, [Omission] et que les cent mille autres pourraient, à l'âge d'un an, être offerts en vente aux personnes de qualité et de fortune dans tout le royaume, la mère étant toujours avertie de les faire téter abondamment le dernier mois, de façon à les rendre charnus et gras pour les bonnes tables. Un enfant ferait deux plats dans un repas d'amis; quand la famille dîne seule, le train de devant ou de derrière ferait un plat très raisonnable; assaisonné avec un peu de poivre et de sel, il serait très bon, bouilli, le quatrième jour, particulièrement en hiver.


 Audio 1 
英語原文のオーディオブック—— Mr. Frerking による朗読
Audiobook in original English read by Mr. Frerking

下に引用する箇所の朗読は 5:06 から。 Uploaded to YouTube by FULL audio books for everyone on 4 Nov 2012. Audio courtesy of LibriVox. Reading of the excerpt below starts at 5:06.


 Audio 2 
英語原文のオーディオブック——クリス・シュルツによる朗読
Audiobook in original English read by Chris Schultz

下に引用する箇所の朗読は 4:25 から。 Uploaded to YouTube by XanthusKidd on 11 Apr 2012. Reading of the excerpt below starts at 4:25.


 Audio 3 
英語原文のオーディオブック——ジョン・ゴンザレスによる朗読
Audiobook in original English read by John Gonzales

下に引用する箇所の朗読は 6:39 から。 Uploaded to YouTube by audiobooksfree on 30 Sep 2011. Audio courtesy of LibriVox. Reading of the excerpt below starts at 6:39.


■英語原文 The original text in English

I have been assured by a very knowing American of my acquaintance in London, that a young healthy child well nursed, is, at a year old, a most delicious nourishing and wholesome food, whether stewed, roasted, baked, or boiled; and I make no doubt that it will equally serve in a fricasie, or a ragoust.

I do therefore humbly offer it to publick consideration, that of the hundred and twenty thousand children, already computed, twenty thousand may be reserved for breed [Omission]  That the remaining hundred thousand may, at a year old, be offered in sale to the persons of quality and fortune, through the kingdom, always advising the mother to let them suck plentifully in the last month, so as to render them plump, and fat for a good table. A child will make two dishes at an entertainment for friends, and when the family dines alone, the fore or hind quarter will make a reasonable dish, and seasoned with a little pepper or salt, will be very good boiled on the fourth day, especially in winter.


■邦題の異同 Variations of the title translated into Japanese

  • 「アイルランドにおける貧民の子女が、その両親ならびに国家にとっての重荷となることを防止し、かつ社会に対して有用ならしめんとする方法についての私案」
                                   SOGO, 2001
  • 「アイルランドの貧しい人びとの子供を、その両親と国家の負担となることより防ぎ、かえって彼らをして社会に有益なものたらしめるためになされた、ある控え目な提案」
                                   田中 1986
  • 「アイルランドの貪民の子供たちが その両親あるいは郷国に負担とならず、公衆にたいして有益なものとなるためのつつましい提案」
                                   平井 1968, 2007
  • 「アイルランドの貪民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案」
                                   山本 1968
  • 「愛蘭土(アイルランド)に於ける貧家の児女の両親及び国家に負担と成ることを除き、彼等をして社会に有用の材たらしめんとする卑見」
                                   夏目 1909, 1995
  • 「貧家の子女がその兩親並びに祖國にとっての重荷となることを防止し、且社會に對して有用ならしめんとする方法についての私案」
                                   深町 1950, 1988
  • 「貧民の子が両親や国の重荷となるを防ぎ公共の益となるためのささやかな提案」
                                   柴田 2011
  • 「慎ましき提案
    アイルランドにおける貧民の子供たちが親や国の重荷とならぬようにするために、彼らが公益に資するようにするために」
                                   原田 2015

■外部リンク External links


■更新履歴 Change log

  • 2016/03/06 原田範行=訳 2015-01-10 を追加しました。
  • 2013/07/31 目次を新設しました。
  • 2013/03/27 エミリー・フォーゲルによる朗読の YouTube 画面を追加しました。
  • 2012/10/08 2種類の英語版オーディオブックの YouTube 画面を追加しました。
  • 2012/07/16 ロシア語訳とポルトガル語訳を追加しました。
  • 2011/07/03 柴田元幸=訳 2011-04-20 の訳文を挿入しました。また、イタリア語訳を追加しました。
  • 2011/06/29 「はじめに」の項を新設しました。また、柴田元幸=訳 2011-04-20 の書誌情報を追加しました。訳文は追って挿入するつもりです。さらに、ブログ記事のタイトルに邦題「ささやかな提案」を追加しました。
  • 2011/05/23 スペイン語訳を追加しました。
  • 2011/04/04 田中光夫=訳 1986/11/25 を追加しました。また、「邦題の異同」の項を新設しました。さらに、ブログ記事のタイトルに邦題「ある控え目な提案」を追加しました。
  • 2011/02/02 フランス語訳を追加しました。
  • 2010/06/20 $trick9 and the Truth によるヒップホップ版 A Modest Proposal の YouTube 動画を追加しました。
  • 2006/02/10 平井照敏=訳 2007/08 を追加しました。
  • 2006/11/28 山本和平=訳 1968/06 を追加しました。

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Monday, 10 April 2006

100年前、漱石は千駄木で (漱石から虚子への手紙 1906-03-23)

■夏目漱石の自筆原稿 Natsume Soseki's manuscript

Dogo_genko


■夏目漱石から高浜虚子への手紙
 Letter from Natsume Soseki to Takahama Kyoshi

  三月二十三日(金) 高浜虚子 消印午後4-5時
    麹町区富士見町四丁目八番地 高浜清宛
    本郷区駒込千駄木町五十七番地より

 拝啓新作小説存外長いものになり、事件が段々発展只今百◯九枚の所です。もう山を二つ三つかけば千秋楽になります。趣味の遺伝で時間がなくて急ぎすぎたから今度はゆる/\やる積です。もしうまく自然に大尾に至れば名作然らずんば失敗こゝが肝心の急所ですからしばらく待つて頂戴出来次第電話をかけます。松山だか何だか分らない言葉が多いので閉口、どうぞ一読の上御修正を願たいものですが御ひまはないでせうか 草々
                           金
   虚子先生


   出典:
   夏目金之助=著
   『漱石全集 第二十二巻 書簡(上)』 第2刷
   岩波書店 2004-01-07


■tomoki y. によるコメント Comments by tomoki y.

 100年前すなわち1906年のちょうど今ごろ、夏目漱石は東京千駄木で新しい小説を書き終えたところだった。
 春の京都で、しきりに寒がりながら、ぜんざいと亡き友・正岡子規のことを思い、「への字」や「くの字」に鳴くカラスの声を聞き、「夜中に時計がチーーーーーーーーンと鳴る」のを聞く、ちょうど1年前のこと。
 小説の題は『坊っちゃん』。漱石は、それが名作となる確信はないにしても、そうなる可能性は充分に自覚していた。高浜虚子が、ちゃんと松山弁などの添削をしてくれたのも幸いした。『坊っちゃん』は文字どおり名作となり、愛されて今日まで残った。
 朝日新聞に、下記の関連記事が出ていた。それによると、新潮文庫の累計発行部数ベスト10のなかで『坊っちゃん』は第6位。123刷 382万部だそうだ。比較のために、ほかの作品につき Wikipedia による数字を挙げる。村上春樹『ノルウェイの森』講談社 1987 の単行本の発行部数は、上巻が238万部、下巻が211万部の計449万部。上巻は、片山恭一のセカチューこと『世界の中心で、愛をさけぶ』小学館 2001 に、2004年5月の時点で抜かれるまで、国内小説単行本の発行部数歴代一位だった。セカチューは、その後2004年12月2日時点で321万部以上。

   「坊っちゃん」100年の遺産
   町おこしや日本語の可能性
   2006年4月8日 朝日新聞 be on Saturday Link expired(?) as of 2009/06/24


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Friday, 07 April 2006

夏目漱石:ぜんざいは京都で、京都はぜんざいである

Soseki


■ぜんざいの大提灯 A big red lantern of a zenzai parlor

始めて京都に来たのは十五六年の昔である。その時は正岡子規と一所であつた。麩屋町(ふやちよう)の柊屋(ひいらぎや)とか云ふ家へ着いて、子規と共に京都の夜を見物に出たとき、始めて余の目に映つたのは、此赤いぜんざいの大提灯である。この大提灯を見て、余は何故か是が京都だなと感じたぎり、明治四十年の今日に至る迄決して動かない。ぜんざいは京都で、京都はぜんざいであるとは余が当時に受けた第一印象で又最後の印象である。子規は死んだ。余はいまだに、ぜんざいを食つた事がない。実はぜんざいの何物たるかをさへ弁(わきま)へぬ。汁粉であるか煮小豆(ゆであづき)であるか眼前に髣髴する材料もないのに、あの赤い下品な肉太な字を見ると、京都を稲妻の迅(すみや)かなる閃きのうちに思ひ出す。同時に——あゝ子規は死んで仕舞つた。糸瓜のごとく干枯(ひから)びて死んで仕舞つた。——提灯は未だに暗い軒下にぶら/\して居る。余は寒い首を縮めて京都を南から北へ抜ける。

   夏目漱石「京に着ける夕」より抜粋
   『漱石全集12 小品』
   岩波書店(第1刷 1994/12|第2刷 2003/03)所収
   E-text at 青空文庫(用字、仮名遣いなどは、上記全集版と異なる)


■tomoki y. のコメント Comments by tomoki y.

先日の記事「99年前、漱石は京都で」 の続編。前回とおなじく、漱石の1907(明治40)年の京都旅行の思い出から。

「麩屋町の柊屋」は、いまもある。ふつうは柊家と書く。俵屋、炭屋とならぶ、京都の有名高級旅館御三家の一つ。文人とゆかりが深い。志賀直哉の家族は、ここをベースにして京見物をした。林芙美子も泊まった。川端康成は、ここを定宿にして、宣伝コピーのようなもの(川端康成氏寄稿文 | 柊家)さえ残した。三島由紀夫は死の数日前ここで家族と過ごした。三島のお気に入りは1階の33号室だった。

文人以外では、たとえば、チャップリンやアラン・ドロンもお客だった。イアン・ソープも泊まった——らしい。私は未見だが、田口八重『おこしやす—京都の老舗旅館「柊家」で仲居六十年』という本が出ている。

ぜんざいの大ちょうちんのことは、一切知らない。「ぜんざいは京都で、京都はぜんざいである」とは、いったい何を根拠にして述べているのだろうか? その断定ぶりが異様だ。『言葉は京でつづられた。』という本では、つぎのように説明している。

   子規という、巨大で真っ赤な心の灯が消えた。消えた哀惜と空虚のシンボ
   ルとして漱石は、ぜんざいの提灯の存在を子規と来た京都そのものと強引
   に結びつけたのだろうか。「何故?」という疑問を挟む余地のないほどに、
   乱暴で理を超えている。


■参考文献 Reference

   * 京都モザイク編集室 『言葉は京でつづられた。』 青幻舎 2003
   * 蔵田敏明 『文学散歩 作家が歩いた京の道』 淡交社 2003
   * 水川隆夫 『漱石の京都』 平凡社 2001


■更新履歴 Change log

2012/10/02 まえにリンク切れになっていた川端康成氏寄稿文へのリンクが
         柊家さんサイトに復活しているようなので、リンクを再び張りました。
2007/12/01 いくつかのデッド・リンクをアクティブにしました。
2006/04/08 柊家さんについての解説を、訂正・補足しました。また、参考文献を
         追加しました。


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(2) 京都+ことば

(3) 京都+文学散歩

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Thursday, 06 April 2006

99年前、漱石は京都で

4000918192

99年まえのちょうど今頃、夏目漱石は京都へ来ていた。京大(当時は、京都帝国大学文科大学)の先生たちに会ったり、大阪へ足を運んで朝日新聞の社主に会ったりしている。その合い間には、あちこち観光もしている。1907(明治40)年の日記に、こうある。

 三月二十八日〔木〕 八時東京発。
(中略)
◯夜七条ニツク車デ下加茂ニ行ク。京都ノ first impression 寒イ
◯湯ニ飛ビ込ム
◯糺ノ森ノ中ニ宿ス。
  春寒く社頭に鶴ヲ夢ミケリ
◯暁ニ烏ガ鳴く。への字ニ鳴きくの字ニ鳴く
◯夜中に時計がチーーーーーーーーンと鳴る。

当時のダイヤによると、新橋・神戸間の最急行(いまでいう特急)の所要時間は13時間40分。これに先立つこと15年、漱石が、まだ元気だった正岡子規といっしょに初めて京都を訪れたとき、新橋・七条(京都)間の所要時間は、17時間40分だった。だから、かなりのスピードアップではあった。当時、東海道線の京都駅があったのは烏丸七条あたり。いまの京都駅よりも北寄りだった。「車」というのは、人力車のことだろう。「下加茂」は、今はふつう「下鴨」と書く。七条から下鴨までは、約6キロメートル。人力車で行くには、かなりの距離だ。

「京都ノ first impression 寒イ」というのが、おもしろい。いまもむかしも、この時季に東京から来る人は、みんなそう思うらしい。むかし名古屋から来て京都暮しを始めたばかりだった私も、そう思った。京都というのは、えらく寒いところだなあって。上に述べたように、漱石にとっては、これが京都への初旅行だったわけではない。第一印象といっているのは、「東京から着いてすぐの」といった意味なのだろう。

糺ノ森ノ中ニ宿ス」というのは、下鴨神社の境内で野宿したという意味では、もちろんない。森の近くに狩野亨吉という京大の先生の家があって、そこに漱石は泊めてもらったのだそうだ。カラスが「への字ニ鳴きくの字ニ鳴く」って、どんな鳴き方だろうか。

漱石が、この1907年の旅で、いつまで京都に滞在したのかは、知らない。調べればわかるだろうけれど。ちなみに、4月10日の日記を見ると、まだ「平八茶屋」や「都踊」などの字句がある。この日の日記は「一力亭。芸者が無暗に来る。舞子が舞ふ。」で終っている。漱石先生、けっこう暢気に遊んでいたのかな。

参考文献:
夏目金之助 『漱石全集 第十二巻 小品』 「京に着ける夕」 岩波書店 1994
夏目金之助 『漱石全集 第十九巻 日記・断片 上』 岩波書店 1995


■外部リンク External links

 [en] English
   * Natsume Sōseki - Wikipedia (1867-1916)

 [ja] 日本語
   * 京に着ける夕 - 夏目漱石.com
   * 夏目漱石 - Wikipedia (1867-1916)


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2013-01-18 「外部リンク」と「更新履歴」の項を新設しました。


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Monday, 20 March 2006

翻訳は「間に合わせ」- 金原瑞人 "Scrap and build" is for books in translation - Mizuhito Kanehara

4895000834

■日本語原文 The original text in Japanese

3 村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』
 あちこちで様々に取りざたされているが、以前の野崎訳とわざわざ細かく比較するまでのこともないと思う。「新しくなった」、この一言で十分ではないか。
(中略)
 そもそも四十年も前の訳と比較して云々すること自体、ばかばかしい。翻訳なんて、新しいものがいいに決まっているのだから。古い訳のほうが新訳よりいいなんて、よっぽど間抜けな人間が新訳をやっていないかぎり、まず考えられない。
 考えてみれば、翻訳というのは、あくまでも「間に合わせ」にすぎない。外国語のオリジナルがあって、それを現在の自国の状況と言葉で捉えて、その国のその時代の人びとに提供する一時的な「間に合わせ」なのだ。一時的に像を結んだヴァーチャルな時空間といってもいい。それを構成しているのは、訳した人の社会的・文化的・言語的・個人的なものが醸造したその人の言葉である。
 それに対して、オリジナルは強い。確固とした存在を誇っている。たとえば高校生の好きな小説ベスト10には、いまでも漱石の作品がいくつか登場する。しかし、当時の翻訳書は決して登場することはない。(中略)昔の翻訳書なんて、歴史的、学問的価値しかないのだ。いまどき、岩波文庫の『十五少年』(森田思軒訳)を読むのは、ずいぶんとマニアックな人間か、その手の研究をしている人以外にはいないだろう。ほとんどの人が新訳を読む。
(中略)
 というふうに、やはり翻訳はあくまでも「間に合わせ」であり「その場しのぎ」にすぎない。そもそも、あと二十年たったら、村上訳だって、古くて読めなくなるにきまってる。(中略)

 こういうふうに考えてくると、やはり翻訳というのは新しいほうがいいのだ。よっぽど下手な人間が訳せば別だろうけど、新しいに限る。
(中略)
 今まで翻訳をやってきた経験からいうと、翻訳の寿命は長くて二十年。これを過ぎたものは、新しい人が訳し直す方がいい。最近、つくづくそう思う。「スクラップ・アンド・ビルド」はまさに翻訳本のためにある言葉といっていいだろう。
 翻訳は、ただ単に新しいというだけで、十分にその価値があるのだ。

   Sources:
   * 金原瑞人=著 あとがき大全26
    【児童文学評論】No.67 2003年7月25日号
   * 金原瑞人=著『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった
    牧野出版 2005/12 所収
 
 
■tomoki y. のコメント Comments by tomoki y.

私自身は、金原氏いうところの「岩波文庫の『十五少年』(森田思軒訳)を読む」ような「ずいぶんとマニアックな人間」の1人である。べつに「その手の研究をしている」わけではない。たんなる物好きなだけだが。まだ実際に森田思軒訳の『十五少年』を読んだわけではないが、いずれ近いうちに、読もうとは思っている。
 
 
■和書 Books in Japanese

(1) 金原瑞人=著

     
 

(2) 金原瑞人=訳

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Friday, 28 October 2005

夏目漱石 『吾輩は猫である』 I Am a Cat by Soseki Natsume

 Image 
旧1,000円札の夏目漱石
Natsume Soseki on the surface of a former version of 1,000 Japanese yen bank note

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Image source: Wikipedia


 Images 
表紙画像 Cover photos

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■ロシア語訳 Translation into Russian

  Позвольте представиться: я Ц кот, просто кот, у меня еще нет имени.
  Я совершенно не помню, где родился. Помню только, как я жалобно мяукал в каком-то темном и сыром углу. Здесь же мне впервые довелось увидеть человека. Позже я узнал, что это был мальчишка-сёсэй, один из тех сёсэев, которые слывут самой жестокой разновидностью людского племени. Рассказывают, что эти мальчишки иногда ловят нас, кошек, зажаривают и едят.  [Omission]

  • Сосэки Нацумэ. Ваш покорный слуга кот. Translated by Л. Коршикова and А. Стругацкого
  • E-text at Переводы

■ポーランド語訳 Translation into Polish

  Jestem kotem. Imienia jeszcze nie mam.
  Nawet nie wiem, gdzie się urodziłem. Pamiętam tylko, jak zacząłem miauczeć w jakimś ciemnym i wilgotnym kącie. Tam też po raz pierwszy zobaczyłem człowieka. Później dowiedziałem się, że był to shosei - uczeń na stancji - najbardziej niegodziwa odmiana rodzaju ludzkiego. Mówią, że ci uczniowie czasem nas chwytają, gotują i zjadają.


■ドイツ語訳 Translation into German

  Gestatten, ich bin ein Kater! Unbenamst bislang.
  Wo ich geboren wurde, davon habe ich nicht die mindeste Ahnung. In Erinnerung geblieben ist mir lediglich, daß der Ort meiner Geburt düster und feucht war und ich kläglich vor mich hinmiaute. An diesem Ort sah ich erstmals einen Menschen. Aber was heißt schon: einen Menschen\ Ich sah, wie ich später erfuhr, einen Studiosus, einen Angehörigen jener Species, welche unter den Menschen als die grausamste angesehen wird. Man erzählt sich, daß diese Studiosi gelegentlich Angehörige meines Volkes fangen! kochen! und essen!

  • Ich der Kater by Sōseki Natsume. Translated by Otto Putz. Insel, 2001

■イタリア語訳 Translation into Italian

  Io sono un gatto. Un nome ancora non ce l’ho.
  Dove sono nato? Non ne ho la più vaga idea. Ricordo soltanto che miagolavo disperatamente in un posto umido e oscuro. E’ lì che per la prima volta ho visto un essere umano. Provai un senso di vertigine quando mi mise sul palmo della mano e mi sollevò per aria. Appena ritrovai una certa stabilità lo guardai in faccia. Che creatura curiosa, pensai. E questa impressione di stranezza la conservo ancora. [Omission]


■ポルトガル語訳 Translation into Portuguese

  Eu sou um gato. Ainda não tenho nome.
  Não faço a mínima idéia de onde nasci. Guardo apenas a lembrança de miar num local completamente sombrio, úmido e pegajoso. Deparei-me nesse lugar pela primeira vez com aquilo a que comumente se denomina criatura humana. Mais tarde, descobri que era um estudante pensionista, a espécie considerada mais malévola entre todas essas criaturas. Contam que por vezes esses humanos denominados estudantes nos agarram à força para nos comer fritos.


■スペイン語訳 Translation into Spanish

  Yo soy un gato. Todavía no me han puesto nombre.
  No tengo la menor idea del lugar en el que nací. Lo único que recuerdo es que un día me encontré maullando lastimeramente en un sitio húmedo y sombrío. Allí fue donde vi por primera vez a un hombre. Según me enteré después, aquel hombre era un estudiante a pupilo. Por lo visto, era el tipo más feroz de la raza humana. Se decía de ellos que a veces nos capturaban para luego cocernos y comernos.


■フランス語訳 Translation into French

  Je suis un chat. je n'ai pas encore de nom.
  Je n'ai aucune idée du lieu où je suis né. La seule chose dont je me souvienne est que je miaulais dans un endroit sombre et humide. C'est là que pour la première fois j'ai vu un être humain. En plus, comme je l'ai appris par la suite, il appartenait à l'espèce des étudiants a demeure, la plus féroce parmi les hommes. Il paraît que ces étudiants nous attrapent parfois, puis nous cuisent et nous mangent.

  • Je suis un chat by Soseki Natsume. Translated by Jean Cholley. Connaissance de l'Orient, Gallimard/UNESCO, 1986/03

■英訳 Translations into English

(E1) Ito & Wilson, 1972, 2002
  I am a cat.  As yet I have no name.
  I've no idea where I was born.  All I remember is that I was miaowing in a dampish dark place when, for the first time, I saw a human being.  This human being, I heard afterwards, was a member of the most ferocious human species; a shosei, one of those students who, in return for board and lodging, perform small chores about the house.  I hear that, on occasion, this species catches, boils and eats us.

  • I am a Cat by Soseki Natsume. Translated by Aiko Ito and Graeme Wilson.

(E2) Kai & Shibata, 1961, 1971, etc.
  I am a cat but as yet I have no name.
  I haven't the faintest idea of where I was born. The first thing I do remember is that I was crying "meow, meow," somewhere in a gloomy damp place. It was there that I met a human being for the first time in my life. Though I found this all out at a later date, I learned that this human being was called a Student, one of the most ferocious of the human race. I also understand that these Students sometimes catch us, cook us and then take to eating us.


■中国語訳(簡体字) Translations into simplified Chinese

(Zh1) 尤,胡 2014
  我是猫,名字还没有。
  出生在什么地方,我一点也不清楚,只记得曾在一个昏暗潮湿的地方,喵唔喵唔地哭泣着。我在那地方第一次看到叫作人的东西。后来听说那便是所谓的书生,是人类之中最凶恶的一种。据说书生常常捉住我们,把我们煮了吃掉。

  • 我是猫》 企鹅经典丛书 [日] 夏目漱石 著; 尤炳圻,胡雪 译 上海文艺出版社 2014-06-01
  • Excerpt at 京东JD.com

(Zh2) 卡 2014
  我是猫,一只还没有名字的猫。
  我对自己是在哪儿出生的也没个头绪,记忆初始只是曾在某个昏暗、潮乎乎的地方喵喵低泣,而我就是从这里第一次见到“人类”这种生物。后来才听说我当时遇到的家伙叫作“书生” ,是人类里面最凶恶的一种。这种叫书生的人类有时还会把我们捉了烹煮食用。

  • 我是猫》 作者:(日)夏目漱石 译者:卡洁 万卷出版公司 2014-05-01
  • Excerpt at 当当 (dangdang.com)

(Zh3) 刘 2011
  我是只猫儿。要说名字嘛,至今还没有。
  我出生在哪里,自己一直搞不清楚。只记得好像在一个昏黑、潮湿的地方,我曾经“喵喵”的哭叫来着,在那儿第一次看见了人这种怪物。而且后来听说,我第一次看见的那个人是个“书生”是人类当中最凶恶粗暴的种人。据说就是这类书生时常把我们抓来煮着吃。

  • 我是猫》 作者:夏目漱石 译者:刘振瀛 译文名著精选 上海译文出版社 [Kindle版] 2011-01-01
  • Excerpt at 精彩香港書城 (exvv.hk)

(Zh4) 于 2010
  咱(zá)家是猫。名字嘛……还没有。
  哪里出生?压根儿就搞不清!只恍惚记得好像在一个阴湿的地方咪咪叫。在那儿,咱家第一次看见了人。而且后来听说,他是一名寄人篱下的穷学生,属于人类中最残暴的一伙。相传这名学生常常逮住我们炖肉吃。


(Zh5) 蒋 2008
  咱家是猫。名字?……还没有。
  出生在哪儿?更搞不清楚。只依稀记得,咱家是在一个阴暗、潮湿的地方第一次看到了人。据说那人是个寄人篱下的穷学生,常常将我们逮住炖了吃,可以算作是人类之中最残暴的一个家伙。


(Zh6) 雪 2008
  我是一只猫。名字嘛……还没有。
  哪里出生? 一直就搞不清,只恍惚记得好像在一个阴湿的地方。在那儿,我头一回看见了人。而且后来听我的同类介绍说,他是一名书童,属于人类中最残暴的一伙。据说他还常常逮住我们同类炖肉吃。

  • 我是猫》 世界文学名著宝库:我是猫(青少版) 作者:夏目漱石 译者:雪堂 上海人美出版社; 第4版 2008-06-01
  • Preview at Amazon.cn

■韓国語訳 Translation into Korean

나는 고양이다. 이름은 아직 없다.
어디서 태어났는지 도무지 알 수 없다. 그저 어두컴컴하고 축축한 곳에서 야옹야옹 울고 있었던 것만은 기억이 난다. 나는 거기에서 처음으로 인간이라는 것을 보았다. 더구나 나중에 듣고 보니 그것은 서생(書生)이라 하여 인간들 중에서 가장 성질이 더러운 종족이었다고 한다. 이 서생이라는 것들은 간혹가다 우리를 잡아서 삶아 먹는다고 한다.


■英訳から日本語への重訳 Retranslation of English translation into Japanese

 私は猫だ。いまのところまだ名前はない。
 どこで生まれたのか、見当もつかない。唯一覚えているのは、湿っぽい暗い場所でニャーニャー鳴いていたら、初めて人間を見たことだ。これは、あとで聞いたところ、人間のなかでももっとも獰猛な種の一員であった。すなわち、書生なる、ねぐらと食事を与えてもらう代わりに家のさまざまな雑用を引き受ける学生である。聞けばこの種、時おり我々を捕まえ、煮て食うという。

  • 夏目漱石(なつめ・そうせき)=著 柴田元幸(しばた・もとゆき)=部分訳 「私は猫だ」 柴田元幸=編・訳 『書き出し「世界文学全集」』 河出書房新社 2013/08/30
  • Natsume Sōseki による小説 『吾輩は猫である』 の Aiko Ito & Graeme Wilson による英訳 I am a Cat (上掲 E1)を柴田氏が日本語に訳し戻したもの。

■更新履歴 Change log

  • 2015/02/24 第二次刊行漱石全集版の函画像を追加しました。
  • 2015/02/23 尤炳圻,胡雪 译、卡洁 译、蒋蜀军 译 および雪堂 译の4種類の中国語訳(簡体字) を追加しました。
  • 2014/11/26 ポーランド語訳を追加しました。
  • 2013/11/01 Ito & Wilson による英訳の柴田元幸による重訳 2013/08/30 を追加しました。また、表紙画像を追加しました。
  • 2013/10/29 ドイツ語訳と韓国語訳を追加しました。
  • 2013/02/02 ロシア語訳を追加し、Katsue Shibata と Motonari Kai 両氏による英訳の訳文を挿入しました。
  • 2010/03/06 イタリア語訳、ポルトガル語訳、スペイン語訳、および中国語訳(簡体字) を追加しました。また、フランス語訳に抜けていたアクセント記号を補いました。
  • 2008/02/16 英訳の書誌情報を加筆修正しました。
  • 2006/04/22 Jean Cholley によるフランス語訳を追加しました。また、書誌情報を追加しました。

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